禍報は寝て待て
507
ギルドハウスの自分の執務室に行く。と、ヴァンさんとトリーロさん、侍従さん、もといアストレさんが待ち構えていた。
「おはようございます」
「賢者様、おはようございます」
「おはようございます、顧問殿」
「で、どうするんだ?」
ヴァンさん、いきなりそれですか?
「どうも、こうも、情報待ちです。ただ、アンゼリカさんが・・・」
名前を聞いて、三人とも顔がこわばった。
「・・・なんて、言ってた?」
「どんなお仕置きがいいかしら、って」
「うわぁ」
「「・・・」」
ヴァンさんは、絶句。トリーロさんもアストレさんも、声が出ない。
「今朝は、ハンターの奥さん達が来ましたよ。偽者さんが、街中の商店をうろうろしてるって教えてくれました」
「そこに、女将も、居たんだよな?」
「・・・はい。で、先ほどの発言に。
そうそう。奥さん達が、その商店に、偽者さんがうろちょろしてるから、だまされたフリして話を聞き出すようにお願いする、そうです」
「げ」
「これは〜」
「一気に、知られちゃいますね」
「商人に繋がってるのは、その偽物だけじゃねぇだろ?」
「その辺は、多分アンゼリカさんが手紙を書きまくってたので、何とかなるんじゃないかな〜、と」
女性一人で街道を行き来できるほど、治安は確保されていない。馬車を使ってなくても、護衛の傭兵を雇う、あるいは大きな隊商に同行させてもらう、などの手段が必要になる。
また、ソロのハンターも、ほとんどいない。獲物の運搬や[魔天]領域での身の安全の確保を考えると、どうしても複数人で行動せざるを得ない。
自分は、例外中の例外、だそうだ。どうせね。
それはさておき。
ユアラからローデンまで、隊商を組んでやってきているはず。御者や護衛の人数もそれなりだろう。彼らから、偽物さんに疑われていることが知られるのではないか、とヴァンさん達は危惧したわけだ。
だけど、宿の使用人達が一丸となって、口をつぐんでしまえば、そこからは漏れることはない。それ以外の場所は、・・・まあ、奥さん達のネットワークに期待しよう。
「ローデンの街は、アンゼリカさん達にお任せしましょう。それより、他の都市ですよ」
「お、おう! そうだな」
おや? ヴァンさん、やけに乗り気、というか、やる気になってる?
「王宮の連中だけを当てにすることもないだろ? こないだ手紙を送りつけてきた連中に、情報寄越しやがれって、手紙を書いたところだ」
「奇遇ですねえ。自分も、知り合いになった人達に、怪しい連中が近づいてくるかもしれないから注意するように、って手紙を用意してきたんですよ」
「よし! 迷惑な連中への返事も目くらましに使えるな。また、王宮に馬車を仕立てさせて、さっさと送り出すか」
「それにしても、なんで、そこまで熱心になってるんですか?」
それを聞いて、ヴァンさんが目をむいた。
「あたりめえだ! お嬢を侮辱したんだぞ? 許せるわけがねえだろうが!」
「あの〜、たかが偽物でしょ? だいたい、でか男騒ぎの時は、大笑いしてたくせに」
「あんときゃ、あんとき。今のお嬢は、名実共にローデンギルドの顧問様だぞ? その騙りを放っとくなんて、俺たちの沽券に関わる」
メンツか!
「そうでなくったって、戦友の名前で好き勝手されるなんて、到底、黙ってられるもんかい」
横で、トリーロさんとアストレさんがうんうんと、頷いている。
「戦友って、おおげさな」
「大げさじゃねえ! おめえ自身のことなんだぞ? もっと、まじめに考えろ!」
逆に、怒られてしまった。理不尽だ。
「迷惑手紙を出された方々にも、注意と警告の手紙を用意しました。
また、各都市の王宮には、「それ」に引っかかるような人がいたら、ますます怪しいことを企んでいるかも、と一覧を付けてご協力をお願い致しました」
アストレさんが、王宮での対応を教えてくれる。
この世界では、人も情報も行き来するのに時間がかかる。まとまった情報が集まるのは、早くても一ヶ月はかかるだろう。
しっかし。
「この、偽者さん達、なにがしたいんでしょうね〜」
「むう」
「いくら、顧問殿が有名になったからって、やり口が杜撰というか」
「貴族や王宮へ伝手を作る口実? にしても・・・」
「ローデン以外の都市なら、有り、だったかもしれませんけど」
「あるいは、お嬢の評判に嫉妬したとか?」
「ああ。悪評は、あっというまに広まりますからね」
「ですが、それで、何の得になるのでしょうか?」
「だから、嫉妬?」
「後ろ暗い連中が、お嬢の足を引っ張ろうとしているとか」
「それもありそうですね」
「ですが、一応、商人が裏に居るわけですから」
「ほら、違法伐採の話をしてただろう?」
「ユアラだと、交易船には直接関わりませんよね」
「あ、そうか」
などなど、推測してはいるが、やはり決定打に欠ける。
「そういやぁ、お嬢? なんか、また、長旅に出るんだって?」
うぶっ。
「女将様が、たいそう、心配していらっしゃいました」
アストレさんが、教えてくれる。おとといの晩は、街から早く離れることしか考えてなかったんだよねぇ。
「それどころじゃなくなってしまいましたよね?」
「あ? ああ、まあな。いいのか?」
良くはない。まったくもって、納得できない事態だ。でも、
「仕方ないです。片付くまでは、延期します」
「そ、そうか」
なんで、三人とも、そこでほっとするかな。面倒ごとなんだよ?
「やっぱりなぁ、お嬢は頼りになるっていうか」
「はい。この度の件でも、賢者殿のお手を煩わせてしまい、大変申し訳ないとは思っているのですが」
「アストレさんが謝ることじゃないでしょ?」
「え? なぜ、私の名前を」
「だって、昨日、会議の時にそう呼ばれてた、か、ら・・・」
アストレさんは、いきなり耳まで真っ赤になった。あれ?
「あ、あの! お手紙を預かって参ります。王宮に急ぎ届けに」
どもりまくったあげく、トリーロさんがまとめていてくれた手紙入りの袋を乱暴にひったくって、執務室を飛び出していった。
「・・・」
なんなんだ?
「侍従殿は、純情ですから」
「そうなのか?」
「そうなんです」
トリーロさんとヴァンさんが言葉を交わすと、自分を見つめる。な、なによ。
「えーと、フェンさんと約束があるので、戻りますね」
「お、おう」
「今後は、どのように対応いたしましょうか?」
「だから。情報待ちです。王宮の依頼を受けるかどうかも、それから決めますので」
「そうですか。少し、時間がかかりますが」
「一ヶ月ぐらいは、必要でしょう?」
「返事待ちだもんな」
「森で、おとなしく猟でもしてます」
「・・・そいつは、大人しく、とは言わねえぞ?」
「新しい魔術の開発よりはまし、でしょう?」
二人とも、がっくんと頷いた。ほらぁ。
「では、済みません。後、よろしくお願いします」
そういって、執務室をあとにした。
そして、今度は、受付のお姉さんにとっ捕まった。
「顧問様?」
「だから、それ、やめましょうよ」
「それはともかく、偽物が現れたそうじゃないですか!」
「声! 声が大きいです!」
「あ、失礼しました」
ヴァンさん、スタッフにどう説明したんだ?
「偽者さんとその関係者は、今は泳がせておいて、背後関係とか調べてから対応することになってます。なので、感づかれるようなことはしないでください、ね?」
「了解しております。でも、なんか、悔しいです」
居合わせたお姉さん達が、こう、歯ぎしりしそうな形相で唸ってる。きれいな顔が台無しだぁ。
「ま、ま、皆さんの気持ちは嬉しいです。だから、ね? そんな、怖い顔しないで」
「あ、あら。すみません」
「ハンターさん達にも、くれぐれも迂闊なことはしないように、釘、刺しておいてください」
「「了解しました!」」
「では、お願いします」
「「はい!」」
ようやく、ギルドハウスから離れる。昨日の会長さん達の調子だと、今頃、商工会館でも騒ぎになっているかも。
くおのぅ、偽者さんが現れなければ、とっとと逃げ出してたところなのに!
[森の子馬亭]でお昼ご飯をいただいた後は、フェンさんに引っ張っていかれた。
「じゃーん! ほら、どう?」
「・・・どう、と言われても」
取り出されたのは、あの狼の毛皮で作られたベスト。またも、お店は閉められている。でもって、ロロさんが混ざり込んでいる。おい。
「アルちゃんの、こう野性味っていうか精悍さがびしばし伝わってくるでしょ!」
着丈やデザインは、はじめてローデンに来た時に着ていた長衣とほぼ同じなのだが。そこはフェンさん、着心地が天と地ほども差がある。脱帽です。なんですが。
「何着目、でしたっけ?」
「いいじゃないの、何枚あっても」
「前のも、その前作ってもらったのも、全然、痛んでないんですよ?」
火山灰をかぶったマントは、水洗いだけで綺麗さっぱり元通り。[魔天]の藪の中を走り回っても、破けたり綻んだりしていない。
「それは、素材が超一級だから!」
「だ〜か〜ら〜、溜まる一方なんですってば!」
「うふふ、まだまだいけるわよ〜」
・・・親子だ。アンゼリカさんもだけど、一度熱中すると人の話を聞いてくれない。
縫製のお姉さん達も、にっこにこしている。出来映えに満足している、のかと思いきや。
「次は、何がいいかしら〜」
「ほら、従魔を連れてきたんでしょ?」
「トライホーンっていうんですって? すごいわぁ」
アンゼリカさん〜、なんで話しちゃうのかな〜。
「乗馬用の衣服、だけじゃ物足りないわね」
「お馬さーん、上等の馬具を作ってあげるから、出てきてくれない〜?」
あ、そんなこと言ったら!
目をキラキラさせて、飛び出して来た。・・・あ〜あ。
「「「キャーッ!」」」
黄色い悲鳴が上がる。
「かっこいい!」
「今までは、どんなのを使ってたの?」
それを聞いて、影から鞍などを取り出して並べるムラクモ。
「うーん、いい素材使ってるわぁ」
「さすが、アルちゃん」
「使い込まれてるわねぇ」
だから、そこでドヤ顔しないの! お姉さん達も、影から物を取り出す従魔と平然と会話しない!
「「だって、アルちゃんの従魔でしょ?」」
違〜う! その一言で、片付けないで!
「これよりもいい素材となると〜、アルちゃん! ワイバーン出して!」
フェンさん?! いきなり、なんなんですか。
「アルちゃんのことだから。当然、持ってるわよね?」
やっぱり、親子だ。千里眼持ちだ。でも、しらばっくれよう。そうしよう。
「布の方は、ずいぶん腕を上げられたの。ただ、他の素材はなかなか手に入らなくて、ね?」
おねだりしても駄目ーっ! ギルド経由でもないのに、そんな、レア素材出したりしたら、目立つ。目立ちすぎる。
「アルちゃんのものだもの。何使っても、もう誰も何も言わないわよ?」
「それ、違うでしょ!」
って、ムラクモ! なにその、うるうる目は。
「ほら、馬ちゃんもワイバーンのが欲しいって♪」
「目立つのは御免です!」
「任せなさい! 見た目はシンプルに、機能は最高に! うちの店の合い言葉よ!」
「いつ作ったんですか?」
「「「今!」」」
だぁっ。
「ね? いいでしょ。ね?」
他の子達まで、出てきやがった。
「「「「キャーッ!」」」
「かわいい!」
「ふかふかよ!」
「いやーん、かわいすぎるわぁ」
お姉さん達に抱きつかれている。元は魔獣よ? 怖いでしょ? え、違うの?
全員が、ぐりぐりと撫でくり回されている。なんか、うれしそう。でもって、じーっと自分を見つめる。君たちに鞍は要らないでしょーが! ・・・もしかして、ムラクモの援護射撃?
「もう、全部任せて!」
フェンさんは、ハイテンション。止められない。
・・・乗馬服数着、馬具一式と、相棒達それぞれのブラシが作られることになった。お値段、プライスレス。
なんでこうなる?
深刻な状況だったはずなのに。おやぁ?




