たのしいさんすう
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商工会館で、各種買取についての説明を受けた。
虹魚と小刀魚は、ここの冷蔵室に預けておけば、今日明日中に買い手が受け取りにくるそうだ。どんな料理になるのか、食べに行きたいけど、もう来ることもないしな。想像するだけにしておこう。あ、想像だけでもよだれが。
ウサギ本体の毛皮は、多すぎて全部を買い取るのは難しい、と言われてしまった。でも、それは想定のうち。なので、問題ない。
ローデン内外の商人さんや職人さんに、買取枚数の聞き取り調査をしたそうだ。初めから不良在庫になるものを抱え込む商人は、そうそういない。それでも、すこし多めに引き取ってくれるという。
・・・シンシャ郊外では、毎年狩ってるよね。何に使ってるんだろう。聞いておけばよかった。
また、ウサギの耳は、高級服職人さんが全部買い取るそうだ。珍しい素材を使ったドレスを作って、上流階級の女性方に売りつけるのだとか。
モグラの皮は、家具職人さんが手を上げた。触り心地が気に入ったので、ソファーなどに使うらしい。地球では、この大きさのモグラの一枚皮など存在しない。ちょっと、もったいなかったかな?
「いろいろと、ありがとうございました」
「こちらこそ。よい商売をさせていただきました。仲介手数料を差し引いて、金貨二枚、でいかがでしょうか?」
「あの、一つお願いがあるのですが。自分がこれらの素材を持ち込んだことを、買い手の皆さんには内緒にしていただきたいんです」
「はぁ。それは構いませんが。理由をお伺いしても、よろしいでしょうか?」
「これらの品々は偶然入手できたものなので、今後の納品を要望されてもお応えできません。それに、ほら、自分の名前がアレなので、看板に使われたらやだなー、と」
買取担当さんが、思わず手を打った。
「そういえば、そうでしたね。アルファ様のお名前を付ければ、いくらでも売値は上げられますね」
「そういうものですか?」
「そういうものです」
したり顔で言われてしまった。まあ、自分の売った物でぼったくり商売をされるのは嬉しくない。
「では、そういうことで」
「かしこまりました。それで、お値段は問題ありませんか?」
「もすこし安くてもいいくらいなんですけど?」
もう、お金の使い所がないからねぇ。
「明細はこちらに」
ロー紙に、こと細かく、それぞれの皮がいくら、と書いてある。・・・細かすぎるわ!
この世界には電卓はない。ので、そろばんを取り出した。数十項目程度の四則計算なら、これで間に合う。
「あの、これは?」
「見なかったことにしてもらえると嬉しいんですが」
「無理です! 気になります!」
「・・・そうですか」
計算をするための道具だと言うと、使い方を教えてくれと返された。一朝一夕で使えるものでもないんだけどな。
それでも、明細書の確かめ算をしつつ、やり方を説明する。
計算に間違いはなかった。そういって、明細書を返そうとしたら、担当者さんが頼み込んできた。
「あ、あの! この道具をローデン商工会で買取、販売させていただけないでしょうか!」
なにせ、隣の都市との往復には、早馬を使っても七〜十日はかかるという世界だ。その間に、間違いがないか確認できればいい、という商習慣なのだそうだ。
それでも、この手の計算には、皮紙や砂を張った盆、木板などを使って、数人で取りかかるため、いつも時間と手間がかかっていた。品目、品数が多ければ尚更だ。この道具があれば、買取査定がもっと手早くできるので、売り手はもちろん商工会の面倒も減らせる、と、つばを飛ばして力説する。
主旨は判る。わかるけど。
「結構、精密な細工技術が必要ですよ?」
「ロー紙よりも?」
「えーと、すべての玉を完璧に同じ寸法にするとか、串の滑りを確保するとか、いろいろ。使い方も、十分に訓練しないと」
長く使うなら、最初から質のいいものを用意した方がいい。玉を弾くたびに串に引っかかるようじゃ、使い方を覚える前にそろばんをへし折りたくなる。
ちなみに、自作のそろばんは、いつも通りのロックアント製。ここで作るとしたら、竹、・・・は、あったね。
「そこをなんとか! ご指導願えませんか?」
「それが、また、長期に離れる予定があるので」
「アルファ様! 少々お待ちを!」
買取担当さんが、ものすごい勢いで部屋を飛び出していった。会長さん達を引っ張ってくるつもりだな。でもねぇ。
あっという間に、戻ってきた。上役三人が勢揃いしている。しかも、獲物を狙う鷹の目をしている。・・・先日の便利ポーチの時よりも迫力がある。
「あのー」
「「「是非とも、ご教授いただきたい!」」」
おじさま三人の台詞が、ハモった。でもって、きれーに頭を下げている。角度もいっしょ。
「どのような経緯で、そのようなすばらしい道具を発明されたのか、詳しくはお聞きしません。しませんから」
「先ほど、担当さんにも申し上げましたが、今、ちょっと時間がなくて、ですね?」
「ロー紙より、製造方法は精密で、使用するには習熟が必要なのですよね? それでも、我々には必要な道具だと、天啓を受けたのです!」
「天啓って・・・」
「ロー紙同様に、お名前は決して明かしません。ですから!」
「自分の時間が・・・」
「「「なにとぞ〜〜〜〜」」」
さらに腰を深く曲げてます。後で、ぎっくり腰とかならないかな? じゃなくて!
「アルファ様。先ほどの道具で確かめておられました明細書ですが、職員三人で九日かかっていたのです。それが、目の前で、あっという間に・・・」
担当者さんは、泣き出してしまった。あわわ、そんなに手間かかるんだ。欲しがるのも無理ないなー、じゃなくて!
珠算の段位を持ってないんだよ。小学校でちょこっと教わっただけなんだから。ぱぱぱ、とはいかない。せいぜい、ぱちぽちぱち、ってな具合だもの。とてもとても、人に教えられるレベルじゃない。
そろばん作ったのは、ロックアントを狩った記録、百数十年分を整理するのに必要だったからで。
でもでも、おじさま達の後頭部は目の前に並んだまま。でもって、「なにとぞ、なにとぞ!」と、呪文のように繰り返している。
エレレラさんの忠告が、今になってずっしりと響く。どうして、こう、迂闊なんだろう。
「・・・わかりました」
「「「では!」」」
おじさん達が、ぱぁっと、それこそ雨上がりの空のように晴れやかな顔になる。
「お渡しするのは、見本品と構造図、それから、基本の操作方法だけです。あとは、皆さんで工夫してください」
「なぜでありますか?」
担当者さんは、まだ、半泣きだ。
「ですから、しばらくはこちらに顔を出せないからです」
「では、間違った使い方をした時は、どうすれば・・・」
「担当者さんが、見てました」
「私ですか! 無理です、見ただけで正しいかどうかなんて!」
「初めは、ゆっくり操作して、玉の読み方さえ覚えてしまえばいいんです」
「・・・そんなに、すぐに理解できるものなのですか?」
そのまま、おじさん四人を相手に、そろばん教室(仮)が始まった。
途中、虹魚の買い手が来たので、あわてて冷蔵室に魚を下ろしにいったり、昼食までいただいたり。
おじさん達は、仕事そっちのけで、必死にそろばんの扱いを覚えようとしたり。
だけど。
「・・・操作自体は、簡単なのですね」
最初から、そういってるでしょーが。玉を上下に動かすだけだもの。
説明しつつ、ロー紙に、盤面の読み方と構造図を書いていく。
足し算、引き算は、あっさりとマスターできた。この世界では、十進法が使われていたおかげだ。これが十二進法とか、六十進法だったらお手上げだった。
かけ算割り算は、ある程度暗算が出来ないと手こずるんだよね。でも、これもなんとか理解してもらえた。
ということで、そろばん教室、終了!
「あとは、この道具を量産し・・・。アルファ殿? 利用制限をさせていただいてもよろしいでしょうか」
ん? 日本では、小学生の習い事だよ?
「なぜでしょうか」
「この道具、いや知識は、それだけで脅威になります」
「ですから、なぜ?」
意味が判らん。
「ロー紙の製法もですが、他国にない技術は、国の力とも言えます。むやみに広めるべきではありません」
あ、あー、技術の占有ね。でも、見本品の素材はともかく、構造も操作も単純だしな。使いこなすには、練習が必要だけど。
「うーん。自分は、お勧めしませんね」
「なぜでしょう?」
「例えば、大きな取引で、明細の確認にかかっていた時間が短くなる。皆さんは手続きが早く勧められるかもしれませんが、売り手、買い手の商人さんは「こんな短い時間で、きちんと計算が出来ているのか?」と疑問に思うはずです。道具を見せれば、当然欲しがるでしょう。さらに、目の前で使ってみせれば、使い方も知りたがります。
ですが、基本構造も操作も単純。見よう見まねで作る人は必ず現れます」
「ですから、制限を」
「他の都市の商人さん達は、計算時間の短縮に疑問を持つ、と言いましたよ? それは、ローデン商工会への不信にも繋がるのでは?」
「「「!」」」
「損して得取れ、という言葉があります。
量産できるようになったら、一気に広めた方がいいと思いますけどね。有用な技術を、無償で解放する。それこそ、ローデンの信用、評判は一気に高まるでしょう」
お、考え込んだ。どっちが得か、よーく考えてみよう。なんちゃって。
「まあ、これは、自分の意見ということで。皆さんで、好きに使ってください」
技術なんて物は、使う人が、意義も目的も決めればいい。それを見た他者がどう判断するかまでは、自分の知るところじゃないし。
「アルファ様、お迎えの方が参りました」
あちゃあ、逃げそびれた。アンゼリカさんから、フェンの店に行ってね、と言われていたのを、ドタキャンするつもりだったのに。って、あれ? 明日じゃなかったの?
「ありがとうございます。では、皆さん、失礼します」
「こちらこそ!」
「本日は、ありがとうございました」
出口に向かう途中、保管室に寄った。伝言してくれた職員さんと一緒にくっついてきた担当者さんから、毛皮の残りと買取代を受け取る。忘れていたなら、そのまま置いてくつもりだったのに。ちぇ。
外に出れば、空は、ずいぶんと薄暗くなっている。迎えにきていたのは、
「賢者殿、まだこちらに居られたのですね。行き違いにならずによかった」
なんと、団長さんだった。なんで?
「こんにちわ。団長さん」
「ぅあの。大変、申し訳ないのでありますが、ご一緒、して、いただけますかな?」
馬車まで用意してきているし、表情がなんか暗いというか、なんともいえない複雑な顔をしている。
たいした会話をする暇もなく、馬車に揺られて連れて行かれた先は、・・・王宮だった。
案内された小会議室には、王様、殿下、宰相さん、ペルラさん、ヴァンさん、トリーロさん、侍従長さんに侍従さんコンビ、そして、団長さんと自分。
「商工会長方も到着しました」
あれ? さっき別れたばっかりなのに。って、このメンバーが集められるほどの一大事って、なによ。そろばんの件でもなさそうだし、なんだかなぁ。
全員が着席したところで、軽食が供された。メニューは、腹にもたれない程度で、それなりにボリュームがある。悪い話で、長丁場になる、ってことだ。
なんで、自分も呼ばれるかな〜。
食後の香茶が出されたところで、ペルラさんが【遮音】結界を引く。そして、王様が話し始めた。
「賢者殿には、ご足労いただき申し訳ない!」
いきなり頭を下げた!
「やめてください。訳が分かりません!」
いや、王様だけじゃない。王宮組は、そろって土下座せんばかりの勢いだ。
「一体、何事なんです?」
「お嬢の偽物だとよ」
ヴァンさんが、苦虫をかみつぶしている。
商工会のメンバーは、一斉にお茶を吹き出した。
「はい?」
自分は、首を傾げる。偽物、と判っているなら、相手にしなければいいだけなんじゃないの?
「賢者殿。偽物の背後には、他国の商人が絡んでいるようなのです。もしかすると、貴族や国そのものも動いているかもしれません」
宰相さんが、沈鬱な表情で状況を教えてくれる。でも、それがどうした。
「ローデンは、賢者殿には、口には表わせないほどの恩義がある。にもかかわらず、我々は、このような解決方法しか思いつかなかった・・・」
「あのぅ、なんで、自分はここに呼ばれたんでしょう?」
偽物が出たよー、と教えてくれるだけじゃないようだけど。
「恥を忍んで、お願いする。賢者殿に、偽物の討伐を依頼したい!」
・・・なんですと?
あっちでもこっちでも足止めされる主人公。




