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賢者の憂鬱

503


 騎士団へロックアントを配達したあと、[森の子馬亭]に戻った。

 そこで、商工会長さん宛に、買取の相談をしたいと手紙を書く。昨日の今日だというのに、侍従さんが待ち構えていて、書き上げた手紙を届けにいってしまった。タフだなぁ。


 フェンさんにお土産は要らないかと聞いてみたが、ウサギでは柔らかすぎて、猟師や旅行者には人気がないから、と断られてしまった。

 一方、グロボアの革は、他の防具の補強に使えるから、と買っていった。そう、買われてしまった。これで、今回の滞在費が丸ごとまかなえる。

 農場で獲ったオオカミの毛皮も、買い取りされてしまった。アルちゃんに似合いのベストが作れるわー、と喜んでたりするし。


 うう、口座の残高が減らない。


 翌日、商工会から相談に乗りましょう、と案内人付きで返事が来た。連れられて商工会館に行く。ロー紙の価格決め以来だな。


「それで? 何をお売りになりたいのですか?」


 ウサギの毛皮、鞣した耳、モグラの毛皮、虹魚の身、小刀魚の干物を一点ずつ取り出して並べる。

 人参ジャムのほとんどは、アンゼリカさんが貰ってくれた。残りは、自分で食べることにしている。


 商工会長さんと売買担当のトップ、買取査定の人がそろっている。


「東の草原のウサギですか。いい鞣しですな。毛の質も上等です。モグラもいいものです。それで、これは?」


「ウサギの耳の部分だけなんですけど、大きいし。試しに鞣してみたら出来ちゃったので」


「ほう! これだけ薄い皮を、よくきれいに加工できましたねぇ」


 などなど、話を続ける。


「食品については、買い手を捜してみましょう。賢者殿がお持ちならば、鮮度に問題はないそうですからね」


「よろしくお願いします」


「それで、毛皮はこれだけですか?」


「いえ、たくさんありまして。一応、全部、質を確かめてもらった方がいいと思うんですが」


「そうですね。出していただけますか?」


「ここでいいですか?」


「どうぞ」


 それなりに広い応接室だけど、大丈夫かな。


 モグラは、すぐに積み上がった。しかし、ウサギの毛皮の山が一つ、二つと増えるに連れて、商工会の人達の笑顔が引きつってきた。


「あ、あの、賢者殿?」


「アルファと呼んでください。それで、なんでしょう?」


「その、毛皮は何枚ほど、ありますので?」


「四百枚以上、えーと、何枚だったかな?」


「済みません! ここでは無理です!」


 そうみたい。自分でも全部をいっぺんに並べたことがなかったから、見当がつかなかった。


「あ〜、こちらこそ。それでは、どこに持っていきましょう?」


「空いている倉庫は、あったか?」

「し、調べてきます!」


 買取査定の担当者さんが、部屋を飛び出していった。待っている間に、毛皮を一旦便利ポーチにしまう。


「その、け、んじゃなかった、アルファ殿のマジックバッグは、すばらしい物ですね!」


「自作品なんですけど、なぜか他の人は出し入れできないんです」


 それを聞いて、力を落とす会長さん。


「それは残念です。使えるのであれば、人気商品間違いなし、なのですが」


「ローデンで、マジックバッグを作れる職人さんはいないのですか?」


 魔道具職人さんは、子供の頃から親方の指導を受けて技術を身につける人と、自作の魔法陣や術具を作っているうちに製作にのめり込んだ魔術師が転職した人、さらには、魔術師で食べていけなくなって魔道具工房に転がり込む人、がいる。

 ある程度、魔術の素養が必要なため、どの街でも職人数は少ない、と、ルプリさんから教えてもらった。


 ちなみに、以前、ローデンの魔術科から借りた本に載っていた魔法陣は、作り手も使い手もめったに現れない、超高級マジックバッグだった。


「小容量のものであれば、作る者がいますよ」

「ですが、ハンターの携行品をしまうのが精々で」

「できれば、隊商の商品をまかなえるほどの容量の物があるといいのですが」


「それだと、盗賊に襲われた時、大損になりませんか?」


「「そうなんですよねぇ」」


 マジックバッグは、空間を拡張しているだけなので、大容量のマジックバッグになると、それなりの重量になる。馬一頭に背負わせるには、負担が大きすぎて、いずれにせよ馬車が必要になる。それでも、馬車丸ごとより、マジックバッグにまとめられた商品を搔っ攫う方が、盗賊的には美味しい。


 ちなみに、気の利いた商人さんの中には、安物の金ぴか物を用意しておいて、襲われたときにちょろっと転がすことで盗賊の足を止めて、その隙に逃げる、なんてこともするそうだ。


 便利ポーチは、亜空間を利用していて、こちら側の質量はまるっと無視できる反則仕様。加えて、一万近いそれを使い放題。・・・チートだ。


「あの〜、毛皮の保管場所の用意ができました、よ?」


「ありがとうございます。案内、お願いします」


 考え込んでいる会長さん達を置いて、案内してもらった。取り出してみれば、部屋は毛皮の山でいっぱいになってしまった。担当さんは目を丸くする。そして、査定には時間がかかる、と申し訳なさそうに言う。無理もないな。次に、ローデンに来る時までにゆっくり鑑定してください、と伝えておく。


 だいたい、一ヶ月ほどあと、だろうか。コンスカンタからの返事は、それくらいで返ってくるだろうから。



 用事は一通り終わらせたので、まーてんに帰ろう。


 久しぶりに、染色実験をすることにした。結果、羽付の内臓と卵のうを混ぜた物は藍色になった。

 赤蟻の混合物では、なんとエルダートレントも染められた。ただし、黒。・・・やっと染められたんだ。黒でもいい。いいことにする。


 自分が染色用の洞窟にこもっている間、相棒達は岩場を遊び場にしていた。ムラクモも混ざって追いかけっこをしたり、早さ比べをしたり。・・・うん、怪我しないんならいいんだ。


 おっと、そろそろ一ヶ月経つじゃないか。返事は来たかな〜。



「ようやく、おでましか・・・」


 ギルドハウスの自分の執務室に、ヴァンさんが居座っていた。


「こんにちは。ヴァンさんの部屋はどうしたんですか?」


 ヴァンさんの額に青筋が立った。今度は何!


「俺んとこにまで、変な手紙が来やがって・・・」


 なんだ。


「あ〜、御愁傷様です〜」


「何が御愁傷様だ! おかげで仕事が全然すすまねぇ!」

「顧問殿。お疲れ様です」


 トリーロさんが、香茶を持ってきてくれた。


「お疲れなのは、ヴァンさんですよね」


 苦笑している。あれ?


「手紙の半分は、例の迷惑な方々からの物なんですが、残りは何でも古いお知り合いからだそうで」

「ちくしょぅ」


 語尾が小さい。


「そういえば、あちこちで「ヴァンさんによろしく」と言われましたねぇ」


 オトモダチが、たくさん居るのはいいことだ。そういったら、がっくりとうなだれてしまった。あ、こら、オボロ、慰めなくていいから! と思ったが、がっしりとヴァンさんに抱え込まれた。


「ギルドの連中は、あいつらとの関係を根掘り葉掘り聞き出そうとしやがるし。手紙を読めば、散々文句書かれてるし。どいつもこいつも、俺の苦労を知らないでよぅ」


 オボロは、撫でくり回されて、半分目を回している。相棒達への毎日のブラッシングは欠かしてないので、みんな、極上の手触りだ。癒し効果抜群だろう。


 ヴァンさんの相手はオボロに任せて、トリーロさんはてきぱきと報告を始めた。


「顧問殿のご友人からのお手紙は、こちらです。それ以外の方々からの物は、先ほど、まとめて王宮に送りました。

 それと、商工会から、ご依頼の買い取りの件でお越しいただきたいと、連絡がきております」


 相変わらず、わかりやすいわぁ。


「いつも、ありがとうございます」


「はい?」


「いつも、面倒ごとばっかり押し付けてるみたいで、申し訳ないなぁって」


 トリーロさんは、にっこり笑った。


「何をおっしゃいますやら。思いやりある上司にいたわっていただけるだけで、ますます気合いが入ります」


「いや、ほら、でもね? 思いやりある上司って、自分には全く当てはまらない気が」


「ご自分の評価を気になさらないところは、顧問殿の美点の一つではありますが、もう少し理解していただいてもよろしいかと?」


「評価も何も、ただの猟師、なんですけど?」


 あれ? トリーロさんの笑みが深くなった。じゃなくて黒い?


「密林街道での顧問殿の人気は衰えるどころか、ローデンでも、とても慕われておられるのですよ?

 この際です。どのようなうわさがなされているか、私の知る限りをお教えいたしましょう!」


 うわさって、自分の?! いいです、聞きたくないです!


 でも、またも逃げられなかった。なんなの、その恥ずかしい呼び名の数々とか、尾鰭ひれ背ひれ付きの活躍譚とか!

 途中からは、ヴァンさんまで、ギルド内で広まっている自分のうわさ話をしゃべりだすし。

 だめだ。恥ずかしすぎる〜


「さて、ご理解いただけましたか?」


 ドヤ顔で言われても。


「ぜんぜん、判りません!」


「お嬢、少しは考えろよ」


「ヴァンさん〜」


「では、よろしいですか? これが、顧問殿ではなく、どなたか他の人の話だったと思ってください。好印象を持って各地に名を知られた人が現れました。商売を大きくしたい商人がいます。あるいは、他国にも名を知らしめたいと考えている貴族がいます。彼らは、うわさの人物をどう見るでしょう?」


「それは、有名人と知り合いになれれば、己の名前も・・・」


「前回のお手紙だの訪問者だのも、つまりはそういうことです」

「ここまで派手なことになるとは、予想もしてなかったけどな!」


 ヘミトマさんは、しつこくレウムさんを誘おうとしていた。で、今度は自分がレウムさんのような立場になった、と。


 ・・・これは、まずい。


 新砦の名前の時に、なんであんなに人が押し寄せてきたのか、ようやく判った。自分を出汁にして、ローデン王宮と縁を結ぼうとする人だけじゃなかったんだ。


 身内に取り込んで、手柄を我が物にする。

 知己を得たことを、己の宣伝に使う。

 うまくおだてて、次の成果を狙う。


 などなど。


 (見た目が)若い女だというのも、彼らがまとわりつく要因の一つかもしれない。いくらでも利用方法はある、と考えているのだろうな。


 まずすぎる。


 これ以上、うわさを立てられるわけにはいかない。勝手に道具扱いされるのは御免だし、追いかけ回されるのも断固拒否したい。それに、これ以上知り合いが増えたら、どこで本性がばれるかわかったもんじゃない。それとも、時間の問題? だめだ、そうなったら、ますます収拾がつかなくなる。


「わ、かりました」


「あ、あれ?」

「顧問殿?」


 [魔天]領域内なら、その辺のハンターさん達には見つけられない自信がある。


 ・・・街で食べられるおいしい物に未練はある。あるが、とっとと身辺整理して、さっさと森に引きこもろう。もう、それしかない!


「トリーロさん。商工会には、明日伺います、と連絡してもらえますか?」


「は? はい」

「お嬢?」


「ヴァンさん。港都とコンスカンタから、返事は来ましたか?」


「ん? 港都からは、まだだ。コンスカンタは、最低十匹は欲しいと言ってきた」


「今年の分、追加しますか?」


「お、おう。それくらいなら、町中からかき集めた分と合わせて納品できる、と辻褄を合わせられるからな。だから、港都の分は、来年まで待たせるつもりだ。なんだが?」


 来年かぁ。


「うーん、どうしたらいいかな?」


「おい。お嬢?」


 まとめて渡しても、保管場所がない。あったとしても、山盛りのロックアントを見たら、みんな、吃驚仰天するだろうし。

 場所。そうか、小分けにすればいいか。


「お嬢よう、どうしたんだ?」


 今夜のうちに、作れるだけ作っておこう。


「すみません。急いで、やっておきたいことを思い出したので。これで失礼します」


「おーい、お嬢!」


 あっけにとられているヴァンさん達を残して、執務室を出た。

 あれ? おじさんたちの主張は、斜め下に受け止められた?

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