オーバーキル
014
実験もかねて、人型のまま森へ行く。
服や靴の具合と、魔力隠蔽が効いているかどうかを確かめるためだ。
森の草木は、それなりに凶暴で、さっくり切り裂く葉、突き刺さる枝など、半端な毛皮ではあっという間に血だるまになる。
もっとも、ドラゴンの鱗は、それらをものともしなかった。そりゃそうだ、雷に当たってもピンシャンしているんだ。ちょっとやそっとじゃ傷つかない。が、人の皮膚ではそうはいかない。完全武装が必要だ(後に、か弱そうなのは見た目だけだった、と判明したが・・・)。
脱皮殻でも、もとがドラゴン素材、丈夫さに問題はないようだ。靴底を厚めに形成したので、足下もしっかりしている。指ぬき手袋にしたのは、指弾の命中率を下げたくなかったからだ。歩くときに、指先を握りしめておけば、怪我をしなくてすみそうだ。
低い視点から見る森は、また別物のように見える。しかし、以前と同じように音が聞こえる、目もよく見える。感覚は、ドラゴンレベルを維持している。魔力持ちの動物たちは、ちびになったワタシを完全に無視した。隠蔽もできている。
森の林底は、以外と歩きやすかった。下生えは、せいぜいひざ下くらいで、樹幹を形成するような木々は、それなりに間隔が空いている。所々に、更新中の若木が密生しているくらいだ。高木の下枝は、森杉をのぞけば10メートルぐらいのところからついていて、大型の動物たちが余裕で歩ける空間になっている。
問題はなさそうなので、一安心した。油断はしない。今日のところは、これで帰ろう。
数日かけて、森の中での行動範囲を広げていった。獲物となりそうな動物の行動調査の為だ。ターゲット予定の一番は、ウサギ。ほぼ一食分が確保できる。より大きな動物だったら、食べきれなかった分を薫製にする。その薫製資材の準備にも抜かりはない。ただ、まーてんに近いところに、ウサギはほとんどいない。獲物を探して、うろうろしていた。
見つけた、鹿だ。まだ子供らしく、自分と同じくらいの大きさ。これでいこう。
殺して、食べる。
今更だが、身震いする。だが、いつまでもためらっているわけにはいかない。慎重に狙いを付けて、指弾を撃つ。
子鹿は、爆散した。
近くにいた親鹿が逆上した。雷をまとわりつかせた角を振り立てて、向かってくる。指弾を構える余裕がない。すい、と体を捻って突進を躱し、片方の角に手をかけた。力一杯振り抜く。
親鹿は、すっ飛んでいった。
だがん! と、何かが激突した音がした。
振り向けば、壁のようにも見える木の幹に赤黒いものが塗りたくられている。親鹿も、死んでしまった。あまりの衝突の勢いに、全身がちぎれとんてしまったのだ。
地球での事故当時を思い出す。ブレーキの壊れた大型バスにはねとばされ、断崖絶壁のその麓の岩に全身を叩き付けられ、即死していなかったのが不思議な状態でバウンドし、さらに崖下にはね落ちる途中で、別世界に飛び込んだそのとき。
たしかに、自分が生きる為に、狩りをする覚悟はした。だか、こんな殺し方をしたかった訳じゃない。
雨が降り始めた。今日のスコールは一段と冷たい気がした。
子鹿と親鹿から、食べられそうな肉片を拾って、洞窟に帰っていった。
本当に、覚悟がついていたんでしょうか?




