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いつか、どこかで -森の約束-  作者: しまいね れーん
迷えるものたちの狂想曲
134/192

海都の難

423


 海都までの街道で、もう一泊した。

 その集落では柑橘類がちょうど収穫期とかで、食事時のジュースが飲み放題だった。ローデン付近では栽培されていない品種で、やや酸味が強い。かぼすのような物もあって、焼き魚に添えられていた。・・・なんか、こっちで暮らしたくなってきたな。

 数種類のマーマレードと(たぶん)かぼす汁を購入して、出発した。


 旧道と新道が合流してすぐに、海都の街門についた。ここでは、ムラクモ以外の相棒達には、影に入っていてもらう。大きい街では、どんな騒動になるかわからないしね。


 身分証を見せたが、騒ぎにはならなかった。まあ、発行都市名と名前しか見せてないからね。同名の別人と判断されたようだ。身分を表示させない方法を、ポリトマさんに教えてもらってて助かった。


 まだ陽は高いが、西街道側の街門に近いところに宿を決める。


「いらっしゃいませ」


「こんにちは、一泊お願いできますか?」


「はい。騎獣は馬一頭で間違いありませんか?」


「馬以外の騎獣もいるんですか?」


「走鳥や、走竜。帝都との間だけですが、ワイバーンを使う方もいらっしゃいますので」


 走鳥は、ダチョウもどき、走竜は二足歩行のトカゲだ。ワイバーンは、西山脈とか、[魔天]を貫く南北山脈に生息している。風の吹いているところでないと離陸できないという厄介な生態をもつためだ。騎獣に出来るとは知らなかった。ちなみに、これらはすべて魔獣ではない。


「初めて知りました」


「そうですね。クモスカータの外からいらしたお客様は、皆さん驚かれます」


 ニコニコと教えてくれる受付のお姉さん。


「夕食までは、街で買い物をして来たいのですが、これらを売っているお店を教えてもらえますか?」


 食用油は外せない。醤油ももう少し買い足しておこう。なにせ、大魚の身が大量にある。出来れば、砂糖も欲しい。


 お姉さんは、親切にも地図まで付けてくれた。助かる。


 ムラクモに、大きめの鞍袋と荷籠を付けてもらって、買い出しにいく。エレレラさんの忠告もあるし、便利ポーチは、極力人前では使わないようにしなくちゃ。


 海都の南側は、斜面に沿って貴族の館が建ち並んでいる。大通りは西街道側の街門を進んだ先で大きく北に向きを変える。大通りの海側には商店や民家が、東側の中央に砦が、左右に宿屋がある。

 船着き場は、港都側の街門の外にある。ただ、交易船は貴族街と商店街の中間にもうけられた、大きな港を使っている。


「本当は、漁船も街の港に付けられればいいんだけど」

「人が増えちゃって、街の外に出されちゃったんだよ」

「人足には、いい仕事になるけどね」

「でもほら、今は出漁できないでしょ」

「沖に出ない釣り船なら出てるよ?」

「小さくても、生きのいい魚が入ってきてるから」


 買い物をしながら、おかみさん達からうわさ話を聞いた。そうか、こっちにも出漁禁止の連絡がきてたのか。

 魚の入荷は減っても、街はにぎやかだ。小さな子供達が、がんがんアタックを掛けてくる。でも、自分からスリ取ろうとしても無理だってば。


「いてっ」

「え?」


「はい、失敗」


 片手を握り上げる。これで何人めだ?


「ちくしょう!」


 じたばた暴れるが、放さない。巡回している兵士さんにまたも突き出す。


「多いですよね?」


「はあ。あなたもよくこれだけ捕まえられますよね」


「魔獣の突撃に比べたら、ぬるいもんです」


「そういうものですか・・・」


 感心しているんだか、あきれているんだか、の返事をする兵士さん。


「まあ、スリや置き引きの通報は最近多いですね」


「君、なんでこんなことしてるの?」


「・・・」


「正直に話してくれたら、これ、食べてもいいよ」


 さっき露店で買った串焼きを見せる。あまりいい方法ではないが、彼は、ガリガリとまではいかないが、飢えた様子に見える。


「ん?」


「・・・かあちゃん」


「なぁに?」


「母ちゃんが、いきなりいなくなったんだ。家にある物は全部食っちまったし、妹達はまだ小さいし。ほかにどうすればいいってんだよ!」


 自棄になって、叫ぶ少年。


「さっき捕まえた子達も、ひもじそうに見えましたよね?」


「まさか、他の子供達も?」


 少年に、串を渡す。でも、すぐには食べようとしない。


「どうしたの? 食べていいよ?」


「妹達に食わせてやりたい」


 うつむきながら、そう言った。


 兵士さんに質問する。


「こういう子供達の一時預かり所、みたいなところはないんですか? それと、行方不明者の探索とかは?」


「あ、ああ。学校ならばしばらく面倒を見てもらえます。探索も届け出があれば動きます。でも、今のところ通報があったとは聞いてないんですが」


「俺、ちゃんと言ったよ? でも、まともに取り合ってもらえなかったんだ。学校は、嫌いだし」


 兵士さんが、真剣な顔で少年を諭した。


「せめて、妹さん達だけでも学校に連れて行こう。君は、現行犯だからね。砦でちゃんとお説教を受けてくること。それと、君の話を聞いてくれなかった人は誰?」


 話をしながら、砦に向かう。


「じゃあ、自分はこれで」


「あの、他の子供達からの聞き取りにも立ち会ってもらえませんか?」


 引き止められた。


「ええと、なぜでしょう?」


「ごつい大男からよりも、綺麗な若いお姉さんからやんわりと聞かれた方が、正直に話しやすいと思うんで」


「・・・」


 なんで、通りすがりの一般人を巻き込むかな。


「それに「森の賢者様」なら、よいお知恵をおかりできるかな〜って」


 はにかんで言うな! 気色悪い。なにより、その呼び方、どこで聞いた!


「え? 姉ちゃん、すごい人なの? なら、頼むよ。母ちゃん、探してくれよ。頼むよぉ!」


 少年が泣き出した。周囲の視線が痛い。自分が泣かせたんじゃないけどさ、違うんだけどさ。


「では、砦に行きましょう!」


 兵士さんに声をかけられ連れられて、砦に連れ込まれた。うああ。


 砦の一室に自分が取っ捕まえた子供達を集めて、目の前に食べ物を並べる。途中、露店で買ってきたものだ。


「正直に全部話してくれたら、これ、食べていいからね」


 全員が、ごくりとつばを飲んだ。さっきの少年は、別の兵士さんと一緒に彼の家に向かっている。妹達を保護するためだ。

 話を聞けば、全員が、母親がいなくなって食べるに困って、盗みを始めたそうだ。近所の家でも次々といなくなり、頼れる大人がいなくなったから、と。

 学校で保護してもらえることは知らなかった。格安とはいえお金を払って通っているところだ。子供でも、授業料を払えない、すなわち通う資格がない、と、考えたのだろう。

 せめて、教師に相談してくれればいいのに。


 別の部屋で、砦の隊長さん達と話をする。


 彼らの家の位置は、特定の地区に集中している。しかも、父親はいないか、長期間街の外で働いている家ばかりだ。

 いまのいままで、誰も気がつかなかったの?


「家庭の事情にも通じてるし、地元の誰かが手引きしているんでしょうねぇ」


「さらってどうするんだ?」


「他所の国に、無理矢理連れて行くんじゃないんですか?」


「どうやって!」


 ローデンで身分証を貰った後で、いろいろと教えてもらった。

 身分証の再発行時には、それなりの費用がかかる。また、身分証を持たないで入国した人が、都市で生計を立てる方法は少ない。都市の外の集落で働くにしても、再発行のための費用を稼ぐのは時間がかかる。


 無理矢理他国に連れて行かれた人達は、とてつもない苦労をすることになる。都市外の村落で仕事を探すか、保護してくれる貴族や商人のもとで格安で働くか、最悪、スリや乞食に身を落とす。

 誘拐犯と取引先の貴族や商人が結託していれば、奴隷同然の扱いをされるだろう。


 ちなみに。どの国でも奴隷は禁止されている。すなわち、人身売買は違法なのだ。


 まさかとは思うが、新造する交易船がらみで、別口の謀を企てている連中、か? でも、完成はまだまだ先のはずだし。


「船着き場が近いですからね。船で南の岬を回れば、すぐでしょ」


「・・・そこまでするか?」


「さあねぇ。これは自分の想像ですから。本当は、違うかもしれないし。いずれにせよ、そのいなくなったお母さん達を探すのが先ですよね」


「「「・・・」」」


 その場の全員が、自分を見ている。


「・・・なんでしょう?」


「その、だな?」

「すごく、言いにくいことではあるが」

「適役が、思い浮かばないし」


 やだよ、やめてよ。やらないよ?


「おとり役、頼めませんか?」


 やっぱり来た!


「なんで自分? ギルドに頼んで女性ハンターでも頼めばいいじゃないですか!」


「彼女らは、この辺では顔が知られてるんだ」

「その、貴女は猟師、だし?」

「ちょっとやそっとの荒事でも、冷静に行動できるかと」


「すぐに引っかかるとも思えません! これでも、予定があるんですよ?」


「「「「そこをなんとか!」」」」


 またも、土下座だ。クモスカータの伝統かい!



 子供達からの聞き込みで、いなくなる時間帯は、昼前後だということがわかった。

 その晩は、宿に泊まって、翌日、件の地区を散策する。私服の兵士さんが、それとなく通りかかる。地元で顔を知られている人が多いため、ほんの数人しか配置できなかったそうだ。

 路地裏を覗き込んだり、まだ小さい子供達に声をかけたりしながら、道を歩く。大人はほとんど見かけない。この辺りの大人は、かよいで働いているそうだ。残っているのは、子供の世話をする若い母親達か、足のなえた年寄りだけ。


「よう、こんなところじゃいい仕事は探せないぜ」


 そこそこの値段はしそうな服を着た男が、声をかけてきた。やけに馴れ馴れしい。にやけた顔も好みじゃない。


「そうなんですか。この地区で働き手を捜している人がいる、って聞いてきたんですけど?」


「ないない。ここらは、がきと年寄りしかいねえよ。勤め先ならいいところを紹介してやるから、付いてこいよ」


 腰に手を回してくる。さりげなく外してやった。


「つれないねぇ。でも、あんたなら別嬪だし、とびきりのところを紹介してやるよ」


「ご親切に、どうも」


 連れて行かれた先は、海沿いの建物だった。


「ここですか?」


「このなかで、いろいろと選ばせてやるからさ」


 二階ではなく、地下に案内される。扉を開けると、中に突き飛ばされた。


「何するんですか!」


「なあに、買い主がくるまではそこで大人しくしてな!」


 がしゃり! 鍵をかけられたか。部屋の高いところに横に細長い窓がある。扉の脇には回転式の小扉がある。そこから食事を差し入れているようだ。


「皆さん、お怪我はありませんか?」


 部屋の奥に、十人余りの女性達が座り込んでいた。


「え、ええ。一応は無事だけど、あなたは?」


「砦の人に頼まれて、救出の手伝いを」


「「「まあ!」」」


 あちこちから、すすり泣く声がする。


「お名前を確認させてくださいね?」


 子供達から聞いた名前を、一人一人確認する。全員そろっているようだ。よかった。


「昔からあの地区に出入りしてたし」

「身なりもよくなって、仕事口を紹介してくれるって言うからついてきたんだけど」

「逃げ出そうにも、扉はそこだけなのよ」

「それに、うかつなことをすれば子供達もさらってくると言われて」


「お子さん達は、昨日のうちに、砦に保護されています。皆さんがいなくなって、食べられなくなったものだから、スリやってましたよ」


「なんてこと!」

「ちゃんと、お金のあるところを教えておいたのに」


「お母さん達がそろっていなくなったせいで、友達同士で助け合おうとして使い果たしちゃったらしいです」


「「「・・・」」」


 またも、泣き出す女性達。


「さて、これから逃げ出しましょうね」


 女性達には、扉付近に避難してもらう。


「どうするの? 上には、男達がたくさん居るはずよ?」


「こうします」


 さくさくさく。


 海に面した壁を、「変なナイフ」で切り抜く。この地下牢は、海に張り出して作られている。おそらく、床を抜いて、下に控えた船で連れ出す予定だったのだろう。床をいじれば、上の連中に気づかれる仕組みがありそうだ。なので、壁に穴をあけた。

 そこから、ぽい、と荷馬車を放り出す。ムラクモはすっごくいやがったが、拝み倒して借り受けた。・・・作ったの、自分なんだけど?

 それはともかく。一体化してあるので、水漏れなんかしない。船代わりに使える。


「・・・あの、これは」


「いいから早く下に降りてください」


 縄をたらして、荷馬車に降りてもらう。最初に降りた女性には、流されないように、しっかり捕まっているように言って、残りの女性達も乗り移らせる。全員が降りたところで、自分も乗り移る。


「あの、ここからは?」


「漕いで行きましょう」


 宿で作っておいた櫂を取り出す。左右三本ずつ、御者席側を後ろにして進む。


「街の外の船着き場までいけますよね?」


「「「わかったわ!」」」


 波の穏やかな日でよかった。

 巻き込まれ体質な主人公。主人公だし。

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