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いつか、どこかで -森の約束-  作者: しまいね れーん
迷えるものたちの狂想曲
130/192

一両入魂

419


 その箱馬車は、黒一色だった。柔らかな曲線を描く車体は、素材そのものが艶やかに輝いている。

 扉には蔦模様の格子がはまっている。


「・・・」

「なんていうか。目の前で見せられると、なんていうか・・・」


 ルプリさんも、唖然としている。


「内装は、毛皮と布のどちらがいいですか?」


「金銀で刺繍された布か、珍しい魔獣の毛皮、って、お持ちですの?!」


「自分は、猟師が本職〜」


 後席は、拾った丸太から作った一枚板に毛皮をかぶせた。その下は、もの入れだ。


 前席の半分も同様の作りだが、いすの下の用途は違う。言うなれば、簡易トイレ。

 前席の右半分は、テーブルになっていて、御者席の小窓と同じ高さにしてある。


 扉は、車体の右側のみにあり、横開きではなく上に跳ね上げる。外側から引くか、内側の床ぎりぎりのところの取っ手を押して、開く。


 小窓には、アスピディの下羽をはめこんであり、雨風の侵入を防ぐ。換気は、小窓の上部と前席の足下にもうけたスリットを開閉して、調整する。

 御者台側にも小窓があって、外側に押し開けられるようになっている。


 内壁は、細い糸状にしたシルバーアントで、小窓と同じ意匠の柄を付けてみた。所々に、小さな水晶球を埋め込んである。天井も同じように細工した。


 ルプリさんに出してもらったのは、燭台の灯の部分だけ、と簡易トイレの浄化装置。


 天井の中央に燭台を固定し、シルバーアントとアスピディの羽で作ったランプシェードをかぶせる。御者台の左右には、似たような意匠のランプをぶら下げた。


 内装にずいぶんと手間を取られた。ま、一度作っちゃえば、なんとか流れ作業的には出来るんだけどさ。美術的デザインには、自信がないんだよねぇ。


 台車部分は、荷馬車よりもすこしだけ短くなっている。車軸は太くしたが、バネは付けていない。贅沢にも二頭立てにしてある。一頭でも引ける重さなんだけど、見栄え重視だって言うから。


「内装とか、見てもらえますか? もっと派手なのがいいとか、いろいろ」


 二人がおそるおそる、馬車の中を覗き込む。


「ずいぶんと、広く感じますのね。黒地に銀模様。派手さはありませんが、重厚感があって。この毛皮は何をお使いですの?」


「ロクソデス。正真正銘の[魔天]産」


 尾が二本ある、豹のような魔獣だ。しっぽの部分は、後席の肘置きに使ってある。クッション材には、グロボアの毛皮を折り畳んで使った。もったいない気もするが。


「ねえ。なんでこんなものを付けたのさ?」


 簡易トイレのことだろう。


「馬車から降りたくない、と言われたときのために、ね♪」


「何考えてんの?」


「もしも、リギュラ卿が「やっぱり退位しない」って言った時に、ここに閉じ込める事も出来ますし〜。でもって、誓書に従わない人ってことで、馬車にのせたまま、街中の人に知らせてもいいし、帝都に連行してもいいし。あ、外から鍵、掛けられますから」


 余った毛皮でクッションを作りながら、そう教える。中身は、トレントの乾燥した葉だ。綿があればなぁ。


「「・・・」」


「ただ、夜具のたぐいは手持ちにないので、お披露目の前に持ってきてもらいたいんですが」


「ルプリ様、今夜、我が家の夕食にご招待いたしますわ」

「え? なによ、いきなり」

「お帰りになる際に、運んでいただけませんか?」

「あ、ああ。そういうことね。うん、マジックバッグを用意しておくわ」


「えーと、これで決まり。ですか?」


「あたしは、なんともいえないわよ?」

「素材を説明すれば、これを選ぶ。と思うのですが」

「ちなみに、材料費だけでもどれくらいになるの?」


「さあ? 全部、自分で獲ったものばかりなので。あ、でもアスピディの羽は拾いものです」


「・・・あ、アルファ様。素材と、数量を挙げてもらえます?」


 何やら、震える手で、机の端を使って書き取っている。


「ルプリ様なら、おいくらになりましたか?」

「うん? 加工費も込み?」

「いえ、それは別にして」

「金貨六十枚。加工費は・・・出せないわ」

「やっぱり」


「なんで?」


「誰もやった事がないから、よ」


「じゃあ、一体化は無視して、魔導炉でロックアントの加工と組み立てをした場合なら?」


「う〜ん」


 ルプリさんが顎に手を当てて、考え込む。そのうちに、両手が空中を踊りだした。


「ルプリさん?」


「あたしなら、加工賃だけで金貨百枚は請求するね。それも、最低価格で」


「なんでですか?」


「設計費、魔導炉の占有による他の作業の遅れ、日数がかかる分の日当、そういうのがいっさい含まれてないからね。

 ねえ。これ、製作者をごまかすのはどうあっても無理があるよぅ」


 泣きが入ってしまった。


「何も、制作者がはっきりしてないとお披露目できない、ってことはないですよね? 否定も肯定もしなければいいんです」


「だったら、アルさんでも」


「なら、この話はなかった事に」


「だめです! これ以上の品は望めません。ルプリ様! お願いですから、協力してください!」

「だってさ! これ、世間に出たら、絶対「うちにも作ってくれ」って依頼が来るよ? その時、どうしたらいいのよ!」


「そこは、砦の主任さんにお願いしましょうよ。こういう事、得意だそうですから」


「いくらあたしでも、工房を爆発させるのとはわけがちがうんだ。おちつかないって!」


 そんなもんと、比較しないでもらいたい。


「二人とも、座席に座ってもらえますか?」


 クッションを握らせて、車内に上がってもらう。


「なに?」


「最終確認、してください。扉、締めますよ?」


 扉が閉じると、自動的に天井の灯が付いた。自動車のルームランプのようなものだ。もっとも、これは、扉が閉まるとオン、または、ずーっとオフ、の二つの設定しかないけど。この設定では、他に使い道がなく、ルプリさんの倉庫でずーっと眠っていたそうだ。


「まあ!」

「うわぁ」


 中の二人からは、感心したような声がする。


「どうです? それなりに、綺麗に仕上がってると思うんですが」


「これは、中に座ってみないと、わかりませんね」

「あのランプが、こんなふうに使われるなんて。予想外にもほどがあるわぁ」


「扉、開けますよ?」


 開けたとたんに、二人から声がかかる。


「閉じて!」

「もう少し、見させていただきたいですわ!」


 言われる通りに、扉を閉める。


 今は、車庫内なのでランプが目立つ。そこに、自分の『灯』を複数ともして、屋外ほどではなくても明るくしてみた。


「野外で外が明るい時に近いと思うんですけど、中の印象はどうですか?」


「気になりませんわね」

「うん。なんていうか、このまま、しばらくは座っていたい・・・」


「リギュラ卿も、そう思ってくれるでしょうか?」


「うん・・・」

「そうですわね・・・」


 こらこら、仕掛人が仕掛けにはまってどうするの!


「二人とも、扉の足下、床に近い部分をよく見てくれますか?」


「私が」


 エレレラさんが、しゃがみ込んだようだ。


「体の影になって、よく見えませんわ」


「境目に沿って、指先をなぞらせてください。くぼんだところ、わかりますか?」


「ええと、これかしら? ありましたわ」


「左に押してください」


「こうかしら? って、きゃあ!」


 ぱくん、と扉が開いた。エレレラさんが転がり落ちそうになるのを、支えてとめた。


「大丈夫ですか?」


「え、ええ。ありがとうございます。今のが?」


「はい。中から外に出る方法です。わかる人に指示してもらえば、ちゃんと出られますけど、知らない人にはどうやっても、無理、ですよね? でもって、魔術を使っては出る事も開ける事も出来ません」


「あ」

「ロックアント、で作ってあるから?」


「そうでーす♪」


「アルさんって、悪知恵が回るんだぁ」


「心外な! 依頼主の注文に最大限に答えてみせただけですよ?」


「やりすぎじゃないの!」


「自分の辞書に、製作に手心をくわえるという言葉はありません!」


 そんなことをしたら、後で不具合が出るじゃないですか。作るからには、用途に合わせた最高の仕上げにしなくちゃね。


「書き込んどこうよ。もう少し穏便にさぁ」


「え? 外からの攻撃にはかなり持ちこたえられますし、安全性は十分でしょ」


「違ーう!」

「アルファ様・・・」


「だから、様付けは」


「いえ。このようなすばらしいものを見せて頂いただけでも感激ですわ。本当に、私が買い取らせていただいてもよろしいのでしょうか?」


「自分が、こんな馬車に乗ってどうするんですか。森で立ち往生するのが落ちですよ?」


 ぶっ。


 ルプリさんが吹き出した。


「表立ってのお支払いは出来ませんが、見合う金額を必ずお渡ししますわ」

「って、それもあたしぃ?!」

「ルプリ様にも、もちろん協力費をお支払いいたしますから」

「あ、えっとそれじゃあ、こういうのはあるかな?」


「もしもーし! これ、この後、どうするの?」


「「あ」」


「そ、そうですわね」

「当日の、順番の直前、しかないよね」

「ええ。見せたとたんに虫が集ってきそうですもの」

「でもって、横取りしようとするとか、勝手に持ち出すとか」


「でも、エレレラさん、当日は、舞台っていうか、リギュラ卿のそばにいなくちゃいけないんでしょ?」


「そうなんですよねぇ」


「それも、主任さんに相談してみては?」


「わかりましたわ。アルファ様の明日のご予定は?」


「まだ、作り終わってないものがあるので。ルプリさん? 明日も、隠れてた方がいいと思いますか?」


「うん。で、アリバイのために、あたしが迎えにいくのね」


「お願いします」


「私は、ラストル様といろいろと打ち合わせして参りますわ。午後にお伺いしたいのですけれど」

「はぁい。今日と同じところでいい?」

「よろしくお願いいたしますわ」


「エレレラさん? 今日は、この後は?」


「・・・こんなに早く出来上がるとは思っていなかったものですから。夕食に間に合うように帰るまでは、予定はありませんの」


「ルプリさんの手伝いは?」


「う〜ん。お嬢様に、ねぇ」

「書類整理なら得意なのですけど」


 さっきの、実験を手伝ってもらうかな?


「アルファ様?」


「後は大物を作る予定はないから〜」


 馬車を部屋の隅に寄せる。自分がぐいぐいと動かすのを見て、二人の口がぱかっと開いた。


「あ、あの?」

「馬鹿力・・・」


 失礼な!


「ちがいます! 元々車体が軽いの! でもって、楽に動く作りになってるの!」


「ま、まぁ。そうでしたの」

「いきなりやらないでよ。驚くでしょう?」


 数枚のカードを取り出す。


「これは?」


「ルプリさんの一回きりのマジックバッグを、自分でも作れないかと」


「へえ?」


「合い言葉で、中身がでてくる、はずなんですが」


「が?」


「自分以外の人が使えるかどうか。実験に付合ってもらえませんか?」


「私は、魔術師ではありませんのよ?」


「ですから、そういう人でも出すだけなら出来る、というのを試してみたいんですよ」


「まあ、マジックバッグは、ある程度魔力を持ってればあつかえるけどさ。あたしにも手伝える事はある?」


「その前に、例の箱を全部作ってくださいよ」


「あ、忘れてた」


 だぁ!



 まあ、成功した、と言えるだろう。

 音声認識と文章解析の術式をがんがんに書き込んで、ようやく反応するようになった。開封用の文書には、童謡とか唱歌の歌詞を使っている。J-POPとかフォークソングとか演歌とかも混ざっている。他に、適当な文章が思いつかなかったから、なんだけど。


「ですけど、なぜ、こんなに長い文章になるのですか?」


 エレレラさんの声が、かすれている。


「さあ。自分でもよくわからないですねぇ。でも、これで、会場への持ち込み方法は解決しましたよね?」


「はい?」


 完成した特製収納カードに、箱馬車をしまう。


「え!」


「はい。あ、しまった。夜具を忘れてましたね」


「・・・」

 馬車の話で終わってしまった。なぜ?

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