一両入魂
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その箱馬車は、黒一色だった。柔らかな曲線を描く車体は、素材そのものが艶やかに輝いている。
扉には蔦模様の格子がはまっている。
「・・・」
「なんていうか。目の前で見せられると、なんていうか・・・」
ルプリさんも、唖然としている。
「内装は、毛皮と布のどちらがいいですか?」
「金銀で刺繍された布か、珍しい魔獣の毛皮、って、お持ちですの?!」
「自分は、猟師が本職〜」
後席は、拾った丸太から作った一枚板に毛皮をかぶせた。その下は、もの入れだ。
前席の半分も同様の作りだが、いすの下の用途は違う。言うなれば、簡易トイレ。
前席の右半分は、テーブルになっていて、御者席の小窓と同じ高さにしてある。
扉は、車体の右側のみにあり、横開きではなく上に跳ね上げる。外側から引くか、内側の床ぎりぎりのところの取っ手を押して、開く。
小窓には、アスピディの下羽をはめこんであり、雨風の侵入を防ぐ。換気は、小窓の上部と前席の足下にもうけたスリットを開閉して、調整する。
御者台側にも小窓があって、外側に押し開けられるようになっている。
内壁は、細い糸状にしたシルバーアントで、小窓と同じ意匠の柄を付けてみた。所々に、小さな水晶球を埋め込んである。天井も同じように細工した。
ルプリさんに出してもらったのは、燭台の灯の部分だけ、と簡易トイレの浄化装置。
天井の中央に燭台を固定し、シルバーアントとアスピディの羽で作ったランプシェードをかぶせる。御者台の左右には、似たような意匠のランプをぶら下げた。
内装にずいぶんと手間を取られた。ま、一度作っちゃえば、なんとか流れ作業的には出来るんだけどさ。美術的デザインには、自信がないんだよねぇ。
台車部分は、荷馬車よりもすこしだけ短くなっている。車軸は太くしたが、バネは付けていない。贅沢にも二頭立てにしてある。一頭でも引ける重さなんだけど、見栄え重視だって言うから。
「内装とか、見てもらえますか? もっと派手なのがいいとか、いろいろ」
二人がおそるおそる、馬車の中を覗き込む。
「ずいぶんと、広く感じますのね。黒地に銀模様。派手さはありませんが、重厚感があって。この毛皮は何をお使いですの?」
「ロクソデス。正真正銘の[魔天]産」
尾が二本ある、豹のような魔獣だ。しっぽの部分は、後席の肘置きに使ってある。クッション材には、グロボアの毛皮を折り畳んで使った。もったいない気もするが。
「ねえ。なんでこんなものを付けたのさ?」
簡易トイレのことだろう。
「馬車から降りたくない、と言われたときのために、ね♪」
「何考えてんの?」
「もしも、リギュラ卿が「やっぱり退位しない」って言った時に、ここに閉じ込める事も出来ますし〜。でもって、誓書に従わない人ってことで、馬車にのせたまま、街中の人に知らせてもいいし、帝都に連行してもいいし。あ、外から鍵、掛けられますから」
余った毛皮でクッションを作りながら、そう教える。中身は、トレントの乾燥した葉だ。綿があればなぁ。
「「・・・」」
「ただ、夜具のたぐいは手持ちにないので、お披露目の前に持ってきてもらいたいんですが」
「ルプリ様、今夜、我が家の夕食にご招待いたしますわ」
「え? なによ、いきなり」
「お帰りになる際に、運んでいただけませんか?」
「あ、ああ。そういうことね。うん、マジックバッグを用意しておくわ」
「えーと、これで決まり。ですか?」
「あたしは、なんともいえないわよ?」
「素材を説明すれば、これを選ぶ。と思うのですが」
「ちなみに、材料費だけでもどれくらいになるの?」
「さあ? 全部、自分で獲ったものばかりなので。あ、でもアスピディの羽は拾いものです」
「・・・あ、アルファ様。素材と、数量を挙げてもらえます?」
何やら、震える手で、机の端を使って書き取っている。
「ルプリ様なら、おいくらになりましたか?」
「うん? 加工費も込み?」
「いえ、それは別にして」
「金貨六十枚。加工費は・・・出せないわ」
「やっぱり」
「なんで?」
「誰もやった事がないから、よ」
「じゃあ、一体化は無視して、魔導炉でロックアントの加工と組み立てをした場合なら?」
「う〜ん」
ルプリさんが顎に手を当てて、考え込む。そのうちに、両手が空中を踊りだした。
「ルプリさん?」
「あたしなら、加工賃だけで金貨百枚は請求するね。それも、最低価格で」
「なんでですか?」
「設計費、魔導炉の占有による他の作業の遅れ、日数がかかる分の日当、そういうのがいっさい含まれてないからね。
ねえ。これ、製作者をごまかすのはどうあっても無理があるよぅ」
泣きが入ってしまった。
「何も、制作者がはっきりしてないとお披露目できない、ってことはないですよね? 否定も肯定もしなければいいんです」
「だったら、アルさんでも」
「なら、この話はなかった事に」
「だめです! これ以上の品は望めません。ルプリ様! お願いですから、協力してください!」
「だってさ! これ、世間に出たら、絶対「うちにも作ってくれ」って依頼が来るよ? その時、どうしたらいいのよ!」
「そこは、砦の主任さんにお願いしましょうよ。こういう事、得意だそうですから」
「いくらあたしでも、工房を爆発させるのとはわけがちがうんだ。おちつかないって!」
そんなもんと、比較しないでもらいたい。
「二人とも、座席に座ってもらえますか?」
クッションを握らせて、車内に上がってもらう。
「なに?」
「最終確認、してください。扉、締めますよ?」
扉が閉じると、自動的に天井の灯が付いた。自動車のルームランプのようなものだ。もっとも、これは、扉が閉まるとオン、または、ずーっとオフ、の二つの設定しかないけど。この設定では、他に使い道がなく、ルプリさんの倉庫でずーっと眠っていたそうだ。
「まあ!」
「うわぁ」
中の二人からは、感心したような声がする。
「どうです? それなりに、綺麗に仕上がってると思うんですが」
「これは、中に座ってみないと、わかりませんね」
「あのランプが、こんなふうに使われるなんて。予想外にもほどがあるわぁ」
「扉、開けますよ?」
開けたとたんに、二人から声がかかる。
「閉じて!」
「もう少し、見させていただきたいですわ!」
言われる通りに、扉を閉める。
今は、車庫内なのでランプが目立つ。そこに、自分の『灯』を複数ともして、屋外ほどではなくても明るくしてみた。
「野外で外が明るい時に近いと思うんですけど、中の印象はどうですか?」
「気になりませんわね」
「うん。なんていうか、このまま、しばらくは座っていたい・・・」
「リギュラ卿も、そう思ってくれるでしょうか?」
「うん・・・」
「そうですわね・・・」
こらこら、仕掛人が仕掛けにはまってどうするの!
「二人とも、扉の足下、床に近い部分をよく見てくれますか?」
「私が」
エレレラさんが、しゃがみ込んだようだ。
「体の影になって、よく見えませんわ」
「境目に沿って、指先をなぞらせてください。くぼんだところ、わかりますか?」
「ええと、これかしら? ありましたわ」
「左に押してください」
「こうかしら? って、きゃあ!」
ぱくん、と扉が開いた。エレレラさんが転がり落ちそうになるのを、支えてとめた。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ。ありがとうございます。今のが?」
「はい。中から外に出る方法です。わかる人に指示してもらえば、ちゃんと出られますけど、知らない人にはどうやっても、無理、ですよね? でもって、魔術を使っては出る事も開ける事も出来ません」
「あ」
「ロックアント、で作ってあるから?」
「そうでーす♪」
「アルさんって、悪知恵が回るんだぁ」
「心外な! 依頼主の注文に最大限に答えてみせただけですよ?」
「やりすぎじゃないの!」
「自分の辞書に、製作に手心をくわえるという言葉はありません!」
そんなことをしたら、後で不具合が出るじゃないですか。作るからには、用途に合わせた最高の仕上げにしなくちゃね。
「書き込んどこうよ。もう少し穏便にさぁ」
「え? 外からの攻撃にはかなり持ちこたえられますし、安全性は十分でしょ」
「違ーう!」
「アルファ様・・・」
「だから、様付けは」
「いえ。このようなすばらしいものを見せて頂いただけでも感激ですわ。本当に、私が買い取らせていただいてもよろしいのでしょうか?」
「自分が、こんな馬車に乗ってどうするんですか。森で立ち往生するのが落ちですよ?」
ぶっ。
ルプリさんが吹き出した。
「表立ってのお支払いは出来ませんが、見合う金額を必ずお渡ししますわ」
「って、それもあたしぃ?!」
「ルプリ様にも、もちろん協力費をお支払いいたしますから」
「あ、えっとそれじゃあ、こういうのはあるかな?」
「もしもーし! これ、この後、どうするの?」
「「あ」」
「そ、そうですわね」
「当日の、順番の直前、しかないよね」
「ええ。見せたとたんに虫が集ってきそうですもの」
「でもって、横取りしようとするとか、勝手に持ち出すとか」
「でも、エレレラさん、当日は、舞台っていうか、リギュラ卿のそばにいなくちゃいけないんでしょ?」
「そうなんですよねぇ」
「それも、主任さんに相談してみては?」
「わかりましたわ。アルファ様の明日のご予定は?」
「まだ、作り終わってないものがあるので。ルプリさん? 明日も、隠れてた方がいいと思いますか?」
「うん。で、アリバイのために、あたしが迎えにいくのね」
「お願いします」
「私は、ラストル様といろいろと打ち合わせして参りますわ。午後にお伺いしたいのですけれど」
「はぁい。今日と同じところでいい?」
「よろしくお願いいたしますわ」
「エレレラさん? 今日は、この後は?」
「・・・こんなに早く出来上がるとは思っていなかったものですから。夕食に間に合うように帰るまでは、予定はありませんの」
「ルプリさんの手伝いは?」
「う〜ん。お嬢様に、ねぇ」
「書類整理なら得意なのですけど」
さっきの、実験を手伝ってもらうかな?
「アルファ様?」
「後は大物を作る予定はないから〜」
馬車を部屋の隅に寄せる。自分がぐいぐいと動かすのを見て、二人の口がぱかっと開いた。
「あ、あの?」
「馬鹿力・・・」
失礼な!
「ちがいます! 元々車体が軽いの! でもって、楽に動く作りになってるの!」
「ま、まぁ。そうでしたの」
「いきなりやらないでよ。驚くでしょう?」
数枚のカードを取り出す。
「これは?」
「ルプリさんの一回きりのマジックバッグを、自分でも作れないかと」
「へえ?」
「合い言葉で、中身がでてくる、はずなんですが」
「が?」
「自分以外の人が使えるかどうか。実験に付合ってもらえませんか?」
「私は、魔術師ではありませんのよ?」
「ですから、そういう人でも出すだけなら出来る、というのを試してみたいんですよ」
「まあ、マジックバッグは、ある程度魔力を持ってればあつかえるけどさ。あたしにも手伝える事はある?」
「その前に、例の箱を全部作ってくださいよ」
「あ、忘れてた」
だぁ!
まあ、成功した、と言えるだろう。
音声認識と文章解析の術式をがんがんに書き込んで、ようやく反応するようになった。開封用の文書には、童謡とか唱歌の歌詞を使っている。J-POPとかフォークソングとか演歌とかも混ざっている。他に、適当な文章が思いつかなかったから、なんだけど。
「ですけど、なぜ、こんなに長い文章になるのですか?」
エレレラさんの声が、かすれている。
「さあ。自分でもよくわからないですねぇ。でも、これで、会場への持ち込み方法は解決しましたよね?」
「はい?」
完成した特製収納カードに、箱馬車をしまう。
「え!」
「はい。あ、しまった。夜具を忘れてましたね」
「・・・」
馬車の話で終わってしまった。なぜ?




