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いつか、どこかで -森の約束-  作者: しまいね れーん
迷えるものたちの狂想曲
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水面の木の葉たち

418


 貴族の継承がらみには、金輪際かかわり合いたくなかったんだけどなぁ。


「あの、荷馬車が知られた時点で、無理だったと思うよ」


 レウムさんからの、無情の一言が放たれる。


 のろのろと頭を上げれば、全員が自分に注目している。だぁぁ。


「・・・協力、とは?」


 エレレラさんが、ぱぁっと顔を明るくした。


「引き受けていただけるのですね! ありがとうございます!」

「「「ありがとうございます!」」」


 主任さんと兵士さんも声を合わせて、礼をする。


「なあ、荷馬車って、そんなにすごいのか?」

「ああ、プロテ殿は見てないんだよね。ルーが作ったんだ。普通なんだけど、変わったものなんだよ」

「どこがどう変わってるのさ」


 プロテさんとルプリさんが質問する。


「私から説明しても?」


 主任さんが、そういってくれたのでうなずくことで、お願いした。自分でする気力は、今はない。


「全体が黒一色。車体は、軛から荷台まで継ぎ目がない。アルファ殿によれば、ロックアントを材料に、ご自分の魔力で作り出したものだそうだ」


 簡潔なご説明、ありがとうございます。プロテさん、またも絶句。


「へえ、魔導炉を使わずに変形加工できるんだ。ねえ、うちで・・・」

「お誘いしたのは私が先です!」


 ルプリさんと主任さんが、勧誘してくる。しかし、


「どちらも、お断りします」


「「・・・」」


「まあ、めずらしいというか、あり得ない? 魔導炉では荷馬車ほどの大きさの物を一気に成型するのは無理だ。鉄製の荷馬車でも継ぎ目の残らない加工は難しいしな。木製なら、塗装でごまかせるかもしれないが。

 ・・・でも荷馬車、なんだよな?」


 プロテさんの疑問に、エレレラさんが答えた。


「そうなのです。材質や出来映えは珍しくても見栄えが地味、ですよね? それで、兄にはぬか喜びをさせておいて、父の気を引くような派手なものを作っていただけないかと。

 いかがでしょうか。お願いできませんか?」


「・・・いくつか、質問が。


 作ったものを取り上げて、爵位は譲らない、なんて事にはなりませんか? それと、必ずしも自分の作った物が気に入ってもらえる保証もありませんよね? 他の貴族からの反対というか否認とかもあるんじゃないですか?」


 エレレラさんと主任さん、プロテさんが、一瞬顔を見合わせる。ほらぁ。無駄な努力はしたくない。


「以前は、何回かやったな。でも、今回は俺たちの立ち合いのもとで、誓書を書いてもらった。他家にも通知済みだ。おかげで、どの家も浮き足立っていてな。

 家名もろとも一切合切を公に自分のものにできる機会だ。おそらく、無許可伐採もその資金を得るためにやり始めたんだろう」

「気に入られない、という事はあり得ません。「賢者様の作られた品」というだけでも箔がつきます。さらに、父好みの仕上がりとあれば、兄に勝ち目はありません」


 つまり、出来レースを作って、お邪魔虫を一掃しちゃおう、ということか。


「それって、お披露目とかするんですか? それに、「献上」の期限はあるんですか?」


「四日後に、広場に舞台を設けて、一品ずつお披露目することになっておりますの」


「その、譲位、を公表したのは?」


「二年前ですの」


「大型船建造の話は?」


「その半年後、だな。

 もともと、何度も検討されては、立ち消えになってたんだ。今の交易船も老朽化してきている。いずれは作らなきゃならないものだったんだ。

 だが、よい建材が集まらなくちゃ話にならない。今はまだ、吟味している最中だ」


「全部、一本に繋がっちゃってませんか?」


 全員が、ため息をついた。


 ・・・これも、乗りかかった船、かなぁ。


「条件が、あります」


「「「なんなりと!」」」

「俺もか?」

「工房長、当然でしょ?」

「それって、ボクも、かな?」


「絶対に、自分の名前を出さないでください。これだけは、譲れません!」


「「「「「えーーーーーっ!」」」」」

「それでは、兄にとられてしまいます!」


「砦においてあるのは、旅の人が持ち込んだもの。で、制作者が誰か、は、まだばれてませんよね?」


「「「あ」」」


 砦のメンバーが声を上げる。


「確かに。あの男の前では「所有者」としかおっしゃっていなかったはず」

「工兵から漏れてないか?」

「いえ。知っているのは、性根の明らかなものだけです!」


「ほら。この街にはルプリさんがいるし」


「え? あたしが作った事にするの?」


「試作品、山ほど作ってるんでしょ?」


「そりゃそうだけどさぁ。貴族受けするようなものなんて、管轄外よ?」


「それを自分が作ればいいんでしょ?」


「でもさぁ」


「ただでさえ、意味不明な呼び名が街道中を飛び回ってるみたいだし。こんな騒動に関わったなんて知られたら、あちこちの貴族だの街だのから、「なんとかしてくれ!」って押し掛けられるのが目に見える・・・。

 冗談じゃない!」


 握りこぶしを振り上げて絶叫する。全く持って、冗談じゃない!


「「「「「・・・」」」」」


「さっきの条件を満たしてもらえないのなら、この話は無し、です」


「! わかりました。わかりましたから! どうぞ、ご協力を!」


 エレレラさんは立ち上がり、膝につくような勢いで頭を下げる。


「わ、我々からも、なにとぞ!」


 砦組は、土下座だ。


「ルプリ?」

「街のためだもんね」

「と、いうことだ。全面的に協力する」


 プロテさんのところも、頭を下げてきた。


「ルー?」


「レウムさんも、絶対に話しちゃ駄目ですからね? 約束破ったら、奥さんに言いつけますよ?」


「! 言わない。誰にも言わない! 約束するよ。うん!」


 はあ。


「制作者を秘匿する手段は、皆さんに任せます。エレレラさん、と、お呼びしていいですか? その、リギュラ卿の好みそうな意匠を教えてください。

そうですね、明日の昼に、ルプリさんが外食に出て、偶然一緒になって工房に行く、というのはどうでしょう」


「あの、アルファ様? あなた様は先に工房にいらっしゃるんですよね?」


「明日の朝は、ルプリさんが迎えにきたけど、体調不良で寝てます、ということにします。実際には隠れてくっついていくわけですけど」


「「「隠れて?」」」


 その場で、『隠鬼』を実行する。


「「「えっ」」」

「どこ? どこにいかれましたの!」


 部屋の出口の前で、術を解除する。


「こんなかんじで」


「「「「わっ!」」」」


 後ろから声をかけられて、兵士さん達が飛び上がった。


「【隠蔽】にしては音がしなかった! やはり、アルファ殿、うちの・・・」


「却下!」


「・・・」


 主任さんの肩が下がる。


「やっぱり、ルーはすごいねぇ」


 レウムさん一人がニコニコしている。あ、一気に力が抜けた。


「・・・あー、その他の隠蔽工作はお任せしますから。レウムさんが出発する時には門に行きますね。それで、今日は、疲れたのでもう休みたいんですけど〜」


「そ、そうですわね。ラストル様に「お披露目」の時の警備の相談をしにきた、という事にしてますの。屋敷まで、同行していただけますかしら?」


「あ、はい。そうですな。実際に打ち合わせは必要です。ご一緒しましょう」


 同行していた兵士さん達も、主任さんに付いていくようだ。


「ついでに、制作者の隠蔽方法も検討しておいてくれ。俺たちだけでやると、ボロがでそうだ」


 プロテさんからも、注文が出た。


「了解です。では、今宵は失礼いたします」


 エレレラさんが、くるりと振り向いた。


「アルファ様。心から、お礼申し上げます」


 またまた、お辞儀をする。やめてよぅ。


「え〜と、そういうのは、全部、成功してからにしませんか?」


「これは、依頼を引き受けてくださった事に対する感謝の気持ちですの。では、また明日におあいしましょう」


「俺たちも帰るか」

「そうね〜。作るものさっさと作って、研究に戻りたいもの。じゃ、アルさん、またね」


 部屋には、レウムさんと自分が残った。


「ルー?」


「・・・疲れました」


「ごめんねぇ」


「そう思うんなら、煽らないでくださいよ」


「でもさ? 遅かれ早かれ、だったと思わないかい? ボクに押し切られて、渋々引き受けた、って事にすれば、うるさいことも少しは減ると思うんだ」


 そういう意図もあったんだ。やっぱり、かなわないなぁ。


「さ、ボクらも休もうか」


 なう〜ん


「うん。オボロちゃん、よろしくね」


 ずいぶん、仲がいいのね。そのまま、付いていってもいいよ。うん。


 その晩は、ハナ達三頭におしくらまんじゅうにされた。暑い、重い。



 翌朝、ルプリさんが宿の部屋まで来た。


「なんだか、疲れたって言われました。部屋で寝てるっていうので、出てくるまで、そっとしといてください」

「あの、治療師を呼びましょうか?」

「ああ。彼女、従魔がいるから、大事になったら呼びに出てきますよ。とにかく静かにさせておいて欲しいって」

「は、はい。かしこまりました」


 工房の借りた部屋に入って、『隠鬼』を解除する。


「あ、ちゃんといたね」


「はいはい。それで?」


 ツキには、宿の部屋で留守番してもらっている。


「あたしは、残りの箱をしあげちゃうよ。アルさんも、お嬢様が来るまでは好きにしてたら?」


「そうします」


 ちょっと、実験してみようか。




 こんこん。


「きたよ〜」


 おや、もう昼過ぎだったか。


「お疲れ様です。エレレラさん」


「ごきげんよう、アルファ様」


「様付けもやめて欲しいんですけどね」


「ま、それは言わないお約束」


「ルプリさん、それ違うでしょ」


「それはともかく。アルさん、昼はどうするの」


「一食ぐらいは平気です」


「だめ!」

「いけません!」


 ルプリさん、あなたが言うかな?


「ちょっと冷めてるけど、露店で買ってきたのがあるから」

「皆さんで頂きましょう」


「って、どこで食べるの」


「ここでいいじゃん」


 向きだしの床を指差すルプリさん。

 いくら何でも、貴族のお嬢様が地べたに座って、は、ないでしょ。ということで、フェルトマットを取り出す。散らかさないように、ロックアントのトレイも数枚出す。ランチマット代わりだ。


「これ、このマット、いいね。どこの?」


「えーと、シンシャのさらに東で遊牧している方達から頂きました」


「この柄、なんだか落ち着きますわ」


「作り方を細かく聞いてはいないんですが、作っているうちにかってに出来る模様らしいですよ。だから、同じ柄のマットは一枚もない、んだそうです」


 そんな話をしながら、食事する。

 食べ終わったところで、そのマットの上に、エレレラさんが書類を広げた。


「父のコレクションから、ざっと書き写してきたものですわ」


「・・・なんていうか」


「見事に、統一感がありませんねぇ」


 ヘミトマさんの書斎を思わせる、チグハグさだ。


「要は、この辺りでは見た事のないもの、珍しい材質のもの、出来れば派手なもの、でいいですか」


「・・・そうですわね」


 ん〜。荷馬車よりも派手なもの、かぁ。


「ルプリさん。試作品って、どんなものを作ってるんですか?」


「いろいろよ。からくりだったり、便利に使えそうな道具だったり。まあ、たいてい、コストに似合わなくて、お蔵入りなんだけどね」


「こんなのはありませんか?」


 ロー紙に、いくつかの効果を書き出す。うち、数個が該当した。


「アルファ様?」


「ほら、荷車を狙っている男もぎゃふんと言わせたくて。こういうのは、どうでしょう」


 別の紙に、デザインを書き上げる。


「これなら、お披露目の会場にも、すぐに運び入れられますわね。でも、作るのに時間がかかるのでは?」


「今から、作っちゃいます。不具合があれば、明日作り直せばいいし」


「「はい?」」


「じゃ、ちょっと下がっててくださいね」


 床のものを片付けた。ユキとハナも興味があるようで、見物人の横に陣取っている。



 二刻後に出来上がったのは、一台の箱場車だった。

 片足突っ込んでますけど、ぎりぎり回避ってところでしょうか。

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