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いつか、どこかで -森の約束-  作者: しまいね れーん
迷えるものたちの狂想曲
118/192

[北天の使者]

408


 帝都から西海岸に向かうには、[北天]をかすめるように設置された[北街道]と、西山脈の麓をゆく[西街道]がある。

 レウムさんは、ポリトマさんから、[北街道]にある街に届け物をする依頼を受けて、その分、護衛の傭兵を雇う費用を値引きする取引だったとか。


「それに、[北街道]を護衛なしで行くつもりはなかったしねぇ」


 その、傭兵の手配中に、自分がのこのこと現れた、と。


 この隊商に、自分とレウムさん以外の人はいない。


 自分は、ムラクモに乗って馬車の横を行く。ムラクモの体色は、うんと濃くなっていて、青毛のように見える。どうやら、毛色が目立つことで、影に入るように言われるのが嫌になったらしい。ハナ達も、体を小さくし、普通の狼に見えるようにしている。

 自分は助かるが、魔獣って、こんなに芸達者だったろうか?


「前に会ったときは、二人とも砂だらけで。こうして、一緒に気持ちよく歩けるのは楽しいねぇ」


 空は高く澄み渡り、小さな雲が時折ゆったりと流れていく。街道の左右には、手入れの行き届いた農地が広がっていて、畦を整えたり、収穫作業をしている人々がいる。

 お散歩気分で遠乗りに出かけるには、うってつけのロケーションだ。


 だがしかし。


「なんで、自分、ここにいるんでしょ〜」


 成り行きで、レウムさんと一緒に西海岸にまで行く事になっていた。


 ちなみに、護衛の報酬は、ステラさんとリディさんを帝都で保護すること。シンシャからの長旅で、ステラさんの体調を崩しがちだと聞いたから。もちろん、二人には内緒。


 他の国には行かないで時間を稼ぐというなら、[魔天]に戻っていてもよかったはずだ。一ヶ月くらいなら、まーてんに戻らなくても問題はなさそうだけどさ。


 でも、それくらいはやってもらわないと、割に合わない、と思う。


「若いうちは、いろいろな所を見て回るのもいい経験だよ」


 そりゃ、[魔天]の森からこんなに離れるのは初めてだけど。だからって、今でなくてもいいじゃん、と思うんですよ。


「自分、猟師で、ハンターじゃないですよ?」


「大丈夫だよ。ボクがいるし」


 だから、そうじゃなくて!


 アンスムさんによれば、[北街道]は、途中の森で狼などが出没する。一方、[西街道]には、盗賊が出る。


「ルーは、護衛の振りをしててくれればいいから」


 じゃあ、護衛なしで行くつもりはなかったって、どういう意味なんだ?


「馬車だけだと、見境なしに盗賊が来るけど、一人でも護衛が付いていれば用心して出てこなくなるからね」


 要は、かかしをやっていろ、と。レウムさん、どれだけ強いんだろう。


 それはともかく、ムラクモ達と会うまでは、移動中にぼけっとすることなどなかった。乗り馴れないうちは緊張してたし、先を急ぐ道行きで集中もしていた。

 前世では、乗り物での移動中なら、携帯端末でニュースを見たり小説を読んだりしてたし。

 かといって、馬車の横を歩くか馬に乗っていないと、隊商の護衛役に見えない。


 つまりは、暇だ。


「そこまで、気を張ってなくても大丈夫だよ」


 とは、言ってくれますが、レウムさん。そうでもしてないと、居眠りこいて、落馬しそうなんです。


 道中、たまたま、猪に襲われている人を助けた。ここぞとばかりに、大暴れ、ではなく、槍の一投でさくっと仕留めた。

 猪は、レウムさんに確認してから、追われていた人に丸ごとあげた。


 子羊を狙う大きな鷲には、『爆音』を投げつけて追い払う。


 林に潜んでいた狼達は、ハナ達にいいようにあしらわれて、最後には尻尾を巻いて逃げ出した。


 暇つぶしの相手にされた動物達には迷惑だったろうが、人里に近づき過ぎて狩られるよりはよかったのでは? と、自己弁護。


 途中の集落で、一泊させてもらう。[北街道]の大きめの集落には、最低一軒の宿がある。それだけ、隊商が頻繁に行き来するのだろう。


 翌日も、よく晴れていた。


「ルー?」


「休憩しますか?」


 出発前にポリトマさんからクモスカータ国の地図を貰っている。もうじき[北天]周辺に繋がる森に接する。そこから先は、狼などの動物が今までよりも頻繁に出没するようになるらしい。

 途中にある砦は、森から採取してきた各種資源の集積場でもある。レウムさんは、そこの責任者宛の荷を預かっている。ここからだと、夕方には着くだろう。


「ルーこそ、さっきたくさん魔術を使ったよね。大丈夫かい?」


 ああ、猪の団体さんを数十発の『爆音』で、森に追い返した事かな? 猪は、一度興奮するとなかなか引いてくれない。そうなると、ハナ達でも手間取るし。ということで、猪の耳元に『爆音』を飛ばして、走る方向を誘導した。

 この世界に、鉄砲のたぐいはない。あんな音を立てるものもまずない。猪達がちゃんと学習して、この辺に出てこなくなるといいな。


「じゃあ、早めに昼食をとりましょうか」


 小川の近くの草地に馬車を止めた。馬達に水を飲ませる。周りは、ハナ達が警戒している。レウムさんが、御者台で、魔道具ポットを使ってお湯を沸かす。この魔道具ポットは、アンスムさんから餞別に貰った。『噴湯』だと、術を解除しない限り際限なく熱湯が湧き出てくる。自分で作った魔術ながら、使い勝手がいいんだか悪いんだか。


 便利ポーチから昨日のロクラフ料理を取り出し、二人で食べる。ハナ達が恨めしそうに見ている。ごめん、君たちの分までもらえなかったんだよ。


「ルーは、ボクに何も聞かないんだね」


「話したい事だけ話せばいいと思います」


 何せ、本性だとか特殊すぎる道具類とか、突っ込まれどころ満載なので。自分がされたくないことは、他人にもしたくはない。


 レウムさんは、よっぽどの事がないと馬車から降りない。北峠で見た時、足を悪くしているのは見ている。それで、よく西海岸までの配達を引き受けるよねえ。でも、それはレウムさんの都合。


 ん? ハナ達が警戒している。自分には、異常は見当たらない、わけでもない。北側の森から、人が現れた。人?


「やあ、いいところに馬車がいた」


 美人だ。マントの上からもわかる、メリハリあるボディライン。ハンターがよく着ている革のズボンに、毛皮の上着。ただ、武器となるものは何も持っていない。


「何かご用ですか?」


 レウムさんが何か言う前に、自分が質問した。いやね? 気配がただ者じゃないんだもん。どっかで、似たような気配の持ち主に会った気はするんだけど。


「ああ。君たちは、西に向かうのかな?」


「そうです」


「すまないが、この先の砦まで一緒に乗せてもらえないか?」


 う〜ん。思い出せない。


「レウムさん、どうしますか?」


「うん。いいよ」


 ・・・あっさり、許可を出しますね。


「だって、ルーがいるから」


「自分にもできない事はありますよ?」


「大丈夫。そのときはボクがいるから」


 その自信は、どこから来てるんですか。


「そうだ、乗せてもらう礼、がいるな」


 腰の小袋を自分に手渡す。中は、薬草だ。


「大事なものじゃないんですか?」


「うん? すぐに見つけられるから。たいしたものじゃないよ」


 いえいえ、トップハンターでもなかなかお目にかかれない代物ですよ、これは。

 レウムさんに見せる。


「うん。ルーが貰っておいてね」


「乗せるのはレウムさんの馬車でしょ?」


「おや? このご仁は、お、君の従者ではないのか?」


「・・・違います。旅の同行者です」


 なんか、なんか言いそうになりましたよ、この人。「言ってくれるな!」と目で訴えたのが通じてるようだけど。って、もしかして、もしかしたら?


「そうか。なら、あなたに渡すべきだったな。失礼した」


「ということで、レウムさん。はい」


「ルーが持っててよ。馬車の中、いっぱいなんだよ」


 ステラさんが降りてから、馬車の中はごちゃごちゃになっている。商人なのに、これでいいんだろうか。

 それはともかく、貴重な薬草を無駄にする事はない。ムラクモの鞍袋にぶら下げる。


 馬達の休憩も気が済んだらしい。進んで馬車に戻ってくる。ハナ達は未だに警戒中だ。というより、遠巻きにして、ちら見している。ムラクモも、少々落ち着きがない。・・・これは、やっぱり、かな?


「じゃ、出発しようか」


 御者台で、レウムさんと美人さんがおしゃべりしている。最近の街道のうわさ話だ。


「お、君は、なにかおもしろい話を知らないかい?」


 だから、さっきから怪しい発言しそうになってませんか? この場には、レウムさんがいるんですって。


「自分は、ほとんど森で暮らしてるので。そう言う話題には疎くて」


「そうか。私もめったに出てこないんだ。ときどき、砦への伝言を預かってくるくらいでね」


「そうなんですか」


「森の伐採の件なんだ」

「それが、どうかされたのかな?」

「最近、許可地以外で勝手に伐っていく者達がいて、問題になりそうだから知らせてこい、と」

「問題になりそうって、そんなにかい?」

「[北天]領域内にも侵入している。放っておくと、魔獣が湧く」


 ふむ。やはり、植生異常が魔獣の生態にも変化を与える、か。


「領域内で、早くに「木」を増やす方法をご存知ありませんか?」


「おかしな事に興味を持つんだね」


「好奇心ですよ」


「そうだな。魔獣の内臓は効くよ。特に、昆虫系のがおすすめだ」


 いい事を聞いた。これで、溜まりに溜ったロックアントの内臓が減らせる。


 そんな話をしているうちに、[北都]と呼ばれる砦に着いた。北峠よりも規模が大きい。


 彼女が門兵さんに一言告げると、砦の中に駆け込んでいった。レウムさんも、門兵さんに用件を伝える。

 さほど時間をおかないうちに、風采の立派な男性が走り出してきた。なんか、身分にあるまじき慌てぶりだ。


「[北天の使者]殿! この度は、どのようなご用件で?」


「私が来る時の用件など、決まっているだろう? 最近、南の森が騒がしい。後は、あなた達のすべき仕事だ。わかっているよね?」


「はっ。了解しました」


「このところ、多いよね。いい加減にしてくれないかな。私も、そう暇じゃないんだ」


「お手数をおかけして申し訳ない」


「口だけじゃなくて、ちゃんと片をつけておくれよ?」


「は。誠に申し訳なく」


「私はこれで、失礼する」


「お越しいただき、ありがとうございました」


 砦の男性に背を向けて、砦を離れる。その前に、


「君、すこしいいかな?」


 自分をじっと見る。うう、聞いとくべきなんだろうな。


「みんな、レウムさんのところに行っててね」


 相棒達を遠ざけて、女性のところに行く。門の外に出て、少し離れたところで足を止める。


「このようなところでお会いできるとは。光栄だ」


「こちらこそ。[北天王]」


 苦笑された。当たりかぁ。


「そう呼ぶのは、人間だけだよ。王はまだお若くていらっしゃるが、ずいぶんと、人の習性になじんでおられる」


 中身はまるっと人間ですから。でもって、あなたもそう呼ぶんですね。なんで?


「それはそうと、なぜ、人の姿で?」


 彼女の正体は、たぶん巨大な虎だと思うんだけど。人に化けるとは、ずいぶんと器用な。それとも、化ける術の得意な魔獣もいるのかな?


「ああ。これは、昔の知人の姿を借りたものだ。本来の姿で現れると、やれ討伐だ、天罰だ、と騒がしくてね。最近になって、ようやく、人とのやり取りを覚えた」


「さっきのような話をしにこられるのですか?」


「そうだ。伐採の現場に行っても、誰も聞いてはくれないしな。以前は、問答無用で叩き潰していたんだが、それはそれで騒ぎが大きくなるばかりで。この方法をとるようになってからは、だいぶましになってきた。人は、寿命が短い。繰り返し教えてやらないと、同じ事を何度も繰り返す。困ったものだ」


「ご苦労様です」


「なに、自分の縄張りを守る方法の一つ、というだけだよ。

 ところで、本当にこのようなところまで、何用であられたのか?」


「成り行きで、西海岸まで往復する事になりまして」


「そうか。[魔天]では、今、山が火を噴いていたのではなかったかな?」


「もう、大きな噴火は起きないようだったので、少しくらいなら大丈夫かと」


「だが、ご自分の縄張りを長く空けるのはよろしくない。私は、こうしてお会いできて嬉しかったが、早くお帰りになられるのがよろしかろう。このような場でなければ、なにかしら献上物を用意するところだが」


「さっきの薬草で十分です」


 ナマモノはもう要らない。東天王の一件で懲りた。


「そうか。これ以上お引き止めするのも無粋だ。私はこれで失礼しよう」


「最後に一つだけ、お聞きしてもよろしいでしょうか」


「なにか?」


「なぜ、街道で馬車を頼まれました?」


「ああやって出会った人から、何かしら情報が得られると知ったので」


 結構出歩いていそうだな。人の事は言えないけど。


「では、王の旅路に幸いのあらん事を」


「[北天王]にも幸いのあらん事を」


 彼女は、すたすたと森に帰っていった。ああ、大騒ぎにならずにすんでよかった。ほっとした。


 ・・・だけじゃないな。別の騒動が起きているようだし。巻き込まれずにすみますように。

 さてさて、妙な呼び名がまた出てきました。

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