帝都へ
404
北峠を越えた西側の関所は、クモスカータ国の管理下にある。
密林街道を取り巻く国は、城壁を備えた都市とその庇護を受ける砦や村落による共同体としての国がほとんどだ。都市間にある未開発地は、基本、誰のものでもなく、各国のギルド間で、狩猟の優先権を取り決めている程度の管理しかしていない。また、街道の治安維持は、その両端にある国が共同で当たっている。
だが、クモスカータは、北峠、[北天]、西山脈に取り囲まれた、ヘリオゾエア大陸一の広大な領土を支配している。海、平地、山と様々な地形と気候から多種多様な産物を得られる、豊かな国。
の、はずなんだけど。
「ああ、あんたか。そうか、調査が終わったのか。無事でよかったな」
関所の隊長さんは、まだ、カニショックから立ち直っていなかった。
「隊長さん、どうしたんですか?」
「どうもこうも、見た通りだよ」
同席している兵士さん達は、苦笑いしている。
「隊長は、元々、帝都周辺のいいところの出だから」
「うまいもんには目がないのさ」
「三食きっちり食べられるんだから、これでも贅沢な部署なんだけどな」
「いちど舌が肥えると、だめだよな」
「ああ、こないだの料理は滅多に食べられないものだから、尚更うまかった気がする」
「いや、普通にうまかった!」
「ちがうちがう。すっごくうまかった!」
「だよな〜」
隊長さんそっちのけで、料理談義に花が咲く。じゃなくて。
おいしいご飯が食べられないからって、落ち込む隊長さん、って国の実態とはかけ離れてるっていうか。それとも、このひとが食いしん坊なだけなのかな?
「他の魔獣は出てきませんでしたか?」
「ロクラフもロックアントも出てこなかったよ」
よかった。獲り逸れはなかったようだ。
「数日は、崖の方にワイバーンが群がっていたけどね」
「落っことしたロクラフは、全部喰われっちまった」
「惜しいことをしたよな」
・・・さすが、隊長さんの部下だ。
「そういえば、自分が置いてったロックアント、どうなりました?」
「急いで、馬車を廻してもらったよ」
「帝都でも、お目にかかったことがない、とかでな。騎士団の整備班とか魔術師協会からも人が出て、待ち構えている、んだと」
「おう。荷馬車を持ってきた連中がそう言ってた」
「そうですか。じゃ、この後もお任せ、ということで」
席を立とうとする。
「え? あ、ああ、ちょっと待ってくれ!」
隊長さんが、復活した。
「他に、何かありましたか?」
「あんた宛の、召喚状を預かっているんだ」
いらない。そんなもの、欲しくない。
「・・・自分はここに戻ってきていません。そういうことに、してください」
「「「いやいやいや」」」
「無理だって」
「日誌に書いちゃった」
兵士さんの一人がウレシソウに報告する。
「日誌って・・・」
「砦の業務日誌。正式書類だから」
「まだ、昼にもなっていないのに、もう書いてるんですか?!」
「だってさぁ、料理人さんが戻ってきたから、うれしくて」
「余計な仕事を!」
「余計じゃないよ。正っ当な業務だよ?」
「・・・」
「三通あるぞ。王宮と、ギルドと、商工会だ。いいな、うまいもんが食えて」
「隊長さん、それしかないんですね」
「他に何がある?」
ある意味、ぶれない人だ。
「行きたくありません」
「だがなぁ、あんたに行ってもらわないと、俺が困る」
「困ってください」
「やだよ。王都に帰るのがまた遅れるんだから」
「困ってください」
ここでも作れる美味しい料理の開発でもしていたらいいんだ。
思い出した。切り通しにロクラフが入り込まなかった原因、何があるんだろう。
ぶつぶつ言っている隊長さんを残して、現場に向かう。
そこにあったのは、とげだらけの木、だった。匂いを嗅いで薬効を識別してみた。眠くなる? 目が覚める? どっちだ。図鑑を取り出して調べる。
「えーと、あったあった。ロストリス、これだ」
ロストリス。とげと実の見分けがつかない植物。とげが刺さると、眠ってしまう。とげから睡眠薬が、実から解毒薬が採れる。きちんと見分けて収穫しないと危険、収穫自体も危険。
「そうか。実を取ろうとして、手にとげが刺さった時点で寝ちゃったら、アウトだもんねぇ」
精製した睡眠薬は、薬を塗った矢で刺しても、飲ませてもよし。眠るだけで副作用はないので、食用の獲物を生きた状態で捕えることが出来る。
ロクラフは、動きが遅くなるのを嫌って近寄らなかったのだろう。見た目も、痛そうだ。下手な柵よりも、効果抜群だな。
そうだ、ぶん殴る以外の人の無力化にも使える!
念のために、エト布で作った手袋をはめて、実ととげをそれぞれ収穫する。ふふふ、自分には、匂いの違いで見分けがつくのだ〜。
「ん?」
ロストリスの根元に、柔らかな葉を茂らせた草が生えている。これまた、図鑑で確認してみる。
リタリサ。葉をすりつぶして、打ち身、ねんざ等の痛み・炎症を鎮める。乾燥した葉を、水で練っても可。
う〜ん、図鑑万歳。便利だよぅ。自分で、効能を試さなくても済む。ヌガルの宰相さんに、ちょっとだけ感謝。今度、何かお礼しとかなくちゃ。
リタリサも、少しだけ収穫する。リタリサとロストリスは共生関係にあって、どちらかが枯れてしまえば共倒れになるそうだから。
いくつかの株から、少しずつ収穫してまわる。うん、いいものが採れた。
「なあ、許可出すからさ。帝都に行ってくれよ」
作業を見ていた隊長さんが声をかけてきた。
「え?」
「関所周辺の採取許可は、ギルドでなくても出せるんだ。いいだろ?」
げ。[魔天]と同じ感覚で採取しちゃった。許可がいるんだ。しまった〜
「これ、全部、返しますから、なかったことに・・・」
「いや、誰が採取したんだ?って調べられるからな。無駄だと思うぞ」
「うあぁ」
日誌担当の兵士さんが、隊長さんの後ろでごそごそとしている。事細かに、記録してしまったのだろう。行き交う隊商の人達の視線もある。
だめだ、逃げられそうにない。
召喚状とやらを受け取った。
黒卵の探索中に地下を覗いてみたら、マグマの上昇は止まりかけていた。火山も、とどめの山体崩壊を起こしていたし、これ以上の激しい活動はない、と思われる。すなわち、噴火による魔獣の暴走の懸念もなくなったわけだ。
ということで、時間の余裕は取り戻した。大至急、ローデンに向かう必要はない。
しかし。
「いーきーたーくーなーいぃ」
「ふんふんふ〜ん」
のろくさと歩く自分と、上機嫌の隊長さん。お互い、馬には乗らず、手綱を握って道を歩く。
相棒達は、自分の機嫌を察しているのか、皆、大人しい。
隊長さんは、自分のあまりの渋りっぷりに、「逃げ出さないように、帝都まで見張っていく」と言う名目を勝ち取ってご機嫌なのだ。ロックアントの運搬では、帝都についていくことができず腐っていたそうなので、なおさら嬉しいらしい。
下り道なので、早馬なら二日で帝都までたどり着く。途中で、ロックアントの運搬隊にも合流できるかもしれない、と言われて、さらにげんなりする。
運搬隊に追いついても、後から行っても、どちらにしろ騒ぎにはなるだろう。なんたって、変異体二十三匹を一人で討伐しているんだから。今まで、同様の状況を見ていた人たちの反応からして、間違いない。
「召喚状」には、ぐだぐだと回りくどい表現はされていたが、要は「顔を見せろ」ということだ。パンダになった気分。やだよぅ。
集落に泊まろうとする隊長さんを押しとどめ、道中はすべて野営した。いらないことまで吹聴しそうだったからだ。替わりに、[森の子馬亭]のごちそうを食べさせる。そりゃもう、喜びましたとも。隊長さんは、その辺がお手軽でいいな。
「あんた、本当にいい女だよなぁ」
「何言ってるんですか。おだてても、何も出ませんよ?」
「料理がうまい。なあ、嫁にこないか?」
げふぉっ。食後のお茶を飲もうとして、むせた。
「い、いきなり、けほっ、なんですかっ」
「だからさぁ」
「お断りします! そもそも、隊長さん、貴族でしょ? 平民と結婚できるはずないでしょ」
「俺は三男だしな。そこまでうるさく言われてないし。飯の方が重要だ」
本当に、ぶれない人だ。
「自分は、いやです。貴族なんか面倒ばっかりで、安心して猟ができないじゃないですか」
「貴族籍に入らなきゃいいだろ?」
「ついでに、今、食べた料理は、自分が作ったものじゃありません。知人からの餞別です」
「料理の上手な知り合いがいる。これまたいいじゃないか」
「自分にも好みがあるんです。隊長さんは論外です」
「えー、俺のどこがダメなんだよ」
野営の度に、同じ話が繰り返された。これだけでも疲れた。
出来るだけ引き延ばしをはかったが、とうとう帝都についてしまった。街門には、ごっつい門兵さんが立っている。
「ゔー、こんにちは。これ、もらったので来ました」
「もうちょっと、しゃんとしろよ。帝都だぞ? 帝都」
隊長さんはそうかもしれないけどね。自分に取っては、ただのでっかい集落と同じ。ほんのちょっと立ち寄るだけ(で済ませたい)の場所だ。
「ふむむふ。身分証を見せていただけるか?」
「どーぞー」
照合装置ではなく、その辺の壁に紋章を移す。
「おおう! 他国のギルド顧問殿でありましたか!」
「え? そうだったの?」
「隊長さん、関所でちゃんと手続きしたでしょ」
「そうだったか?」
だめだ。カニショックで見たことを忘れてる。
「それでー、三枚あるんですが。どこから行けばいいですか?」
門兵さんに質問してみる。まあ、どこに行っても、面倒は一緒だと思うんだけどさ。
「やはり、王宮に向かわれるのがよろしかろうと」
「あー、はい。判りました。では、行ってきます。無事に出てこられることを祈っててください」
「?」
「よし、俺が案内するから。任せとけ」
違う。そう言う意味じゃない。
怪訝そうな顔の門兵さんを後に、ずるずると隊長さんに引きずられていった。
普通は、国の名前がそのまま都市(首都)の呼び名になるが、クモスカータ国では、王宮のある都市が「帝都」と呼び習わされている。由来は知らない。殿下にお借りした歴史書にも、載ってなかった。
ちなみに、密林街道の他の都市からは、クモスカータ国は「帝国」とも呼ばれたりしている。
帝都。そう呼ばれるだけあって、今まで通ってきた都市の中でも群を抜いた広さを誇っている。だが、自分にはうるさいだけだ。イヤリング効果も、あまり意味をなさない。気が滅入っているせいかもしれないけど。
「海都から入ったばかりの、干魚だよ。うまいよ、うまいよ!」
「焼きたてのナンだよ〜」
「氷〜、氷はいらんかね〜」
「にぎやかですねぇ」
「あんたは、気が抜けてないか? そんなんだとスリにやられるぞ?」
「気をつけときま〜す」
まあ、ベルトは抜殻製で、便利ポーチだけを抜き取ることはできない。ナイフ二本も、トレント布でホールドしてるので無理だろう。財布は、便利ポーチの中だし、黒棒もしまったし、相棒達は影に入ってもらってるし、あとは〜。
「・・・そんなに、気が進まないのか?」
以前、「自分の思うようにならない時でも、楽しんだ方が勝ち」と、言ったことはあるが、今回は楽しめる要素が全く見当たらない。
「しょうがないですね。さっさと終わらせて、それから、美味しいものでも探しましょ」
「・・・普通、女性は服とか飾り物とかの買い物で、鬱憤、げほ、いや、気分が明るくなるって教わったが」
「猟師が、森の中でドレス着ても邪魔なだけです」
「そ、そうか」
王宮の正門前に来た。ここにもまた、立派な体格をした門兵さんが立っている。
「この国の兵士さん達は、皆さん体が大きいですね」
「いや? ここ数年の採用傾向だけだぞ?」
そういえば、この隊長さんは中肉中背だ。
「こんにちは。こちらの王宮から召喚状をいただいたものです。お取り次ぎくださいますか?」
門兵さんに、身分証と召喚状を示す。
「確認いたしました。しかし、本日すぐにご案内する準備が整っておりません。大変申し訳ありませんが、今しばらく、お時間をいただきたく」
それもそうか。
「では、自分はギルドハウスで、別件をすませてきます。宿泊先の問い合わせやご伝言は、ギルドハウスにお願いできますか?」
ギルドには面倒をかけるが、宿に王宮からの馬車が直づけ、なんてことになるよりはましだろう。
「はっ。こちらこそ、よろしくお願いいたします!」
すんごい強面ではあるが、すばらしく礼儀正しい門兵さんだ。
「それじゃ、隊長さん?」
「う〜ん」
なにやら、考え込んでいる。
「どうしたんですか?」
「いや、俺、今休暇中だし、ギルドハウスまで案内するよ」
「それは助かりますけど・・・」
門兵さんに礼をして、ギルドハウスへ向かった。
「なんか変だな」
「なにがですか」
「王宮の対応がな? 普通、召喚状とか出したら、いつ来てもいいように、客室ぐらいは用意しておくものだ、と思ってたんだが」
「それを言うなら「招聘状」ですよ。今回のは「呼び出し」。何が気に障ったんでしょうね」
「! そうか。それであんた、いやいやだったのか」
隊長さん、気づきましょうよ。
ギルドハウスに着いた。召喚状を見せると、すぐさまギルドマスターの部屋に案内された。なぜか、隊長さんも同席する。
「やあっ。よく来てくれた! すまなかったね。呼び出し状を送りつけたりして」
おや?
「はじめまして。猟師のアルファです」
ここで、隊長さんが飛び上がった。
「アルファって、ローデンの砦の自慢の!」
「おい、ディルよ。知らないでくっついてきたのか?」
「名前なんか知るかよ。飯がうまい、これで十分だ!」
とことんぶれない人だ。
「お知り合いで?」
「学園の同期生でね。僕が、帝都ギルドマスターのアンスムだよ。クモスカータ国ギルドの総元締でもあるんだ。よろしく!」
にこやかに、両手を握ってぶんぶんと振る。あの、堅苦しい召喚状の文面とは大違いだ。
「とにかく、ご用件をお聞きしたいのですが」
「ああ。とにかく座ってくれるかい?」
やっぱり、厄介ごとの予感。逃げてもいいですか?
食い気優先の隊長さん。案外、主人公といいコンビになるのでは?




