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めぐりめぐって

325


 このまま、峠に直行したいが、問題が。味噌桶ぶら下げたままでは、いろいろと障りがある。


 ちょうど河原にさしかかったところで、足を止めた。


 藁くずとか精米した時のぬかとか、ブラシをかけただけでは落ちきってなかっただろうから、みんなで水浴びをする。仕上げの『温風』をかけて、さっぱりした。さて、次だ。


 たき火をおこし、ロックアントのトレイを乗せる。みそ汁一食分をつぶれた団子のような形にして、トレイの上で両面を焼く。文字通りの「焼き味噌」だ。

 中に火が通ればいい。次々と焼いていく。焼き上がった味噌は、フードストッカーに入れた。そして、フードストッカーは便利ポーチの中へ。これはちゃんとしまえた。

 味噌団子を焼きながら、ラシカさんが持たせてくれたおにぎりに、味噌を塗って焼いてみた。


「お、お、おいしい!」


 みんなにも一つずつ食べてもらう。だが、これはあまり好みではなかったようだ。


 空になった味噌桶は、それでも便利ポーチにはしまえなかった。よーく洗って、乾燥させて、さらに内側を火であぶって、ようやくしまうことができた。

 夕方、早めの夕食をとる。みんなにも、ウサギ肉やグラッセをあげた。


 ここから先は、足場の悪い岩山だ。自分だけの方が、早く移動できるので、みんなには影に入ってもらう。

 夜通し駆け抜けて、翌朝、チクスの街に着いた。


「普通に、街道を通っても同じだったかも」


 急がば回れ、だったっけ?


 人目が多いので、相棒達には、引き続き影に入っていてもらう。西側に入る前に、騒動になっては困るからだ。ムラクモは不満そうだ。西側で暴走が起きないことが確認できたら、出てきてもらうから、といってなだめた。


 チクスは、小さな城塞都市だ。

 街中では、隊商を連ねる商人さん達や旅行者が、峠越えのための準備をしている。それに雇ってもらおうと、人夫や傭兵が集まってくる。また、防寒具などの素材も近隣から集まってくる。

 小さい街ながら、とても活気がある。


 ヌガルとチクス間の街道北側が、米の主産地だそうだ。ラシカさんの棚田は例外中の例外なのだろう。

 街中のあちこちで、新米の炊けた匂いがする。

 たまらず、一泊することにした。


 炊けた米を軽く搗いたものを丸めて、ソースを塗って焼いたもの。具沢山の雑炊。丼のような物。

 各地の商人さんが立ち寄ることで、いろいろな料理も伝えられてくる。それをアレンジすることで、さらに新しい料理が日々生み出されている。


 「あんたも、何かうまい料理を知らないか?」と、宿の料理人に聞かれた。味噌を知っているというので、味噌を塗った焼きおにぎりを提案してみた。豆味噌を使うなら、摺ってから薄く塗り付けるといい、とも言ってみた。

 自分のところに、試食のおにぎりが持ってこられた。味噌の焼ける香ばしい匂いが食堂いっぱいに広がる。もちろん、お味もよろしい。すぐさま、あちらこちらから注文が出た。ふふふ、受けたようだ。よかった。



 チクスは、峠東側の関所でもある。

 街門を通る時に、西側での魔獣の情報がないか聞いてみた。今のところは、特に異変はないが、ワイバーンを例年よりも多く見かけるそうだ。噴火で逃げ出してきたためだろう。隊商を襲うことは滅多にない、というから、問題ないな。


 この先にある、通称[北峠]は、ガーブリアとローデンの間にある峠よりも標高が高い。その分、気温が低い。人々は、防寒具に身を固めて道を行く。

 自分も、毛皮付きの手甲とすね当て、厚手のマントを羽織った。ただし、防寒機能はそれほどでもない。この程度の気温なら自分は寒くはないが、周りの人と違いすぎる格好をして目立つこともない。


 さて、出発。


「もしかして、賢者様ではありませんか?」


 どこかで聞いたことのある声がした。


「ルーじゃないか。久しぶりだねえ」


 ガーブリアにいるはずの人の声もする。


 横に来ていた馬車の御者台に、その人達はいた。


「エルバステラさん、レウムさん、なんでここに・・・」


 ずいぶんと大きな荷台の馬車だった。反対側には、騎馬も付いている。


「賢者様こそ。もう、峠を越えていらっしゃると思ってました」


「それがいろいろあって・・・」


「ルー? 話は移動しながらでもいいかな?」


「あ、そうですよね」


「賢者様、従魔達はどうなさったのですか?」


「・・・目立ちそうなので、隠れてもらってます」


「馬車と一緒に走っている方が目立っているよ?」


 振り切っておけばよかった、とは今更だ。影に合図して、相棒達を呼び出す。

 ああ、もう、ムラクモってば張り切っちゃって。

 レウムさんたちの馬車の後ろにいた隊商の人たちが、いきなり現れたムラクモ達に驚いている。うう、脅かすつもりはなかったんです。すみません。


「ずいぶんと綺麗な子だったんだねぇ」

「レウム様は、この子達をご存知で?」

「うん。ルーと一緒に森であったんだよ。その時は、みんな灰色になっててねぇ」


 和やかに会話する二人。どうやって知り合ったんだ?


「先だっては、お世話になりました」


 付いていた馬に乗っていたのは、エルバステラさんと一緒に居た騎士さんの一人だった。


「あ、いえ。こちらこそ、言いたいだけ言い置いて、逃げ出しちゃいましたし」


「詳しい話は、野営の時にでも」


「お願いします」


 特に、レウムさん。シンシャに戻れたのはいいとして、こんなところにまで商売にくるのかな?


 峠に向かう道で、いくつもの隊商とすれ違う。ごった返していると行ってもいい。ガーブリアが通れなくなって、こちらの峠経由で東へ向かう隊商が増えたためだ、と、チクスの門で聞いたっけ。


 峠に着く前に、夕方になった。街道の左右には、野営の準備をする隊商の馬車や商人さん、傭兵さん達があちらこちらにいる。隊商の数が多くて、場所取りも苦労しているようだ。

 運良く、大きな馬車も泊められる広場を確保できた。馬達の世話をし、夕食の用意ができたところで、みんなでたき火を囲む。


「まずは、僕から話そうか」


 シンシャとガーブリアの連絡がつくようになってから、特例で東湖を渡らせてもらったんだそうだ。替わりに、依頼を受けた。用件は「賢者様へ、伝言と荷物を渡すこと」。

 そうして、シンシャの街で奥さんと再会した。そのとき、自分から手紙をもらったにもかかわらず、街のごたごたで直接会えなかった奥さんが、手紙の配達料を払っていないことを聞いて爆発した。今も残る右目の痣は、その名残だそうだ。

 ありったけの報酬を用意しようとしたところを、レウムさんが止めた。ガーブリアの門でのやり取りを聞いていて、大金を渡しても喜ばないから、と。二人で相談して、報酬の品物を用意し、奥さんの「依頼」で、それを自分に直接届けることにした。


「そこからは、わたしたちが」


 エルバステラさんと騎士さん、リディ・ストロビさんが、話し始めた。


 自分の「提案」を聞いて、驚愕はしたが、逆に真剣に検討を始めた。他に、良い方法が思いつかなかったそうだ。とはいえ、騎士団上層部にも貴族派がいて、うかつに相談できない。

 商工会のトップに、成功率を上げるための手だてを相談していたところに、レウムさんが帰還してきた。元凄腕のハンターで、「不動」の異名も持っているレウムさんなら、保護者役にはうってつけ。現在は商人として活動しているので、商工会が便宜をはかっても問題ない。レウムさんが自分を追いかけて街を出る話を聞いて、エルバステラさんのことを相談した。レウムさんは、彼女が自分といろいろと関わりがあることを知って、快諾してくれた。

 極秘に出立の準備を行い、最後に、エルバステラさんが、練り上げた「演説」を王様や貴族達に聞かせたその足で、王宮どころかシンシャの街も飛び出し、街の外でレウムさんと合流した。


「それだけじゃないんです」


 モガシの街では、魔獣討伐で採取されたアスピディの頭部を大陸西海岸に持っていきたいが、依頼できそうな商人が不在で困っていた。そこに、レウムさんたちがやってきた。モガシでもレウムさんの異名は知られており、実力信用を鑑みて是非に、と依頼された。レウムさんたちの本来の用件を伝えると、ついでに渡してくれ、と自分宛の荷物も預かることになった。

 運ぶものがものなので、そこで積み込む馬車を新調し、馬も増やした。

 なお、レウムさんがガーブリアで使っていた馬車と馬は、街道が使えるようになったらシンシャに運んでもらう手はずになっている。


 ヌガルでは、商工会とギルドから「報酬を渡していなかった」ということで、そこでも荷物を預かることになった。


「そして、ここであえちゃった、と」


「偶然ってすごいねぇ」

「これこそ[天]のお導きというものでしょう」


 自分には、悪意にしか思えない。

 そもそも、報酬を届けに馬車を仕立てている時点で、激しく間違っている。


 ガーブリアで預かってきたのは、手紙と短剣。シンシャと連絡が付くようになったのが、自分のアイデアがあったからだと聞いて、その報酬にバラディ殿下の紋章付きの短剣を贈る、とあった。それを見せれば、殿下の代理人扱いになるらしい。そんな恐ろしいもの、どこで使うっていうんだ?


 レウムさんの奥さんからは、ジャム瓶、地酒瓶、各種、多数。本当に多数。どれも、木箱一杯に入っている。それと、薄手のスカーフ数枚。頭から灰をかぶっていたことを聞いて、奥さんが用意してくれたんだそうだ。


 シンシャの商工会とギルドからは、宝石の原石多数。草原から来ていた傭兵さん達から、髪ひもの飾りのことを聞いたらしい。なぜ原石なのかは、カット済みの石を集めると貴族に気づかれるから。それと、自分で好みの加工することができるものの方が喜ばれるだろう、と考えたそうだ。だからって、宝石はない。


 モガシからは、三翠角の角。王宮、商工会、ギルド、その他の寄付で、購入した。報酬が骨だけではあんまりだから追加する、だそうだ。でも、口座にも突っ込んでくれたはずだけど?


 ヌガルの商工会とギルドからは、数冊の魔術関係の書籍(複製)。ヌガルの学園に納めるはずだったものを、融通してもらったものらしい。裏で、あの宰相さんがなんかやったんだろうなぁ。


「・・・これ、自分に、どうしろと・・・」


「皆さんからの報酬ですわ。受け取ってくださいますよね?」


 エルバステラさんが、輝く笑顔でそう言ってくる。


「うちの奥さんの手作りのが一番だけど、他にもたくさん貰ってきたんだよ」


 レウムさんも、うきうきとしながら教えてくる。


「他にも?」


「うん。近所の知り合いとか、出入りの商人とかハンターとか」

「賢者様の、門での活躍を聞いた人たちからのものだそうです」


 うわぁ。若様達の横暴っぷりがよくわかる、というか、なんというか。


「これを納めてもらえば、少しでも馬車を軽くできますし」


「リディさん、それとこれとは・・・」


「協力していただけますよね?」


 リディさんが、にっこり笑って脅迫してくる。前にあった時とは違い、とても清々しい顔をしている。

 なんでも、エルバステラさんの護衛役がレウムさんだけでは大変だろうから、と騎士団を退役してついてきたそうだ。出世とか、身分とか、いいんだろうか? ちなみに、もう一人いた騎士さんは、念のため弟君に付いているとか。


 確かに、馬車の中にしまいきれなかったものが、屋根の上とか、リディさんの馬にもてんこもりになっている。二頭立てでも、これから峠を越えるのには荷物が軽い方がいい。もっとも、ほとんどは、峠越えのための装備のようだ。

 そもそも、そんなになるまで、余計な荷物を預かってこなくても良さそうなものなのに。

 全部、返却したい。したいけど、もう峠の途中まで来ている。でもって、自分には突き返しにいく時間がない。


 しぶしぶ、「報酬」ひとそろいを、便利ポーチにしまった。


 お返しとばかりに、ウサギ肉を出したら、逆にどこで狩ったのかとか、どうやって獲ったのかとか、根掘り葉掘り質問された。どこでもいいじゃん。おいしいんだから。

 でも、結局白状させられた。そして、「さすが賢者様!」とか「ルーはやっぱりすごいねぇ」とか感激された。


 だから。どこがどうなったらそこに行き着くのか、わかるように説明して欲しい!

 東側での騒動も一段落したようです。なんというか、後半は、食べ歩き漫遊記、でしたね。


 次話から新章です。

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