覚悟の示し方
320
翌日、宿に騎士団から迎えがきた。通常の討伐なら、報告はギルドで行う。今回、モガシの討伐隊長が騎士団員だったため、報告も騎士団で、ということらしい。
なんでか、練兵場に連れてこられた。王宮の会議室でも借りればいいのに。訓練中の兵士さん達が、あちこちで話をしている。
「・・・ほんとうかよ?」
「あんなにちっこいのに」
ほっといてよ。
その場には、討伐隊に加わったギルドのハンター達も呼ばれていた。とにかく、討伐隊長さんを捜し出して、報告書を渡せばいいだろう。
「あ〜、いたいた。こんにちは。ちゃんときましたよ〜」
「・・・早すぎないか?」
「気にしな〜い」
「問題が違う!」
シンシャからモガシにくるなら、普通は騎馬でも五日ほどかかるそうだ。それが、討伐現場で別れてからシンシャに行ってモガシに到着まで五日しか立っていないのはおかしい、と。
あー、ユキとハナのランニングに付合ったからねぇ。ちょっと、飛ばしすぎたか。
「ま、いいじゃないですか。すっぽかしたわけじゃないんだし。そうそう、これ、報告書です。ということで、報告終わり!」
「だから違〜う!」
「他になにが? それ、シンシャのギルドマスターに渡したのと同じ物ですけど?」
「すまないが」
横から、これまた立派な鎧を着た人が声をかけてきた。
「私が、モガシの王宮騎士団長のウロセント・ラムという」
ちょい強面の男性が、もう一人。
「ホーシタ、モガシのギルドマスターだよ。よろしく」
「はじめまして。猟師のアルファです。よろしく」
「「「やっぱり!」」」
討伐の時に見かけた人たちから、一斉に声が上がる。
「なにが?」
「うわさでは、巨大サイクロプスを一撃で叩き殺し、ローデンの魔女が戦々恐々となる、凄腕の女殺し屋だとか」
「いや、ローデンギルドも平らげたって」
「ローデンが自慢しまくってる砦にあんたの名前がついてるのって、なんでだ?」
「誰が殺し屋ですか?!」
「でもなぁ」
「ロックアントを、それも群を瞬殺するんだから」
「やっぱりうわさは本当のことだったんだ」
「違ーう!」
おじさん達が、てんでばらばらにおしゃべりを始める。うわさ話が好きなのは、女性だけではなかったようだ。
「うー、もういいです。報告書は渡したから、用は終わりました。後は勝手にしてください!」
「あいや、すまん! ロックアントの群を討伐したと聞いたので、本人からも話が聞きたくてな」
団長さんに、ブスくれて返事をした。
「ですから! それも報告書に書いてありますので! 本人よりも現場で見ていた人たちから聞いた方が詳しいでしょ?!」
「ま、ま、ま。あいつらは、あとで締めておくから。とにかく、被害を出さずにすんだ。礼を言わせてくれ」
「んじゃこれで」
「「「だからちょっと待ってくれ!」」」
騎士団長さん、討伐隊長さん、ホーシタさんが、引き止める。
「だいたい、なんで報告会をする場所が練兵場なんですか」
「あー、アルファ殿と呼ばせてもらっていいかな? 貴殿は狼型の従魔を連れていると聞いて、できれば協力して貰いたい件があって」
「二頭、いや三頭いるとか?」
「ああ、銀狼が三頭だった」
「何の関係があるんですか?」
「狼をつれた盗賊団を討伐したい」
「さようなら」
「待ってくれ!」
「協力してくれないか?」
「群で従っているんだ」
「だから! 相談なら部屋でできるでしょうに、なんで練兵場なんですか」
野次馬だらけで、落ち着いて話もできない。
「う〜ん。怒るなよ? 団長とホーシタの野郎が「従魔の実力が見たい」って、怒るな! 俺が言ったんじゃない!」
「な、ん、で? ひとの尻拭いを、あの子達にさせなくてはならないんですか? 自分の相棒達に、そんな危ないことをさせられません。お断りします」
「「「そこをなんとか!」」」
取りすがってくる男三人を、ポイポイポイッと投げ捨てる。
それを見た野次馬達が、「俺たちも混ぜろ〜」とかいって、これまた喜々として飛びかかってきた。
「いい加減にして〜っ!」
彼らもまた、自分の投げ技を食らって飛んでいった。
一刻もたたないうちに、うめき声をあげる野郎どもばかりになった。
「う、うわさは本当だった・・・」
「つ、強えぇ」
「姐御だ」
「本っ当〜に失礼ですね! とにかく! 話はこれまで! それでは!」
「すまん! 謝るから! これ以上、隊商の犠牲を出したくないんだ!」
「うちのハンターではあの群を倒すことができなかったんだ! 恥を忍んで、あんたに頼みたい!」
復活した討伐隊長さんとホーシタさんが、自分の前に土下座する。団長さんは、鎧の重さも加わったせいか気絶したまま。
男二人が、頭をピコピコ下げて「頼む!」を繰り返す。それを聞いてた野次馬達も、そろって土下座を始めた。や〜め〜て〜っ
野次馬の背中を蹴って、練兵場の出口に向かう。しかし、扉は閉じられており、そこにいた兵士さんも頭を下げてくる。いやーっ
ようやく気がついた団長さんは、ものすっごく大きな声で「なにとぞ!」と叫ぶ。このぶんじゃ、王様まで出張ってきそうな勢いだ。
「わかりましたから、もう、土下座もやめてください〜」
「「「うをぉ〜〜〜っ」」」
「「「姐御ぉぉぉぉっ!」」」
練兵場に男達の歓声が轟いた。気絶しそうだ。
モガシの北の都市、ヌガルからも盗賊の討伐隊を出したが、通常の討伐編成では盗賊と狼達の連携に歯が立たず、「返り討ち」にあってしまった。
折しも、自分が出した火山噴火の被害予想レポートにある魔獣の暴走に備えるため、これ以上討伐隊に人員を割くこともできず、両都市の合同で事に当たりたくても連絡自体が絶たれ気味で調整がつかない。
現状では、これ以上打つ手が見つからない、といったところに自分が現れた。魔獣の討伐で、実力十分であることもわかった。ここで、なんとしても引き受けてもらいたい!
という状況は理解した。だが!
「だからって、ああいうやり方はあんまりだと思います」
「本当に、すまん! 調子に乗りすぎた!」
「俺はやめた方がいいって忠告はしたぞ?」
「だが、うわさだけで判断するわけには・・・」
「討伐隊や隊商の傭兵連中からも調書を取っただろうが!」
「だから念には念をだな・・・」
「おまえ! もういっぺん投げられてこい!」
隊長さんは、団長さんにも遠慮がない。なんでも、本当は副団長さんなんだとか。それで討伐隊も指揮してるって、そうとう実力あるんじゃないの?
「自分もあんまり時間がないんです。早く、西側に戻りたいんですよ。
それで、盗賊団の情報、あるんですよね?」
「お、おう。おおよその根城の在処はこの辺りだ」
隊長さんが地図を出し、指先で円を書く。モガシとヌガルの間には緩やかな丘陵地帯になっていて、所々に森がある。そのいくつかに拠点を作って、移動を繰り返しているらしい。構成人数は四十人余り。オオカミ達は十数頭。
「うちのハンターに山東烏を従魔にしてるやつが数人いてな、そいつらが居場所を見張っている。昨日の時点では、ここだ」
山東烏は、街中で繁殖させている数少ない魔獣だ。片言ではあるが人の言葉を理解し話すことができる、と説明された。複数人で狩をする時の連絡役とか、街中でのちょっとした言付けを伝えたりとか、うわさ話を拾ってきたりとか。
狼がいるために、ハンターは拠点に張り付いていられない。なので、山東烏に、拠点の監視とギルドへの連絡役をさせている。それでも、監視中に、盗賊や狼に殺された人が出ている。
なお、山東烏は[魔天]の山脈東側のみに生息している。なので、ローデンでは見たことがない。
ホーシタさんが、地図上の一点を指す。ずいぶんと街道に近い。
「これは、襲撃するつもりなんですかね?」
「おそらく、そうだろう」
「盗賊は捕縛すればいいんですか?」
「いや。全員殺す」
「! それはまた・・・」
「奴らの仕事、というのも腹立たしいが、判明している襲撃件数だけでも十分死刑に値する」
「死に場所が、山の中か刑場かの違いだけだよ」
「・・・そうですか」
はっきり言おう。自分は他人を殺したことはない。なぜなら、一人でも殺めてしまえば、その瞬間から自分が「ひとではなくなる」ような気がするからだ。だからこそ、殺さないための「技」を身につけてきた。
都合のいい、言い訳だ。だけど
「自分は猟師です。人は殺しません」
「! あんた、それじゃあ・・・」
「自分が死ぬぞ?」
「殺されたくはありませんね。だから、全力で捕まえます」
「・・・わかった。盗賊の処罰は我々の仕事だ。アルファ殿には狼を捕らえてもらいたい」
翌日、隊商に見える馬車を用意して、おびき出すことになった。
二頭立ての幌付きの荷馬車が街道を行く。馬車はたっぷり荷物を積んでいるらしく、足が遅い。周囲を八人の傭兵が取り囲む。
馬車の手綱を握るのは自分だ。フードをかぶって、性別がわからないようにした。荷物は、商品を偽装するために用意した水入りの酒樽数個と隊長さん。また、馬車の後ろには、『隠鬼』を発動させた二十人ほどの軽装の騎士がついてきている。
狼さえ押さえてしまえば、盗賊の相手はこの人数でも十分だそうだ。
「あんた、魔術も使えるんだな」
「森で一人暮らしするための必須技術です」
「いや、普通、使わないから。いやいや、使えないから」
小さな声で会話する。
「ん。狼達が左右に展開しましたね」
「よくわかるな〜」
「自分、猟師ですよ?」
「だから、普通この距離じゃわからないって」
「道の前方に十二人、後方に二十二人、左右の森に弓を持っている者がそれぞれ四人。その奥にさらに三人ずつ」
「〜本当に、よくわかるよな」
草や石を踏みしめる音を聞き分け、後方から漂う人の匂いを慎重に嗅ぎ分けた。嫌な匂いだ。
「どう攻めますか?」
「後方は騎士に任せる。左右はあんたに、前方は傭兵と俺で。合図は〜」
ぎゃん!
指弾に鼻面を撃たれた狼が悲鳴を上げた。残る狼達は、蟻弾で絶命していく。弓を持った男達には、『瞬雷』を打ち込む。
「ちくしょう! 犬達が!」
「弓はどうした!」
盗賊達が混乱している。特に、後方から襲うつもりでいた盗賊は、姿の見えない騎士に逆に襲われる形になり、抵抗もできずに切り伏せられている。
ぐるるるる。
右手の森から、ひと際大きな個体が姿を現した。群のリーダーだろう。
自分勝手な理屈かもしれない。だが、人の手を知った動物は、それが人を襲うことを覚えているものなら、なおさら放置できない。
配下を殺されて、殺気立っている。残っているのは彼を含めて数頭だ。リーダー以外が左右から飛びかかってくる。
ぎゃん! がうっ!
みな、のど元や心臓を蟻弾で打ち抜かれて死んだ。
があっ!
リーダーが自分に向かってきた。槍を取り出し、彼の大きく開いた口に突き刺す。即死した。
「貴様っ!」
弓隊の後ろにいた男が、剣を振りかぶり、自分に襲いかかってきた。御者台から飛び降り、黒棒を構えて剣をうける。
「俺のかわいいあいつらを! よくも殺してくれたな!」
「あなた方に殺された隊商の人たちも、同じように言っていたと思いますけど」
「ふん! 獲物が何を言おうと知ったことか!」
「ですから、同じ言葉を返します」
「ルー!」
残る盗賊はこの男だけらしい。剣をふるう力も剣筋もそれなりにある。だが。
「がっ!」
剣を持つ手に、黒棒を打ち込んだ。おそらく、両手の骨が粉々になっているだろう。剣を取り落とし、痛みによろけたところで、両のすねも黒棒の先端で突く。
「ぎゃぁぁぁああああっ」
男の両足は、ちぎれてはいない。だが、中の骨はずたずたになっている。もはや、立ち上がることはできない。もしかすると、痛みの余りショック死するかもしれない。
のたうち回る男を見下ろしていると、隊長さんが近寄ってきた。
「あんた・・・」
「後は、お任せします」
自分は、狼達のところに行く。
本来なら毛皮を剥ぐところだが、彼らは人の血にまみれ過ぎている。群のすべてを一か所に集めた。一応、隊長さんに確認しておこう。
「隊長さん。狼達の毛皮、どうしますか?」
「どうって、どうするんだ?」
「盗賊の討伐証明とか?」
「あ、いや。頭数は確認できたし、あんたの好きにしていい。と、団長やホーシタからいわれているしな」
「そうですか」
ならば。
『禍焔』
『焼滅』の結界バージョンだ。
「うおっ」
盗賊達の死体を運んでいた騎士さん達や傭兵さん達が、青白い炎が踊り狂うドームを見て驚いている。
「ちくしょう、ちくしょう」
盗賊の一人は、まだ生きていた。彼にも『禍焔』は見えている。だが、
「当然の報いだ」
騎士さんの一人が、とどめをさした。
「もうしばらく、痛みを堪能させてあげてもよかったのでは?」
自分がそう言うと、傭兵さんの一人が苦笑いした。
「姐御はおっかねえな」
「そうですか? それこそ、当然の報いでしょ」
「・・・やっぱ、おっかねぇ」
「ルー? さっきの火のやつ、盗賊にもやってもらっていいか?」
「隊長さん、結構図太いですね」
「おう! 使えるもんはとことん使う主義だ!」
今度は、自分が苦笑いした。
盗賊と関わらなければ、狼達は普通に暮らせていたはず。ということで、結構怒っていた主人公でした。
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山東烏
烏と同じくらいの大きさ。従魔になった個体は、長距離飛行が苦手。主と長時間離れることもできない。
シンシャで、ガーブリアへの通信手段の候補に挙がったが、前述の理由や、行き先や連絡相手をよく知っていなければ迷子になる、ということで却下された。
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『禍焔』
結界内の物質を、高火力で焼き尽くす。『焼滅』より温度が高く、持続時間も長い。




