竜の里
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あの声は、ジルシャールさんだ! 里に帰るとは聞いていた。でも、ここから近いとは予想外。じゃなくて!
「ああ、またお会いできるとは、感激です!」
こらこらこら! 人を蹴散らすんじゃない! 助っ人に来たハンターや傭兵さん達が、クモの巣を散らすように逃げていく。残ったのは自分だけ。というより、自分めがけて突進してきているんだ。下手に逃げたら、迷惑になる。
「ジルシャール殿? ですよね?」
目の前で急停止したドラゴンに、声をかける。あらら、両手をくんでお祈りポーズしてますよ、この人、じゃなくてこのドラゴン!
「・・・ああ、わかってくださったんですね! やっぱり、結婚してください!」
「婚約者に謝りなさい!」
どこをどう話したら、そういう結論に結びつくんだ? とにかく、冷静に、用件を聞こうじゃないか。
「・・・それで、何のご用ですか?」
「〜〜〜そんなつれない! 先日から、山脈の東側に美しい魔力を感じていたので、もしかしたら来ていらっしゃるのではないかと、探していたんです。本当に、変わらずにうっとりするような「はいそこまで!」・・・」
周りの人が聞いているんだ! うかつなことを言われちゃたまらん!
「・・・あ〜、アルファ殿?」
「・・・はい、なんでしょう?」
見物人一同を代表して、モガシの隊長さんが質問してきた。
「こちらは、お知り合いで?」
「ええ。不本意ながら」
「・・・」
「ドラゴンと知り合いか?」と聞かれて、「不本意だ」なんて返事を聞くとは思わないだろうな。でも、自分に取っては不本意以外の何者でもない。
「えへん。ええと、それで、こちらの竜の方のご用件はなんでしょうか」
「はい! アルファさんにご挨拶に参りました!」
なんで、そう、ハキハキ答えるのかな〜、この駄目ドラゴン!
「さ、挨拶はしましたから。お引き取りを!」
「え〜、今、久しぶりにお会いできたばかりじゃないですか〜」
こら、もみ手をしながらもじもじしないで! 見ていてなんていうか、ドラゴンのイメージが・・・。
「・・・なあ、竜ってもっと怖いもんだと思ってたんだが」
「同感だ」
「いや、その竜と堂々と言葉を交わしてるあの嬢ちゃんの方がなんていうか・・・」
「すげえよな」
「「「そうじゃなくて!」」」
ああ、とばっちりが飛んできた。
「えーとですね? さっきの騒ぎの後始末がまだ終わってないんです。立て込んでいるので、お引き取りを!」
「ならば、アルファさん! 竜の里で一休みしてください。是非!」
「だからなんでそうなる!」
ぽん、と両の肩を叩かれた。振り向けば、モガシの隊長さんと傭兵の隊長さんが自分を見ている。
「すまん。あんたがいると、片付かないようだ。行ってきてくれ!」
「人身御供ですか?!」
「だから! これ以上、竜を人目に晒しといちゃまずいだろ?!」
「たのむから、竜の里とやらに引き取らせてきてくれ!」
理屈はわかる、わかるけど!
さらに周りを見渡せば、隊商の人たちも含めて全員がこちら、というよりジルシャールさんを見ている。
「〜〜〜わかりました。後片付けはお任せします」
「「すまん」」
ああ、アスピディの足焼が〜。
「では!」
妙なところで、場を読んだジルシャールさんが自分をがばっと抱き上げた。というより、両手で掬い上げた。自分は金魚か?
ジルシャールさんは、器用にも両足で軽快に駆けていく。自分は、どちらの姿でも二足歩行しかしないけど。
林の中を進んでいくと、やがて、結界が見えた。
「ようこそ! 竜の里へ!」
「あ、ちょっと待って、止まって!」
後ろから、ムラクモがついてきていた。結界にも飛び込んでくる。
ドラゴンと[魔天]領域の魔力のそりが合わないように、この結界内ではムラクモにはきついはずだ。
「ムラクモ! 外で待ってて!」
首を横に振り、自分の後をついてこようとする。やっぱり、もう足下がふらついている!
「ムラクモ! 外で待ってて!」
首を横に振り、自分の後をついてこようとする。ああ、もう足下がふらついている!
「せめて、影の中にいて? ね?」
鞍袋を預かり、ムラクモを促す。まだ、影に入っていれば体への負担は軽くなるはず。そっとほほを寄せてから、影に溶けた。ちゃんと「閉じて」おく。
・・・自分はなんで平気なんだ? うん、自分、人だから関係ない、そういうことにしておこう。
「・・・いつの間に?」
「火山騒動の時に懐かれました」
「ああ、アルファさん、なんておやさしいんでしょう!」
地面に下ろしてもらったあとは、自分の足で歩いた。
「あれから、人化の術とか他にもいろいろと改良? 進化? とにかく、アルファさんのような美しい術をめざして練習しました!」
「・・・そうですか」
「結婚式は、いつがいいですか?」
「だから! 婚約者に謝りなさい!」
「でも、こうしてまたお会いできました。運命です! 結婚しましょう!」
「人の話を聞きなさーい!」
「どこの誰よ? 大きな声を出したりして」
別のドラゴンが、ぬっと、横合いから顔を突き出してきた。
「婚約者がいる身で、馬の骨にプロポーズするような駄目竜を野放しにしないでください。迷惑です!」
「駄目竜?」
「このジルシャールさん以外の誰が?」
「・・・あんた、ひと、だよね?」
「そうそう、勝手に里にひとを連れ込むような、甲斐性なしでもありますね」
もう、遠慮なんかしてやらない!
「あ、アルファさん、いくらなんでもあんまりな・・・」
「ぅおだまり! 人の都合も聞かずにさらってくるような竜ですよね? 他に、どんな呼び方がいいですか?」
「アルファさぁ〜ん!」
涙目になろうが知ったことか!
「アルファ、っていうんだ。アタシは、こいつの姉」
「お姉さんですか。よろしく。ということで、帰ってもいいですか?」
「う〜ん、悪いけど、どんな形であれ、竜の里に招かれた客だからね。それに、長老が呼んでる。会ってもらえないかい?」
「え〜」
シンシャの王宮よりも、たちが悪いかも。
「この愚弟は、きっちりお仕置きしておくからさ」
「ご挨拶、だけですよ? 歓迎会とかは無しでお願いします。まだ、外でやることが残ってるので早く戻りたいんです」
まだ、ツキがシンシャから戻ってきていない。何にもないといいんだけど。
「・・・わかった。姉さん! このバカを頼むわ。アタシは、客人を案内してくる!」
「姉さん! もっと、アルファさんと話を〜」
との懇願もむなしく、数頭のドラゴンに取り囲まれ、林の奥に引きずっていかれたジルシャールさん。
「ええと、何人兄弟なんですか?」
「ああ、アタシの上に姉が四人いるわね」
「お兄さんとか弟さんとかは?」
「アタシたちの弟はあいつ一人よ」
「・・・」
うん、ジルシャールさん、思いっきり叱られてきてください。
長老さんのいる洞窟までの道すがら、ジルシャールさんと知り合ったいきさつを教えた。
「あのバカ! 自分が魔術研究でちょっとできるからって、そこまでするかな〜」
「だいたい、人の魔術を竜が使えるものなんですか?」
「ああ、今の人が使っている魔術はもともとは竜が教えたらしいからね」
へえ。
「ただ、長い年月のうちに、魔力のもとが変化したらしくて、人は竜術を使えなくなった。かわりに、いまの魔術が発達した、って教わったけどね」
「誰に教わったんですか?」
「長老よ。歳がいくつかなんて全くわかんないくらいの年寄り」
「聞こえているぞ!」
「聞こえるように言ったのよ。この耄碌じじい!」
口調は荒いけど、なんか親しそう。
一見すれば、岩と見間違いそうなドラゴンがいた。ジルシャールさんやお姉さんよりも、さらに大きい。
「初めまして。竜の里へ(不本意ながらも)お招きいただき、ありがとうございます。自分は猟師のアルファと言います」
「ほうほう、礼儀正しいのう。わしがこの里の長老だ。・・・世話をかけたのう」
「いえ。どういたしまして」
「「・・・」」
早く帰りたいんですよ。
「人は竜の里に招かれると、たいていは感激するものなんじゃが」
「そうなんですか?」
「「・・・」」
自分が「人」だというならそれでいい。とっとと帰らせて欲しい。
「ぅおほん。肝の据わった女子だの」
「そういえば! いきなり武器を振り回したり、魔術をぶっ放したりもしなかったし!」
「客人としてのマナーを守ったつもりですが。今からでもそうした方がいいですか?」
「「いやいや!」」
「では、ご挨拶申し上げたところで、帰らせてください」
「え〜、こんなおもしろい人、初めてだもん。もう少しいてちょうだいよ」
「街道に人を待たせているんです! 時間が経てばたつほど面倒ごとになりそうで・・・。というわけで、帰ります!」
「ぶあはははははっ」
長老さんがいきなり笑い出した。
「いやほんとうに、おもしろい!」
「おもしろがられるのもいいんですけどね? こっちの迷惑も考えてくださいよ」
「いやすまん。じゃが、ジルが気に入るのも無理はないな。そう思わんか?」
「う〜ん、もろ好みかも」
お姉さん! 肯定しないで!
「結婚うんぬんとかいう話は絶対にお断りしますから! そもそも、無理でしょう?」
「人が竜術を使えた頃には普通に結婚していたぞ?」
「今は違いますから!」
いいかげんにしてくれ〜っ
「だいたい、ジルシャールさん、婚約者を捜しに出歩いているんでしょ? なんでそれが自分へのプロポーズになるんですか?」
「・・・あれも、半分は諦めておるよ。じゃが、それを認めたくないんじゃ」
「やっぱり、末の弟だからね。できることなら、好きにさせてやりたいじゃない?」
「人の迷惑にならない範囲でなら、いいんですけどね〜?」
「・・・迷惑かの?」
「力一杯、大迷惑以外の何者でもありません!」
目撃者多数の中でのドラゴンからのプロポーズ? うわさ話に大量の尾ひれがつきまくる様が目に浮かぶ〜。泣くぞ?
なにか、気がそがれるようなものがあればいいんだ。・・・って、これ、いいかも。
「長老さん?」
「何じゃ?」
「里に入れていただいたお礼に、これ、差し上げます」
担いでいた鞍袋から、卵の袋を外して二人の前に差し出す。
「ふぅむ? なんじゃね? これは」
「え〜と、東天王とかいう方から頂いたものなんですが、自分の道中では扱いに困ってまして。こちらで預かっていただけると助かるんです」
「いいんじゃないの? ジルにでも任せておけば、少しはじっとしているかも」
「そうじゃな。では、お預かりしよう」
「お願いします。では、帰ります」
「まてまてまて!」
「ちょっと待ってよ!」
「ですが、用件は済みましたし。こちらの都合はお話しした通りですし」
長老さんとお姉さんが頭を寄せて、ぼそぼそと相談している。ねえ、帰ってもいいよね?
「今回は、ジルが無理矢理連れてきたということだしの」
「そうね。これ以上の無理強いはよくないわよね」
「ご理解いただけて、幸いです」
「「・・・」」
沈黙が重い。
「うぉほん! では、お詫びの印にこれを差し上げよう」
ぽん、と目の前に何かが落ちてきた。ん? 身分証そっくりのネックレスだ。
「其方には、竜の里への出入りを認める。その証じゃ。都合が付いたら、いつでも訪れて欲しい」
「お願い。これっきりなんて寂しいわ」
「・・・さすが、ジルシャールさんのお身内ですね。言ってることが同じです!」
「「ええぇ!」」
驚くところはそこですか?
本性ばれずにご対面、でした。




