08 黒い太陽
「えー、また『神秘の泉』に行くの? 今日は別の場所に行こうよー」
翌日、神秘の泉へと向かおうとする俺にマーシャが反対してくる。
「マーシャが30レベルになったらな」
「えー、どうしてよー。もう26なんだから『蒼き洞窟』にも行けるでしょー?」
「洞窟は逃げ道が少ないから危険なんだよ。行くのは、もう少しレベルを上げてからだ」
洞窟だと、すぐにモンスターに囲まれてしまう。
つまり俺やルティが攻撃される危険性が高まるのだ。
後衛が攻撃されれば、盾役のニックの負担も激増する。
そのため、神秘の泉でレベルを上げてからのほうが良いと判断したというわけだ。
「ここは、我がギルド『ブラックサン』の狩場とする」
神秘の泉で狩りをしていると、何やら10数人の集団がやってきてそんなことを言い出した。
そして、ニックが集めていたモンスターを一掃されてしまう。
突然の出来事に固まる俺たち。
マーシャがずいっと前にでる。
「この場所は、先に狩っていた私たちのものよ! ブラックサンだかなんだか知らないけど――」
「ちょい待った」
俺は、マーシャの髪を引っ張って制止する。
「何よ、あいつら、私たちの狩場を奪おうとしてるのよ?」
「まあ、いいじゃないか。マーシャのレベルも29だし、町に帰るころには30になるだろう」
俺は、町に帰る選択をする。
無駄に争う必要なんてないからな。
「ちょ、ちょっと、なんであっさりと引き下がるのよ。あんなマナーの悪い連中の言うことなんて聞く必要ないって!」
「じゃあ、何か。あそこでモンスターを奪い合いながら狩りをしたほうが良いとでも?」
「そうじゃないでしょ、あいつらを追い返せば済む話なんだから!」
「それだと、俺らもあいつらと同類になってしまうじゃないか。狩場の独占も良くないよ?」
「で、でも……!」
町に着いた途端、俺はマーシャと言い争いをしてしまう。
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
ニックが仲裁してくる。
しかし、マーシャの怒りは収まらない。
「もういい、私、このパーティーを抜けるわ!」
「ふん、勝手にしろ」
俺がそういうと、マーシャは本当にパーティーを離脱しどこかへ走り去ってしまった。
「ちょ、ちょっと師匠、どうしてマーシャさんを止めてくれなかったんすか!」
「なんだよ、俺が悪いっていうのか?」
「そ、そうじゃないっすけど、女の子にはもっと優しくしてあげないと……」
「そう思うなら、お前がなんとかすればいいだろ? 俺には関係ないね」
なんだよ、俺が悪者かよ。
誰のおかげで、こんなに早くレベルが上げられたと思ってんだ。
「……そうっすか、なら僕もパーティーを抜けさせてもらうっすね」
「えっ? なんでそうなるんだよ。ニックが抜ける理由なんてないだろ?」
「ありますよ! マーシャさんがいないパーティーなんて、牛肉のない牛丼みたいなもんじゃないっすか!」
その例えはどうなんだろう。
しかし、ニックは本当にパーティーを抜けてマーシャを追いかけどこかへ行ってしまう。
取り残される俺とルティ。
重たい空気が流れる。
「……ご、ごめんなさいね。あたしもパーティーを抜けますね」
「お、おう……」
しばらく沈黙が続いた後、ルティがそう切り出した。
止めることなどできるはずがない。
こうして、俺はまた一人になってしまった。
「ふぅー……」
宿屋のベッドで横になりながらため息をつく。
「また一人、か……」
これで良かったんだ。
最初から、俺にパーティープレイなんて無理だった。
ソロプレイがお似合いだった。
それだけのことだ。
何も未練なんてない。
未練なんて……。
「う、うぅ……」
俺はいつだって一人だったじゃないか。
ここ数日が特殊だっただけじゃないか。
それなのに、なぜ、涙が止まらないんだろう。
情けねえ……。
俺は、ずっと逃げていた。
ゲームの世界に――。
この世界なら、俺は強くなれる。
そう思って必死にレベルを上げてきた。
実際に、レベルが上がって俺は強くなった。
そう思っていた。
でも違った。
俺は弱い、弱いままだ。
一人になるのがこんなにもつらいなんて思ってもみなかった。
「ああもう、しょうがねえなあ」
気付いたら俺は宿を抜け出し走り出していた。
しかし、フレンド登録をしていない俺には、マーシャたちの居場所が分からない。
それでも、俺は走り続けた。
そうしないと、もう二度と会えないようなそんな気がしたからだ。
「なあ、マーシャを見かけなかったか!?」
「ああん、なんだてめーは、狩場を取り返しにでもきたのか? ケヘヘヘ」
俺は、神秘の泉で狩りをしている男に聞いてみた。
ここじゃない……!?
だとすると、まさか――。