63 ありがとう
最終回。
これで、良かったんだ。
プレイヤーは無事にログアウトできる。
俺は俺の世界で、生きていく。
これからも、ずっと――。
誰かに作られた存在とか、そんなの関係ない。
俺は、俺なのだから――。
「――レイト」
名前を呼ばれた気がして辺りを見渡す。
しかし、誰もいない。
空耳か?
「――レイトさん」
「あれ、この声はアキさん?」
「あ、いたいた。ごめんなさい、ちょっと問題がありまして」
アキから、脳内に直接声が聞こえてくる。
便利な能力だなあ。
それよりも、問題ってなんだろう?
まさか――。
「大変なんです、マーシャさんがいないんです。何か御存知ないですか?」
「えっ? どういうことですか?」
「わ、わかりません。今、他のプレイヤーの方にも協力して探してもらっています。レイトさんもマーシャさんを探すのを手伝ってくれませんか?」
「あ、ああ、分かった。俺はどこを探せばいい?」
「そ、そうですね、では、初心者の町の付近を探してもらえますか? 移動手段は私がなんとかしますので」
「お、おう」
言われるがまま、俺は転移魔法陣で初心者の町へとやってきた。
懐かしい。
全ての始まりの場所。
ここに来た時、俺は物凄く感動したのを今でもよく覚えている。
「あれ、そういえば町は破壊されたはずなのにもう直したのか」
モンスターに襲われて火の海となっていた町はすっかりと元通りになっていた。
その光景を見ると、この世界がゲームだということを改めて実感させられる。
「にしても、マーシャのやつ、一体どこ行っちゃったんだよ……」
最後の最後まで、迷惑なやつだな。
人を巻き込んで、自分の感情を押し付けて――。
そういえば、勝手にパーティーを抜けるなんて言い出したことがあったな。
あの時は参ったよ。
誰かとケンカなんてしたことなかったら、どう対処していいのか分からなくて――。
あのときも、こうしてマーシャを探してあっちこっち動き回ってたな。
今では、それも良い思い出だ。
一生で一度きりの――。
---
マーシャ。
どこだよ、マーシャ。
俺、やっぱり――。
もう一度マーシャに会いたいよ。
会って話がしたいよ――。
だから、最後にもう一度だけ会わせてくれ。
「レイト、泣いているの?」
声に驚き振り返る。
そこにはマーシャが立っていた。
不思議そうに俺の顔を見つめている。
「え、あ、あれ? マーシャ。な、なんでこんなところに……」
必死に涙をぬぐいながら、笑って見せる。
「アキさんがね、ログアウトする前にもう一度、初心者の町へ行ってみなさいって言うから……」
アキのやつ。
まさか、最初から俺をマーシャに会わせるために嘘を――?
「ねえ、覚えている? 私ね、ここで初めてレイトと会ったんだよ」
「え……? そういえばそうだな」
言われて気付いた。
俺は無意識のうちに、マーシャと最初に出会った草原に来ていたのだ。
「ふふ、懐かしいね。ここで初心者キラーに襲われてるところをレイトが助けてくれたんだよね」
「ハハハ、そんなこともあったな」
襲われていたって感じじゃなかった気がするけど。
「あの時からね、レイトのこと好きだったんだー」
「ほぇ?」
思わず変な声を出してしまった。
唐突すぎて。
予想外すぎて。
無邪気に微笑むマーシャの笑顔が眩しくて。
太陽よりも輝いて見えた。
「え、えーっと……あ、うん。あ、ありがとう」
「何よそれ、ありがとうじゃなくて、他に言うことないわけー?」
「い、いや、でもさ、もう、今日で会えなくなっちゃうんだから――」
俺もマーシャのことが好きだ。
けど――。
今日でマーシャに会えるのは最後なのだ。
今ここで愛の告白をしたところで、別れるのが辛くなるだけだろうに。
「なーに、バカなこといってんのよ」
「ふぁい?」
「約束したでしょ。私たちがログアウトできたら付き合ってくれるって」
「え、あ、あー、したな。うん、した」
でも、あれはマーシャが俺のことをNPCだと知らないと思ってたからで――。
「ふふ、じゃ、また明日も会いに来るからね」
「おう…………えっ? あ、明日? 何言ってんだよ。もう会えなくなるんだよ。ログアウトしたら、この世界にはもう来れなく……」
「そんなわけないじゃない。明日も、明後日も、これからもずっと、この世界に遊びにくるよ。私は、レイトに会いに来る。これからも、ずっと!」
「だって、この世界で閉じ込められそうになったっていうのに……それなのに、どうして……」
「理由? ログアウト不可なんて関係ないよ? 会いたい人に会いたいって思うのは当たり前なことじゃない。ねえ、みんな?」
いつの間にか、他のプレイヤーが集まっていた。
「お前ら、何やってんだよ。こんなところで……」
「何って、決まってるじゃないっすか。師匠に、お礼を言いに来たんすよ。師匠のおかげで無事にログアウトできるようになったんすからね!」
「ニック……でも、俺……」
どんな顔して会っていいのか分からなかった。
そんな俺を責めるわけでもなく、お礼だなんて。
なんだか照れ臭い。
それと同時に、嬉しさが込み上げてくる。
「師匠。絶対、また会いにくるっすよ! それにほら、この世界には可愛い子がいっぱいなんすからね! もう二度と来れないとか考えられないっすよぉ」
ニックがにやりと笑って言った。
感動が台無しだぜ、こんちくしょう。
ま、それがニックらしいんだけどな。
「もうニック様ったら、あたしというものがありながら……! んふふ、レイトさん、あたしね、本当はゲームなんてやるつもりなかった。おじいちゃんを探すために仕方なくやっていたの。でも、魔法を撃つ快感は今でも忘れられないの。だからね、これからも魔法を撃ちにこの世界へ遊びに来るわ」
ルティが続けて言った。
ルティは相変わらずだ。
楽しそうに範囲魔法をぶっ放すルティの笑顔が今でも目に焼き付いているよ。
「レイト。オレのせいで、すまんかった」
「トライさんが謝るようなことなんて何もないですよ」
「でも、オレがもっとしっかりとしていれば、二年前の事件も起こらなかったわけだし……その……」
「何言ってるんですか。トライさんがいなければ、俺も生まれてなかったんだからそんなこと言わないでくださいよ」
「あ、ああ、ハハハ、そ、そうだな。すまん」
「ほら、また謝ってる」
「ああ、すまん」
「わざとやってるんですか、アハハハ」
気付いたら、俺は笑っていた。
心の底から、笑っていた。
ずっと、思い悩んでいた不安を全て吹き飛ばすかのように、大声で――。
「じゃあ、そろそろ行くよ。会えなくなるわけじゃないから、さようならは言わない。でも、一言……」
結局、ログインサーバーまで見送りに来ることになった俺。
トライさんが、ログインゲートの前で立ち止まる。
「ありがとう」
そう言って、帰って行った。
お礼を言いたいのは、こっちのほうだって言うのに――。
「また、会えるかなあ……」
「会えますよ、信じていれば。きっと――」
そうだな、うん。
今度、会うときまでにこの世界をもっともっと楽しい世界にしよう。
そして、多くのプレイヤーが楽しめる、最高のゲーム世界を作ろう。
それが、俺にできるあいつらにできる恩返しなのだから――。
お読みいただきありがとうございました。




