58 叶わぬ願い
「キャシーは、騙されていたんだよ」
「え? だ、誰にです?」
キャシーを裏で操っていた人物、それは――。
「オウガだよ」
ギルド『ブラックサン』のギルドマスター。
テストプレイヤーでありながら、同時にプレイヤー型のNPCとしてテストプレイに参加していたオウガなら、二年前の時点でキャシーとも接点があったはずだ。
レベルを必死に上げていたのにも、ちゃんと理由があったのだ。
魔王を倒す。
それが彼にプログラムされた目的であり動機となったに違いない。
「オウガと知り合いなんだろう? キャシーはモンスター召喚を使って、オウガのレベル上げの手伝いをしていたはずだ」
「そ、それはそうですけど……」
「オウガに一体、何を言われた?」
「魔王サラは倒さなければならない存在、この世界を滅ぼそうとしているから、と」
「その言葉でサラがこの世界を削除しようとしていると、勘違いしてしまったんじゃないか?」
「……」
「なあ、レイト。それならば、オウガはなぜアキを倒さずにさらっていったんだ?」
「それは、俺にもわからない。オウガに話を聞いてみないと……」
オウガは、ただ純粋にこのゲームを楽しもうとしただけだったのかもしれない。
いや、おそらくプログラムの域を超え、暴走しているといっても良い。
もうこの世界のNPCはプログラムとは関係なく、自分の意思でそれぞれ行動しているのだから。
「とにかく、アキが心配だ。オウガのところへ急ごう。キャシー、オウガの居場所は分かるか?」
「ええ、この屋敷の地下に……」
「よし、行こう!」
部屋から出て、地下を目指す。
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地下の研究室のような場所にたどり着いた。
そこにあるベッドに横たわるアキ。
何やら、管のようなものが取り付けられている。
そして、オウガがその管の先端にある機械をいじっていた。
「オウガ、何をしている!?」
「……なんだ、私の邪魔をしにきたというのか? 私の邪魔をしたらどうなるか、教えておいたはずなんだけどね?」
オウガは手を止め、俺のほうを睨み付けてきた。
「アキを解放しろ! その人は開発者の一人なんだ。NPCを作ったのもその人なんだぞ!」
「知ってるよ。だから、こうしてその知識と技術を手に入れようとしているんじゃないか」
「な、なんだって?」
「ククク、ショックだったよ。プレイヤーだと思っていた自分が本当はNPCだったなんて、ね。そうだろう? レイト君。君なら私の気持ちを誰よりも理解してくれるはずだよね」
「そ、それは……」
オウガは、アキを倒すことを目的としていたわけじゃなかったのか。
真の目的、それは――。
「私はね、この世界から抜け出す方法を見つけたのだ」
「え? な、何言ってんだよ。ハハ、そんなの無理に決まって……」
「この世界は、いわば仮想現実。その世界に、プレイヤーがログインという形で入り込むことができる。ならば、当然、その逆もできるんだよ」
じゃあ、俺やキャシーがマーシャやトライさんと一緒に住むこともできる……のか?
「ククク、そう、そうだよ。現実世界に行けるんだ。作られた存在である私たちが! どうだ、君も行きたいだろう? フフ、フハハハ! そうだ。そうなんだよ! こんな世界で、延々と同じ作業を繰り返してレベルを上げるよりも、無限の楽しみがある世界へと旅立てるのだ! どうだい、素晴らしいだろう? こんな私の野望を誰が止めようか! この私の行いは、このゲーム世界すべてのNPCの願いであり、そして希望なのだからな!!」
オウガが両手を広げ、ニタリと笑った。
「それは、無理です」
キャシーがぼそりと呟いた。
「あぁ?」
「私も、それは何度も試みました。テクノ博士に話を聞いて、試行錯誤を繰り返し、何度も、何度も……。でも、無理だったんです。理論的にはできても、できないことだってあるんですよ。私たちはかごの中の鳥。空を自由に飛びたいと思っても、それは叶わぬ願いなんです」
「だ、黙れ! それ以上、しゃべったらお前に私の魔法を撃ち込んでやる。NPCとて、この世界の魔法で攻撃されたらどうなるかくらい分かっているだろう?」
「いいえ、黙りません。私たちは最初から間違っていたのです。もう一度、初めからやり直しましょう? だから、サラを、いえ、アキさんを解放してあげてください」
キャシーがオウガに手を差し伸べる。
その手を掴み取ろうとオウガが手を伸ばしたように見えた。
その時だった。
巨大な雷がキャシーに降り注いだのだった。




