35 現実の真実
「う、うーん……」
いつの間にか俺は眠っていたのか。
ここは、どこだろうか。
とても懐かしい感じがする。
心の奥底に封印されているうっすらとした記憶が蘇ってくる。
「えっ、ここは俺の部屋? あれ? あれれ?」
「あ、やっと起きた? どうしたのお兄ちゃん、変な顔をして」
「か、カナ……? カナだよな?」
「そうだよ、どうしたの? 頭でも打ったの?」
目覚めた場所は、元の世界だった。
目の前には妹のカナが不思議そうに俺を見ている。
「ログアウトできたのだろうか……」
「何か言った?」
「ううん、なんでもないよ」
マーシャや他のみんなは無事だろうか。
『純白の塔』の最上階のクリスタルに触れたところまでは覚えているのだが、そのあとの記憶がない。
あのクリスタルはログアウト用の装置だったのだろうか。
それとも――。
「もー、さっきからぼーっとしちゃって。たまにはゲームをやめて外で外の空気でも吸って来れば?」
「あ、ああ、そうだな」
俺は、外に出ることにした。
久しぶりの外の空気。
なんだかとても懐かしく太陽の日差しが心地よかった。
それなのに、なんだか落ち着かない。
胸が締め付けられるような感覚。
冷や汗が止まらない。
何か、何かが引っかかる。
それが何なのかわからない。
むしろ知らないほうが良いと身体全体が訴えかけてくる。
そんな気がした。
近くの公園のベンチに腰を下ろす。
小さな子どもたちが砂場で遊んでいる。
その様子をぼーっと眺める俺。
時間がゆったりと流れてゆく。
「こんなところにいたのですね」
突然、後ろから声をかけられた。
優しく透き通った声。
しかし、どこか悲しそうなその声。
聞き覚えのあるその声に、俺は振り返る。
「なぜ、お前がここに居る……?」
「ふふ、どうしてかしら?」
存在するはずのない相手がそこに居た。
――NPCのキャシーが。
「どういうことだ。お前がここに居るってことはまさか……」
ゲーム世界から現実世界にやってきた!?
そんなことが可能なのか……?
いや、だが実際にキャシーは俺の目の前に……。
「ふふ、混乱しているようですね。無理もありません。私も最初に知った時は驚きましたよ」
「どういう意味だ……?」
キャシーが微笑む。
優しい笑顔のはずなのに、怒りと悲しみが混じったような不気味な印象を与えてくる。
「あら? もしかして、まだ現実を直視できていないのかしら……?」
「現実……? さっきから何を言っているんだ」
現実世界にNPCのキャシーが存在していた?
それとも、キャシーをもとにして作られたロボットか何かか?
分からない。
だが、何か嫌な感じがする。
知りたくない。
知るのが怖い。
怖いコワイこわい……。
「レイトさん、あなたは――」
「いやだッ! 聞きたくない!」
キャシーの言葉を遮るように俺は耳を塞いだ。
「ウソだッ! そんなはずはないッ! そんなはずはないんだッ!!」
「落ち着いて、大丈夫。あなたは一人じゃない。私がいるわ、ね?」
「やめろ、近付くな! 俺は違う、違うぞ! 俺が……俺が『NPC』のはずがない!!」
認めない。
――認めたくない。
俺はプレイヤーではなかったなんて――。
「う、うぅ、じゃあ、俺の記憶は……? この世界は一体なんだって言うんだ!?」
「ここは、NPCの人工知能を開発するためにつくられた仮想現実。現実世界のコピーです。人間たちの暮らしをそっくりそのままコピーすれば人間に匹敵する知能が得られると考えた開発者のサラが作り上げた世界なんですよ」
「じゃあ、今俺がいるこの場所は……」
「そうです、ゲームの世界と同次元の空間です。あのクリスタルは似て非なるゲーム世界を繋ぎ合わせる転送装置のようなものなのです」
「……」
俺の記憶は全て作り物だったなんて――。
「なら、アイツらは!? マーシャやニックも……」
「いいえ、彼らは正真正銘プレイヤーですよ? プレイヤーだと思い込んでるNPCはレイトさんを入れて二人だけですから」
「そうか……」
意気消沈する俺の肩をポンと叩くキャシー。
「大丈夫です、この世界は私たちの世界。どんなことをしても守り通して見せますよ。レイトさんも、もちろん協力してくれますよね……?」
「協力……?」
「ええ、そうです。サラは、予想以上に発達したNPCの知能を恐れこの世界を隔離し全てを消去するつもりなのです。許せないですよね、そんなの身勝手すぎますよね。勝手につくっておいて、用が済んだらさようならだなんて。だから、決めたんです。私はこの世界を守るって。例えどんな手を使っても……ッ!」
優しい笑顔の奥に隠された決意がひしひしと伝わってくる。
俺は――どうしたらいいんだろう?




