03 未実装マップ
「いやー、キャシーちゃんは可愛いねえ、僕と一緒にお茶でもどうっすか?」
「あ、あの、困りますぅ……」
「10分、いや5分だけで良いからさー」
ニックが嫌がる少女を強引に誘っている。
「おい、ニック。何をやってるんだお前は」
「可愛い子がいたんでつい」
「つい、じゃねえよ。どこの世界に『NPC』を口説くアホがいるんだよ」
「師匠は、分かってないっすねえ。このゲームのNPCはめっちゃ高性能なんすよ。人工知能搭載で、ちゃんと個性もあるんすから! もはや2次元を超越した存在なんすよ。NPCの子と仲良くなるために、ゲームを始める人も多いんすよー?」
何やら熱く語り始めるニック。
俺は、「ああ、そうだな」と相槌を打ちながら適当に受け流していた。
「ふー、やっぱりここは水の都『レスティア』に間違いなさそうね」
町を偵察にいっていたマーシャが戻ってきた。
「レスティアって、来週実装予定の新マップっすよね? 一体何がどうなってるんすかね?」
「相変わらずログアウトはできないままだしなー。新マップ実装のためにデータをいじってたら致命的なエラーでも発生したんじゃないか?」
初心者の町の箱を開けて光に包まれたと思ったら見知らぬ場所に立っていた俺たち。
どうやら、まだ未実装のはずのマップに飛ばされてしまったようだ。
マーシャのスキルですぐに町を発見することができたから良かったが……。
しかし、世界初のVRMMOだからなー。
このゲームは、いわばβテストみたいなもんだ。
何が起こっても不思議じゃない。
「んー、そうだとしたら緊急メンテナンスが行われると思うんすけどねえ。かれこれ3時間くらい何の音沙汰もないっておかしくないっすか?」
「ふ、もしかしたら、このまま一生ログアウトできないかもしれんぞ」
「ちょっと、怖いこと言わないでよね! 私、明日も仕事があるんだから、このままログアウトできなかったら困るわ!」
「そうっすよー、せっかくゲーム内で知り合った子たちとリアルで会えないなんて考えられないっすよー」
二人が騒ぎ出す。
だが、俺は二人と違って落ち着いていた。
なにせ、ログアウトできなくても何も困らないからな。
基本的に寝る時以外、ずっとゲームしかしていない。
俺からゲームを取ったら何も残らないが、俺からリアルを取っても失うものはほとんどないのだ。
……なんか自分で言ってて悲しくなってきた。
「とにかくさ、この町はモンスターに侵入されてないみたいだし、宿屋にでも泊まってゆっくり休もうぜ」
「そう、そうよね。考えたって仕方ないもの、うん。そうと決まったら、新マップへ狩りに行きましょう!」
「え、なんで? どうしてそうなった?」
「本来ならば未実装のマップなのよ? 一攫千金も夢じゃないわ!」
おお、なるほど。
確かに、町に来るまでにレベル20代後半のモンスターもうようよしてたしな。
ここなら、レベルも上げやすいかも……。
「ちょっと待ったアアア! 師匠も、マーシャさんも落ち着いてくださいよ。僕たちのHPもMPもほとんどないんすからね! 今日は、もう休みましょう! 狩りなら明日行けばいいじゃないっすかー!」
「お、おう、そうだな」
なんか勢いに押されて同意してしまった。
俺のHPはまだ半分以上残ってるのに……。
「ええええ、なんで僕が師匠と同じ部屋なんすかー!」
「知るか、宿代がもったいないから二部屋にしましょうってマーシャが言ったんだよ」
どうやらこいつ、マーシャと同じ部屋が良かったらしい。
「ねえ、師匠ー、マーシャさんの部屋に遊びに行きましょうよー」
「なんだその修学旅行みたいなノリは! もう休もうって言ったのはお前だろうが」
「えー、もしかしたら着替えの最中かもしれませんよー?」
「行きたきゃ一人で行けよ」
俺がそう言うと、無言で部屋を出ていくニック。
まさか、本気でマーシャの部屋に行く気か!?
まあ、俺には関係のないことだ。
……。
「おい、ニック待ちやがれえええ」
「……」
「ん、どうした?」
「マーシャさんが、部屋にいないみたいっす」
マーシャの部屋の中には、誰もいなかった。
ま、まさかモンスターに襲われて連れ去られた?
でも、荒らされた様子はどこにもないし。
第一、この町の中にはモンスターなんて……。
じゃあ、一体何故……?
「んー、フレンド情報を見る限り、マーシャさんは『紅の森』にいるみたいっすよ」
「どこだよ、それ」
「分からないっす。もしかしたら、一人で狩りに行っちゃったんじゃないすかねー。あ、ちょっと、師匠ー、待ってくださいよー、僕も行きますよー」
あのバカ、初心者キラーにすら勝てないくせに……。
俺はマーシャを追いかけ、『紅の森』を目指す。