17 盗まれた竪琴
「私、レイトのことが好きなの。私と付き合ってください」
「えっ!?」
マーシャがいきなりおかしなことを言い出す。
何の前触れもなく言われたためか、俺は心臓が止まるかと思った。
しかし、マーシャは真剣な表情で冗談を言ってるようには思えない。
俺は、そっとマーシャを抱き寄せる。
「――ッ!」
う、ううん?
誰かが俺を呼ぶ声がする。
「――起きてください師匠ッ!」
この声は……ニック?
今いいところなんだ、邪魔をしないでくれ……。
「はっ! なんだ夢か!」
「やっと起きたすか?」
俺の目の前には、ニックがいた。
ここは、『レイクシティ』の宿屋だ。
ということは、さっきのは夢だよな?
うん、俺がマーシャに告白されるなんてあり得ないし。
はぁ、なんでこんな夢見たんだろう?
もしかして――。
「師匠、どうかしたんすか? 寝言でマーシャさんの名前を呼んでましたけど」
「な、なにぃ! い、いや、べ、別にマーシャの夢なんて見てないからな? あ、おい、やめろ、マーシャに余計なことを言うんじゃねええ」
ニヤニヤしてマーシャに告げ口しようとするニックを慌てて止める。
「それより、何か用があるんだろう? ニックが俺より早く起きるなんて珍しいじゃないか」
「おおっと、そうなんすよ。実は――」
「初めまして、レイクシティの町長のミーナと申します」
ニコッと微笑む人魚のNPCミーナ。
「竪琴を取り返してほしい?」
「そうです。碧の竪琴は、この町に伝わる宝物なのです。その竪琴が今朝、何者かに盗まれてしまったのです」
「なるほど、それを探すクエストというわけですね」
「クエスト……? 何のことでしょう?」
あれ、違うの?
クエストというのはNPCから依頼を受け達成することによって経験値やアイテムがもらえるものなのだ。
初心者の町やレスティアでもNPCから受託できるクエはたくさんあった。
しかし、手間や時間がかかる割に、もらえる経験値は少ないためほとんど手を出していない。
「師匠、これはクエストではないっすよ。ほら、クエスト一覧に載ってませんし」
「え?」
どういうことだろう?
NPCが自発的にプレイヤーに頼みごとをするなんてことがあるのだろうか。
いや、待てよ。
レスティアでも謎のNPCキャシーが俺をテクノ博士のところへ連れてったことがあったな。
あの時と似たようなものなのかもしれない。
だとすると、このゲームのNPCはそれぞれ自我を持っている?
「師匠? どうしたんすか、急に黙り込んじゃって」
「いや、なんかNPCが自我を持ってるような気がして……」
「何言ってんすかー、このゲームのNPCはもはやNPCじゃないんすよー。ちゃんと一個人として存在しているんす! ほら、見てください。こうやって胸を触ろうとすると……うぐはっ! ね? こうやって殴られたりするんすよー」
何をやってるんだこのバカは。
「まあ、うん。なんとなく分かった。ようは碧の竪琴を盗んだ犯人を見つけてくればいいんだろ?」
「さっすが師匠、頼りになるっすねえ!」
というか、犯人の目星はついている。
宝物ということは、つまりレアアイテム……。
だとすると、犯人は――。
「はぁ!? なんで私がそんなものを盗らないといけないのよッ!」
「あ、あれ、違うの?」
「あったり前でしょう!? NPCのクエストアイテムなんて、他のプレイヤーに売ることができないゴミじゃない!」
「ゴ、ゴミって……。いや、でもどうやらクエストアイテムではないみたいなんだ」
「えっ? そうなの? じゃあもしかして高額で売れたりするのかな?」
「おい、そこで目を輝かせるんじゃない!」
どいつもこいつも……。
「うーん、困ったなあ。マーシャが犯人じゃないとすると一体誰が……」
「ちょっと、私を犯人扱いした謝罪とかないわけ?」
俺の胸座を掴み今にも殴りかかろうとするマーシャ。
俺は咄嗟に身をかがめ、誠心誠意謝ることにした。
「……。ま、まあいいわ。その碧の竪琴を探し出してやろうじゃない! この名探偵マーシャの名にかけて!」
「分かってるだろうけど、見つけたらちゃんと竪琴はミーナに返すんだからな?」
「竪琴、ですか。うーん、そのようなものがあることすら知りませんでしたよ」
「だ、だよなあ」
まずは聞き込み調査だ。
部屋でのんびりと寝ていたルティに話を聞いてみた。
しかし、有益な情報は得られない。
「うーん、NPCから物を盗むというのも不可能ではないのですが、現実的ではありませんねえ。私のように、不正にデータをいじることができるのであれば別ですけど」
「そうなのか」
次に、隣で何やら機械のようなものをいじっていたアキが言った。
NPCはモンスターと違って、アイテムを所持している判定はない。
つまり、マーシャのスキルで盗んだりすることはできないらしい。
「犯人は、私たちのようなプレイヤーではないと思いますよ」
「……というと?」
「この町のNPCの誰かが盗んだのかもしれない、ということです」




