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五話

真世界「マティ」領区内の北東---険しい山岳が続き、所々に古びた環境維持系ユニットが世に忘れられたかのように眠る彼の地。

 きりたった山嶺の連なりの下、ある渓谷の底を流れる河川。

 ただ流れる水の音だけが遠く響く天然の調和しじまを破る物音が一つ。

 河を立ち割って現れい出たた二体の機兵ドゥナミスが、金属製の鉄箱コンテナを陸にあげた音だ。

 機兵の操縦者--ルードゥスとプレ=イグは水没船から回収したコンテナを機体の力で乱暴にこじ開ける。

 鉄箱から出てきたのは機兵の頭ほどもある鉄の機巧オーブである。

 刃のように伸びた尖端に細長い菱型を組み合わせた鉄片がくっついている。

「これが…」

「ああ、対機兵装<貪機獣ベヘモス>…まだ卵みたいなもんだけどよ」


 ルードゥスの機兵・「鬼麟兵ブェノス」--鉄輪の意匠を貼り連ねた異様な外装は黒く染めあげられており、闇間により不気味な印象を強めている--が機巧オーブを手に取ると、それは先端部が伸張し槍のようになった。

 鬼麟兵ブェノスは傍らに転がる機兵の残骸にその穂先を突き刺す。

 と、根元の鉄片が大きく外に開いて骸に突端キバをつきたてる。骸は巨大な顎に飲まれるがごとくひしゃげ、潰れ、やがて消え。

 機骸を取り込んだ槍はほんの少し大きくなったように見える。

「ふむ…正常に起動はしているようですが」

「持ち込む為に限界までサイズ絞ったからな。ここから完全に<展開>させるのはかなり骨だぜ」

「まあいいでしょう、時間はまだありますし、真世界エデンの混乱に乗じればそう難しくはない筈です」

「…仮令こいつを完成させたとしてもまともに制御できるかどうか。下手すりゃこっちまで喰われかねねぇ怪物だぜ、貪機獣ベヘモスはよ」

「何、ゲームにリスクはつきものですよ」

 事も無げにいうルードゥスに少年は内心薄ら寒いものを覚える。

 プレ=イグは逡巡の内にあった。

 文字通り世界を喰い尽くしかねない最終兵器をこの男に委ねてしまっても良いものか。

 だが兄弟ともいえる仲間を失い帰路を閉ざされ異郷の地に一人残された今の彼には他に選択の余地もないとはいえ。


「―――成程な。それが貴様の切札という訳か…」


 いつから其処に立っていたのだろうか。

 プレ=イグは背後に一体の機兵を確認した。

 鏡のように磨き上げられた滑らかな表甲は闇に仄かな金色を放ち、細い機躯フォルムを一層強調している。

「テメエ何者だよッ!」

「御待ちなさいプレ=イグ」

 闖入者に荒ぶる少年をルードゥスは窘め、まるで古い知己に再会したかのように親しげな響きで語リかけた。

「貴方でしたかゼイン……相も変わらず神出鬼没な男だ」

「貴様にだけはいわれたくない」

 金色の機兵が左右に提げた二刀を抜き放つ。

「まあ待ちなさい。私達が争えば敵に利するだけです。貴方とて「みえて」いるでしょう、本当の敵が何なのか」

「貴様の詭弁は聞き飽きた。第一に私が貴様を見逃せるはずもなかろう、ダーレトよ。貴様が「奴」の器である限りな…」

 その一言で、それまでどこか飄然とした色を湛えていたルードゥスの声色が一変する。

「私はッ……奴の操り人形などではないッ!」

 怒気を篭らせた槍刃の一閃。

 十字に組んだ金色の二刀が受け止める

 鍔迫り合い、互いの額を押しつける二体の機兵。

「俺を忘れてんじゃねぇえッ!」

 そこに。

 一人蚊帳の外に置かれた憤激のままに、プレ=イグの機兵ブェノスが金の機躯に襲いかかる。

相手の力量も判ぜぬまま闇雲に飛びかかる愚。敵を侮るのは未だ年若い少年の悪癖だった。だがそうでなくともどのみち彼に勝ち目は到底なかったに違いない。

彼は、プレ=イグは運がなかった。

プレ=イグが輪切りに寸断される自機の両腕を自覚した時にはもう、次の剣閃が眼前に迫っていた。

 己が何をされているのかさえ理解できぬ捷さと疾さ。

 視界に膨張する金刃---。

 それが、少年がみた最後の光景だった。



 陸上艦・金枝宝珠ラ・オルビス、小艦船収納ドック内。

 常に数隻の輸送艇が駐留し出入りも頻繁な格納庫は今もまた一隻の艇を迎え入れていた。


艇から足早に降りる小柄な少女。後ろに結わえた髪を腰まで垂らす。

もう一人の少女がゆっくりと後を追う

 横に一つずつ結わ束ねた髪型を除けば先をいく少女とまさに瓜二つだが、彼女の方が若干大人びて見えるのは立ち居振る舞いの所為だろうか。

 双子の姉妹はシスターを見つけるとさも嬉しげに駆け寄る。

「たっだいまルミエラ~!」

「おかえりなさい~イェズノ、イェズラ~」

 少女の一人がシスターに勢い良く四肢を投げ出して飛びつく。

「姉さんたらもう。子供じゃないんだから」

「いいんですよイェズノ~」

 少女を胸で受け止めたしスターはそのまま彼女を軽々と抱き上げる。

「やあルミエラ。変わりはないかい?」

 少女らに続いて赤ら顔の青年が現れた。

「それでどうでした、カーミット?」

 カーミットと呼ばれた青年は肩をすくめる。

「駄目だった。方々を回ってみたんだけど…まるで足取りが掴めないなんてなぁ」

「まああの方の事ですし、無事だとは思いますけども~」

 イェズノと呼ばれた少女が辺りを見回していう。

「それで噂の<彼>はどこなのかしら?」



「---やってられるか、畜生っ!俺は農夫でも使用人でもないッ!」

 アゲリはとうとう音をあげ、担いだ籠を放りだしてその場に座り込んでしまった。

「あ、腰にきた……つぅ~」

 此処はオルビス艦上の菜園。

「大丈夫ですか、アゲリさん?」 

 作物の詰まった籠を背負うダネルはアゲリに木製の水筒を渡す。

 アゲリは差し出された水筒を奪うように掴んで、水を口中に勢い良く流し込む。

「は、まったく何が悲しくって畑仕事なぞやらにゃならんのだ。こっちゃ兵士であって農民じゃないってのに」

「仕方ないですよ、アゲリさんらの機兵は修復が当分先になりそうですし」

「その間も遊ばせとく気はないってか、まったく忌々しい姫様だ。なあ、あの二人はどこで働いてるんだ」

「ハイスンさんとジオフさんなら厨房に回ってもらってます。二人共調理経験はあるそうなんで」

「…初耳だぞ、奴等が包丁握れるなんてよ」

「畑仕事が嫌ならアゲリさんも食堂手伝ってみます?」

「勘弁してくれ、自慢じゃないが手先が不自由なんだよ俺は…」

 アゲリには整備仕事を手伝ってもらうのがベストなのだが、それには今少し信用を勝ちうる時間が必要な事を当人も自覚してはいる。分かってはいるが、愚痴が出る。

「機兵さえあればな。尖闘兵ミルニルといったか、アレを貸してくれりゃあのお嬢ちゃんの三倍は働いてみせるんだが」

「カチナの前では云わないで下さいよ、彼女怒らせると後引きますから」

「ち、どうにもやりづらいな。まあ今までも、居心地のいい場所になんざ縁は無かったがね…」

「そのうち此処にも慣れますって、きっと」

「ガキに慰められてちゃ世話ねえな、は」

「水、とってきます」

 頬杖をつくアゲリを残し、ダネルが畑に戻ろうとしたその時だった。


「みっけたーーーーッ!」


 不意に発せられた頓狂な声に、ダネルの視線は声の主を辿る。

 みれば生垣から顔だけ突き出した少女が此方を見ている。

 ダネルにはまるで見覚えのない娘だった。

「…ええっと。きみは…どうかしたかい?」

「お~…!」

 生垣を抜けた少女は答えもせずダネルの真ん前まで近づくと彼の顔をじっと覗きこむ。

 己をみつめるつぶらな瞳の奇妙な引力に、戸惑いつつもダネルもまた視線を外す事が出来ない。

「(なんなんだ一体…)」

 そうして丸く見開いた瞳が幾度目かの瞬きを重ね、

「―――間違いない、うんッ!」

 またも急に。

 満面の笑顔を浮かべる少女は葉屑をまき散らかしながらダネルに飛びついた。





「―――待て待て待てッ、今の真世界エデンはかつてない程混乱しておるのだ。迂闊に近づけば火傷じゃ済むまいぞ。ましてバニ様は事実上目溢しされおるだけの身とあれば、やぶ蛇になりかねん」

 そう、眼鏡をかけた老人がいう。

「しかし、恭順の意を示せば罪も許されよう」

 赤鼻の老人が返せば、

「どちらに降るというのだ?下手をすれば派閥抗争に挟まれて潰されかねんぞ!」

 白髭を蓄えた老人が怒ったようにいう。

「…だが、だからこそ旗幟を鮮明にせねばあらぬ疑いをかけられるやもしれず…」

 呟くように太った老人が語り、

「前科がある以上ゆえない不信でもないしの」

 と煙管を咥えた老人が皮肉げに呟く。


―――バニと腹心たちの会合の日常的な一幕である。

 ツェフェンヤの菜園の片隅、辛うじてかつての庭の名残を残す木陰の下。そこでは老人たちが少女を囲むように半円形に配された木椅子に各々腰掛けている。

 五人の老人たち―――右から眼鏡をかけた老人。赤鼻の老人。太り肉の老人。白髭を蓄えた老人。煙管を咥えた老人と並ぶ――は、みな杖を片手に熱心に話し込んでいた。

「―――オルビスが今日までやってこれたのは反真世界エデンの後援あってのものだと忘れたわけではあるまい。真世界エデンへの接近は彼らを怒らせるだろう」

「第八世界のゴロツキどもの顔色を伺えというのか!」

「そのいいようはイカンぞ、サイモン。ここには外からの流民も多いのだ」

「……このまま目立たぬようにやり過ごせんものか」

「いかんいかん、それこそ愚策じゃ。この艦には日を追って流民が増えておるのだぞ、いずれは嫌でも目に留まるようになる」

 議論に熱中するあまり、次第にいがみがちになる老人たちを窘めるのは幼き主君の役目。

「あーこりゃこりゃ、あまり熱くなるでないお主ら。いつぞやのようにまとめてドクターの厄介になるつもりか」

「おお、Drベクトア、ありゃー実にいい医者ですなぁ」

「わしもドクターのお陰で積年の腰痛が快癒いたしまいたわい」

「わしゃー緑内障治してもらったわ」

「なんじゃ、皆がそんなにいうんなら、わしは何処も悪くはないがいっぺん診てもらってくるかのう?」

「ええいお主らのへるすけあーはこの際関係ないわッ!」

 放っておけば果てなく脱線していくであろう老人たちをバニは一喝する。

「…ともかく現時点でGRDN両派への態度を決めかねている各浮界の、今後の出方を探る好機だとは思うんじゃがのう」

「では<浮界同盟>と接触をすると?」

「いっても、馴染みと顔を合わせるというだけの話じゃ。そう大事にはならんじゃろ」

「…相手方がそう思ってくれれば良いのですが」と<太っちょ>。

「のっぴきならぬ事態に陥って、身動きとれなくなってから後悔するのはイヤじゃ。今のうちに打てる手は打っておきたい」

「かえって裏目に出るやもしれませんぞ」<煙管>が諌めるようにいう。

「その時はその時じゃ。安心せい、どのようなになろうともオルビスの民の息災は死守するつもりじゃから」

 君主としての覚悟を語る少女には幾許かの気負いもない。

「…姫様がそこまで仰られるのであれば我らに否やのあろう筈もございませんな」

 <眼鏡>が全員の総意を述べた。

「ならば、その線で話を進めるように頼む」

「御意に」

「ふぃー、爺どもはなににつけ長話で困るわ…やはりヨラムがおらんときっついのー」

 会合が終わり人心地をつくバニ。懐から取り出した扇子で自らの顔を仰ぐ。

「おーい、バニー」

「この間の抜けた声は……なんじゃお主か」

 ダネルが林の向こうから歩いてきた。

「この子どこの子?」

 背中に少女をぶら下げながら。

「なーにをやっとるんじゃお主は」

「離れないんだよこの子。なんとかいってやってくれよ」

「ここでは幼児趣味は禁止じゃぞ。体面良くないでの」

「いや、俺にじゃなくってさ」

 ダネルの肩口から少女がひょこりと顔をみせる。

「ただいまーバニィ!」

「おー、なんじゃイェズノではないか。帰ってきとったのか」

「知り合いか?」

「ダネル、こやつはイェズノ・スラン。シスターのお仲間じゃよ」

「…てことは出張中の仲間って、こんな子供の事だったのかよ!」

「ぶぅぅーイェズノ子供じゃないよー。バニより誕生日ひと月早いもん」

 子供じゃないか、とダネルは内心でつっこむ。

「なあバニ。<人類解放戦線(パルガトリア)>って、もしかして普通の人はいないんじゃないだろうな」

「ま、おかしな連中揃いなのは確かじゃな。そもそもどういう集団なのかもよく分からんし」

「知らないって……そんなのでいいのか艦長」

「じゃが邪心は感じぬし、それに中々役にも立つ」

「ううん、俺もあまり強くいえた義理じゃないけど、色々おおらか過ぎやしないだろか、この艦って」

「所詮は寄り合い所帯の限界じゃな。諦めよ」


「――此処にいたのね姉さん」

「あ、イェズラ遅ーい」

 木陰よりまた一人、姿をみせた少女をバニが指し示す。

「あちらがイェズノの双子の妹のイェズラ・スラン。そっくりじゃろ」

「ホントだ、どちらかというとあっちのが姉さんっぽいけど」


「競争だなんていって、急にいなくなるからあちこち捜したのよ」

「どうどう、イェズノの勝ちだよーへへん!」

そういって、少女はダネルの首に回した両腕にいっそうの力を込める。

「彼、とっても迷惑そうにしてる。離してあげなさいな」

「いーやー」

 イェズラは呆れたように肩をすくめ、ダネルに顔を向ける。

「はじめまして、貴方がダネルね?」

「ああ、そうだけど…」

「随分と姉さんに気に入られたみたいね」

「あー、そうなのかなコレ」

「そうだよー!イェズラ、ダネルはね、きっと私たちの力になってくれるよッ!」

 底抜けに明るい姉の言葉に、妹は一瞬表情を翳らせたがすぐにそれを隠すように微笑み。

「…ええ、そうね。そうなるといいね、イェズノ姉さん」


「(…俺の頭越しに会話されても困るなぁ)」

 結局、ダネルが解放されたのはもうしばらく経ってからの事だった。



 夜更け過ぎウルダウは大きな欠伸をまたひとつこぼす。

 人的・物的制約を鑑み、陸上艦を夜間に移動させる事は通常殆どない。艦が停止する間、周囲の見張りは機兵部隊員が交代でつくのが慣わしなのだが、主な仕事は艦の哨戒システムがやってくれているので、担当者は艦橋でシステムが正常に作動しているかどうかをチェックするのが専ら、つまり、暇なのだ。

 陸上艦オルビスは旧浮界の中枢管理室をそのまま艦橋に改装して使っているのだが、なにぶん急拵えの感は否めず、むき出しになった配線とモニタ類だけがごてごてと目立つ無味乾燥な室内だった。

 夜警とはいえ、こんな所に一人でいれば忽ちのうちに嫌気がさそうというもの。

 ウルダウは眠気を噛み殺しながら終わりの時間をひたすら待っていた。

「交代にきました、ウルダウさん」

「おおダネル殿。しかし交代にはまだ一時間程早いのでは?」

「すみません、ちょうど手が空いてしまって手持ち無沙汰だったもんで」

 ウルダウは指先で顎髭を少し撫でる。彼が考え事をする時の仕草だ。

「ではお言葉に甘えるとしますかな。いやこの歳になると夜業も中々こたえましてなハハハッ!」

 しかし、豪快に笑うウルダウの様は言葉とは裏腹に衰えなど微塵も窺わせぬものだった。年輪を刻んでなお屈強極まる筋骨は往事の修練とその練達ぶりを雄弁に物語る。

 オルビスの機兵乗りの中では最年長であるウルダウ・バシレイは、元々は浮界レボホトの警士を務めていた古株だった。十数年前、当時の上司の不興を買った彼は職を逐われ、それ以来隠居も同然の生活を送っていたのだが、浮界墜落を機に本人いわく「老骨に鞭打って」復職した次第。

 老兵を自認する彼は表立ってリーダーシップをとる事こそないもののその経歴と気質故、ダネルをはじめ外部からの流入民も多い<オルビスの枝>を水面下でとり纏める影の功労者といえた。

「それでは失礼ッ!」

 ウルダウがいってしまうと、ダネルは腰掛け代わりの資材の山に凭れて、モニタの薄明かりに照らされながら一人埒もない考えに浸る。

 今の生活に格別不満はないが、さりとてこのままの日々がずっと続くとは思えない。

 紅軍と翠軍の衝突が激化の一途を辿っているのは、日に日に増えていく真世界エデンの外へと逃れる流民の数からも瞭然であろう。

 今のダネルには早急に両軍が矛を収めるのを祈るよりないが、事態は逆方に進んでいる。

「(いや…あいつらなら、きっと何とか…)」

 抗争の渦中にいるであろうGRDNの仲間に想いを馳せる。

 再会を約し、重ね合ったその手。

 ついに、掴めなかったその手。

 一人よがりに振り払ったその手――。

 そこでダネルは人の気配に気づき振り返る。

「邪魔だったかしら?」

 音もなく背後に立つのは少女の姿。髪型と物静かな様子から、彼女が双子の妹の方であると分かる。

「これ、どうぞ」

 無造作に差し入れを勧めるイェズラ・スランに礼をいい、有難く茶筒を受けとったダネル。

「君は確かイェズラだったよな。何か用?」

 イェズラの澄んだ翠瞳が少年の目を見捉えた。こちらの眼の奥を見据えようとでもするかのような視線がダネルを離さない。

 姿こそ瓜二つなものの、そのどこか大人びた様は無邪気で突拍子もないイェズノとは対照的だ。

「なにって、姉が見初めた男を品定めにきただけよ」

 ダネルは口中に含んだ茶を吹き出した。

「冗談よ」

「滅多なこといわないでくれる?」

 イェズラの瞳に悪戯めいた稚気の色がほんのりと浮かぶ。やはり姉妹は姉妹かもしれないとダネルは思い直した。

「もう夜も遅い、早く寝ないと起きられなくなるぞ」

「気遣いは無用よ。これでも機兵乗りなんだから、姉も私も」

「何でも変わった機兵に乗ってるみたいだな」

「ええ。私達でも操縦できるように特殊な機体を用意して貰ったわ」

 誇らしげに語る少女にダネルは浮かない顔になる。

「正直、君等みたいな子を戦場に立たせるのは気が引けるな」

「それはフィーラ・アンフィルエンナの事を思い出すから?」

「……!」

「あの時―――バルネアでの彼女の最後の唄、私達も聞いていたわ」

 少女の方に改めて向き直ったダネルの表情は真剣なものだった。

「忘れないで。私と姉さんは他の誰でもない私達自身の為に戦っているの。きっと、「彼女」がそうであったようにね」

「…教えてくれ。君達の戦いとは、君達の敵とは一体なんだ?人類解放戦線(パルガトリア)とやらの目的はそこにあるのか?」

イェズラは少し申し訳なさそうに視線を外し、傍のモニタを仰ぐ。

「今はまだ詳しくは話せないわ。姉さんと違って私達はまだあなたが本当に信頼に足る人物なの確証がもてないから。リーダーさえいてくれれば良かったのだけど…やっとあなたを見つけたと思ったら入れ違いになるなんてついてないわね」

 人類解放戦線のリーダーはダネルの捜索に入る直前に戦場で行方不明になったらしい。

「信用出来ない俺には打ち明けられないって事はだ、君たちは反・真世界エデンと考えていいのか」

「それは間違っていないけど…私達が抵抗しているのはもっと大きくて根本的なもの……そう、強いていうなら私達を弄ぶ運命そのものよ」

 少女は全天モニタの真ん中を指さし仄めかす。

「……神…」

「ええ、それこそが私達だけじゃない、人類すべての「敵」…」

 イェズラの言葉にダネルは戸惑う一方で、奇妙な確信をもって少女の言を受けとめている自分に驚く。

 そう。

 かつてベリアの記憶にあったある情景を垣間見たダネルには、少女の言葉が子供じみた妄想であるとはどうしても思えなかった。

――神域。

 赤き崩土に聳え立つ白の台座。

 世界律を構成する祝福のうた

 神。

 文字通り、世界の理そのものである存在と彼女ら人類解放戦線(パルガトリア)は戦おうというのだ。そしてそのような彼らが一体ダネルに何を見出し、何を望むのか。

「………」 

 沈黙が続く。

 ダネルとイェズラ、双方が何かをいいかけた途端、艦外からの通信許可を求める告知音声が割って入った。

「…キャラバンからの救援要請が出てる」

「どうやら夜襲を受けているようね」

「ここから凡そニ十キロ先…皆を叩き起こさなきゃだな」




 盆形になった砂面の内にて立ち尽くす機兵たち。

 その装甲表面を怪しく蠕動する鉄砂。

 取り囲む機兵の自動小弓がずらりと此方に向けられている。

 <オルビスの枝>部隊は窮地に立たされていた。

 遡ること数分前の事----。



 到着した機兵部隊が補足したのは深い砂地に六隻の中型輸送艇と、艇を包囲する機兵の姿だった。

 その数ニ十体あまりの機兵――「双尾兵グリアム」は腰から尾のように伸びた二本の推進管が特徴的な機体で、四角い肩部装皮には鷲頭を二つあしらった意匠が施されている。

 双頭の鷲のマークはSINの一派「ベベルの鷲」が好んで用いるシンボルである。

『奴等め、随分いい機体使ってやがんな』

『<鷲>っつったらSINでも名のしれた武闘派だからな、ぬかるなよお前らッ』

 キリヤンの檄に応え、小銃を携える尖闘兵ミルニル部隊。

 いずれの双尾兵グリアムも携えている振動連弓は、破壊力はさほどではないものの速射性と面制圧力に優れる中々の逸品だ。

撃ち合いになれば長引く---そう判断したキリヤンは走破艇の保護を優先する。

「各機、走破艇を流砂から押し出すんだ、とっととこの場から逃がせ!」

 尖闘兵(ミルニル)各機が牽制射撃を続けながら、次々になだらかな斜面を砂を分けて駆け下りていく。

 輸送艇を護るべく、我先にと流砂へと飛び込んでいく<オルビスの枝>の面々。

 だがしかし、彼らのその勇猛さも敵方の計算の内だった。


 あっさりと輸送艇への接近を許した双尾兵グリアムはその後も大した攻勢には出ず、一様に後退しはじめていった。

『へ、奴等め怖気づきやがって!』

 尖闘兵ミルニルのザックが毒づく。

「いや、あの動き方は…」

『うむ。なにやら臭いますな』

 ダネルの懸念にウルダウが同意する。

 後退した双尾兵グリアムは<オルビスの枝>部隊を大きく囲うように布陣している。

「…皆、此処は何かヤバいッ、砂から離れろ!」

不穏な気配を感じとった時には既に手遅れ。

ダネルは灰騎士パイオンを上方へと跳ばせる。

尖闘兵ミルニル各機とキリヤンの執金剛シュコンゴウも、灰騎士パイオンに習って上空へ逃れようと推進管を開く。

 直後であった。

 砂面を唄律の光奔が伝い、渦巻く疾風が黒い砂粒を機兵(ドゥナミス)に叩きつける。

 最も高度を稼いだ灰騎士(パイオン)は足に絡みつく「何か」に引きずられるように落下していく。

「―――なんだッ?!」

 他の機兵もまた身に纏わりつく砂塵が増すごとに動きを鈍らせ。

 気がつけばオルビスの枝は瞬く間に動きを封じられていた。

『くそッ!機兵ドゥナミスが砂ごときで動作不良なるかよッ?!』

『「隊長ッ、こいつ砂じゃないみたいっすよ!何かのモジュールみたいだ』

『んだとぉ!?』

 ザックのいう通りだった。機体情報を精査すれば機躯に貼りついた砂は金属の粒らしい事がキリヤンにも判る。

 みれば正面の中型輸送艇--恐らく中身は空だろう--もまた鉄砂に黒く巻かれぱちぱちと火花を放っている。

『この鉄っツブが機体に何か悪さしてやがるのは間違いないみたいっす』

 キリヤンは忌々しげに舌を打つ。

『はなからここら一帯に仕込ん済ってわけかい…クソッタレ、みすみす罠に嵌りこんじまうとは不覚だぜ…!』


―――かくて、窮地に立たされたダネル達。

動揺し、何とか機体から鉄砂を振り払おうとする隊員らに陸上艦からの強制回線が届く。

『---あー、各員につぐ。そのまんまじっとしていろ。無理に動かすと隙間に入り込んで層鋼をボロボロにされるぞ』

「アゲリさん!?」

『そいつは雲蝿クラウダといってな、層鋼フレームに直に張りついて制御信号を引っ掻き回す対機兵用の自立型モジュールだ。戦地で何度かお目にかかったことがあるがシンプルな割にとかく対処に手間がかかる難物でな、少なくともその場でなんとかできるようなもんじゃない」

『じゃあどうすりゃいいってんだよッ!』

『俺達に諦めろってのかおい!』

 淡々と酷薄な事実を突きつけるアゲリに口々に食って掛かる部隊の仲間。

『焦るな。いま援軍がそちらに向かっているようだ』

『って、それまでもつかよ!?』

『なんとか保たせるんだな。以上、通信終わる』

『ッ!あの野郎ッ!』

 降り注ぐ朱い矢弾の雨が一層の激しさを増す。鉄砂の影響を受けない遠距離からの一斉射で決着をいつけるつもりに違いない。

 尖闘兵ミルニルはそれぞれ、唯一わずかに動かせる腕でシールドを展開し、降り注ぐ矢を受ける。

「(…時間稼ぎか…)」

 仲間たちが矢弾に晒される中、ダネルは胸中密かに決意を固める。

 彼と灰騎士パイオンにはまだ奥の手が残されている。

 罷り間違えば機体どころか操者の身も危うくする諸刃の剣、否、今の機体状況ではそれより悪い結果を招くやもしれないが―――。

「キリヤン、限界機動を試してみる。うまくすりゃ抜け出せるかもしれない」

『…はァ!?そんなガタのきた機体で何いってんだお前!?やめろこらッ、死ぬつもりかバカ!』』

「みんなしてやられるよりかはいいだろ」

 灰騎士パイオン最後の切札クルセイド・ランの発動態勢をとらせるダネル。

 強く念じ、収束していく意志と意識に刹那――――鈴の音が奔りダネルを呼び止めた。


(―――はやまっちゃ駄目だよぉ兄さん――!)


 鈴音と共に心中に凛と響く幼き声。

(―――ここはイェズラとワタシに任せてよッ!)


「その声……まさかイェズノなのか?!」

 果たして。

 オルビスの枝の元に届くのは―――闇をほの照らす光球より鳴り渡る鈴の音の輪唱

 砂鉄に包まれた機兵の周りにひらひらと舞う光蝶の群れ。

「…蝶…!?」

 そして蝶の輝きに導かれるように、遠方より高速で飛来してくる二つの機影があった。


 恐らくは同型であろう二体の機兵の姿形は、並の機兵ドゥナミスとはかけ離れた奇妙なものだった。

 蝶と蜂を組み合わせたような極端にディフォルメされた小型の機躯から子供を連想させる細い手足が伸びている。

 側頭部より生えた体長よりも大きな翼が風を切り、額から触覚のような長い角がたなびく。

 一方は白、一方は紫に彩られている二体の機兵ドゥナミス


「――へへへっ、お待たせぇーみんなー!」

「――ごめんなさい、姉さんを起こすのに手間取ってしまったわ」

「イェズノ!イェズラ!」

 姿を現した二機は大きな翅を羽ばたかせまるで出鱈目な軌道で翔びながら、出迎える集中砲射を易易と避けてみせる。

  無数に交錯する砲線軌道の合間を縫うように舞う白と紫の双影。


『みていてダネル、私たちの「狂舞精マイナデス」の力を―――!』

 狂舞精マイナデス―――惑乱の信女の名を冠したその機体の意に応じて、宙に舞い遊ぶ「蝶」たち――無数の飛晶幻翅(ソノ・フォリム)双尾兵グリアムに一斉に向かっていき。


 光蝶は敵兵にぶつかると儚く散じていく。

 一見すると何のダメージも与えていないようにみえる攻撃。

 しかし――。

 攻撃を受けた双尾兵グリアムたちはあらぬ方角を向いたかと思うと虚空の一点を狙い俄に砲撃を始め出した。

『?あいつら何処狙って撃ってやがんだ』


『機兵の知覚システムに誤情報を与えて、一時的に幻覚を見せているだけ。彼らには今、迫り来る戦艦がみえているでしょうね』

「凄いな、そんなことが出来るなんて…」

『驚くのはまだ早いわよ、ダネル。いい、姉さん?』

『うんッ!いくよイェズラ』

 白の狂舞精マイナデスは新たに現出させた光蝶の群れを今度は僚機に対して放つ――鉄粒まみれの機兵に次々と当たっては消えていく飛晶幻翅(ソノ・フォリム)

『おいおいおいッ、俺達を攻撃してどうすんだよ!』

『あわてないで、ここからなんだから!イェズラ、そっちはいいッ?』

『ええばっちりよ、姉さん…!』

 紫の狂舞蜂マイナデスの両翼が外側に向かって開くと無数の小口径砲門が姿を現した。

 機躯を微かに震わせ奏撃を味方に向かって撃ち放つ狂舞精マイナデス


 数百と放たれた細針状の奏撃が「オルビスの枝」部隊の機体を射抜き――その全身に纏わりついた鉄砂だけを灼き落とす。

――検知した固有霊性振動数に等しい奏撃を加えることで対象だけを正確に滅ぼす必殺の針撃。


「――なんて機兵ドゥナミスだ…!」

 ダネルは感嘆する。機動性、追従性、特異な武装特性-――狂舞精マイナデスの力は凡そ並の機兵の範疇に収まるものではない。そしてそのような機体を操る少女らもまた非凡な才の持ち主といえよう。


『――今よみんな!』

 自由を取り戻した機兵たち。

「…よしッ!」

『テメエら…この借りは高くついたぜッ…!』

 怒りの執金剛シュコンゴウはのばした蛇腹刀をのたくらせ、たじろぐ敵兵目掛けて先駆けの一刀を振り抜いた。

 策を完全に潰された<鷲>の部隊は動揺の色をみせながらも、優勢を保持しようと務めるが、戒めを解かれた<オルビスの枝>のそれまでの鬱憤を晴らすかのような攻勢の前には児戯に等しかった。

 灰騎士パイオン執金剛シュコンゴウが切り崩す包囲陣の穴をつく尖闘兵ミルニル部隊。包囲の環を分断され、再編の間もなく各個撃破されていく双尾兵グリアムたち。

 瞬く間の逆転劇を演出するのはまたしても双子機であった。

 イェズノが駆る白蝶は戦線を自在に舞い飛んで敵機を撹乱し。

 対するイェズノの紫蝶は、白蝶のまるで奔放極まる動きに絶妙に合わせて影の如くフォローし。


 双尾兵グリアムが放つ矢雨を尽く白蝶の幻翅フォリムが相殺し、ほぼ同時に紫蝶が針撃をお返しとばかりに見舞う。


 姉妹が奏でる二重奏―――戦場を飛び跳ねる妖精に<鷲>の一団は散々に幻惑され翻弄されていた。


光蝶フォリムと針から逃れた一機の双尾兵グリアムが灰騎士へと向かう。

『いったよ兄さんッ!』

「―――任せろ!」

 正面きって迎える灰騎士は、至近から撃たれた光矢の群れを一太刀で鮮やかに薙き、続く一太刀で双尾兵グリアムの腕ごと振動連弓を断ち切り、抜いたもう一本の剣で頭を貫く―――間髪入れずの三連撃に為す術もなく双尾兵グリアムは砂塵に沈んだ。

 数分後、救援にきた留守番組の尖闘兵ミルニル部隊が現場に辿り着いた頃にはすべて事が済んだ後。

『――いよっしゃぁッ!待たせたな皆ぁッ!このアタシが来たからにはもう安心だかんね!』

『おー、丁度良かったカチナ。鹵獲した機兵運びこむの手伝ってくれ』

『…はえ?』




「―――こういう時こそ俺の出番だろう?農作業なぞよかよっぽど慣れてる」

 キリヤンにアゲリがいう。

 陸上艦内、先程の戦いの捕虜を収容した客室区画にての一幕。

 敵機体だけでなく、捕虜を数人捕えてきたのはアゲリの強い提案もあってのことだった。


「今夜の夜襲は中々大掛かりな仕込みだった。野盗崩れの犯行にしちゃ些か手が込みすぎてる位にな」

「誰かしら仕組んだ奴がいるっていいたいんだな?」

「少なくとも確かめる必要はあると思うが」

「聞きこみなら俺らがやるっていってんだ、アンタが出る幕じゃねえよ」

 憮然とした態度をとるキリヤンは、どうにもアゲリとは反りが合ぬいようだ。

「素人のお前さんらじゃ埒が明くまいよ。艦長、ここは元保安部員の手並みの見せ所だと思うんですがね」

 水を向けられたバニ。

「しかし、拷問はいかんぞ」

「尋問ですよ艦長。傷も残しやしない」

 そういってアゲリは口元を歪める。汚れ仕事に従事してきた男の自負と卑下とが同居する笑み。

 そこに。

「お待ちください~。ここは一つ私の説法で心を開いてみせます~」

 シスタールミエラの登場に居合わせたダネルとアゲリ以外の面々の表情が途端に青ざめた。

「シ、シスター、拷問はいかんぞ…!」

「いやですわ艦長、拷問でなく説教ですわ~」

 ルミエラはにこにこと笑う。善意と自信に満ち充ちた曇りなき微笑。


「…何をいってるんだか。説教なんぞで口を割るようなら世話ないぜ」

 シスターに抗議しようとするアゲリの肩を叩いて止めるのはキリヤン。

「やめときなアンタ…悪いことはいわねえからここは大人しくシスターに譲ってやんな。下手すっとこっちまで巻き添え食いかねねぇ」

 シスターに気づかれぬよう小声で喋るキリヤンに合わせてダネルも小声で尋ねる。

「…何かマズイ事でもあるのかキリヤン、ただの説教だろ?」

「それがただの説教じゃねえから困るんだよ。俺もちらっと聞いたことがあるが…話の内容なんて欠片も覚えちゃいねえ、ただひでえ苦しみだけを脳が記憶してやがる…!」

 支離滅裂かつ不可解極まるシスターの説法を延々と聞かされ、しまいには思い余って自分の耳を引き千切ろうとしたとある哀れな被害者の噂が、艦内ではまことしやかに囁かれているとかいないとか。

「…なまじシスターに悪気はないからいっそう質が悪いんだ」

「……そうなんだ」

「なんででしたら、アゲリ様も同席してワタクシの説教をお聞きになります~?ついでにダネル様もいかがですか~」

 シスターの誘いを二人が頑なに固辞したのはいうまでもない。



「うーむ、どうしたものかのう」

 今日も今日とていつもの如く、バニは最も頼りにしている忠臣に胸中の悩みを漏らす。

 さほど広くもない簡素な執務室だがよく整理され手入れが行き届いている。恐らくはヨラムの仕事であろう。


「捕虜が滂沱の涙を流しながら語ったところによるとのう、<鷲>の奴等、全面的な援助を条件にうちを襲うよう依頼されたらしい。黒幕の名も吐きおった」

「して、その者の名はなんと?」

「羊飼いのジェローム。お主も知っておるじゃろ」

「それはまた……かなりの大物ですね」

 ヨラムの驚きは尤もだった。

 ジェローム・ディクスン――――「第八世界のフィクサー」を自称するその男は、第八世界各地の交易と流通を一手に牛耳る名にし負う実力者であり、そのコネクションは第八世界を越え真世界エデンにまで届いているとの話もある。

 オルビス立ち上げの後ろ盾となった者達にも影響力のある人物でもある。

「しかし、かような人物がこの艦を狙うとは解せませんね」

「そこんところは直接本人に聞き質すのが早いやもしれん」

「と、仰りますと…」

「大胆不敵というか厚顔無恥というか、ついさっき当人から連絡があったのよ」

 バニは映盤に写った<招待状>を指でクルクルと回してみせる。


「なんともはや…あからさまに怪し過ぎますね」

「んむ。だが、だからこそ気にもなるのよ。何やら試されとるとは思わんか?」

「いずれ挑発めいた誘いです、断れるものなら断った方がよろしいかと」

「とはいえ、儂らの後援とも縁が深い男じゃ。そう無碍にもできまいよ」

 そこまでいってバニは苦笑する。

「やれやれ、この儂がかほどに気を遣わねばならんとは。世俗の毒というやつは存外回りが早いもんじゃの」

 ヨラムもつられて顔を綻ばせる。

 諸相がめまぐるしく移り変わる複雑怪奇な外の世界にあって日々悩み、そして少しずつ成長していく。

 そんな主の姿を彼は満足気に見守るのだった。 


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