ニ話
■
――――二人の男が熱心にチェスに興じている。
高空に天の玉座として君臨する神殿船内の一室。
限られたものしか入室を赦されぬその部屋はさりとて特別豪奢であるわけでなく巧緻極まる彫琢が施されているわけでもない、むしろ床も壁面も天井とて白一色で統一された至極簡素な造りであるといえた。
部屋の中央に据えられた小さな円卓。
その上に載せられた白と黒の市松模様のチェス盤。
椅子に腰掛けた男「イェフテ」が白の歩兵を手に取る。
「――――では、ディキオスの捜索は打ち切ると?」
「あのようなもの、捨ておいたところで大勢に影響はなかろう。反神がある今、もはや聖魂機など過去の遺物に過ぎんのだから」
もう一人の男、「オルギイル」が進める黒の歩兵が白の騎士をとる。
「その言葉、ウェルバ・イルが聞いたらさぞ気を悪くするでしょうよ」
イェフテは王をさがらせる。
「なに、彼奴ほど道化を自認している者もおるまいよ」
「私には彼の師であるミンヤミン・マーカの方が余程道化にみえますが」
オルギイルが歩兵の駒を進める。
「ああ、みすみすゲフェンノームを逃した責はさぞ身に重かろうな」
「本来ならば反神の力を借り機関総帥を駆逐し以って創世へと歩を進めるはずだったのに」
「なあに、我々は1000年待ったのだ。少し位回り道になった所でそう変わりはあるまい」
「…どちらにせよ「供犠の祭礼」は必要だったでしょうしね」
「方舟の動向は気になるところではあるが…致し方なしだな」
城壁を相手の領内へと一気に進めるイェフテ。
「貴方が推挙したザウ・ザノア統千師長、今は将長だったかな、彼は確かな働きをみせていますよ」
「確かに見あげた男だ。己の軍はおろか相手の軍でさえなるべく損耗させぬように立ち回っておる」
「ええ。彼の奮迅は戦線を膠着させ、結果的に戦いの長期化を招くでしょう。こちらの思惑通りにね」
オルギイルは僧正を手に取る。
「もう少し数を整理しておきたいな」
「承知致しておりますとも」
そこでイェフテは盤面から顔をあげ、円卓の向かいに置かれた木椅子に視線を移す。
――――そこには誰も座っていなかった。
翠軍旗艦、ネイビウム級「アエネイス」の「オルギイル・ガトレイン」。
紅軍旗艦、ネイビウム級「イペリュオン」の「イェフテ・ストゥーク」。
救世機関GRDNの至法院派・翠軍と太教院派・紅軍、各々の軍閥を取り仕切る実質的指導者である二人。
距離にして数千キロ以上隔てた互いの神殿艦内の一室にて、彼らはまるでさも相手を目の前にしているかのように遊興に耽っていた。
■
少しずつ大きくなる機兵の駆動音にダネルの浅い眠りは破られた。
「(また、追手が来たのか…?)」
咄嗟に岩陰を抜け出すダネル。
岩間に身を隠しながら視界の先を伺えば、干上がった小川の跡を挟んだ平原を小型の走破艇が二隻並走している。
二隻の艇はそれぞれ機兵を五機ずつ積んでおり機兵の外観――旧式らしい鋭角的なフォルムに、歳月を感じさせる色あせた装皮――から察するにどうやら武装組織の一群、要するに野盗の類であろう。
「いっちまったか……」
じっと息を潜めてやり過ごした後で、ようやく当然の疑問が頭をよぎる。
あのような者たちがこんな所で何をしているのか?
「(…確かあちらの方角には集落があったはずだよな…)」
ダネルは夜間の移動中に視認した居住区の存在を思い出す。
建造体の外観から推測すると恐らくは真世界からの避難者――今まで受け容れる側であった真世界からいまや外部へと難民が流れ出ようとは、甚だ皮肉なものだ――が集う一時居留地の筈。
もし彼処が標的となっているのだとしたら。
救護計画の手筈違いか、あるいは内紛に明け暮れる聖府と機関にはもう避難民救済に割く余裕さえないのか定かではないが、居留区には工作用の機兵が一、二体ある程度で他には大した自衛戦力はないように思えた。あの数の機兵で襲撃されればひとたまりもあるまい。
「(どうする…?)」
かといって。
本当に襲撃があるとしても、依然として追われる身のダネルに他者を助ける程の余力があるだろうか。まして乗機は度重なるダメージの蓄積により制動さえ怪しくなり始めているというのに。
ダネルは両頬を平手で叩く。
「まったく、いちいち悩むことじゃないだろう…!放ってなんかおけるかっ」
ダネルはディキオスに乗り込む。
だが、ディキオスは俯いたまま何の反応も示さない。
「……何だよ、どうしたディキオス?………おい!動けよっ!くそっ、動けったら!」
不安定な機体をなんとか動かして目的地まで辿り着いたダネル。
高く聳えた断崖の下、隠れるように立ち並ぶ三棟の仮設居住施設。細い木々の間から空に幾筋もの煙が立ち上るのをみて、ダネルは己の懸念が杞憂ではなかったことを知った。
上空から眺めれば、二重の防衛柵はあっけなく破られ機兵によって散々に踏み荒らされているのが確認できる。
鉄の支柱で組まれた物見櫓も打ち倒され、傍には作業用の機兵が破壊され転がっている。空っぽになったコックピットには血や汚れの類はない所をみるに乗り手は無事逃げ出せたのだろう。
そして断崖の逆側、居住棟を中心にして半円状に布陣する先程の機兵たち。それらの足元に集められているのは避難民だろうか、ちょうど居留地の中央辺りに幾つかの列ができていた―――恐怖に統制された人間に特有の鈍麻した硬直の群れ。避難民の列の中には女性や子供も数多く含まれている。
恐らくはこれから彼らを走破艇に収容して連行しようというに違いない。
阻止すべく。
ディキオスは居留地中央、古機兵たちと避難民の間に割って入るように降り立った。
『なっ何だ?テメエは―――』
「…避難民たちをどこに連れていくつもりだ?」
相手の問いを無視し、反問するダネル。
『――――決まっているだろぉ、こいつらは奴隷だよ、奴隷』
すると、並んだ機兵を分けて<ツノつき>の機兵―――恐らくこの一団の首魁が乗っているのだろう――がの前に進み出る。
『棄民なんかとちがって、こいつら神民くずれはそこそこいい値がつくんでね』
「……下衆がッ」
ディキオスは剣を抜く。
『ハッ、いきなり現れたかと思ったら、正義の味方の真似事かよ?―――お前ら構えろ!』
ディキオスを敵と判断した野盗どもは俄にそれぞれの機兵に戦闘態勢をとらせる。
敵機兵は前方、居留施設付近に四体。左右側面にそれぞれ三体ずつ。見たところ伏兵の類は潜んでいないようだ。
敵兵を一息に斬り伏せようしたダネルはしかし、その時になってやっと自機の本格的な異常を自覚する。
―――挙動にかかる過大な負荷、反応の鈍さ。
最大機動で回りこもうと横に飛び退ろうとするもまるで踏ん張りが効かず、膝を折ってしまう騎士機。
ディキオスはベヌデクテとの一戦を経てとうに限界を超えていたのだ。
『おいおいなんだその機体はよ、よくみればひでえポンコツじゃねえか』
『その上この数を相手にする気でいやがる!』
ダネルは内心苦笑を禁じ得ない。よもや聖魂機が旧式機兵程度に嘲笑われるとは。本来のディキオスであれば、一般機兵の十や二十など物の数ではないというのに。
感情に任せてみすみす死地に飛び込んでしまった事をダネルは今更ながらに後悔した。心身の衰弱が正常な判断力を鈍らせていたにせよ、迂闊に過ぎる行動の言い訳にはなるまい。人々の危機に際してなら尚のことだ。
「(…いや、今は反省は後だ)」
最低でも避難民が逃げ出す隙を作れればよいと彼は思い直す。
「(冷静になれば、やれないことはない…!)」
ダネルはディキオスの細かな挙動で敵兵を牽制しつつ、ゆっくり避難民から距離をとりながら頭の中で勝算を見積もる。
幸いにして、野盗どもは基本的には「商品」である避難民を傷つける気はないらしい。よって彼らに被害を及ぼす可能性のある火器兵器の使用は慎み格闘戦で仕留めようとしてくるだろう。
まずは相手がこちらを舐めている点につけ込んで、極力を刺激しないように白兵で地歩を詰めてから、頃合いを見て一挙に片をつける。
敵は前と左右の三方に分かれている。
今のディキオスの立ち回りでは一度に片付けられるのは隣接した二方面が限界だろう。つまり、左右のどちらかを崩せれば勝機は掴める筈。
結論からいえば、ダネルの目論見は半ば当たり半ば外れた。
緊迫を破って、左翼から一体が躍りかかる。
ディキオスは襲いくる電磁斧を最小の動きで躱し代わりに敵機の肩口を剣先で射抜く。そのまま剣を抜かず、敵機を盾にしながら左翼に展開する他の敵兵に近づき。
「てめえッ」
同時に仕掛けてきた二機の斬撃を屈んで抜けながら、すれ違いざま四本の脚を纏めて剣閃で薙いでいく。
だが瞬く間に左側面を片付け、残りの敵機に向かい反転するディキオスが捉えたのは三発の榴弾だった。
前方の機兵の一体――怯えと、それを押し隠す愚かな怒りに駆られた男――が大筒から発射した榴弾がディキオスとその背後に控える避難民めがけて接近する。
「バカ野郎ッ!」
ディキオスの反応は迅速かつ可能な限り的確だった。
向かいくる三つの榴弾を咄嗟に腕で払いのけその軌道を変える。二発の榴弾はそれぞれうまく宙に逸れてそのまま爆散した。
しかし。
残りの一発が避難民らの後方に聳える岩崖へと吸い込まれるように飛んでいく。
「―――――しまったッ!」
岩壁の上方に直撃する榴弾。
崩落をはじめる分厚い岩盤の直下には避難民の一部が固まっている。いうまでもなくこのままでは彼らは降ってくる岩塊の雪崩に圧し潰されてしまうだろう。
今にも崩れ落ちようとする崖に接近し、背中を向けるディキオス。
合わせてダネルは発振器を全開させ、騎士機の背には大きな光波輪を展開した。
崩落しかかった岩塊を最大放射の光波輪で抑えこみ機躯全体で支えようというのだ。
「ぐッ…これは…中々ッ…!」
万全でさえあれば岩壁ごと押し返す事も可能ではあろうが、今はただその重みに耐えるだけで精一杯のディキオス。
「さ、さあ今のうちに逃げてくださいッ…!」
ところが機体の足元、我先にと逃げ惑う人々の中でただ一人、初老と思しきその男は一歩も動こうとせずディキオスを見上げたままで立ち尽くしている。
聖魂機の神々しく輝く背の光輪に何かを呼び起こされようとするかのように。
「――今さらなんで私の前に現れるんだ……」
「……なにをいって…?」
戸惑うダネルに男は続ける。
「その機兵の姿…あんたはGRDNの使者なんだろう」
「……助けて欲しい時にはいくら待っても来やしなかったくせに…」
「そうだ、あの時…ユニットが崩壊したあの日」
老いた男の顔が苦悶の記憶に歪む。
ダネルの心に冷えた鉄が差し込まれた気がした。
「イリーナが、リトロが、ロシェが…私の大事な者が死んだのは、貴様らのくだらん争いが原因だッ!お前等のせいでッ、私は、私は、何もかも失くしたんだぞぉッ!」
男の声が叫びとも嗚咽ともつかぬものに変わる。
―――身体の芯から力が抜けていく感覚。
踏み込む足が萎える。力をこめる腕が震える。
「……頼む、もう放っておいてくれ…私はここで終わってしまいたいんだ…」
ダネルに返せる言葉はなかった。
GRDNの罪と己の罪と。
自ら救いを欺瞞に貶めた者がどうして人を救う資格を得よう?
現世の地獄に苛まれた者にこれ以上の生を強いる権利はあるのか。
まして己が生にすら価値を認められなくなった者が。
ディキオスがまるで意気阻喪をしたかのごとくその身を折った。亀裂の深くなる岩壁を限界ぎりぎりで押しとどめながらもダネルの身を無力感が容赦なく苛む。
「……さあ、私を家族のもとに…」
絶望し、すべての終わりを乞う男。
「……駄目だッ…!」
その願いを、しかし少年は否定する。
それがただのおしつけに過ぎぬと分かっていても。
「――――――すまない、すまない、すまない……けど生きていてくれッ…!」
――欺瞞に満ちた理想。
「あんたが生きていれば、少なくとも一人は救われる…、俺が……」
――薄っぺらな言葉。
ディキオスの機躯の震動はますます大きくなる。
悲鳴をあげる層鋼。
弱まる発振器の振動音。
まるでその血を散じるがごとく歪んだ光波をひたすらに噴き上げる飛翔翼。
「きっと俺だけじゃないんだ……生きてる限り、諦めないでいてくれる限り……あんたはきっと誰かの救いになれはずだからッ……きっと誰かを支えるはずだからッ!」
それは畢竟、在りし日の夢の形骸に過ぎまい。
けれどそれは、少年が男に語りうるたった一つ、嘘偽りない彼自身の言葉だった。
――心のうちからすべて取り去ってなお残る少年の「火」。
空虚な胸の内から絞り出す一片の心の残滓を外へと解き放つように。
「だから…頼むよっ……俺に………守られて…くれぇッ…!」
機躯の軋みに重なる言葉は掠れて最後まで聞きとれない。
少年の告解めいた願いを呆然と聞く男はふと自分の袖口を引く幼子に気づく。
「……馬鹿ッ!こんな所に来るんじゃない、早くあっちへ行かないか!私はお前の親でも何でもないんだ!」
幼子は無言で振り払おうとする男の手に必死に食い下がる。
縋りつくようなその目が男を捉え――――。
「―――――イリーナ、リトロ、ロシェ……すまん……!」
やがて歯を食いしばって嗚咽を堪らえ、子供を抱えてその場を一目散に駆け出す男を見送って後。
ディキオスの光背が収縮し、それに伴って岩塊が徐々に雪崩れる。
「はあッ……!」
砂煙の中にがくりと膝をつくディキオス。機体表面を走る瑕疵の数は更に増え、砕片がパラパラと地に剥がれ落ちる。
俯いた騎士機を傲然と見下ろす<ツノつき>。乗り手の冷笑が聞こえてくる。
『えらく頑張ったようだが…罪な事したもんだなまったく。ああいう年寄りは今更外に出たって適応できないんだ。まして家族もいねえ身だ、これから先も生きてたってその分余計に苦しむだけだぜ、可哀想によ』
冷ややかに語るその声。
『ああいう手合いは素直に死なせてやったほうが幸せ…それこそ救いってもんよ』
「黙れ……!」
この男の言は、あるいは真実であるかも知れない。自分のやった事はただ、彼の苦痛を長引かせただけなのかもしれない。
だとしても―――。
「――――お前のような人間が…救いを語るなッ!」
ディキオスは地に突き立った剣を再び掴む。
まともに歩くことさえままならぬ傷だらけの機躯から放たれる裂帛の気合に<ツノつき>の乗り手はわずかに気圧される。
『…ちっ、だから立ってるのがやっとみてえなそんな鉄屑で、何ができるってんだ?ああ?』
<ツノつき>が腰に下げた銃を手にとる。
損傷の極まった機体を叩く銃弾の霰。
発振器の響きがみるみる弱まっていく。
糸の緩んだ操り人形が如く力が抜け、とうとう握った剣に寄りかかるように機動を停止するディキオス。
『ははッ、さんざっぱら格好つけたはいいが挙句がこのザマたあ、とんだ三文芝居に終わったようだなぁ!』
『―――――どっこい、芝居の幕はまだ下りてねえようだぜ?』
『ああ?いま誰か、何かいったか?』
訝る<ツノつき>に部下の一人が叫ぶ。
『かっ、頭ァ!俺たち妙な機兵共に囲まれてやす!?』
『なんだとぉッ?!』
<ツノつき>が索視をかける間にダネルもまた周囲の様子を改めて確認する。
そこにあるのは敵機を囲むように居並ぶ別種の機兵の姿―――そのゴツゴツとしたフォルムは年代を感じさせるものの、各部に取りつけられた推進管や銃剣一体型の武装などは新式のものに見える。どの機体もそれぞれ微妙に形状や色が異なっているが、みな一様に紺の首巻き(マフラー)を巻いている特徴的だ。
『い、一体何時の間に?!』
『テメーらが三文芝居にどっぷり見入ってる間に決まってんだろボケ』
一行のリーダーらしき声が応える。
『仕掛けますかァ、キリヤン隊長ッ?』
『おーう、くれぐれも避難民には気ぃつかってな』
『『了解っす!』』
それを合図に一気呵成と野盗の機兵に襲いかかる首巻き付の機兵の一団。
『クソッタレ!仲間がいやがるなんて聞いてねえぞ!』
『こいつら最近噂になってる襟巻き野郎共じゃねえかッ?!』
首巻き付の機兵たちは避難民への被害を避けてか、白兵のみで敵機を尽く圧倒していく。その慣れた戦いぶりからしてどの乗り手も並以上の技量と経験の持ち主であるといってよいだろう。
「この機兵たち…味方をしてくれてるのか…」
今まで見たことのない機兵の活躍を半ば呆然と見守るデキオス。そんな騎士機の傍らに一体の薄紅色の機兵が歩み寄る。
膨らみのある腰回りと左右に広がった奇妙な頭巾が特徴的な機体である。
『―――待ってて下さい、いま楽ぅ~にしてさしあげますからね~』
目前に立ち、薄紅の機兵が両腕を広げその身体を震わせると、程なくしてディキオスの力を使い果たした筈の発振器が励起されはじめる。
「機体が…動く…!」
「はい~。私の「癒手」ちゃんは戦うのは苦手ですけど、機体の疲れを癒すことが出来るんです~」
『使い途はあんまないけどな!』
『キリヤン様は黙って悪漢どもの相手をして下さい~』
『おうよ、俺自らが手塩にかけて造り上げたこの「執金剛」の力、とっく拝みやがれッ』
執金剛――他の首巻き付とは違い現用の聖導歩兵に近いフォルムである―――そう呼ばれた機兵は手にした黒塗りの蛇腹刀で正面の一機を易易と斬り伏せる。
『くそッ…!』
手もなくやられる僚機を前に<ツノつき>は避難民に銃口を向ける。
『動くな襟巻き共ッ!さもねえとこいつらを蜂の巣に…!』
いい終わる前に、構えた銃は真っ二つにされていた。
「―――お前の相手は俺がしてやる」
突きつけられた刃の切っ先。
立ちあがる力を取り戻した騎士機の姿がそこにあった。
『こ、こうなりゃテメェだけでも!』
電磁斧を振りあげディキオスに特攻する<ツノつき>だったが。
ディキオスの応手―――頭上に迫る電磁斧の腹を柄で叩いて逸らし、態勢を立て直す間を与えずに返す刀で両腕を切り落とし。
『チィッ、ここは一旦退くぞおめえら!覚えてやがれクソッ!』
両腕を無くしたツノつきを捨てて逃げ出す首魁。
「分かってっと思うが、深追いはすんなよお前らー。機兵はあらかた潰してやったからしばらくは報復の心配もないかんな」
『『『分っかりやしたー隊長!』』』
首魁の逃亡に合わせて残った敵機と敵兵も這々の体で退散していった。
「なんだか分からないけど、とにかく助かった…」
避難民の無事を見届けた途端、ダネルの全身の力が抜けていく。態勢を崩すディキオスを支える鉄の両腕。先程の機兵・「クロワルジュ」がそこにいた。
『それでは改めまして、お初にお目にかかります~』
コックピットを開き女性が顔を出す。
「貴方がダネル・アラクシ様ですね~。我々は「金枝宝珠」の者でございまして、貴方をお迎えに上がりました~」
■
「――――避難民はひとまず落ち着き先決まるまで、俺らんとこで保護する事になると思うぜ。とりあえず機兵隊置いてきたから当面は襲われる心配もないだろうし」
「すぐに救援隊を派遣しますから安心してくださいね~」
「貴方達は、確か「金枝宝珠」っていいましたっけ」
「ん~生活共同体とでもいうんでしょうか~」
「ま、いっちまえば村みてえなもんさ。詳しいことは着いてからだな」
走破艇のブリッジにて、ダネルは金枝宝珠の使いと名乗る二人の姿をなんとはなしに観察する。
キリヤン・ボーカーと名乗る青年。スラリとした長躯はよく引き締まった筋肉を纏い、ラフに着こなした黒の上衣が実際よりもがっしりとした印象を与える。面長の顔立ちに、くせっ毛らしい黒髪をまとめるヘアバンドが印象的で、まだ若くはみえるものの、既に地に足をつけた男の貫禄といったものを漂わせる。
そしてキリヤンの横に並ぶシスター・ルミエラ。小柄ながら肉付の良い体躯には白の長衣がぴったりと似合っていて、首にかけた大ぶりのアミュレットと合わせどこか浮世離れした空気を纏う。
肩口までで綺麗に切りそろえられた艶のある栗色の髪。長い前髪が瞳を隠している様は奇妙だが常に笑みを絶やさぬその丸顔は人を和ませずにはおれないような不思議な温かみを見るものに与えよう。
――――男女の別は抜きにしても、とかく対照的な二人ではある。
「―――――いやあそれにしたって、なかなか魂のこもった熱い口上だったぜ。気に入っちまったな俺!」
「本当に。録音しておけば良かったですわ~」
「『生きてる限り、諦めないでいてくれる限り……あんたはきっと誰かの救いになれはずだからッ!』だったっけか、その通り、人間生きてりゃいい事あるもんだわな」
「そそ、生きてこそですわ~」
「…今ちょっと死にたいです俺」
「いやーぶっちゃけた話、真世界からの亡命者なんてどんなもんかと思ってたんだがな。どうやらアンタ、うちの頭がいってた通りの人物らしくって安心したぜ」
「キリヤンさん、でしたよね。貴方のお頭は俺のことをご存知なんですか」
「ああ、一度だけ顔合わせたことがあるってよ」
「ということは、俺の知っている人物ってことですね」
「ああ、すぐに会えるから楽しみにしてな」
そうはいわれても、ダネルに思い当たる人物はいないのだが。そもそも真世界の外で彼らのような手勢を有する人間など想像もつかなかった。
「どこの誰かは分からないけれど…その人、こんななりの俺をみても、俺だって気づくでしょうかね…?」
ダネルは自嘲気味に語る。
「あー、確かにかなりひでえな魔障」
「そうですね~あちらに着いたらお医者様に診ていただきましょう~」
「…失礼ですけど、お二人ともこの姿をみてもあまり動じないんですね」
「ああ、死んだ祖父さんが魔障にやられた時もそんな感じだったんでな。もっともすげえしぶとい爺で、そっから十年ぐらい生きのびやがったけども」
「真世界内でならともかく、第八世界はそれはもう様々な方が流れ着く場所ですから~」
「脛に疵持つ輩も珍しかねえしな。深くつっこまねえ代わりに気もつかわねえのが礼儀ってもんよ」
「…そういうもんなんですか」
「ま、おいおい慣れるだろうさ、俺らの流儀には」
キリヤンが前方を指し示す。
「そら見えてきたぜ、あれが俺らのホームだ」
前方に映るそれをダネルは最初、隆起した地形と勘違いしていた。
「って、もしかしてあれが全部船なのか!」
「その通りです~」
側面下部に据えつけられた大型の推進輪がなければ艦船とは気づかなかったろう。緑に覆われた巨大な岩盤の表面には小規模の都市ユニットの姿が散見される。
「ガルガリン級以上って、かなり大きい陸上艦だな…けど、これ…確かどこかでみた覚えがあるような…」
と、陸上艦側から物凄い勢いでこちらに近づいてくる小魚艇が一隻。
「お、わざわざお出迎えとは」
キリヤンが回線を開く。
『ご苦労じゃったのキリヤンにシスター…おい?写っとるかこれ?』
だが映しだされた人物映像は歪んでいてすぐに消えてしまった。
「あら~声だけで映像うつりませんね~」
「こないだから通信影の調子悪いんだよな」
『んむ、まあよい。今そっちゆくから待っておれよ』
「あハイ、いま甲板開けますんで…だから、ちょっと待てってぇ!?」
キリヤンが慌てるのも無理はない。
走破艇を揺らす衝撃。
急接近してきた小魚艇が勢いよく砂塵を跳ねて前面デッキの上に乗り上げたのである。
「うぉー!動いてる走破艇に無理やり着艦するなんて相変わらずせっかち極まりねえなあの人は!?」
揃って甲板に出てみれば、もうもうと砂煙を漂わせながら派手に床板を削って斜めに着艦した小魚艇が目に入る。その小魚艇から何事もなかったかのように飛び出る人影が。
ひょこひょこと此方に近づく小柄なその人物。
活動的な裾の短い衣装から日焼けした四肢がのびる。
ダネルからは顔は逆光になっていて見えない。
「――――うほー、なにやら前よりしけっ面に磨きがかかっておるの。再会の風情もあったもんではないわ」
しかし、どこかで聞き覚えのある高い声だった。
「久方ぶりじゃの。聖霊手ダネル・アラクシよ」
漸く彼女の顔を確認したダネル。
「貴方は……えーと…もしかして」
「なんじゃひょっとして儂の顔を忘れたのか?面だけでなく頭ん中までしけっとるようじゃのお主」
明るい金色の髪。幼さを残しながらも端正に整った相貌。
そしてそれらにもまして印象的な、そのふてぶてしいまでに尊大な面構え。
「……バニ、太守?」
「ちっがーう!儂はもはや太守などではない。今の儂は新世界共同体<金枝宝珠>艦長、バニ・サウル・ツェフェンヤじゃ!!」
少女の甲高い笑い声が響き渡る空には、雲の切れ間から陽光が僅かに一筋――――――。




