一話
■
真世界中央部から東の辺境、第八世界に面する「シャマイン」領区内。
夜更けに荒野に砂塵を巻きあげて進む一台の走破艇があった。
甲板の後部には数機の機兵が載せられている。いずれも真世界の聖導機兵でもなく、かといってSINが扱っているような旧式とも違っていて、土台こそ古式の機兵ではあるものの、それぞれ独自の改良の後が伺えるものだ。
「――――っとに、鬱陶しい霧だな」
延々と視界を遮る白霧に辟易したのか、ブリッジにて操舵環を握る青年は傍らに控える女性にそうこぼす。
「知っていますかキリヤン様、この霧は実は一粒一粒が上部構造領域への扉なんです~」
傍らの女性はいつもの如く、にこにこと微笑みを浮かべながら解説をはじめる。
「どうやら神威がかつてない程強くなっている影響のようですね~こうして物理世界の干渉が目に見えるまでになっています。これ以上影響が強まるとこの世界そのものが神の領域に「還元」されてしまうかもしれません~」
「それってもしかしてマズいんじゃねえのシスター?」
「はい、私もリーダーから聞いただけなので詳しい事はわかりませんが~」
「…受け売りな訳ね、要するに。まあ急に小難しい話をし出しから、こりゃいつものシスターじゃねえなとは思ったんだ、俺も」
「はい~」
相変わらずの笑顔で応える女性――――シスター・ルミエラは皮肉を意に介さないらしい。
青年は呆れたように彼女から前方へと視線を戻し再び白く染まった世界を凝視する。
数ヶ月前から度々発生するようになったこの濃霧。キリヤン・ボーカーの心中もまた眼前の光景の如く霞がかかったようだった。
―――――約一年前。ゲフェンノームの跋扈により急増した魔災は、当の魔獣機が討たれて以降瞬く間に沈静化していった。ところが、それに代わるように真世界内はGRDN同士の戦場と化し、歩調を合わせるように第八世界でもSINをはじめとする武装集団の活動が日増しに活発化している。
特に、ここ最近は至法院派の翠軍と太教院派の紅軍の争いは辺境であるここ「シャマイン」まで及びつつある。うっかり両軍の戦闘に巻き込まれでもしたらこんな小勢ではひとたまりもない。
彼らの任務がわざわざそんな危険を犯してまでやり遂げる価値のあるシロモノなのか、キリヤンとしては甚だ疑問であった。
「…この霧のお陰か、会いたくない連中に見つかりづらいのはいいんだけどな」
「その代わり、私たちの捜し人もみつけにくくなっていますけどね」
「土台無理があるんだよなあ。こうもだだっ広い荒野の中から、いくら機兵乗りとはいえ人一人見つけ出そうなんてよ。つうかシスター、ホントにここいらにお目当ての人物がうろついてるのか?」
「それはもう。さる筋からの信用のおける情報らしいですわ~」
「しかし捜索を始めてから、かれこれもう半年だってのに手がかり一つ掴めやしないぜ。ひょっとしてもうだいぶ前にどっか人知れず野垂れ死んでるんじゃねえの」
「ならば、機兵の残骸なりが見つかっていると思います~アレは特別目立つものですからね~」
「うーん。とすりゃ、こうまで見つからんのは捜し方に問題があるってことかもな」
「あら。それって私への遠回しな批判ですか~」
「だって、全然当たらねーじゃんあんたの託宣!シスターのいうとおりに舵をきって、崖に乗りあげたこと何回あったよ!」
「むむむ、そこまでいわれたならばお見せするしかありませんね~私の本気を~」
頬をぷっと膨らませるシスター。
神妙な顔つきに変わり、両の手を強く握り合わせる。
「んんん!」
閉じた目をかっと見開くルミエラ。合わせて握った両手も勢い良く離す。
暫くっじっと床を見つめていた彼女は、やおら西の方を指さしていう。
「あちらの方角に間違いありません~!」
「…あのさ、いま手から転がってったサイコロなに?」
「何でもありません~。求めしものはこの先にあると、出た目が、もとい研ぎ澄まされた私の霊的直感がそう告げています~」
「いや出た目つったよね今!?」
キリヤンは頭を掻く。散々振り回され通し
「信じるものは救われる、です~。さあいざ行かん~我らが救世主の御下へ~!」
胡散臭い託宣に従って艇は荒野を直走る。
やれやれ。いくら主の命であるとはいえつくづく妙な連中に関わってしまったものだ。
――――彼女が属する「人類解放戦線」。
キリヤンの主人の元に、そう名乗る怪しげな一団が訪れ、協力を持ちかけてきたのが丁度半年ほど前の話。実際のところ、キリヤンの機兵とて彼等の支援によって見違えるほど強化されたのは良かったが、以来キリヤンは変わり者の集まりである彼らに、なにかにつけ振り回され通しである。
「やや、何かみえてきましたよ~」
「あれは単なる岩だろ、どうみたって…ああ身ぃ乗り出さないで!前見えなくなるから!危ないから!」
今日はもう何度目か、キリヤン・ボーカーは諦観に満ちた歎息を漏らした。
■
―――――渇きに目覚める闇黒。
ダネル・アラクシはディキオスの機中で目を覚ました。
革袋に残った水をすべて飲み干し、機体を隠した岩陰から這い出れば、夜の闇には厭わしい白霧が漂う。
己が足場さえ定やかならぬこの感覚は、ある意味でダネルの心象に似つかわしいものだった。
ダネルはディキオスを起動させ、ぎこちない足取りで空へと舞わせる。
なるべく追手の目につかぬよう明るい内は物陰に隠れ、日が沈むと同時に動く生活が続いている。
機関から出奔してからいったいどれ程の時が経過したろうか?逃走をはじめて一ヶ月が過ぎた辺りからダネルは期日の感覚を失っていた。
彼は切り立った断崖の合間を蛇行する渓谷を縫うようにゆっくり機体を進める。
ダネルが夜間に移動するのには人目を避ける以外にもう一つ理由があった。
ディキオスが「敵」の気配を検知する、と同時に足下の砂面を割いてそれは姿を現わす。
「多脚蟲」。
膨れあがった胎に細い針のような多脚を生やした醜い蜘蛛のような姿態。
――――――最近ではディキオスの機動は魔を引き寄せるようになっていた。
優にこちらの倍はあろうかという多脚蟲の巨体が宙に跳ねてディキオスに迫る。
騎士機は鋭い槍となって襲い掛かる無数の脚を孤剣のみで薙ぎ払い――左太刀は魔獣との戦闘で失われていた――そのまま獲物の足元に潜り込む。
突き上げたディキオスの剣が鋼皮に覆われた胎を容易く裂いた。
「(…!…しまった…!)」
苦しげな呻き声と共に爆発四散する多脚蟲を後に残し、飛び立つディキオス。
人目につきかねない事を考えれば派手な爆散は避けるべきだった。
ダネルは近くに追手の類がいない事を祈った。
「(追う側から追われる側へか…)」
道を見失い、かつての同胞に追われ、帰るべき故郷もなく。
かといって自ら死を選ぶほどの覚悟はない。なんら展望もないまま無様に生にしがみつく。
「……俺って、こんなもんだったのか」
虚しい自嘲が口を衝いて出る。
彷徨の日々、少年を蝕むのはゲフェンノームの魔性だけではなかった。機関を離れ、人を避け、荒野を彷徨う少年の心には孤独という名の毒が染み込んでいる。
果たして、峡谷の拓けた先に待ち構えていたものは。
『―――――――捜したよ、ダネル』
一切の回線を閉ざしていたはずのディキオスに、突如割って入る通信は聖魂機同士でしか使われない専用回線。
であれば相手は当然―――。
ダネルは崖上に立つ機影を認め、自分の推測を確かめる。
―――白銀の戦女、聖魂機「ベヌデクテ」。
『―――安心して、今この場には私以外誰もいないわ』
「ミディ、か…」
『機体を棄てておとなしく投降しなさい……さ、帰ろうダネル。今ならまださ…』
「…まだなんとかなるって?本気でいってるわけじゃないよなミディ」
ダネルはミディの言葉が微かに震えているのを鋭敏に感じとっていた。
「俺の足りない頭でも少しは理解出来るさ。GRDNにとって、今の俺がどれだけ汚辱に塗れたシロモノかって。…俺は真世界にはいちゃいけない存在なんだ」
『そんな事はっ……』
返答に詰まるミディ。彼女もダネルの言葉が真実だと悟ってはいる。
GRDNが魔の存在を赦すはずがないのは必定。殊に魔を必滅する使命を帯びたGRDNにとって、栄えある聖魂機の操り手が魔障に侵されたなどという事実は不名誉の極みといえよう。ゆえにダネルはその事実ごと禁忌として葬り去られる運命にある。
ダネルよりも前から機関に在籍しているミディならばそんな事は重々承知のはず。
『…どうしても戻る気はないってわけ』
「どこにも戻る場所なんてないんだよ、ミディ」
少しの静寂の後、ミディは観念したように大きく息をつく。
『しょうがないか…。あんた、聞き分けの良い奴じゃないもんね』
――――そういうやいなや、ミディはベヌデクテの白翼を舞い広げる。
目一杯ひらかれた翼は次いで分かたれ、切り離された羽は重なり合ってそれぞれ花弁を形成していく。
空中に展開された飛鐘分翅――――ベヌデクテ十二の分体はディキオスを標的と見定める。
「力尽くってわけか。抵抗は、させて貰うぜ」
機体を避ける。
『そんな傷だらけの機体で、出来るもんならやってみなさい』
同時に剣を抜く二体の聖魂機―――戦乙女と蒼騎士。
辺境の地に、誰一人として見守るものもなく密やかに聖魂機同士、聖霊手同士の血戦は始まりを告げ―――。
■
まず先制をとったのはベヌデクテだった。
勢い良く光波を放ち突進をかける騎士機に、左右側面からの飛鐘分翅による同時斉射。
騎士機の前進を戦乙女の羽が巧みに牽制する。
『いっておくけど、手加減は期待しないでね……!』
言葉通り、一切の手心は加えずに。
ベヌデクテ本体は近接戦闘を本懐とする騎士機に近づく愚を犯すことなく。
飛鐘分翅もまたつかず離れずの距離を保ちながらディキオスの周りをくるくると回る。
『―――――いきなさい…!』
そして始まる一斉の攻勢。
乱れ飛ぶ振動射音。刃となって襲い来る翅の群れ。
飛鐘分翅の斬撃と射撃はディキオスの死角を的確に突いてくる。騎士機の剣は虚しく空を切り、お返しとばかりに乱れ飛ぶ羽翅の攻めの霰は確実に機躯を抉ってゆく。
執拗に、繰り返し、途切れることなく。圧倒的な手数による目標の完全封殺――――。
ディキオスとしてはこの包囲をどうにかして抜け出し、ベヌデクテ本体への一か八かのアタックを仕掛けるしか勝機は望み得ないのだが、そこを見透かしたミディは徹底的な波状攻撃で包囲を破る隙を毛ほども与えない。
正面から切り込んできた飛鐘分翅を貫くディキオスの刺突。なんとか飛鐘分翅を一基破壊したものの、その代償は大きかった。
ただでさえ万全には程遠い機体なのだ。ベヌデクテの猛攻により破損した表装は更に砕けて弾け飛び、所々層鋼の奥を露出させる。
満身創痍となったディキオスをなおも容赦なく取り囲む飛鐘分翅。その輪舞は鈍る獲物の動きとは対照的にますます冴えをみせ。
機中にて、機体各部の深刻な損傷を知らせる警告を一切無視し、ダネルはしゃにむに機躯を走らせ応戦を続ける。足を止めればそれこそ嬲り殺しにされるのがオチだ。
「(こっちの動きは、流石によく分かっているよなッ……!)」
かつてはディキオスを支援し、何度となくその窮地を紙一重で救ったベヌデクテだ。ディキオスと、その操り手であるダネルの挙動の癖は隅々まで把握されている。
現状のコンディションではまともに挑んで勝ち目がある相手ではない。
「このままじゃいつか参っちまう…そんなら…」
ディキオスは一門だけ残った背中の鞘砲を、前方へ回頭せずにそのまま打ち込んだ。当然砲口は下を向いたままで、砲弾は足元の地面に打ち込まれる。
「……何を?!」
至近からの砲撃により圧壊し飛び散る岩盤。
爆煙と岩の欠片が飛鐘分翅の連携を乱す。
噴煙から飛び出るディキオスが一気にベヌデクテへと距離を詰める。
だが。
ベヌデクテに対し振り上げた剣はそこでぴたりと止まる。
動きを止めたディキオスの姿から、ダネルの躊躇いを看破したミディは怒ったように呟く。
『…敵に情けをかけるなんて…ホントにバカね、あんたはっ…!』
硬直の隙をついて飛鐘分翅がディキオスを再び取り囲む。
角錐形の陣を組んだ飛鐘分翅が光糸を紡ぐ。
糸は十二の飛鐘分翅を縦横に往還しやがて出来た光の格子がディキオスを囲い、閉じ込めた。
「…くッ、やめろ!」
狼狽するダネルの声。
「あがいたって無駄よ、ダネル。たとえディキオスと謂えどもこの包囲からは逃れられないわ」
「…クソっ、やめろ…!やめるんだ…………とまれディキオスッ!」
彼女はようやくダネルの言葉が彼女に対してでなく自らが駆る機体に向けられていることに気づく。
コクピット内のミディにセンサーが急激に膨れ上がる反応を感知する。
否、そんなものがなくとも機中からさえ肌に伝わる濃密な圧力で直に理解できる。
神聖の極みたる聖魂機からは決して発せられてはならない力。
焔が聖檻を焼き払う。
裂傷から溢れた蒼い焔が。
荒ぶる火が四方へと広がり、ディキオスを守るようにとぐろを巻く。
色こそ違えどゲフェンノームと瓜二つの炎。
その禍忌火は魔魅に染まりたる奇跡の発現。堕ちたる聖魂機の証明。
荒い息をつくダネル。
目前の絶望に喘ぐミディ。
『あぁ、まさかこんな……もう、戻れないんだね』
「…いっただろ、戻る場所なんかないって」
『―――なら…他の誰にもやらせない…。あんたはせめて、あたしの手で仕留めてあげるから……!』
操り手の意志に応じ、ベヌデクテの機躯は俄に十字の光を帯び始める。
――――――――クルセイド・ラン。
それは聖霊手ミディ・ファラムの覚悟の表明。魔を必滅する不退転の決意―――。
神々しい光波振動を放ちながら戦乙女は聖鳥へと機躯を変じる。
同時に、ダネルはベヌデクテを見失う―――音無しの聖鳥はダネルの認識に作用を及ぼし、己が存在を隠匿したのだ。
蒼焔を鮮烈に切り裂いて舞う一対の翼―――聖鳥の大羽が騎士機を叩く。
逆巻く火を駆け抜ける風で打ち消すように超々高速で獲物の周囲を経巡る大鳥。
白き大翼が無防備な騎士の機躯を切り裂くように削ってゆく。
加速の勢いをのせたすれ違いざまの衝撃圧を二度三度四度…。
聖鳥の権能特性によって迫り来る攻撃を認識しえないディキオスは、為す術もなくダメージを受け続けるよりない。
「…ぐッ…!」
『―――――これで、終わりにしてあげる……!』
遂に、聖鳥の嘴が必殺となるであろう一撃を仕掛ける。
「―――うぁああッ!」
対してダネルのそれは、まったく苦し紛れのものだった。
―――闇雲に振り回したディキオスの剣の腹が期せずして、寸前まで迫った聖鳥の嘴を打擲する。
あまりに偶発的な出来事ではあったが、相応の理由はあった。
最後の一撃――――彼女は無意識の内により無防備なはずのディキオスの機体後方からの襲撃を避け、正面から挑んでいた。
仲間を背後から撃つのは彼女には出来なかったのだ。
ダネルの甘さを指摘した彼女もまた最後の最後で詰めを見誤った。
思いがけぬ反撃に聖鳥は機動を狂わせ、その勢いのままディキオスに総身を投げ出し衝突する。
「――――ぐッ…!」
『――――きゃあッ!』
機体を揺らす大きな衝撃が二人を見舞う。
相打つ形となった両機体はもつれて崖下の窪みとなった地面の底まで一気に滑り落ちる。
地面に叩きつけられたデキィオスとベヌデクテはほぼ同時に機動を停止した。
「――――ッつう…!…無事か…ミディ!?」
横向きになった機中で、なんとか身を起こしたダネル。彼は即座に機内を飛び出しミディの安否を確認にいく。
『…いったた…もう…!』
「よかった…」
ベヌデクテの機中から這い出てきたミディの無事を認め胸をなで下ろすダネル。
だがしかし。
「…ダネル…?」
目の前に姿をみせた少年のいでたちにミディは思わず息を呑んだ。
汚れた包帯巻いた右腕は肩口まで黒く染まり、右目の瞳はうっすらと青く変色し。
伸ばし放題の髪と合わせ幽鬼のような相貌と化した少年の姿。
思わずミディの傍らにまで駆け寄ったダネルは、彼女の視線に宿るものを察してそこで歩を止める。
彼女の腰に据えられた拳銃の存在が彼を捉え、かつての記憶―――己の手でベリア・ケイスを屠った記憶を呼び覚ます。
――――殺したものは、殺されねばならない。
それがこの世の真理なのかもしれない。
「…敗けたよミディ。まあ、お前にやられるんじゃ、しょうがないかもな。そうとも、誰とも知れない奴にやられるよりは幾分ましかもしれない」
諦観と疲労と僅かな安堵を滲ませ、無防備に立ち尽くす少年の手前までミディは一歩一歩、歩み寄り、その手を強く握りしめ―――。
「――――――こんのバカぁッ!」
「いってぇッ!?」
鋭い一撃が少年の頬に炸裂した。
「なッ…なんで殴るんだよ!?」
予想外の反応に怯むダネルが落ち着く間もなく。
少女の細い両腕が彼の頭をかき抱く。
「なんてひどい様よ!まったくもう!」
強い力で、ミディの胸元に引き寄せられるダネル。
「出来るわけがないでしょ!あんたのそんな顔…みちゃったら…」
腕にこもる力は一層、強くなる。
「…痛いよミディ」
「うっさい…!」
「……分かったから、泣くなよ、頼むよミディ」
二人を包む暗闇に、少女のすすり泣く声だけが微かに響いていた。
■
「――――――もうじっとしなさいよ、耳切っちゃうでしょ~」
「……いやあのさあ、なんだってこんなとこで髪を切られなきゃならないんだ?」
「こんなボサボサ頭、みてるこっちが鬱陶しいのよ!ほら、下向く!」
ミディは焚火の明かりだけを頼りに、手持ちの小刀で驚くほど器用にダネルの髪を刈っていく。
「んー、これでよし…。うん、大分サッパリしたね」
「ありがとう、ミディ」
焚火を挟んで向かい合うように座る二人。
「あんたが出ていってからの真世界はめちゃくちゃになる一方。翠軍も私ら紅軍にしても、日がな戦力増強に励んでるわ」
いつしかGRDNの両軍はそれぞれが中心としている軍事系ユニットから名をとって、GRDNの至法院派を通称「翠軍」。 同じく太教院派を「紅軍」と呼ぶようになっていた。
両軍の七領区を二分しての戦闘は各所で断続的に続いており、その余波は近隣のユニットにも累を及ぼしている。
「ここの所、七領区の「切り分け」はほぼ落ち着いていてね。内訳は至法院派が三つ、太教院派が四つなんだけど、至法院派が最重要区域である「アラボト」と「ゼブル」領区をしっかり抑えてるから実質的には至法院派の方が優位ね」
「ADAMはどうなってるんだ?」
「戦闘力を両陣営に吸収されちゃって実質空っぽ状態。で、ADAM組の奴らがまたむかつく連中揃いなのよ。あんなのをのさばらせてる時点で機関の体裁もあったもんじゃないわね」
「ウェルバとは、どうにかして連絡取れないのか」
ミディはかぶりを振る。
「あれ以来、まるでね。時々断片的な噂が耳に入ってくるくらい、どこどこで見かけたとかどこらへんにいるらしいとかって……それでもいいのかもしれないね。もしも顔を合わせたら最悪戦わなきゃいけないし」
そこまでいうとミディの表情が俄に曇る。自分のいった言葉にショックを受けたかのように。
ミディは自分の肩を抱く。
「みんなおかしいよ。仲間同士で戦い合うなんて…」
身内同士の争いに相当神経をすり減らしているらしい。
「なんだかまるで世界のタガが外れてしまってるみたい…」
「ミディ…」
少年の顔を覗きこむミディ。
「背、少しのびたね……けど痩せた。ちゃんと食べてるの?」
「なんとかな。時々村の近くまで降りてったり、避難居留地の食料配給に紛れたりもする」
「天下の聖霊手が食料泥棒って…。泣けてくるわね」
「しょうがないだろ。そもそもお尋ねもんだしな、今更こそ泥の罪が幾つ増えた所で痛くも痒くもないよ」
「バーカ、開き直るんじゃないわよ」
ミディが笑う。
笑いは不意に崩れ、彼女は両手で顔を覆う。
「…なんで私達、こんな風になっちゃったんだろうね……みんな、バラバラになっちゃった」
答えようはずもなかった。ダネルにしても気持ちは同じなのだから。
「俺さ…フィーラ、救けてやれなかったよ」
「…あんたはあんたの出来る限りをやったんだよ、多分…あの娘もきっと分かってくれてる」
彼方より仄明かりと機兵の駆動音が微かに近づいてくる。
「この音は…きっとうちの部隊だわ」
何時まで経っても戻らぬミディに業をにやし、救援部隊を派遣したのだろう。
「…どうやらここでお別れみたいだな」
「待ってよダネル!」
「いかなきゃ。それともまだ俺を止めるのか?」
ミディは首をふる。
「逃げるんなら……私も連れてって…!」
刹那、交錯する視線。
ダネルは目をつぶり、首をふる。
「……駄目だよ。ミディまでこんなあてのない逃避行に巻き込むわけにはいかない」
「ダネル!」
彼女を振り切るようにしてダネルは地に伏したままのディキオスに再び乗り込む。
「馬鹿野郎――――――ッ!」
彼女の叫びを後に残しディキオスを空へと飛び立たせるダネル。
モニタを覆う一面の闇の中で、彼は何故ミディを拒否したのか自問していた。
――――――破滅的な道行に巻き込まれる事になるであろう彼女の身を案じたのも事実。
しかし、心の底ではどうであったか。
哀れみを厭う虚栄じみたプライドか、それとも怯懦か――――共にいれば、いずれは彼女にまで恐れられ忌まれるようになるかもしれない。今のダネルにとって、それはなにより恐ろしく耐え難かった。
昏い空に途切れ途切れの光を曳いて飛翔するディキオス。
少年に黎明はいまだ訪れない―――――。




