第4章~闇夜のラグナロク・後編~
ラグナロク、そして闇夜のラグナロクとの戦いもついにクライマックス!!
晴嵐と赤井。刹那とガルム。狩羅とマジシャン。
RBと千恵。そして車田とアン。
彼らの宿命の対決の決着は!?そして一人ピエロのところへ向かう
黒金寧々のかつての同志「北風太陽」の行動は!?
長きに渡った神話と童話がここに完結!!
「みんな…大丈夫か?
立てるものはまだ動いてるやつ背負って行くぞ。早く……フレイヤ様に治してもらうんだ」
そう促し、自身もボロボロで倒れている仲間を背負う。
みなもそれに習い行動する……。
「催眠されていた仲間達の殲滅も一応。
あのデカイ龍の化物の姿が見えないところを見ると、ヴァルキリー様達が倒したのだろう」
オーディエンスの戦士達はみな口々にそう言葉を漏らす。
「それにしても……ゾンビ達が来なくなったな…」
そして、その先…ゾンビ達が来た方向を見つめる戦士。
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数時間前。
「見つけたよ…千恵ちゃん」
まだヨルムンガルドとヴァルキリーが単身闘っているときだった。
「お…姉ちゃん……」
目の前には、とち狂いだしているとしか思えない知恵ちゃんの姿。
さっきのカボチャの仮面を被ったやつにやられたんだ…。
千恵ちゃんは頭をかかえてうなされる。彼女を取り囲む黒い沼から
のそのそとゾンビのような化物が現れる…
「………《デッドナイト・ゲート》」
無表情で、機械じみた口調で言う千恵ちゃん。
その目は狂気に包まれていた。
こちらに向かってくる大量のゾンビ達。
「これ以上…僕はゾンビを向かわせない」
そういって僕は手をかざす。僕の後ろには大量の魔法陣。
そこから現れる……真っ白な騎士の大群。
「…お久しぶりですね。王…」
「あぁ、ランスロット…。君達を頼るよ」
総勢13人の騎士たち。それぞれが僕の命令と、自身の考えで動ける最強の部隊。
「目の前のゾンビ達を殲滅していってくれ…僕は彼女に直接会いに行く。
「了解した王よ。我ら《円卓の騎士団》は貴方の盾と成り、矛となりましょう」
僕は《カリバーン》を召喚する。
そして千恵ちゃんに向かって走る。
僕に襲いかかるゾンビは自分で斬りつける。
ゾンビの召喚率は本当に速い。こっちが一人斬ったと思ったら沼から2人は出てくる。
距離を詰めようとしても、ゾンビ達が壁となり邪魔をする。
僕の後ろに2人の騎士。僕の後方支援をしてくれている。
残りの十一人には、これ以上ゾンビを外に出さないように必死に闘ってもらっている。
いくら彼らが強いと言ってもやはり十三人……数の利で千恵ちゃんのほうが有利か…。
「千恵ちゃん!!早く!目を覚まして!!!!」
僕は聞こえるだろうと自分のいる位置から知恵ちゃんに叫ぶ。
けれどその声は彼女に届かない…もっと近くに行かないと!!
本当…僕は今バイオハザードでもやっているんだろうか?
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「ははは…お兄ちゃんがここまで強いとは思わなかったなぁー……」
「お前が実は弱いだけだろ?」
同じビルの戦場。
俺は、カボチャ野郎…《ジャック・ランタン》に剣を向けている。
彼の服袖は全てナイフが刺さっていて、ジャックランタンは動きようがなかった。
「いやいや…お兄ちゃんが強いだけだって……」
ジャックランタンは冷や汗を掻きながら、少し怯えたように言う。
こうなった経緯はこうだ。
ジャック・ランタンの分身能力を全て攻撃するナイフと、近くのやつを切り込む戦闘スタイルをとっていた。
そこで、隠れていた本物のジャックランタンが集団の中にいると見極めた直後、分身を消さずに
全員動けなくナイフで捕らえたのだ。そう……全てのナイフをコントロールして……。
「おかしいじゃん…お兄ちゃん、投げるか落とすかしかナイフ使えないんじゃないの?」
「……ちょっと力入れて一瞬だったら自由に浮かせれるさ。本当に疲れるからやらないけどな」
そういって、俺は持っていた剣をジャック・ランタンの頭上に向ける。
これで……やつに操られている奴らは下に戻るだろう……。
「っとか、思っちゃったりしてない??」
「っ!?」
「にゃはっはっは!残念だね♪僕の本業はこっち♪
確かに僕は戦闘はからっきしだよ?まあそれでも雑魚には勝てる自身あるのになぁー…」
「……さっきの言葉はどういう意味だ?」
眉を細めて言う飛来。
「どういう意味もこういう意味も一緒だよ。
確かに僕を倒せば大概の催眠は解けるかもしれない…でも、例外はいるもんさ♪例えば…《ヘル》とかね」
ヘル……《ロキの三兄弟》の一人。
奴が催眠を受けているのか?…なるほど、大体全て理解出来た。
《ピクシー》の連れのあの少年があんな必死だったのは…
やつだけはあのゾンビの正体がヘルと知っていたのだろう。
「……説明しろ」
「説明?そんなの簡単じゃん♪インチキ宗教や詐欺に引っかかる人ってどういう人か知ってる??」
ジャックランタンは見えない表情でも、被り物の中から除く口元がニヤリと笑う。
そして突然。ジャックランタンは姿が消滅しかける。
「貴様!!」
「ニャハハ♪僕はこれで降参するよぉー♪この被り物潰されたら溜まらないし♪」
そして消滅しかけた時に、俺に奴はこう言った。
「さっきの答えだけどねぇー!それは……《心に悩みや苦痛がある人間》だよ♪」
そして…ジャックランタンは消滅する。
俺はエネルギーの使いすぎでバテてその場に座り込んでしまう。
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「お…姉ちゃん……」
「千恵ちゃん!戻ってきてよ!!」
「う、五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い!!!!」
指で自分の顔を歪ませる千恵ちゃん。
さっきよりもゾンビの出現速度が上がっている!!
しまった!囲まれ!
「大丈夫ですか!王!!」
「助太刀します!!」
「ランスロット!ガウェイン!!」
僕は2人に助けられてさらに千恵ちゃんとの距離を詰める。
僕だって、修行して近接戦闘も出来るようになったんだ!!
エネルギーが切れて何も召喚できなくなっても闘えるように!!
ついに僕は千恵ちゃんのすぐ前まで来る。
千恵ちゃんは足元の影を伸ばして僕に襲いかかってくる。
【小僧!この影相当強いぞ!!】
「うん!だからアシストお願い!!」
影を牽制しつつ、千恵ちゃんとの距離を詰めていく。
ついに目の前。僕と千恵ちゃんの間を、影が身を防いで邪魔をする。
「千恵ちゃん!目を覚まして!!帰ろう!!!!」
「……嫌。お姉ちゃんも、お兄ちゃんも……いなくなっちゃう。嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
突然攻撃力が上がる影に吹き飛ばされて僕は宙を舞って飛ばされる。
「大丈夫ですか!王!!」
一人の騎士が僕を受け止めてくれる。
でも……また振り出しだ。
それに…今の言葉。
恐らく、千恵ちゃんの本音だ…。
お姉ちゃんも、お兄ちゃんも……いなくなっちゃう?どういうことだ??
「…そうか。そういうことか……」
僕はある一つの答えにたどり着く。
携帯が揺れる。飛来さんがジャックランタンを倒したという。
けれど催眠は解けない。倒したから治るなんて昔のマンガみたいな設定ではなかったか。
だとしたら……千恵ちゃんの心を開く必要がある。
彼女は…そこまで重く物事を考えていたんだ…。
「みんな…お願い。もう一度でいい。僕をあの女の子のすぐそばまで連れていって」
「「「「「「……了解!!」」」」」」
騎士団はそういってさらに士気を上げて、ゾンビ達を片付けていく。
騎士団は上手いこと道を作り出してくれる。ここだ!!
僕はそこを一気に走る。漏れて出てきたゾンビは自分で攻撃する。
数の利に負けずに闘い続ける。僕が!僕が彼女を救わないといけない。
嫌…違う。僕にしか彼女は救えない!!
また千恵ちゃんのいる場所までたどり着く。
「こないで!!来ないでよ!!!」
影が僕に襲いかかってくる。
僕はこれを斬りつける。
しかし、斬って枝分かれしか影が僕の首を狙う。慌ててバックステップして影の攻撃から逃げる。
そしてもう一度ダッシュ。影の攻撃を避ける。影はUターンして僕の背中を狙うが、それを騎士団が防ぐ。
背中は彼らがいるから絶対に大丈夫!!
僕は千恵ちゃんに走り、思いっきり剣を振り下ろす。
影で作ったシールドが千恵ちゃんの姿を隠す。僕はそのシールドに剣を当てながら叫ぶ。
「千恵ちゃん!聞いて!!」
「嫌!!」
「僕も同じ気持ちだ!!寧々ちゃんを……先輩に取られたと思ってる!!千恵ちゃんはどうなの!!!」
「……嫌ぁ!お姉ちゃん!お兄ちゃん!!」
影から突然無数の針が出現する。
「「「「王!!!」」」」
騎士団が皆して僕の事を呼ぶ。
僕の身体は無数の針に串刺しにされてそこから血がだらだらと流れる。
大丈夫…まだ意識は保てる。運良く急所は当たってない。
僕はシールドに剣を突き刺し、こじ開けるようにする。
「嫌だよぉ…お姉ちゃんも、お兄ちゃんも……どっか行っちゃう……!!!」
彼女は、すすり泣くような声がした。
そう、彼女は嫉妬していたんだ。多分…先輩や《蛇》のみんなに…。
フェンリルは先輩とパートナーのように闘う。バスケでも知り合いだと言う。
ヨルムンガルドは狩羅の元で行動している。
そうしているうちに…彼女は一人……孤独感に襲われてしまったのだろう。
僕は何度もシールドを突き刺す。たまに威嚇するように針が出てきて僕の身体を貫くが
そんなことは構いやしない。急所を狙ってこないってことは……揺らいでいるんだ。今しかない。
「聞いて千恵ちゃん!みんな君から離れたりしない!フェンリルもヨルムンガルドも君が大切なんだ!
それに先輩や寧々ちゃんだって君のことが好きだし!!君は一人じゃない!!!!」
叫んでも、千恵ちゃんの反応はない。
シールドも破れない。今の言葉の返事と取るべきかまた針が僕を襲う。
どうやら今の言葉じゃ納得行かないらしい……。僕は覚悟を決めるべきだと思った。
「だったら!!僕が一緒にいる!!いつまでも!せっかく同年代なんだ!!
君が寂しいときも、苦しいときも一緒にいてあげる!僕は……君の気持ちを理解出来る!!」
そう…自分で言いたくなかったのは……ここだ。
涼子ねぇにあんなカッコイイことを言っていたけれど、違う。
僕は単純に嫉妬していたんだ。寧々ちゃんが…先輩に取られるんじゃないかって…。
実は嫌だった。そこで先輩に尊敬して、認めざる終えないと思ってしまっている自分が。
どんなに御託を並べても、僕は寧々ちゃんを『女性』として好きだったんだ。
今まで通り2人だけでゲームして、スカイスクレイパーで暴れて…そんな日常が続くと思ってた。
でも、先輩が来てから変わった。悪くはなっていない。なってはいないのだけど……。
先輩に寧々ちゃんを取られる。常にそう思っていた。僕のものでもないのに。
まだ寧々ちゃんの中の闇は振り払われていない。でももし、彼女の闇が晴れたなら…。
そして、それを晴らすのは僕じゃなくて……きっと先輩なんだろう。とも考えてしまう。
千恵ちゃんも一緒なんだ。
今までの仲のいい三兄弟。
ロキに支配されていたけれど、三人団結して闘っていたあの時代が恋しいんだ。
ヨルムンガルドが離れて、フェンリルが一人で強くなっていく。新しい輪の中で溶け込んでいる振りをして
千恵ちゃんは……ずっとそんな寂しさを抱えて孤独を感じていたんだ。
剣を突き刺す。ついにヒビが入った。
そこからシールドがボロボロと崩れていく。
中に入っていたのは、体育座りで、立ち尽くしている僕を見上げる。千恵ちゃんの姿。
「……ホント?」
彼女はただ一言、そういった。
本当に寂しそうだ。僕の言葉に縋ろうとしている。
こんな状態の彼女をほっといてはいけない。今は催眠状態でこの感情が増大しただけでも
ずっと気づかずにいたらきっといずれはこんな形で暴走し始めていたかもしれない。
僕はまっすぐ彼女の目を見て……言った。
「うん……僕は、君の味方だ。どんな事があっても、離れない
僕はみんなを守る盾になりたいんだ。寧々ちゃんも先輩もフェンリルも……そして…千恵ちゃんも僕が守る」
彼女は涙を浮かべて僕に抱きついてくる。
そして普段の無口な彼女からは想像もできないぐらいワンワンと声を上げながら……泣いた。
こっちはやりましたよ先輩。
先輩を守る権利を一時的にあげたんですから…きちっと勝ってもらわないと困りますよ?
僕は空を見上げて、今も闘っているであろう先輩の姿を思い浮かべた。
☆
なんだよ…!!!!
なんだよこいつは!!!!
「どうしたの?もしかして手加減してくれてるの?優しいね」
ふざけんなッ!!俺が手加減なんてするわけないだろ!
なんだよ…!この前はボロ勝ちだったのに…なんで……なんで!!!
「隙だらけよ。」
「ッ!?」
どうして…この女に俺が負けている!?
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あたしは…《ガルム》を圧していた。
負けちゃあいけないんだ。もしあたしが負けたらオーディン様はやられる。
いくら過去に最強のプレイヤーだったとはいえ、今の老いぼれた身体ではガルムのスピードに対処するのは
不可能……それも計算しての、ロキの差金!!許せない!!!
オーディン様は、あたし達若者の味方だった。
本人は金持ちの家柄らしく、会社をいくつか持っているとか言う噂を聞いたが
あたしたちがあった莫大すぎる借金。本当は学校に行くことさえ不可能だったのだ。
けれど、オーディン様はそんなあたしたちを助けてくれた。そして……諭してもくれた。
「……貴様らの学費は出してやる。借金は勧めるゲームをして稼ぐが良い…。全ては助けん。それが現実じゃ」
そう言われて、あたしたち兄弟は「スカイスクレイパー」の存在、そして『オーディエンス』の存在を知った。
本来父が残した借金の利子しか頑張っても返せないような生活をしているあたしたちが
学校に通って、バスケが出来るのはオーディン様のおかげなんだ。
そんなオーディン様を……こんな野郎にやられるわけにはいかない!!!!
「ぐっ!!」
「どうしたの?あんたの攻撃…当たってないんだけど」
「くそがっ!!」
ガルムに攻撃を止められる。
反撃を恐れてあたしはバックステップで距離を取る。
そのまたすぐに戦闘が開始。
お互いの姿が見えない一瞬の攻防戦。
確かにガルムの攻撃力は高い。あたしの数倍はあるだろう。
鍛え抜かれた肉体とマッハのスピードをかけあわせた攻撃は砲弾のように重い。
けれど…あいつはあたしよりも少し遅いんだ!!だったら……もっと早く動けばいい!!
あいつに……オーディン様はやらせない。
なんだよ。
本当に…なんなんだよ!
この前は俺のボロ勝ちだったじゃねぇか!
どうする!?やつの心をまた乱してやるか……
「へへっ!そうだぁ…」
俺は何かを思い出したかのように、ニヤリと笑う。
「なあ?オーディエンス領が今大変なことになってるの知ってるか?
それと……お前らのところにも来ただろ?ゾンビみたいなやつらの集団……」
「…それがどうしたの?」
俺の言葉にフェンリルは眉を細めてこちらを睨む。
「あれなぁー…。お前の兄弟なんだぜ?葵龍二と葵千恵!ロキ様が乗っ取って暴走させたんだよ!!
あの2人を!!!葵龍二によってオーディエンス領は滅茶苦茶!葵千恵のせいで両領土は地獄絵図!
お前の兄弟の命は…俺らが握ってる!乗っ取ったやつをどう処理だってできるんだからよぉ!!!」
これだ!これで完璧だ!!
こっちが奴の大切な大切な兄弟の命を握ってるんだ。
《ジャックランタン》ってガキが洗脳を得意としている。奴の洗脳を利用してこの空間で死ぬほどの痛みを!
拷問を与えれば!!やつらは現実世界でも御陀仏になっちまう!!その脅迫を受けても攻撃は!!!!
「ッ!?」
「言いたいことはそれだけ??」
こいつ…殴りやがった。
しかも…さっきよりも速くなってないか…?
「言いたいことがないなら……行くよ」
姿が消える。やばい!!何も見えない!!!
俺は見えない攻撃を殴打され続ける。次にどこから来るか本当に見当がつかない。
必死に攻撃を目で追おうとするもまったく見えない。
今…攻撃が……見えッ!?
「あたしの家族に…手ぇ出すなぁー!!!!」
その叫びとともに、俺の顔面にフェンリルの拳がめり込む。
なんだ…この拳……重い!あんな軽い女の拳が……こんなに!!!!
遠くに吹き飛ばされる俺。
「…お、おいおい…やべぇだろ……」
俺は無意識に起こる身体の震えに動揺してしまった。
俺の身体が…本能が……こいつに怯えてやがる!!!
それに…あいつの目…『蒼く』なってねぇか?
「ははッ、冗談じゃねぇ…こっちだって割とガチでやってんだ。こんなアマに負けてられっかよ…」
俺は懐に手を突っ込む。その中には……黒く光る物体があった。
「…まだやるつもり?」
ボロボロの俺を見てフェンリルが余裕ぶっこいた顔で言ってくる。イラっとくる。
「あぁ…やってやるさ!!ちょっと優位に立ったからって調子こいてんじゃねぇよ!!」
俺は瞬間移動を開始する。
奴も俺を追って移動を始める。こっからは音速の世界だ。
けれどお互い姿は曖昧にだが確認出来る。一瞬地面に付く足、移動のときの残像。
俺達にはそれがはっきり見えている。相手も姿が今どこにあるかも。
やつがこっちに突っ込んでくる。………掛かった。
「死ねッ!!!」
俺は懐からあるものを取り出す。拳銃だ。そいつをぶっぱなす。
「ッ!?」
フェンリルはこれに対処できない。
そりゃそうだ!!俺が拳でしか戦わないと勘違いしてたんだからなぁ!!
こっちに一気にくるように地面を蹴ったんだ。今更ブレーキして方向転換なんてできっこねぇ!!
「これで終わりだ!!フェンリル!」
俺は勝利を浮かべて睨んだ。速いと言っても所詮は生身の身体。
ロキ様が言ってた再生能力を持った炎の男じゃない限り、弾丸一発で重傷!
死ななくても動きが鈍くなる!そしたらまたこいつを脳にぶち込んでやればいい!!
俺は勝った!と慢心していた。
「……ふっふっふ。調子がいいからって調子に乗るのは悪い癖だぞ。《フェンリル》…」
「ッ!?」
一瞬だった。
いつの間に…とも思えて起きた事象に、俺もフェンリルも驚く。
俺とフェンリルの間に……《主神オーディン》の姿があったからだ。
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「…オーディン様!!」
あたしは、顔面蒼白としてしまった。
あたしに放たれた弾丸。避けることができないのはすぐに悟った。
あまりに速く動きすぎた。咄嗟に方向転換はできそうにない。
止まれることぐらいだった。弾丸が当たるのを覚悟していた…それなのに。
「……ッ!!!!」
あたしはオーディン様への怒りをガルムに向ける。
「…はッ!やったぜ!!こいつはいい!!俺が最終的にやろうとしてたやつが盾になってくれるとはよぉ!!」
「…こいつ!!!」
あたしはすぐに瞬間移動をする。
ガルムはあたしの動きに対処できずにやられ続けている。
「くそッ!くそッ!くそッ!!!」
あたしは最後にかかと落としでガルムを地面に叩き落とした。
「…おいおい。どうしたんだよ姉ちゃん。その目…」
あたしは、奴が何を言っているのかわからなかった。
ただ少し、視界がすっきりしているだけだ。目になんら変化はないはずだ。
「…くそッ!身体が…動かねぇ……こりゃ俺の負けか。この……化物が」
そういってガルムは倒れて気絶する。
そのとき、彼が最後に見たフェンリルと言う女の姿は
澄んだ空が燃え盛るような蒼い目をしていて、幻惑だろうか………《狼》の姿がそこにあった。
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「……どうやら、終わったみたいじゃな」
「オーディン様!!」
あたしはすぐにオーディン様の下に向かう。
彼の腹からは血が出てくる。
「…フェンリル。よくぞ勝ってくれたの…」
「なんで!なんであたしをかばったんですか!!」
あたしは思わず彼に聞いてしまう。
彼に取って、あたしは…組織を抜けた元部下。たったそれだけなのに!!!
「お主も言っておったじゃろ。『あたしの家族を傷つけるな』…つまりそういうことじゃよ」
「ッ!?」
あたしはその言葉に涙を流しそうになった。
「そうだ!フレイヤ様を呼びましょう!!彼女に傷を治していただければ!!!」
「それも……無理みたいじゃの。今…終わったんじゃよ……《戦争》が。
儂は間に合わぬ。これで消えるのじゃ拳銃一発で消滅してしまうとは情けない…。
昔は耐えれたんじゃがのぉ……いやはや老いは怖いのぉ……。そういうわけじゃ。儂は消える」
そういって、オーディン様は何か安心したように…姿を消した。
その後、ビルの外から歓声が響き渡る。
あたしと同時に…ロキと誰かが闘っていたのだろう。
「やったよ。みんな…。あたし、リベンジ出来た。
だから晴嵐。あんたもせいぜい…寧々を守ってやるのよ……」
あたしは、今もあの赤髪の男と闘っているであろう晴嵐のことを思う。
あたしも…諦めず必死になってみたよ。あのときあたし達を助けたあんたみたいに…。
あたしはそのまま意識が朦朧として倒れる。
「…オーディン様!我々の勝――――オーディン様がいない!それに…フェンリル様ッ!?
と、とにかくメアリー様の所に運べ!!」
その後、勝利の報告を知らせにきた兵達の声だけが聞こえてあたしは…瞳を閉じた。
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「ッ!?オーディン様!?」
「どうかしました?ヴァルキリー様??」
「いえ…少し、皆はまだ怪我しているものをメアリーのところへ、私はもう戻ります」
「えッ!?ちょ…貴方も怪我だらけじゃないですか!!」
部下の言葉を無視して、消えるヴァルキリー。
彼女の顔は何か嫌な予感がしたように、不安げな表情だった。
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「…やっと見つけたぞ!!」
「貴方は…何か用ですか?」
「お前に……『風』を教えにきた!!」
「そうですか。しかし……」
普段の彼女、アン・ヴィクトリアの白いライダースーツが黒い装束に変わる。
「私は『風』を知らなくていい。何も知らなくていい。私は…『死神』なのだから」
彼女は腕を出して、そこから突然大きな鎌が出現する。どうやら闘う気まんまんのようだ。
「この地に来た敵。全て私が殺します。ピエロのために」
「いいぜぇ…。まずはその奴隷根性から叩き直してやる!!」
こうして、運命のように……2人は出会う。
まるで2人の闘いを待ちわびていたかのように……風が、吹き荒れた。
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「やっと…ついた。」
「おやおや、これは懐かしい顔だね。久しぶり♪それで?何か用??」
「僕は……君を止めにきたんだ。ピエロ」
「へぇー。ただ謳うだけだった君が、僕を止める?どうして??」
「…罪滅ぼしさ。そうしたら…また『風』の音が聞こえる気がするから」
「相変わらずわけのわからないことを言うんだね。僕はそういうところ好きだよ、とっても!!」
その瞬間。ピエロの姿が消える。
本当に一瞬。ピエロの足がイソップの頭上に現れる。
「ッ!?驚いたな…」
しかし、ピエロのかかと落としはイソップの頭に届かず、腕で止められている。
「…弟子と後輩が頑張っているんだ。僕はまたここで…『歌う』よ」
そういった直後だった。
イソップとピエロのいた場所の地面一帯が、寒い風に覆われ、地面が凍りついたのは――――――。
奏でる者と、感じる者……2人の闘いもまた……火蓋が切って落とされた。
☆
刹那がガルムを倒す数分前。
「はッ、ははは!貴様を倒すときがきたようだな。蛇道狩羅……俺の恨み…消えはせんぞ」
手のひらに白いオーラと黒いオーラを纏わせるロキ。
彼のそのクールで整った顔はまるで修羅でも見たかのように歪み狂っていた。
「…………そうか。」
それに対して、冷静な態度でいる狩羅。
「…貴様ッ!どこまで私をコケにする!!!」
その態度に腹を立てたロキは、身体は青いオーラに包まれる。
「はっはっは!私の魔法で『全身強化』を行った!!完璧だ…貴様を倒し!
我が組織の復讐!きっちりつけさせてもらう!!!」
強化された身体で狩羅に襲いかかるロキ。
その…瞬間だった。
「ッ!?」
「悪ぃな。てめぇには……本気で行く!」
「貴様!何をした!?ッ!?」
「お前バカか?自分のネタを明かすマジシャンがどこにいるよ?」
動けなくなっているロキの腹部に、膝蹴りを喰らわせる狩羅。
「覚悟しろよクズ野郎…。てめぇが敵に回したのは、とんでもねぇ…『蛇』だってこと忘れんなよ」
男は痛みに耐えながら、蛇道狩羅を睨みつける。
奴の目は……獲物を捕らえた蛇そのものだった。
これからこちらを丸呑みすることを決めた……蛇。
小さなその身体からとは思えない恐怖感が男を襲う。
「…俺は『蛇』だ」
男の言葉が謙遜や揶揄で出されたものではなく……《事実》なんじゃないかと、男は恐怖心で感じた。
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俺は、極道の息子だった。
『蛇道組』と言えば、近所じゃあわりと有名な場所だ。
だが、決してイメージの悪い極道ものではない。警察とも手を組んでたりしている。
俺らの組は……『同族を売る』ことによって金を稼いできた。だからこそ…卑怯だと言われた。
同族を喰って生きて、仲間達と共に生きてきた最低な男達だった。
中学の頃から、俺は極道もんとして、部下を引き連れるようにした。
つっても、誰にも相手されない喧嘩ばかりの不良どもを集めておいた。
どいつもこいつも不器用なだけだった。過去の話を聞けば涙を流してしまいそうな辛い話も多かった。
だから俺はそいつらを拾った。うちの組織なら学歴も過去も関係ない。うちのジジイが全員拾っていくからだ。
そんな俺が《蛇》とよばれ始めたのは、高校生になってからだった。
しかし、蛇と共にいたのは小学校の頃からずっとだった。さすがに蛇で悪さをしたのは高校からだが
本来二代目になるはずだった父親が今の母親と結婚してペットショップを開きやがったのが始まり
俺はいつしか、そのペットショップで飾りとして置いている父の趣味で飼っている蛇たちに偉く懐かれた。
そんなとき、親父は俺に確か…こういった。
「懐かれているな。もしかしたら……《仲間》…いや、《王様》と思ってるのかもな。眼が一緒だ。
狩羅はきっと…蛇達にとっては《小さな王様》なんだよ」
そう、親父にも言われた。俺は昔から……《蛇眼》の少年だったのだ。
極道の息子とは思えないほど心優しい親父は、そのときの俺をおだてようとしたのか、はたまた本当だったのか
そのときの真相は知らないが、確かに俺は…《小さな王様》となっていった。
高校のならず者共集めて、気に食わないやつらを片っ端からぶっ潰していった。
クラスメイト、他校生、教師、警察、大人、チンピラ全てを相手にぶっ潰してきた。
クズ中のクズの人生を台無しにしてやった。まるで……《毒》でも盛られたかのように。
「あァ?スカイスクレイパーだァ??」
「そうっすよ狩羅さん。なんか噂になってやしてね?何やら…マンガみたいなバトルが出来るとか♪」
古田が友人から聞いたと言う伝で、俺はスカイスクレイパーの存在を知った。
そして俺達《蛇》はスカイスクレイパーに進出した。
進出したとき、始めてぶつかった壁は《ヘラクレス》だった。
奴の強さは化物だった。まだ井の中の蛙だった俺達が現実を叩きつけられた瞬間だった。
極道と言う世界を見てきて、修羅は知っていたつもりだったが…それでも恐れてしまった。
そして……《ピクシー》
やつが一番気に食わなかった。
俺は極道の息子だ。恐れられている存在だ。
こっちが悪いことしていようがいまいが恐れられる存在だ。
なのに、目の前の小さな…本当に小さい妖精みたいな女に、俺は完膚なきまでに敗北した。
俺はそれ以降その場所で一番になることをずっと考えていた。
そしてならず者集団《蛇》の完成だ。クリアのためならなんだってした本当の悪党共。
けれどそんな俺が……新人に負けた。――――――明知晴嵐だ。
そして他のやつらの恥をかかせまいと、スカイスクレイパー内で俺の部下を名乗るように言ったのをやめた。
残ったのは古田だけだった。あいつだけが本当のバカだったって話だ。
そしてメアリーと会って、龍二を預かり鍛え、俺を負かした明知を鍛えているうちに
俺はいつの間にか丸くなっちまったのに気づいた。いや逆か。いつの間にか尖っていたんだと。
以前の俺は、気に食わないクズを潰すことを心情にしていた。
そいつの人生滅茶苦茶にして、思い知らせてやりたかっただけだった。弱者の痛みを。
俺は決して強くない。喧嘩だって不良と言うカテゴリじゃ弱いほうだ。ボス張れる強さはねぇ。
強さを引け散らかして自由を得るクズ共が嫌いだった。俺達のイメージが悪くなるのもあったし
とにかく見ているだけでイライラする存在だった。成績下位生徒を侮辱する教師
弱い者を虐めるヤンキー、悪巧みしかしてない政治家、老人を騙す詐欺師…どいつもこいつもクズだ。
でも、俺は…《ピクシー》や《ヘラクレス》を超えようと必死でそんなクズになってたことを気付かなかった。
闘いのためなら手段を選ばない。それも心情だが、相手がクズだった場合だったってのに
いつの間にか芯の通った野郎にまで俺はやっちまった。明知に負けて、古田やメアリー龍二と会って
昔の自分に戻れた気がした。嫌……戻ったんだろうな。最近親父に会って言われた。
「…どうやら、戻ってきたみたいだね。蛇達が少し心配していたから…良かった」
親父の言葉の真相は知らないが、恐らく俺が変わっていたことに気づいていたのだろう。
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今、膝を付くロキを見下す。
こいつは……昔の俺だ。俺の一番嫌いなクズで…同族嫌悪を感じるほど昔の俺だ。
俺や晴嵐、オーディエンスへの復讐でいっぱいいっぱいで、ほかが何も見えてねぇ…。ただのクズ野郎だ。
「おい、立てよ。強化してんだろ?俺の蹴りも聞いてないはずだぜ?」
「…ッ!この野郎がッ!!」
光の槍が俺に刺さる。動けない。
「だからどうした。」
俺がそう呟いた瞬間、ロキが腹部から衝撃を受けたかのように顔を歪ませる。
「俺はハナっから一人で闘わないんでね。俺が動けなくても見えねえ蛇共がやってくれる」
「ッ!?クソッ!!!」
ロキがバリアのようなものを張る。
透明になった蛇共がそこから動けないでいる。
「ハッハッハ!!こうしてしまえばお前の蛇とやらも近づけまい!!そして…!!!!」
ロキが手から何やらエネルギー弾のようなものを発生させる。
「光と闇の魔法弾だ。こいつ一つで大規模な爆発が起こせる…!!!」
勝利を確信した笑みでロキが俺を睨んでくる。
本当に……何も見えてねえ。こんな愚かな奴が狡知の神ロキか…。
「どうしたぁ?随分余裕そうな顔をしているようじゃないか。怯えるのはプライドが許さないか?」
「プライド?んなもんハナからねぇよ」
「……ッ!?」
「てめぇみてぇに無駄な自尊心なんつうもんは捨ててんだよ。
勝つためなら手段を選ばない。これは自分のためじゃぁねぇんだよ。……部下共のためだ」
その瞬間だった。ロキの視界が少し朦朧とする。
「な、なんだ…これは……」
「バリア能力のことはメアリーから聴いてる。
確かに厄介だと思ったが、バリアを貼る前にお前の身体に蛇を纏わせとけばいい。
バリア内に蛇がいることも気づかずに…てめぇは慢心してたってわけだ…『毒』…効いただろ?」
ロキが下を見る。彼の両足を、蛇が噛み付いていた。
毒が回り、倒れるロキ。
「クソがッ!この俺が…!!てめぇみたいなクズに!!!!」
敗北のとき、いつものクールな口調が消えて本性を出すロキ。
「あぁ、俺はクズだ。真性のな。けれど…てめぇらはそれよりもクズだ。
よくも古田をやったな。よくも龍二を洗脳してくれたな。よくもメアリーを危険な目に合わせたな」
「…ッ?!や、やめろ……」
「経験したことねぇだろ?絞殺なんつう死に方。『狡知の神』なんだ。狡く、絞められて死ねや」
絞められて苦しむ中、ロキは狩羅を見る。
鋭い瞳孔…その姿まさに蛇。
蛇の頂点に立ち、その姿を見たものは死ぬとさえ言われている…。
「……《バジリスク》…!!」
ロキは苦しみ、怯えながらも狩羅の姿を見てただ一言呟いた。
「…小さき王。《バジリスク》か。てめぇにしてはいいセンスしてるな。ありがたく名乗らせてもらうわぁ」
絞殺されて気を失ったロキの顔面を、一発思いっきり踏み潰した。
俺の携帯にメールが届く。
『オーディエンスVS闇夜のサーカス団。Winnerオーディエンス』となった。
「さてっと、帰るか…。あいつらの元に」
俺は一人つぶやきながらみんなが待つオーディエンス領に戻っていった。
--------------------------------------------------------------------------------
「どうした?もうへばったか??」
「んなわけねぇだろがボケがぁ!!」
空中でぶつかる。両者。
一方は炎を身に纏い、一方は真っ赤な鎧を身にまとっている。
「おぅら!!」
炎を纏った少年は、鎧の男を切り込む。
「我々の闘いに斬るなんて無意味だよ?」
しかし、切り刻まれた傷から流れた血が、針の形になって炎の少年に突き刺さる。
少年。明知晴嵐と真っ赤な髪の男、赤井修一。
「てめぇも似たような能力だったとはなぁ吸血鬼野郎!!」
「そうさ。僕は…斬られれば斬られるほど、血が出れば出るほど武器が増える《血の紅鎧》だ。
君も僕も野郎と思えば無敵だ。体力なんてない。さぁ……どっちが勝つかな??」
…ダメだ。冷静になるんだ。先輩を狙われてるってんで冷静さを欠かされたんだ。落ち着け…。
「……よしッ!行くぞ!!」
俺は再び赤井に特攻をしかける。
「バカの一つ覚えのように殴ってきても……」
殴った俺の拳を避け、腕を掴んで引っ張り、態勢を崩した俺の顔面を、赤井が思いっきり殴る。
「こうなるのに変わりないのに」
赤井の拳で吹き飛ばされる俺。奴の血がまるでグローブのように拳に纏わされている。
鉄に殴られているみたいに痛い。かなり遠くへぶっ飛ばされる俺。
「……今だ!!」
俺はそう叫び、右腕を強く引く。
右腕には……細い炎の糸。
「何ッ!?」
赤井は予想外の行動に思わず声を荒げて驚く。
俺の炎が糸を形成し、奴の身体に引っ掛けたのだ。
突然引っ張られてよろけてこちらに向かってくる赤井。
俺は、今まで喰らった攻撃を全て返すがごとく勢いで
こちらに引っ張られた赤井の顔面を思いっきり殴り飛ばす。
スマートな顔が歪み、遥か彼方にぶっ飛ばされる赤井。
今まで俺が喰らった攻撃分溜まった攻撃力だ。だいぶ喰らうはず!!
「これで……一発だ!!最初の目的クリアだボケェ!!!」
俺は高らかに叫んだ。これが、逆転の狼煙となる確信があったから。
「…はッ!そうこなくっちゃね。僕と同じ女を愛したんだ。君もそれぐらいしてもらわないと困る」
瓦礫から姿を現した赤井。彼の回りには彼の血で出来た蝙蝠がバサバサと飛び回っていた。
そして、俺と赤井の先輩を巡る闘いが……始まる。
☆
「おぅら!!」
「ぐッ!!」
俺、明知晴嵐は…殴り合いをしていた。
相手はイケメンマスク野郎赤井修一。
俺は炎を身体中に纏っていた。そして奴は…血で出来た真っ赤な鎧。
「どうしたの?日本刀捨てちゃっていいの??」
「あぁ、いいんだよ。あんたを一発殴れたんだ。あとは拳だけで行く。
斬ってもお前にも…俺にも効果ないのは知っていたしな」
俺はそういって、拳を構える。
赤井も臨戦態勢に入って、拳を構える。
俺達は互いに『不死身の能力』を持ったもの同士。
俺の能力。《傷炎》は、出来た傷から炎を吹き出し、傷を無くし、力を得る能力。
そして赤井の能力《血の紅鎧》は、血が鉄のように硬直し、自由な形に形成出来る能力。
形が少し違うだけでほとんど同じのこの能力。
互いに、傷が残らない。不死身の能力。こちらは力をあげ、向こうは武器を増やす。
「僕らの闘いほど、不毛戦はないよね?」
にやりと笑みを浮かべて俺に言ってくる赤井。
そのままこちらに飛んできて重い一発を俺に喰らわせる。
俺もすかさず反撃して殴る。互いが互いを殴打し続ける攻防戦。
互いに何も言わず、ただ殴り合う。数十秒の闘い。
「ほらッ!君の愛はその程度かい!?」
「ッ!?」
俺が気づいた瞬間には、既に奴の長い足が俺の頭上に合った。
抵抗できない俺は、そのまま無残にも地面に叩きつけられる。
「…くそッ!!」
「やっぱり寧々さんは僕に相応しい。君のようなまだまだ未熟な野郎に彼女を任せてられない」
「……偉そうなこと言ってくれるじゃねえか…。」
俺はそう呟き、身体中から炎を吹き出す。
「…不死鳥さんは、やられてもまた火ぃ出して力を得るんだよ!!」
「本当に厄介な能力だ。少し動きを封じさせてもらおう」
そう言われた直後、ものすごい痛みが身体中に走る。
痛みの元を見てみると……そこには真っ赤な棘が刺さっていた。
俺の身体に無数に……。
「僕の能力で硬直化した血で出来た棘だ。簡単には抜けない」
そういって翼を消し、俺の前に降り立つ赤井。
「僕は…君を磔にした。この磔を超えてこそ、君の愛が証明される。
僕は、君のような男が彼女の横にいることが許せないんだよ。明知晴嵐くん。
僕こそ彼女を守り、彼女を救い、そして彼女に寵愛を与える存在なんだ。君は引いてくれないか?」
その言葉を聞いて俺は驚きを隠すことが出来なかった
俺は…確かに、こいつよりも弱い。本当は弱い。この能力があったおかげだ。
蛇道狩羅・ロキの三兄弟・徳川優・車田清五郎……みんな俺の能力があったから
ギリギリ倒せただけの、ただの男だ。こんなチート能力じゃなかったら…意味はない。それに………。
「結局君は、寧々さんを守れていないじゃないか。僕の手からも、ピエロの手からも」
「ッ!?」
俺が心に思っていた事を言われて、俺は赤井を睨みつける。
「図星って顔をしているね。君では役不足なんだ。彼女の盾には…」
赤井の言葉が身に染みるも……最後の言葉に俺はにやりと笑ってしまった。
「てめぇは…何もわかっちゃいねぇ……」
「ん?」
俺の体温がみるみる上がっていく。
「な、何ッ!?」
驚く赤井。
俺を磔にしていた奴の棘を、俺は……全て燃やした。
「てめぇは勘違いしてる!先輩は『守る』対象じゃねぇ!『そばにいる』対象だろうがぁ!!
あの人は強い!!俺よりも!あんたよりも!!でも……心が弱いんだ!!どれだけこの戦場で
修羅場を潜ってこようが、中身は17歳の女子高生なんだよ!凛々しくも天使でもない!
ただの内気で弱々しい17歳の少女なんだよ!!なのに何てめぇは先輩を高尚に見てやがる!
何偉そうに守る対象として見てやがる!先輩が美しいのは、その外見や凛々しさじゃねぇ!!
弱い心隠して、誰にも頼らず、ただまっすぐに生きてるその姿が美しいんだろうがぁ!!!!!」
俺は、本人には恥ずかしくて言えそうにないセリフを赤井に向けて言う。
でも…事実だ。彼女は…ただの少女なのだ。
ただ、人に迷惑をかけるのだけが嫌いで、孤独な時も…今でも他人に縋ろうとはしない。
彼女は確かに《サイコキネシス》と言う最強の力を持っている。でも…中身は小さい女の子で
とっても弱いんだ。それを必死に隠して、弱さを他人に見せない。守ってもらうなんて考えをもたない。
「それにてめぇは勘違いしてる。俺は…先輩の盾じゃねぇ。盾は既に…『先約』がいる。
これ以上にない…。俺よりも頼りになる。イージスもビックリな盾がよぉー」
俺は、今もどこかにいるRBを思い出す。
そうだ…あいつは俺よりも、先輩を守り続けてきたんだ。
力や驚異からではない。孤独や…絶望から、奴は何度も先輩を守ってきたんだ。
「俺は…先輩の『剣』だ。彼女に歯向かう恐怖や絶望を…叩き潰すために俺は頑張ってるんだ」
そう。俺は言ってやった。
炎を全身に纏った身体で、一歩…また一歩と赤井に近づいていく。
お互い、一歩踏み込んで拳を放てば届く距離…。
「…なるほど、君はそういう風に彼女を愛するのか」
「あぁ、先輩は守らなくてもいい。そんなこと彼女は望んでいない。
俺は先輩と共に歩き、共にこの世界を知っていくために剣として闘うだけだ」
「君の思想は良くわかった。けれど…やはり僕は彼女を護る対象と見るよ。
ここで折れたら…僕の負けを認めないといけなくなるからね!!」
「そうかよッ!!」
互いにダッシュ。
そのままクロスカウンター…互いに遠くに吹き飛ばされる。
すぐに受身を取って立ち上がり、我先にと互いに向かって飛び、拳を当てる。
俺は身体に纏った炎を全て拳一点に集める。赤井もそれを真似て赤い血を全て拳に集める。
互いに避けるつもりのない動き、互いの拳を真正面に受けて、真正面に殴る。
ここで避けたら…相手の感情から逃げ出したことになりそうだったからだ。
俺も赤井も、能力があるおかげで平然と動けるが、実際だったらもうGAMEOVER確実の状態。
ここまで来ると、俺達不死身能力者が負ける理由はただ一つ………
「「どっちが先に心が折れるかだッ!!!」」
偶然にもハモった俺と赤井の怒声は荒野に響き渡り
俺達の拳がぶつかる音と共に風に乗って消えていく。
互いに何も関係ない。
ただ殴り続けるだけ。手加減なんてしていない。もはや痛覚がどっか行った。向こうも多分そうだろう。
我武者羅に殴り続けるだけの攻撃。赤井も諦めてくれない。俺も諦めれない!
「俺はぁ!お前を倒して!!ピエロにも一発見舞いしてやんなきゃいけねぇんだぁ!!!!」
俺は思いっきり赤井の顔面にストレートを決める。ぶっ飛ばされる赤井。
俺は息を荒くして呆然と立ち尽くす。その直後だった。黒い影がこちらに迫ってくる!
「僕もだ!!私はこの気持ちを寧々さんに届けないといけない!
僕の愛を邪魔するほど!君の彼女に対する思いは強いのかい!?」
俺は早すぎる赤井の動きに抵抗できず、因果応報と言わんばかりにぶっ飛ばされる。
「はぁ…はぁ…はぁ……」
俺は立ち上がってヨロヨロと歩きながら、赤井のところまで行く。
「「はぁ…はぁ…はぁ……」」
傷は癒えても疲れは癒えない。
俺と赤井は互いに殴ることをやめ、ただただ息を荒げて互いを睨む。
「教えてくれ…。君は彼女とどうありたいのだ?師匠と弟子か?恋人同士か?夫婦にでもなりたいのか?」
赤井から出た言葉だった。
どうやら俺の言葉を聞いて、少し疑問点が発生したようだった。
「…わかんねぇ」
「ん?どういうことだい?」
俺の答えにさらに疑問を浮かべる赤井。
「わっかんねぇけど。俺は先輩が好きだ、これだけははっきりわかる。
そして…みんなで先輩と一緒にいるんだ。誰か一人が、じゃない。『みんな』で先輩と一緒にいるんだ」
俺はなんとか歩いて赤井の下に向かって歩く。
「……そうかぁ。君は本当に寧々さんを思っているんだね」
そういった直後、赤井が俺に向かって拳をぶつける。
俺は、お返しと言わんばかりに奴の頬に拳を当てる。
「…僕は運命の出会いと疑わなかったけれど…君の愛の方が大きそうだ。
ただ一目見ただけで惚れた僕では……到底太刀打ち出来ないみたいだね…」
俺が殴ったところから、赤井の血の鎧がボロボロと崩れていく。
そして弾けるかのように吹き飛んでいった。鎧を無くした赤井はその場に膝を付く。
「どうやら僕の負けみたいだね…最後の言葉で僕の心が揺らいでしまったよ…」
光に包まれ始める赤井。どうやらGAMEOVERみたいだ。
「はっはっは…こんな傷だらけになったのいつ以来だ?
俺現実世界に戻ったら入院生活かも……」
「や、やめてくれよ…俺もそうなるってことだろ?」
「あぁ、そうだね。そのときは同じ病室がいいかな…」
突然そんなことを言う赤井。
俺は思わず「どうして?」と聞き返してしまう。
「今度は喧嘩じゃなくて、普通にあの娘について話し合いたいからさ」
そういってさらに光に包まれる赤井は、俺の目を見つめる。
「…ピエロのところに行くのか?」
「あぁ…」
「彼は本当に強いよ。僕なんか太刀打ち出来ないほどに。それでもやるんだね?」
「あぁ…先輩を傷つける奴はとりあえず殴る」
「そうか…頑張ってくれ《フェニックス》…。恋のライバルとして応援しているよ」
そのまま、俺の相手の赤井修一は消滅した。
「さて、俺は…みんなを追ってピエロのとこまで言ってやる。
赤井との闘いで得た傷は……そのまま力として使う!!」
俺は羽を生やし、上空に飛び、RB達が行った方向に飛ぶ。
待っててください先輩。貴方を苦しめた男を…俺はこれから殴りに行きますから。
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「おらぁ!!」
「そんな攻撃はあたりませんよ?」
俺の掌底は外れ、ビルを壊すだけだった。
アンの能力は今だよく解明できてはいない。
奴は今も空を飛んで俺を見ている。
「おいこらぁ!降りてこいよ!!」
「…なぜ飛べない貴方を相手に律儀に降りなければならないのか、理解できませんが…いいでしょう」
そういって彼女はゆっくりと地面に足を付ける。
彼女の持っている大きな鎌…あれは明らかに危険だ。
そういう匂いがプンプンする。
「では……そろそろ本気を出しますよ?」
そういって彼女は鎌を振りかぶる。
鎌から風が現れ、俺に向かって襲ってくる。
俺はそれを慌てて避ける。
彼女は俺の行動を見た後、何度も鎌を振り回す。
いくつもの竜巻を形成し、それが彼女を囲うように舞っている。
「行きなさい」
そう言われて竜巻達は俺を追ってくる。
俺は竜巻近くで爆破を起こし、爆風で竜巻風を相殺する。
「てめぇ…つくづくいい能力持ってんじゃねえか…『風』の能力者なんてよぉ!!」
俺は彼女をにらみ付ける。
彼女も…俺を睨み返してきた。
「こうなったらとことん俺が相手してやる!!」
「いいでしょう。私はとことん貴方を叩き潰すだけです」
そういって鎌から次々に風を起こすアン。
俺はとにかく避けて、無理だと思った奴は酸素爆破を起こして相殺。
どんどんと彼女と距離を詰めていく。
「甘いです。」
「ッ!?」
そんなときだった。
いつの間にか移動していたアンの鎌が俺を襲う。
俺は慌てて避けるも、彼女の風に俺の腕が斬られる。
「な、なんだよ……これ!?」
「私は死神、貴方を殺すための存在。
私の風は気持ちのいいものではありません…。生命を腐らせる…腐敗の風です」
俺の腕が……腐っていた。
俺の腕がみるみると首付近めがけて神経が死んで腐っていく。
このままじゃあ身体が全て――――。
「くそぉぉぉぉ!!」
俺は自分の手に印を付けて、爆破させる。
「ッ!?…正気ですか?」
「あ、あぁ…腐った手なんていらねぇよ。
火傷で傷口も塞いだ。腐ってたおかげで痛覚もなかったぜ。さあ…こっからだぜ!!」
「…貴方は……私が必ず消します」
「おうおう、意地になっちまって。その意地も全部受け止めてやる!!」
「…一々わけのわからないことを!!」
俺を襲うアン。
俺は必死に避けて奴と闘う。
まだ…俺が頑張る余地はある。
あいつの目には…明らかに『迷い』がある。
俺に少しでも情が湧いてくれているならこれほど嬉しいものはない。
そしてこれほど……勝機が見えるものはない!
「おめぇは必ず…俺が変えてやる」
俺と、アンの相対戦は続く。
☆
「無駄です!」
「くっ!」
闇夜のサーカス団領。
そこでビルが次々と壊れていった。
爆発と、風の音が響き渡る。
まるでかまいたちのように風が形を成して俺に襲いかかってくる。
俺は片腕を無くして、バランスの取りにくい態勢ながらなんとか逃げ続ける。
「隠れても無駄です。」
恐らくただの挑発だろう。
身を潜める俺を探しながら反応を伺っているかのような言葉を投げかけてくるアン。
俺は爆弾を投げてそのままバレないように走って移動していく。
「ッ!?」
アンは背後に迫ってきていた俺の爆弾に気づいて慌てて風でそれを壊し、爆発させる。
しかし爆発した爆風に耐え切れず、思わず風に飛ばされる。
宙に浮くことの出来るアンは、そのまま空中に留まった。
「そこですね」
「やばッ!!」
空中で視界が広くなったアンは俺の姿を捉えて、攻撃を繰り返す。
バイクがあれば逃げるのは簡単だが、それはついさっきファントムに潰された。
俺は走って通ったビルに手を当てる。爆破の印をつけたのだ。
それを複数付けて、俺が走り去ったと同時に爆発。
ビルは爆発の勢いに則り、そのままアンの方に向けて爆発していく。
アンはこれに素早く反応して、アンに向かって倒れるビルを風の刃で切り刻んでいく。
「どこに隠れたのですか!?往生際が悪いです」
アンは少し苛立っているのか、大声を上げて俺を威嚇する。
彼女が本気になればこの辺り一体をバラバラにして
俺がファントムを倒すように、奴も俺を倒すことも出来るのだろう。
咄嗟に察知した気配で俺に攻撃をしかけてくるアン。
俺は流石に焦りを感じて転がって逃げる。本当に…勘の鋭い女だ。
俺は少し狡い気もしたが、隠れながら彼女に向かって吠えた。
「なぁ!!なんで『ピエロ』とか言うやつに従う!」
「それが私の使命だからです」
淡々と答えたアンは俺の声をたよりに攻撃を仕掛けてくる。
俺は爆弾の爆風でこれを相殺させながら必死に逃げ回る。
俺とこいつの能力は相性がいい。俺は爆風で奴の攻撃を全て無効化出来る。
だけど、逆を言えば奴も俺の爆弾を全て無効に出来る。
「だからっ!てめぇはそれで面白いのかぁ!?楽しいのかぁ!?」
「使命を全うすることに、楽しいも何もありません。」
「そんなことやってたって楽しくもなんともねぇじゃねぇか!それに意義はあるのかよッ!!」
「何度も言ってるでしょう!!!使命に楽しさなんて必要ないんです」
「必要だっ!!自分がしたいと思ってやってるかどうかなんだよ!!」
「…本当に……わからない人!」
「わかんねぇのはてめぇの方だ!その行動は本当にしたいと思ってやってるのか!?」
「……えぇ、私はしたいと思って『ピエロ』さまに従っ―――」
「嘘だっ!!」
「……っ!!姿も表さない貴方に何がわかるんですか!」
アンがビルに向けて風を放つ。
そのビルが脆く崩れ去り、その跡地に…俺は堂々と立っていた。
「だったら……姿を出してやるよ。そしてお前は嘘をついている。」
「私は嘘なんてついていません!」
「だったら!俺を攻撃するときにも、あんときみたいな笑顔見せてみろよォ!!!!」
「っ!?…う、五月蝿い!!」
アンが俺に向けて攻撃をしてくる。
明らかに…冷静さを失ってきている。
俺は来る風目掛けて爆弾を放ち、爆風で無効にする。
「お前は…知っちまったはずだ。その『ピエロ』さまとやらに従うよりも……やるべきことを」
「…ッ!五月蝿いですよッ!!!」
とてもあのクールだったアンとは思えない攻撃。
俺は全て無効にしてやっている。
あいつは今…立ってんだ。境界線の上を。
今までの自分と、変わりつつある心の心情で…。
こいつの、始めて会ったときも、美しくも俺はどこか儚く思った。
その理由は…たった一つだったんだ。
こいつは―――――『空っぽ』なんだ。
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「遊太。この子、アン・ヴィクトリアだ。君の召使いにしようと思ってね、挨拶しなさい」
「やぁ、こんにちは。僕は黒沼遊太。アンちゃん…でいいよね?」
私は…孤児だった。
ドイツで仕事をしていた現マスターの父に拾われ、幼い私は面倒を見てもらうことになった。
そんな私がこの家にいるルールは『彼の息子の召使い』と言うたった一つの使命だった。
マスターは少々不思議な人だったがそのとき全ての価値観がない私には何もかも『普通』だと思っていた。
そしていつしか私は…マスターの『召使い』ではなく『奴隷』となっていった。
「これ…運んでくれる?」
「なんですか?これは?」
「開けちゃあダメだよ?絶対に」
「…了解」
そう言われて私は様々なところにマスターに頼まれた物を運んでいった。
相手先はスーツに無精髭の中年男性たちだったり、世間で言うチンピラだったり
マスターは『裏』の人間なのだと言うことを知った。そして私は世間で言う『運び屋』をやらされているのだと
その時気づいた。犯罪に手を染めてることも、全て。けれど…それが私の使命だった。
そして舞台は『スカイスクレイパー』にも進出した。
元々マスターが行っていたのは知っていたが、ある日マスターは険悪そうな顔をして私に言った。
「お前はこれから……『死神』となるんだ。アン…」
そこから私は、彼に命じられるまま、スカイスクレイパーの参加者を倒しまくった。
排除してきた。スカイスクレイパー内でも…外でも。
それになんの迷いも、なんの躊躇いもなかった。それが私の使命。
私には…これしかない。私は、マスターの命令を聞くために生きる存在。
そんな時。ある男に会った。
私と同じくバイクにまたがり、タオルで頭を巻いて、少し無精髭の生えた渋い顔の青年。
彼は、執拗に『風』が『風』がとうるさかった。そして私に何かと勝負を仕掛けてきた。
バイクは私に取ってただの移動手段のための道具。速さを求めたのは仕事の効率を上げるため。
なのに……彼とレースをしたとき…別の感情が芽生えてきたのだ。
これが何なのかはまったくわからない。けれどこの感情が……私を揺さぶる。
今まで感じたこともなかった感覚。その感覚が私の脳内を侵食していく。
そしてそんなとき……目の前に彼が現れた。
彼は嫌いだ。彼の言葉は私を侵食するから。私の使命を食いつぶそうとしてくるからだ。
「お前は…知っちまったはずだ。その『ピエロ』さまとやらに従うよりも…やるべきことを」
その言葉を聞いて、思わず胸が苦しくなる。
まったく言ってることが理解できない。はずなのに…脳内で何かが暴れまわっている。
やめろ。やめてくれ!これ以上私を乱さないで欲しい。私はマスターの下僕。一生…このまま!
「……五月蝿いですよッ!」
私は鎌を用いて目の前の男に攻撃を仕掛ける。
しかし彼には私の攻撃は届かない。全て爆風で無効にされるのだ。
「なぁ!?そんなに価値のあるもんなのか!?てめぇのマスターとやらは!」
まだ彼は私に言葉を投げかけてくる。
嫌だ。聞きたくない。私はマスターの奴隷。下僕。それだけなのだ。それ以外に…何も……。
「私には…!この使命以外に何もない!!……ッ!?」
思わず心にある言葉を言ってしまい、口を両手で抑えてしまう。
「やっと…。本音が出やがったな」
目の前の男は、私の言葉を聞いて、ニヤリと笑った。
「何もないなら!作りゃあいい!!お前は…既に知ってるんだ!『風』を!
だったらなんだって出来る!何にだってなれる!!お前は……自由だ!!」
その言葉を聞いて、私はさらにイライラとしてしまう。
そのまま彼を攻撃。どうせ無効化される。そんなことはわかってる……。
「はぁぁぁぁ!!!!」
「ッ!?」
その突如だった。
彼の足元が突然爆発した。
足元の地面が、彼を載せて大空高くに飛翔させた。
地面表面じゃくて…地中に爆弾詰めて、その爆風で上空に!!
彼は私よりも高い位置まで飛ぶと、今度は私に目掛けて落下してくる。完全に攻撃態勢だ。
「……ッ!」
私は咄嗟に鎌を構えて彼に迎え打つ。
「これで、過去のおめぇは死ぬ」
そして……私と彼がいたところは激しく……爆発した。
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「はぁ…はぁ……はぁ……。助かったぜ…」
「…謀りましたね…」
地面に倒れる俺とアン。
俺の賭けは……成功した。
「私には貴方を殺せないと……踏んでいたのでしょう?」
「あぁ…希望的観測だけどな」
アンの言葉に俺は答えた。
俺はあのとき、アンの腕に…火薬の少ない爆弾を仕掛けた。
だけど、やろうと思えばアンは俺を抹殺することが可能だったはずだ。
あの至近距離、鎌で首を切っちまえばあいつの勝ちだ、爆発もしない。
けれどアンは俺を殺さなかった。爆発した瞬間に溢れる熱と、爆風を『風』の能力で軽減させた。
「…爆発で一番恐ろしいのは爆発ではありません…。その後の熱による火傷と、二酸化炭素ですから…」
アンはそう答えた。
彼女に残された道は二つ。
俺を殺して勝利するか、爆発を軽減させて相討ちに持っていくか。
そして俺は……アンなら後者を選ぶと予想したんだ。
「だから…私の腕ではなく、自分の背中なんですよね?爆発させたのは…」
そういってアンは少し悔しそうに自分の腕を倒れる俺に見せてくる。
俺のハンマーの印がついただけの、至って無傷な腕。
「ははは…そこまで見透かされちまったか。どおりで背中が痛いけどひでぇ火傷にまでなってねぇわけだ」
俺はそういって笑ってみせた。
爆発と同時にこいつが風で全てを飛ばして軽減させてくれたのだろう。
「…わかりません。どうして…私にここまでするのですか?」
俯いたアンが、顔を見せず俺に問いかけてきた。
「あぁーそうだな…///俺は、お前に惚れた。それだけだ」
「惚れた?なぜ??」
「…外見だ」
「…そういう感覚がない私にはわかりませんが、恐らく最低の言葉を言いましたね…」
「でも、そうなんだ。一目見たときに……惚れちまったんだからよ」
「………。」
俺の告白を聞いたアンがずっと黙ってる。
やべっ、俺失敗したかな?こういう経験ねぇからどう告白していいかわからなかったけれど。
「私にも『風』…わかりました」
「ほ、本当か!?」
ボソっとアンが言った言葉に俺は痛い身体を思わず起こしてしまう。
「はい…貴方の走ること、闘うこと。
つまり『楽しい』『わくわくする』『気持ちいいこと』が貴方にとっての『風』なのでしたら…」
その後、彼女は俯いた顔を上げて……こう言った
「私にとっての『風』は、貴方なのかも知れませんね…」
「…………」
顔を上げた彼女は、笑っていた。
始めて会った日のバイクの時は…よくは見えなかった笑顔が…鮮明に見えた。
俺は……こいつに惚れたんだと、確信することが出来た。
「名を、聞いていなかったですね…」
アンは俺に向けて言った。
「あ、あぁ…そういえばそうだったな。車田清五郎っつうんだ」
「清五郎…ですか。この印は、どういう仕組みなのですか?」
俺の名を噛み締めるように言うアン。
その後、なぜか自分の腕についた印について聞いてきた。
「あぁ?俺が起爆させようとしたら、起爆するんだよ」
「…そうですか。なら、この印…永遠に付けていたいです」
「へっ?」
「私は、この印を刻んでいると…。貴方と私の関係が永遠な気がするのですよ…。清五郎」
「そ、そうか…///で、でもこの戦争が終わったら多分消えるぞ?それ??」
「なら、彫ります」
「おまっ!?身体は大切にしろよ!」
「ん?彫るのは普通ではないのですか??」
「普通じゃねぇって!」
「なら……どうしろと?」
「あぁー…じゃああれだ!この印と同じステッカーやるから、バイクに貼れ!なぁ!?」
「……はい。それでいいです」
「…////」
俺は思わず顔を真っ赤にさせながら立ち上がる。
「…どこに行くのですか?」
「……ピエロんところだ」
「っ!?」
「まだ戦争は終わっちゃいねぇ…誰かがやつを倒さねえと…」
そういって歩こうとすると、俺の腕がアンに掴まれる。
「私も行きます。マスタ………『ピエロ』とは自ら決別します」
「…そうか。なら行くぞ」
そういって俺が歩く後ろを、アンがついてくる。
彼女は大事そうに右腕を掴んでいた。
車田の印がついた右腕を―――――――――――。
☆
極寒の地面。
「…久しぶりだね。君の戦闘に関わるのは……」
少し身震いしながらピエロがうすらと笑う。
「寒いなら…次は温めてあげるよ!!」
僕は腕をピエロに向け、腕に装着しているブレスレットから巨大な炎の柱を放出させる。
「だから、そういう攻撃は僕には効かない」
炎の柱が通る直後、ピエロの姿が消える。
僕は慌てて後ろに振り返って腕で頭を護る。
案の定僕の腕は彼の蹴りを受け止める。
その直後、ピエロは再び姿を消し、一瞬で僕の腹部に拳をぶつけてくる。
「っ!?」
あまりの痛さに僕は一瞬気が飛びそうになる。
けれど……。
「えっ!?」
「……北風!」
僕が叫んだ直後、ピエロが吹き飛ばされる。
僕は再びピエロに向けて腕を伸ばし、再び炎の柱を呼び起こす。
「くっ!!」
ピエロはまた当たる前に姿を消した。
そして僕に向かい合うように、距離を置いて出現する。
「本当…強いよねぇー《イソップ》は」
気味の悪い笑みを浮かべながらピエロは僕を見つめる。
そうは言うが、やはり彼もかなり強い……。
《ピエロ》…《闇夜のサーカス団》でのコードネームらしいが
その二つ名は《メルへニクス》にいるときも名乗っていた。
彼の性格と、彼の能力…《瞬間移動》が人を手のひらで躍らせる《道化》のようだと
昔僕らのボスが名づけた名前だ……。
僕は手を左右に広げる。
すると、また地面がメキメキと凍って行く。
「ねぇ?なんで僕と戦おうとするのさ?イソップ??」
そんなとき、ピエロがヘラヘラとした顔で僕に語りかけてきた。
「だってそうじゃないか。彼女を助ける?そこになんの意味がある??
《ピクシー》を助けるなんて正気の沙汰とは思えないよ!!君は彼女が何をしたか忘れたのかい?
他のみんなが今の君の行動を聞いたらどう思うだろうね?少なくも僕は理解できない。虫唾が走るよ!」
ピエロの血走った目。僕は見ていてゾクっときてしまった。
彼はそんな俺を見て再び言葉をつなげる。
「それに君と僕じゃあどう闘ったって勝てないよ?
この場では燃料に限りのある君と、延々に逃げようと思えれば逃げれる僕。
闘えば絶対に…燃料切れでGAMEOVERだ。そしたら安心してピクシーをつぶしに行く!!」
そう言った瞬間ピエロの姿は消える。
俺はどこから来るかを予想しながら攻撃の構えに入る。
「残念下からだよ!!」
突然足元から現れたピエロはそのまま僕にアッパーをする。
その直後に姿を消し、宙に浮いた僕の腹に蹴りを入れ、姿を消し背中を殴り
また姿を消し、最後に僕の顔に目掛けてその長い蹴りでレッグラリアートを決める。
地面を削るように転がりながら吹き飛ばされる僕。
なんとか態勢を立ち直して立ち上がるも、見上げた先にピエロはいなかった。
僕は嫌な予感がしてすぐに地面に向かってしゃがみ込み、転がった。
案の定あのまま僕が立ち上がっていた場所でピエロは攻撃を仕掛けていた。
僕は地面に手を当てて氷を出現させる。瞬間移動させる前にピエロの足に氷をはりつけさせる。
「しまっ!!」
「くらえ!!!」
俺は腕をピエロに向け、またブレスレットから炎の柱を出現させる。
この距離なら!!当たるはず!!!!!
しかし、柱が走ったあとには、ピエロの姿はなかった。
「はぁ…はぁ……本当に危なかったよ」
僕の後ろから声がした。
振り返るとそこには冷や汗を書いたピエロの姿。
身体の半分ほどこげた匂いと共に服がかすかに焦げている。
「後一瞬遅かったら多分終わってたね…ちょっとかすっちゃったよ」
そういってもう一度彼はその悪意ある笑みで僕をにらみ付ける。
「…結構氷だらけになっちゃってね…。ここも、どう?『熱』は残ってるの??」
「っ!?」
「あと何発だろうねぇ?君の弾丸数は…」
そう…ピエロは明らかに僕の能力の熟知している。
僕の能力は…《熱》と言うものだが、制限がある。
腕に装着しているブレスレットに熱を吸収させてから能力を使う必要がある。
空気から熱量を奪い氷点下にして地面を凍らしているのもそれだ。
炎の柱を出現させるのはその熱を放出しているだけ。
さっきピエロを吹き飛ばした竜巻も熱のメカニズムを知っていれば人工的な台風の目を作って起こせる物。
しかし…それは熱があればの話だ。僕の能力はあたりに熱がなくなれば意味を無くす。
「さあ…行くよ」
また瞬間移動か。
そう思ってるうちに僕の腹部に痛みが走る。
その直後に腹部から拳が消えて、次は足、背中、肩、腕、頭部とボコボコに殴られて行く。
僕はなんとか隙を伺って手を伸ばすも、飛ばした先にいたピエロは一瞬で姿を消してこれを避ける。
「ほら、熱の無駄打ちだったね?」
「っ!?」
その瞬間僕は強く蹴り飛ばされてしまった。
ダメだ…。熱が全くないこの状況で、ピエロに勝つのはほぼ……。
「どいてくだせぇ!!師匠!!!!」
そんなときだった。一瞬声がする。
僕は慌ててその場から逃げる。
すると、誰かがピエロに向けて攻撃を仕掛ける。
大きな爆破音。氷に包まれた寒い地形に黒い煙幕と真っ赤な炎が現れた彼の背景として見栄える。
「あんたの弟子!車田清五郎只今参りまやしたぜ!!」
そう……目の前には僕の弟子…車田清五郎の姿があった。
「っ!?車田くん!!!」
「な、なんすか?ししょ――――」
そう言葉を紡ごうとした直後、車田くんの身体がくの字に曲がり、吹き飛ばされる。
「いやぁー…驚いたよ。叫ばずに不意打ちならなんとかなったかもね……」
車田を蹴り飛ばしたピエロがそんな言葉を漏らす。
その直後いきなりどこかを見てまた瞬間移動をするピエロ。
彼がいた場所に目掛けて目で見えるほどのかまいたちが走る。
「君も…こんなことをするとはねぇ…どういうつもりだい?《グリムリッパー》??」
ピエロが睨む先にいた女性。
黒い装束に身を包んだ白い肌の綺麗な金髪髪の女性だった。ピエロの仲間だったのか?
「…そうか、そこの男に絆されたのかい?いけない子だ…。お前は誰の《モノ》だ?」
「……っ!!!!」
「俺の《者》だよ!!!」
その直後、ピエロに向かってまた車田くんが突っ込む。
ピエロはこれを冷静に姿を消してからぶった車田くんの背後に現れて彼の背中に拳を当てる。
「へぇ…君が僕の《モノ》を寝取ったわけか。悪い男だ…。そうだと思うよね?グリムリッパー??」
思わず膝をついた車田を他所にグリムリッパーと言う女性を見つめるピエロが彼女に問うた。
「ピエ…いえ、遊太さま。私は、自分の世界を見ていたいのです。貴方の奴隷は…やめます」
「……ははっ、面白いことを言うねぇ、奴隷っていうのは、やめれないから奴隷って言うんだよ?」
その後、姿を消したピエロ。
一瞬だった。姿が現れたピエロの膝が彼女の腹部に目掛けて放たれていた。
「…ガハっ!」
そのまま倒れて行く女性。
「君は黙って僕に従ってたらいいんだよ…」
「おうらぁぁぁぁぁ!!!」
車田くんがまたピエロに突っ込むも毎度同じようにやられる。
「師匠ぉ!!」
叫ばれて僕は気づいた。
「そうか…ありがとう。車田くん」
僕は両手を広げて能力を発動する。
車田くんの爆発で起きた爆風が僕のブレスレットに収集されていく。
「……充填完了」
僕は腕をジェット機変わりにしてピエロに向かって攻撃を当てる。
車田くんの相手をしていて瞬間移動する隙がなかったのか、ピエロは僕の拳をモロにくらって吹き飛ばされる。
「今更多対一が狡いなんて言わないよね?ピエロ??」
僕がそういうと、僕の後ろに車田くんとその女性も立っている。
「…そうだね。僕はそんなことは言わないさ。だって……」
「「っ!?」」
その直後だった。
僕の後ろに立っていた2人が倒れた。
「…君の弟子と僕の奴隷は弱すぎるからね……」
その直後、ピエロが僕に蹴りを放つ。僕は腕でそれを止めてピエロに攻撃をしようとする。
しかし彼はまた瞬間移動をして僕の攻撃を避ける。
「だ、大丈夫…っすよ。師匠…」
のっそりと立ち上がる。車田と女性。
「車田くんと…えーっと。」
「アン・ヴィクトリアです。アンとお呼びください」
「彼は強い。三人で力を合わせても難しいかもだけど……行くよ。」
「「はい!!」」
そして僕ら三人はピエロに襲いかかる。
「アン!右に!!車田くんは彼の後ろに回って!!」
まずは僕の攻撃。あえてテレポートせずに受け止めた彼はその受け止めた瞬間に姿を消して
僕の態勢を崩し、僕の脚を払う。その後すぐ来た車田くんの攻撃をテレポートして頭上からかかと落としで
車田くんを叩き落とす。
その直後に襲うアンの風を避けてそのまま倒れていた車田くんを振り回し彼女にぶつける。
あまりの痛みにアンは気を失いそうになり、そのまま地面に倒れる。
「見つけたぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「「「「っ!?」」」」
その一瞬だった。
全員を倒していい気になっていたピエロの虚を付いた一撃。
いや、僕ら三人も誰もまったく予想していなかった。ピエロは顔が歪むまで殴られ
そのまま遥か遠くまで吹き飛ばされる。その威力……まさに…………《ボス》のようだった。
「…よし、一発殴ってやったぞ。クソ野郎ぉ…」
目の前の少年は、もはや人ではなかった。
人の形をした炎。かすかに見える瞳孔は…ピエロに対する『敵意』がむき出しにされていた。
「…晴嵐。てめぇ、なんでここに!?」
「やっぱりお前もいたか車田。……んで、そっちの美人さん誰だ??」
「清五郎。こちらの炎はなんですか??」
突然現れた晴嵐と呼ばれた少年。
そうか……彼が《ピクシー》と共にいる少年か。
彼とアンに同時に問い詰められた車田くんは
少し照れくさそうに下唇をかんでいた。
「お、俺の…女だ///そしてアン。こっちは俺の親友だ」
「…お、女ぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
彼は車田くんの言葉を聞いて驚いているようだった。
そうか、やっぱりアンが、車田の言っていた凄いやつか。
「そ、そんな…車田にこんな美人が……」
そんなショックを受けている晴嵐くんに僕は近づいた。
「君が…明知晴嵐くんだね」
「あ、…誰っすか??」
「…車田の師匠だ。そして、彼と同じ、『ピクシーを見捨てた者』だ」
僕の言葉を聞いた瞬間彼の目が一瞬僕に殺意を投げかけた。
彼はよほど《ピクシー》を信頼しているのだろう。
「…ったく!次は誰かと思えばあの時の少年じゃないか。
君…ヴァンパイアに勝ったのかい?すごいね…。君を壊したら、彼女…苦しんでくれるかな?」
ぶっ飛ばされたピエロはボロボロだった。
あの威力のパンチをくらったんだ。無理もない。
そして彼もどうやら本当にキレたらしい。殺気に溢れている。
「とにかく、晴嵐くん。僕も彼を倒そうとしている。協力してもらうよ」
「あぁ、言われなくても…。先輩を悲しませるやつは全員殴ってやる」
僕と晴嵐くんは目の前のピエロをにらみ付ける。
車田くんとアンもフラフラとしながらも立ち上がる。
「ピエロを倒す方法を一つだけ知っている。
それを実行するには物凄く難易度があるけれど……」
「あいつすげぇ強いんでしょ?車田もいる三人がこの様子だし…」
「えぇ、マス…いえ、ピエロの強さは桁違いです」
「でも…勝てないなんてのはありえねぇ」
「そう。やるしかないんだ。全員、僕の指令通りに動いてね」
僕の言葉に全員こわばった表情になった。
本気の顔だ。いい…今なら少し、風の音が聞こえる気がする。
いい歌が作れそうな気がするよ……。
それぞれの宿命を背に、4人の戦士……目の前の道化師を相手にする。
その道化師はそんな彼らをまるで手中で転がしているかのように卑しい笑みを浮かべた。
☆
「車田くん!前方!アンは後方に回って各自言われたことをすること!!」
「「ラジャー!!」」
僕の指令通りに車田くんとアンちゃんが動いてくれる。
しかしやはりピエロは強い。いとも簡単に襲いかかる2人を払いのける。
「どうしたのさ!?2人とも!?イソップの作戦ってのは単なる共同攻撃かい!?」
2人を吹っ飛ばしたピエロが狂気じみた顔で叫ぶ。
僕はブレスレットから炎を放出し、ジェット機の容量でピエロに向けて飛ぶ。
ピエロは俺の拳を腕で受け止め、その瞬間に姿を消して僕に反撃を仕掛けてくる。
ダメだ…やはり瞬間移動を使う彼は一筋縄ではいかない。
「……まだか…」
僕は飛ばされながら、ぽつりと呟く。
僕の作戦の最も重要部分。だけど最も成功率の低い部分。
風の音を聞けるようになった僕の…勘でしかない。でも…信じるしかない。
僕は熱を節約するため、能力を使わずにピエロに挑む。
彼とは昔からよく知り合った仲だ。瞬間移動からの不意打ちは、気を張ってれば止めれる!!
「本当…君とだけは闘いたくなかったよ…『耳が良すぎる』…」
ピエロがそういいながら僕との攻防戦を続ける。
強い技を出した後だとよけられてすぐの状態からついていけなくて無理だけど
最初から止めるだけのつもりで闘っていれば、僕はピエロとも闘える!!
僕とピエロの攻防戦は続く。
「助太刀いたしやすぜ師匠!!」
その言葉の直後、俺はピエロをとっ捕まえる。
「しまッ!?」
そのままピエロは瞬間移動して車田くんの攻撃は残念ながら外れる。
しかし、ピエロが瞬間移動した先で、僕は奴の頬を思いっきり殴ってやった。
「ッ!?」
そのまま吹っ飛ばされるピエロ。
やつに触れてさえいればやつが消えても、こちらも一緒に瞬間移動される。
こうやって地道に…ピエロの弱点をついていくのも一つの手だけど…。これは難易度が高すぎる。
「アン!攻撃続行!!」
「はい。」
「くッ!!」
アンの攻撃をピエロは瞬間移動で逃げる。
「ははッ!なんとなくてめぇの行動パターンが読めてきたぜ!!」
「ッ!?」
瞬間移動したピエロの頭上には、待っていたかのように待ち構える車田の姿。
ピエロを叩き潰すように放たれる掌底。ピエロは地面に叩きつけられる前に姿を消す。
「消しても無駄だ!師匠!作戦外っすけどもらいましたよ!!」
車田くんは勢い巻いて何かの合図のように強く拳を作る。
その瞬間、ある一点が大きく爆発する。
「人は爆発したら死ぬ。身につけた爆弾が爆発したら死ぬ。その常識が詰めの甘さを生む」
「ッ?!」
勝利を確信していた車田の背後には…
さっきまできていた服を脱ぎ捨てていたピエロの姿。
爆発する直後に服を破り捨てて瞬間移動で逃げたのだろう。
反撃する隙を与えず、ピエロの蹴りは車田の胴体のくの字に曲げてそのまま飛ばす。
「清五郎!!」
吹き飛ばされる車田くんがビルの壁に当たらないように風のクッションを作るアン。
「人の心配してる場合か?《奴隷》…」
「……ッ!!!!」
ゾゾゾっと震え上がるアン。
そして彼女の背後から回し蹴りをするピエロの攻撃をアンはモロに喰らってぶっ飛ばされる。
「こんっのッ!!」
地面に落ちていくアンを車田くんが身体を張って受け止める。
ここは僕がもう一度行くしかない。
僕は彼の死角から攻撃を開始する。
ピエロはそれに気づき、僕の攻撃を受け止め、瞬間移動で姿を消す。
僕はまた彼が現れるポイントを勘で突き止め逃げようとする。
僕とピエロの殴り合いは続く。と行ってもほとんど僕が彼の攻撃を防いでいるだけだけれども
「どうしたの?能力は使わないのかい?だいぶこの辺りも暑くなってきたよ??」
「そ、そうだね…でも……この熱はなくしてはいけない!!」
僕がそう叫んだ直後、ピエロの膝蹴りが僕の鳩尾にヒットする。
僕はその場に倒れてしまう。もうすぐだ……もうすぐ………。
「車田くん!アン!しっかりつないで!!」
僕の言葉に立ち上がる車田くんとアンがピエロに襲いかかる。僕もそれに続く。
「あぁー!!鬱陶しいよ!!」
そう叫んだ彼は瞬間移動で姿を消す。
「…《マリオネットミラージュ》」
そして元いた場所から僕らを通過するように、僕らの背後にいるピエロ。
その直後に走る。身体中の痛み…。瞬間移動に瞬間移動を重ねての高速攻撃!!
僕ら三人はそのままぐったりと倒れてしまう。でも…今しかない!
「晴嵐くん!!頼むよ!!!!!」
「ッ!?」
僕がいきなり叫んだ言葉に驚くピエロは辺りを見渡す。
そして見つける。一人の少年。炎に身を包む…フェニックスのような少年。
「いつの間にッ!!」
そう叫んでピエロは姿を消す。
彼の存在を忘れさせるために間髪いれずに
彼の姿が目に入らないように誘導して闘わせていたんだ。驚くのも無理はない。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
晴嵐くんは雄叫びを上げて己の炎をさらに一回り膨張させる。
辺り一体が焼けるような音が響き渡る…。まるで真夏のようだ。
「それがどうしたって言うんだい!?」
姿を消していたピエロが晴嵐の後ろに回り込む。晴嵐くんは力を使って反応ができなくて
そのまま無残に蹴り飛ばされてしまう。
でも……これで第一フェイズは終わりだ……。
僕は静かに両手を斜め下に送る。じっくり…熱を送り込むんだ…。
「君達が何をしたかったかわからないけれど…これで全員終わ―――――」
その直後、ピエロの顔が急に歪み出す。間に合った……。
僕が聞いていた……《足音》の主が!!!
「これがボスだな…悪いが不意打ちをさせてもらった。こうしないと貴様には攻撃が効かないらしいのでな」
そこに立っていたのは、名前は知らない。
真っ黒な服にナイフを持っていた少年の姿がそこにはあった。
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……飛来?
吹き飛ばされた俺が見たのは、飛来のナイフがピエロの背中を貫いた絵だった
「…くそッ、どいつも舐めやがって!!」
ピエロは姿を消して、飛来の足を払い、宙に浮いた飛来をそのまま蹴り飛ばした。
「どいつもこいつもちまちまと!!うざいんだよ!!!!」
背中のナイフを引き抜く。完全にキレちまってるな…さっきまでの冷静さを失っている。
俺は立ち上がる。
すると俺の近くに車田、それにアンとかいう女、車田の師匠、そして飛来が集まる。
「いいかい、みんな……作戦通りにやらないとピエロには勝てない。
だけど…もう負けることはない!…はずだ!!」
車田の師匠が確信気味に言った。
後は俺達が、あいつと闘えばいい。
俺達がこいつを倒せば…終わるんだ。
この長すぎる一日が、先輩の恐怖が…。
「全員…やってやる!!」
「全員!散れ!!」
ピエロが姿を消してすぐに、俺達五人は走って散っていく。
俺はさっきの炎消失で、もう足が動かない…さすがに体力の限界か。
ピエロが飛来の後ろに現れる。
「まずはお前だ!!」
そしてピエロは得意の回し蹴りを繰り出す…。
「……え?」
そう…蹴ったはずの飛来の姿がないのだ。
その直後にくる殺気。慌てて移動する。
「ちッ!外したか…」
姿を消したピエロの近くで、ナイフを投げた飛来がぼやく。
「はぁ…はぁ……どうなってる!」
まさかの自体に困惑しているピエロ。
実は…『蜃気楼』が起きているのだ。
地面にあった氷はもう溶けてすっかりなくなっている。
俺がさっき放出した熱気で全てとかしたのだ。大量の水素、俺の熱との急激な温度差。
そして車田の師匠が少しずつ放った緩やかな熱…それによって生み出される霧と…蜃気楼。
「これで終わりだ!!」
車田の師匠の声だ。その直後、ピエロの回りを氷の箱が閉じ込める。
「これで……君の目は奪った。霧による蜃気楼、出血によるめまい、そしてこの氷に閉じ込められて
君の視力はほぼ壊滅的だ…。それできちんとした地軸を理解できるのかな?」
車田の師匠はそう語っていた。
そう…全てが師匠の作戦なのだ。
ピエロの能力瞬間移動は…必ず位置情報を理解しないといけないらしい。
だから自分の目の届かないような長距離には瞬間移動できないし、自分の死角には移動しない。
言われてみれば彼は自分がいた場所の『後ろ』には移動しない。
かならず自分が見える、相手の後ろにしか移動していなかった。
だから…彼はピエロの『視力』を奪うことに徹底したんだろう……。
「さあ……けじめだ!!晴嵐くん!」
「えッ!?俺!?」
突然言われた言葉に俺はきょとんとしてしまう。
「そうだよ…。今の『ピクシー』の横にいるのは君だ。
僕は罪滅ぼしがしたいだけだからね…。今一番あいつを殴りたいのは…君のはずだろ?」
そう微笑んでくる車田の師匠。
俺は…彼の言葉で決意が付いた。
俺は動かない足を必死に動かして走る。
氷に閉じ込められたピエロに向かって!!
「アン!いくよ!!!」
「了解!!」
すると突然俺の両手を師匠とアンという女性がつかみ出す。
俺の足は一瞬で宙に浮き、そのまま2人に投げ飛ばされる形でスピードが加速する。
「おぅら!!行ってこい!!」
「俺たちの勝利を決めてこい」
飛んでいくと、さらに車田と飛来が俺の両足を勢いよく蹴り飛ばす。俺はさらにスピードが増す。
「くそがッ!!人をコケにしやがってぇ!!」
氷の壁をくだいたピエロが姿を現す。けれど中に何かをされたのか、目が見えていないようだ。
「最後のプレゼントだ!車田くん!!」
「OK!師匠!!」
車田の師匠の言葉で車田は大量の爆弾を投げて、爆発させる。
その爆熱は、全て師匠のブレスレットに集まる。そして彼は…俺に向けて
今までにないほどの巨大な炎の柱を放つ。
それが直撃した俺は一気に痛みが走る。けれど…それと同時に爆発するように力が漲る。
傷炎の能力ゆえなのはわかっているけれど、まるで車田の師匠…。先輩の元『仲間』の熱意そのものが
まるで俺に受け継がれたかのように、いつも以上に力が漲ってきた。
「俺がッ!君達に負けるはずがない!?裏切り者と奴隷!あの『ピクシー』ごときに従う犬に!!」
怒りに任せた雄叫びをあげるピエロ。もはや狂気で元の性格が崩壊してやがる。
「てめぇは!その犬に!今からやられんだよ!!先輩を悲しませるやつは
どんなやつでも許しはしねぇ!この俺が!!ひとり残らず殴り飛ばしてやる!!」
俺は身体中の炎を右拳一点に集める。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
そして俺は突進する形で、ピエロの顔面に思いっきり拳をぶつけてやる。
ピエロはまるでお星様になったかのように遠く彼方にぶっ飛ばされていく。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
俺はぶっ飛ばした拳を見つめて荒く息を吐く。
そして膝を付き……。思わず涙が出た。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
両手を上げて俺は勝利の雄叫びを上げる。
俺を見守る四人も、もうクタクタだった。
俺はそのまま力尽きて、仰向けになって倒れて、気を失った……。
闇夜のサーカス団と新生メルへニクスの『戦争』は、俺達の勝利で…幕を閉じた。
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「……先輩、勝ったんですね…」
僕は、壁に座って、戦争の勝利報告を聞いてほっとする。
僕のとなりには、疲れたかのように眠る千恵ちゃんの姿…。
本当は飛来さんみたいに僕も加勢しに行きたかったんだけど……。
僕は盾、あくまで盾だ。守りに撤しないとね…。
「はぁ…流石に僕も疲れたよ」
ほっとしたせいか、僕も千恵ちゃんの頭を枕にそのまま眠ってしまった。
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「……ピエロに…勝ったのか?誰が??」
「…明知晴嵐。じゃねぇのか?」
「…《ヘラクレス》」
「随分とお疲れのようだな」
「あぁ…《ケットシー》と《トロル》…本当に強い二人組だったよ」
私は、ヘラクレスと勝利後の談義をしていた。
彼がいうように、あの…《ピエロ》に、晴嵐くんは勝ったのだろうか…。
まさかな。いくら晴嵐くんが私の見込むほどの男といえど彼には……。
「あいつなら…やるぜ?あいつと闘った俺が保証する」
ヘラクレスが、私の心の声を読んだのか、そんな言葉を漏らす。
そうだな…。彼なら、やるかもしれない。
ここは素直に…礼を言ったほうがよさそうだな。彼には……。
私は、摩天楼の上に輝く太陽を見上げた。
あの太陽…まるで能力時の晴嵐くんのようだな…。なんて世迷言を思いながら。
☆
ここは…どこだ?
家?木で出来た綺麗な家だ。
「うぅ…」
声がする。行ってみると赤ん坊がひとりで寝ていた。すげぇ可愛い…。
「…あれ?」
そんなとき、突然光に包まれた妖精が姿を現す。
「お、おい!なにしてんだよ!!」
妖精が突然行った行動に俺は思わず声を出すも、完全に無視。
妖精は寝ている赤子を抱きかかえ、代わりにまったく関係のない赤ん坊を乳母車に入れる。
おいおい…なにやってんだよ!おい!!
俺が妖精に触れようとしたとき、世界は暗転した。
「ここは…?」
辺りを見る。すると一点だけ光に包まれた場所が
俺は小走りで走っていく。そこには、真っ黒なワンピースを来たひとりの少女が踞っていた。
「…先輩?」
声をかけた瞬間。また世界が暗転した。
「…起きたか、晴嵐くん」
「…え?」
俺が目を開けると、そこには先輩の姿。
そうか……俺、ピエロと闘って…力尽きて。
「今が夏休みでよかったな。何回死んだんだ?丸々一週間は寝てたぞ?」
「ちょ!?えぇ!?一週間!?」
俺は先輩の言った言葉に驚愕としてしまう。
やべぇ…夏休みの宿題やってねぇ…。
「ははは、君は起きてすぐから元気に吠えるね…」
そんなとき、となりから声がした。
「……あ。」
「や、どうもー」
隣にいたのは赤井だった。
「なんでてめぇがここにいんだよ!」
俺は思わず叫んでしまうも、叫んだ直後に痛みが走ってしまう。
「無理しない方がいいよ晴嵐くん?」
「気安く呼ぶんじゃねえよ!!」
「さて、つもる話もあるだろうし、飲み物を買ってくるとしよう。水でいいな?」
先輩の言葉に俺は適当に返事をして、彼女が去るのを見守る。
「君は寧々さんに見舞いに来てもらって、羨ましいなぁー…。死ねばいいのに」
「今さらっとなんつった!?」
「ははは、冗談だよ冗談。僕は嫉妬をするほど惨めな人じゃない」
そういって笑いながらいう赤井。
なんかこっちまで調子が狂う…これがイケメンパワーってやつか?
「んで?なんでお前がこっちのビルの領地にいるんだよ?」
「あぁー…。ジャックがね。頼み込んだんだそうだ。僕の傷はもはや寝るだけでは治らなかったらしい。
君と同じでね。だからこちらのビルでメアリーに治療してもらうしかなかった。
彼女実に綺麗だね♪寧々さんほどじゃないがスタイルもいい!まさに天使のような人だな!」
「お前女を褒めるとき一々大げさだな…」
「女性っていうのはそれほど偉大なんだよ?晴嵐くん?まあメアリーにはもう王子がいるらしいけどね」
微笑みながら言う赤井。
王子…メアリーちゃんだと狩羅……が王子?
「ぷっ!!」
「僕は彼女の想い人を見たことないんだけど、笑うのは失礼じゃない?」
「だって…狩羅が王子とか…ぷふふ。っ!?」
俺は思わず我に戻りきょろきょろと見渡す。
「はぁ…狩羅のやついないな…聞かれてたら殺されてたぞ」
「君がそこまでビビるってそんなに怖い人なのかい?」
「あぁ。でも、いいやつだ」
「…そうか」
俺と赤井はそういうとなぜかしばらく沈黙が走る。
「あ、そうだ。それでだったね。僕ら《闇夜のサーカス団》は解体した。それと…ピエロが消えた」
「っ!?」
俺はその言葉に思わず驚きを隠せずにいた。
「彼が突然僕らのビルにも姿を現さなくなったんだ。
だから僕らは《黒》を失った…。なに、気にはしてないさ」
どうやら俺達とピエロの闘いの様子を聞いたらしい。
少し寂しそうな顔しているけれど、吹っ切れてる顔だ。
「だから僕らはピエロの《黒》のない《虹のサーカス団》を作った。
アンは抜けるそうだけど、新しい『藍』の称号は決まってる」
「そうか…つまりお前らは敵じゃないってことでいいんだよな?」
「うん。むしろ遊びに来てくれ、このスカイスクレイパーの闘いは本来『娯楽』なんだからね」
その言葉を聞いて、俺は過去の思い出を思い出した。
始めて来たとき、まだ弱かった飛来と闘ったあの日。
俺は勝ててすげぇ楽しかった。黄鉄さんと本気の殴り合いをしたときも楽しかった。
狩羅達の闘いも、刹那達三人との闘いも、優との闘いも。
そう…楽しいんだ。このスカイスクレイパーの闘いは…悲しんでいいやつらがいていいわけがない。
俺は思い出が巡り巡った挙句、ひとりで思わず笑い出してしまった。
「じゃあ、また今度てめぇにも挑戦してやるよ」
「うん。次は僕も負けないよ?」
俺達は互いに寝転んだまま同じタイミングで笑い合い、拳を当てた。
--------------------------------------------------------------------------------
「ちょ、桐華さん!?どうしたんですか!?」
私が早足で歩いているその形相を見て、ナースさんが慌てて声をかける。
しかし私はそんな言葉を無視して歩みを進める。思いっきり走りたい気分だ。
「オーディン様!!」
「おう…桐華ちゃんじゃないか。どうしたのじゃ――――」
私はその顔と言葉を聞いてすぐに抱きついてしまう。
「…今日もご無事ですね。オーディン様」
「何をそんなに恐れておるのじゃ桐華。
あのときの傷はとりあえず山場を超えたと先生も言っていたじゃろうが」
「……。」
私は言葉を多く発するのは苦手だ。
オーディン様のように陽気に話せない。
だから私は無口なままぎゅっとオーディン様を抱きしめる。
「おいおいヴァルキリー。病室でそれはまずいぞ??」
「っ!?/////」
「おう、戻ったか」
「おいジジイ、俺にエロ本買わそうとすんじゃねぇよ。店員女性だったからジャンプにしたぞ」
「なんじゃ透!貴様は店員が女性だとエロ本も変えぬのか!中学生か!!」
「うっせぇジジイ!!」
私は思わず顔を真っ赤にさせたままオーディン様とトールの口喧嘩を眺める。
やばい…。見られた……。ものすごい恥ずかしい。
「ったく!じゃあ俺は仕事に戻るからな、ヴァルキリーのためにもちゃっちゃと退院してやれよ?」
「……っ!!!!」
「はいはい、そんな真っ赤な顔で激怒されてもこわくねぇよ」
そういってトールはオーディン様の前にジャンプを置いて去っていく。
私はもう力が抜けて、そのまま倒れるように上半身だけをオーディン様のベッドに身を委ねる。
「今日も疲れたのか?」
「いえ、オーディン様の家は大変綺麗ですね。掃除には困りません」
「その様子じゃとわしのエロ本の場所はバレておらんの」
「いえ、その本でしたら先日全て焼きました」
「やっ…。何をしてくれるのじゃ!?」
「オーディン様にあのような物必要ありません」
私は思わず頬を膨らましてしまう。
するとオーディン様のその萎れた手が私の頭に乗る。
「本当に、可愛いのう…。桐華は」
「……可愛くなど、ありません////」
私は思わず否定する。
介護師としてオーディン様の家に使えた私。
仏頂面の私のことを可愛いと言うのはこの人だけだ。
私は心地のいい匂いを感じながら、そっと瞳を閉じた。
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「ヴァルキリーちゃんもモノ好きですよねぇ。
いくら偉いからってあんなエロいオーディン様を好きだなんて」
「おいおい、他人の色恋沙汰に批評してんじゃねぇよ」
「そうデスね!私も極道息子好きになっちゃった時点で彼女と変わりはないですシ」
「…はぁ、そういうことを平然と言うんじゃねぇよ」
「まあまあ狩羅さんいいじゃないっすか?
メアリーちゃんが蛇道組の女将になる日は近いっすね!!」
「古田てめぇ後で殺す」
「わぁー怖ーい。あの《闇夜のサーカス団》の幹部ひとり倒した俺をもっと労わってくださいよぉー」
「けっ、まあてめぇにしては珍しく本気出したらしいじゃねぇか。『よほど』だったのかぁ??」
俺は狩羅さんの問いに対して思わず微笑んでしまった。
「はい。もちろんっすよ」
「そうか、ならいい。龍二はいるか?」
「はい、もうちょっとしたら来ますよ」
「今日は蛇道組の皆さんと宴会デス!私張り切っちゃいますよ!弾けろ女子力!!」
なぜかガッツポーズで気合を入れるメアリーちゃん。
ここで気の聞く奥さんアピールでもするつもりなのだろうか?
「すいやせん!遅れました!!」
「よしっ、全員ついたな……行くか」
そして狩羅さんは先頭を堂々と歩く。
俺はその背中がとても小さく…けれどなぜか大きく見えた。
小さき王……《バジリスク》の姿がそこにあった。
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「…ありがとうね。
うちのカフェで弾き語りなんて、おかげでお客さんにすごい好評だったよ」
「あぁ、やっと…『風の音』を取り戻したよ」
「じゃあもう、心は払われたの?」
「あぁ、もう何も罪悪感はない。全てが洗い流されたようだよ。
弟子とその友人の『風』に綺麗さっぱり吹き飛ばされちゃった」
「またまたオシャレなこと言って、はい、カフェモカ。弾き語りのお礼にサービス♪」
「ありがとう」
僕は涼子さんからカフェモカを受け取ってゆっくり飲む。
あれから一週間。全てに充実感がある…。何よりも……。
僕は瞳を閉じる。するとどこからともなく聞こえてくる風の音。
これだ。僕はこれを聞いている限り、僕で有り続けれる。
「そうだ涼子さん、聞いてよ。罪を背負った詩人が出会った、妖精を護る不死鳥の話を―――」
僕は、昔のように謡う。
スカイスクレイパーを引退した彼女に言っても無駄なんだけれど
このカフェにはスカイスクレイパー参加者がなにげなくくるらしい。
過去の《ヴィヴィアン》としての評判が客を読んでいるのだろう。
そんな彼女だから、僕のこの謡を広めてくれる気がした。
「へぇ……いいお話じゃない」
「あぁ…僕も傑作だと思う」
「師匠!迎えに来ました!!」
突然扉が開く鈴の音が響く。
振り返るとそこには車田くんとアンの2人の姿があった。
「じゃあ、行ってくるよ」
「どこに行くの?」
席を立ち、背を向ける僕に聞いてくる涼子さん。
「ちょっと…妖精に会いにね」
彼女にそういって、僕は車田くんとアンと共に、バイクで故郷に戻った。
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「…千恵ちゃん?」
「…なに?」
「離れてくれないかな?」
僕の腕にぴったりとくっついている千恵ちゃん。
「嫌。一緒にいてくれるって言った」
「んー…だからってこれは……」
「RB、あんた…うちの千恵に手出したらどうなるかわかってるんでしょうね?」
「え?この状況で僕を攻めるのかいフェンリル?」
「当たり前でしょ?うちの妹を誑かした男を許す姉がどこにいるもんですか!
後あんたいい加減あたしのこと『刹那』って呼びなさいよ!」
そういうとフェンリルは僕から千恵ちゃんを引き離してぎゅーっと抱きしめる。
千恵ちゃんはと言うもの随分と嬉しそうだ。
「って僕は誑かしてないよ!!」
「まあよかったじゃないかRB。何はともあれ人に好かれるというのはいいものだぞ」
挙句寧々ちゃんまでそんなフォローを入れてくる。明知先輩…僕は少し泣きそうです。
「おーい!みんなぁー!!」
そんなとき、車田さんの声がする。
僕ら全員がそこに振り返ると、彼と…アンと言う女性ともうひとり…いた。
話に聞いていた……彼が、北風太陽…寧々ちゃんの元《仲間》の姿が。
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「っ!?太陽…さん」
僕、北風太陽が現れ、寧々ちゃんが驚愕の顔を浮かべている。
ピエロのことがあったからか、やはり元『仲間』である僕を見ると怯えるように震えている。
僕は思わず苦い顔をしてしまう
「寧々ちゃん………ごめんね。あのとき、独りにしてしまって……」
一気に重い空気が張り詰める。
寧々ちゃんも自分の服の袖をぎゅっと握りしめている。何かを耐えているんだ。
「罪滅ぼしになるとは思えないけど、けじめは付けたんだ。だから…一つ、お願いがあるんだ」
僕は緊張しながら、勇気を振り絞って言葉に出そうとする。
僕の言葉を聞いて、次の言葉を待ってる寧々ちゃんはずっと俯いたままだった。
「僕を……『仲間』にしてください」
「……っ!?」
僕の言葉を聞いた寧々ちゃんは涙を浮かべて顔を上げる。
そして耐え切れなくなったのか、そのまま太陽さんの方へ走り、飛びついた。
その場にいた彼女の仲間みんなが彼女の泣いている姿を暖かく見守っていた。
ここに晴嵐くんはいないけれど、彼もきっと同じように暖かい目をするだろう。
「…ただいま。」
これは、罪を抱えた詩人の……罪滅ぼしをして妖精に会いに行く、長い長い物語。
ってなわけで、闇夜のラグナロク編楽しんでいただけたでしょうかww
相変わらずの駄文で申し訳ございません。
刹那VSガルムとか読みづらかったと思います。修正する時間がなくて^^;
さてっと、次回の話はあの《ヘラクレス》がかかわってきます。
そして今回の物語でアンと太陽さんが仲間として参戦。
そして次回の話ではとにかくバトル!バトル!!バトル!!!になる予定です^^
ってなわけで次回「童戦祭」編でまたお会いしましょう!!(ぇ