第7章~童話『奈落の月』編~第7部
黒金奈々の元へ向かう明知晴嵐と辰巳陸。
その二人を追おうとするメルヘニクス残党とそれを阻止するリムバレットの面々
飛来拓海は聖孝明を操った「ピノキオ」との戦闘
一人別行動をする三浦秀人は「人魚姫」を倒すことが出来るのか。
ついに最終戦開始のバトルアクション!第7部
「ねぇねぇ。君はどうしてそんなに身体が柔らかいの?」
「ねぇねぇ、どうして君はそんなにすぐ壊れるの?
たった一人の部屋。
鼻が異常なほどに垂れている少年は、真っ暗な場所で人形を持って遊んでいた。
その光景はとても不気味なもので、少年の親も彼を部屋に隔離して極力相手するのを避けた。
「ねぇねぇ、どうしてお母さんとお父さんは僕を嫌うの?君たちは僕のこと嫌い?ねぇ?嫌い?」
持っている人形の首を絞める。ぎちぎちと音を鳴らして本当に苦しんでいるかのように人形はぶるぶる震えながら
天井を見る。そして少年の力が働き、人形の首はぽっきりと折れて、地面を転がる。
「ははは、ははははははは!」
その光景を見て、少年は狂気ともいえる笑い声を上げる。
その目からは、なぜか水分が飛んでいた。
「お前か? ここにいる『不気味な人形遊びをする奴』ってのは?」
「…………」
真っ暗な部屋に突然光が差し込む。
誰かが扉を開けたのだ。少年に用のある者などいない。
扉が開かれるとき、それは両親がせめてもの情けで恐る恐る開けて食料を入れてくるときだけだ。
しかし、その男は平気で少年の領域に侵入してきた。
「入ってくるなっ!!」
「っ!?」
突然叫び出す少年。
それと同時に足から血を噴き出す入ってきた男。
「……これは、糸か?」
男は驚いたようにいう。
目を凝らしてみると、部屋のいたるところに鋭い糸が張っていた。
男の足元の糸は、彼の血で赤く染まっていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「だからいわんこっちゃない! うちの息子はこういう奴なんです。放っておいてください!」
怯えたような声で吼える二人がいる。少年の両親だ。
少年と目が合った瞬間に彼らは目を逸らす。完全に化け物を見ている目だった。
少年は、ものを操るのが好きだった。
色んなものに糸をたらして、罠を仕掛けるのが好きだった。
心を掴んで他人の弱みを握り、操るのが好きだった。
他人の都合の悪いことを見極めた。彼は嘘を見抜く力があった。
でも、だからこそ彼は苦しんだ。他人の好意的態度が、全て嘘だとわかってしまっていたから。
それから彼は交戦的になった。弱みに付け込み相手を脅し、どんどん人の弱みに糸をたらした。
人々は少年を恐れた。少年の前では嘘は付けない。嘘だとバレるのが怖くて誰も近づかなくなった。
誰も信用できない。若干12歳でその事実にたどり着いた少年は部屋に籠もり、誰も入れないように罠を張り
じっと、ただじっとその部屋で1人感情のない人形と遊び続けていたのだ。
「なぁ、おめぇ……他人の嘘見ぬけるんだって?」
足の血を少年の母から貰ったタオルで巻いた男は少年に向かって投げかけた。
「それで? 人の嘘見抜けた結果、人間不信になってひきこもりねぇ……」
少年の眉がかすかに歪む。
「なぁ、おめぇ。俺らのところに来ないか?」
「ちょ、何を言っているの貴方!」
彼の言葉に叫んだのは母親だった。
「あぁ? どうせあんた達はこの子にビビって相手できねぇんだろ? だったら俺らにくれよ。こいつ」
「っ!? 君! いい加減にしろ、いきなり入ってきたと思えば息子をくれだと!? 冗談でも――――」
「冗談じゃねぇよ。ってなわけで貰っていくぞ。下で太陽たちを待たせてんだ」
そういうと男はさらに歩み進める。
腕や足に糸が張り付いて、歩けば歩くほど皮膚が裂けて血が流れる。
しかし男はその度に糸を無理やり引きちぎった。そのために掴んだ腕も切れて血まみれだ。
「……来るな! 来るな!!」
少年は怯える。
少年が心を読めるのはある一定の距離以上近づくとだ。
この部屋の真ん中からドアまでの距離では心が読めない。両親が本当に自分をどう思っているのかは読めない。
それでいいと思っていた。人の嘘なんて読みたくない。人に近づいてほしくない。
「よしっ!俺の手を取れ!」
気が付くと、血まみれの男は少年の目の前に立っていた。
そして座り込んでいる少年に対して手を差し伸べている。
「……俺が、怖くないの?」
「いや、はっきり言ってやる、怖い。だけど……おめぇみたいな奴は大好きだ!」
そのとき、少年は驚いた。何も見えない。嘘が映らない。
って言うことはこの男が言っている言葉は、本当なんだ。
この男は初めて会った少年のことを本気で大好きだといっているのだ。
少年は無意識に男の腕を取った。
「よし! これで仲間だな! おめぇ、名前は?」
「……木野奏詞。奏でる詞って書いて奏詞」
「奏詞か。かっこいい名前だ! 俺の名前は神倉詩朗。
お前とは漢字違いだな。こっちは詩を朗読するって書いて詩朗だ」
男はそういって少年を引っ張り、抱きかかえた。
大きな身体が少年の小さな身体を包み込む。
久しぶりのぬくもりだった。こんな人の温かさを感じたのはいつ振りだろう。
「ってなわけで、この子はうちで預からせてもらうぜ」
男が不敵な笑みを両親に向けて浮かべる。
両親も対抗して睨みつけるが、一瞬目に入る。
――自分の息子が男の胸の中で安らかな顔で眠ってしまっているのを。
親である自分すら普段は見れない顔だった。こんな顔をする息子を見たのはいつ振りだろう。
「……勝手にしろ」
「貴方!?」
「あぁ、勝手にさせてもらう」
そして男は少年を連れて家から出る。
「……ん、遅かったっすね。詩朗さん。それに血まみれじゃないっすか」
「太陽……てめぇまたタバコか?俺はやめろっつったぞ? 未成年!」
「てめぇ、人の話を……ちっ。はいはいわかりましたよ」
「ったく、もうちょっと丁寧で真面目な青年になってくれないかね?」
「うるせぇ、そっちこそ血まみれで平然とたってんじゃねぇよ。お互い真面目なんて無理だろが」
「でも、お前はなろうとしてんだろ?」
「…………」
太陽はタバコを地面につけて火を消すと、持参している吸ったタバコを捨てるようの箱に入れる。
その顔は少し恥ずかしそうだった。
「んで?それが今回のガキか?」
「あぁ、木野奏詞だ。両親の許可を貰って拉致ってきた」
「それ絶対貰ってないっすよね……」
「あぁー!」
「……うるさいのが帰ってきた」
「太陽さん太陽さん! この眠ってる男の子は誰ですの!?」
「うるせぇぞ姫子!」
遠くから走ってきて、太陽の背中に向かって飛び込んできた少女は眠っている奏詞を見つめて騒いでいる。
「……ん?」
「あっ! 起きたわ! 起きましたわ」
「だからうるせぇって言ってんだろが!耳元で騒ぐな!」
「太陽!言葉遣いに気をつけろ!」
「ちっ!わかったよ……」
目を開けた少年の前には、目つきの悪いライダースーツを来た青年と
彼の背中に乗ってキラキラとした目でこちらを見てる少女の姿だった。
「はぁ、ビビってるな……あぁー。俺は北風太陽。ちょっと前までソロの暴走族やってた」
「ぼ、暴走……族!?」
「おい、何子どもを怯えさせてんだ太陽!」
「だって本当のことだもん」
少年には嘘が見えなかった。太陽の言っていることは本当だ。
「はぁ……奏詞。この太陽は、風の声を聞くことが出来るんだ。
そういう意味ではお前と似た力がある奴だ」
「…………」
奏詞はじーっと太陽を見つめる。
その視界に突然割って入ってくる少女がいた。白井姫子だ。
「わぁー! 変なお鼻!」
「っ!?」
「おいっ!姫子!本人が1番気にしてるかも知れないことを言ってやるな!」
「だってだってー。ま、いいや。私は白井姫子ですわ♪ 動物の声を聞けるんですの」
「動物の声……」
嘘が見えない。この子も本当のことを言っているんだ。
そう思うと、奏詞は驚愕した。自分以外にもこんなへんてこな力を持った人達がいるってことに。
「二人とも、この木野奏詞は嘘を見抜けるらしい。だからくれぐれもこいつの前で嘘つくなよ?」
「「へーい(はーい♪)」」
これが、木野奏詞。《ピノキオ》とアンデルセンの出会いだった。
「ほらほら! どうしたの!?」
「ちっ!」
飛び交う糸たち。
それを出現させたナイフで切っては距離を詰めようとする飛来拓海。
「僕は糸で斬り刻むことも、糸を絡ませてものを操ることも出来るんだよ!」
「っ!?」
突然上から降ってくる巨大な岩石。
糸で持ち上げてたっていうのか!?
「くそっ!」
ナイフを消滅させて、飛来は巨大な一つの剣を作り出す。
上空の岩石をその剣で一突きして、それを砕く。
「はーい♪残念」
「っ!」
「これで身体は僕のものー」
身体のふしぶしにピノキオの糸が垂れている。
飛来は上空からナイフを落としてそれを切る。
「ふぅーん。操り糸で君の四肢を操っても、どこからでもナイフを出現させるから意味ないと。
君やっぱり強いよね? もしかしてリムバレットとか言うの中で最強だったりする?」
「……さぁな」
「ロビンフットを倒したんでしょ?もっと自信持っていいよ。僕も本気で行くから」
「……ん? 本気?」
「そうさ。開け! 《アンデルセンの宝》!《記憶の狭間》!」
刹那。
一本の糸が飛んできて、飛来の額目掛けて飛んでくる。
彼はナイフでそれを斬り落とす。
「残念♪そっちはダミーさ。本物は……後ろ」
直後。
糸が飛来の額に突き刺さる。
しかし、痛みはまったく感じなかった。
糸はすぐにピノキオによって抜かれる。
「……なんのつもりだ?」
「ねぇねぇ、君の中でさ。最強の存在って……誰?」
「…………」
ピノキオの質問が不気味で、飛来は答えられなかった。
「あぁ、いいよいいよ。答えなくて。大体わかってるから。記憶の狭間……発動」
その言葉を放った瞬間。
ピノキオの目の前に紫色の異様な魔方陣が展開される。
そこから二体の影が姿を現してくる。
「っ!? どういうことだ!?」
「へへへ♪驚いた? 君がこれから闘う相手は、歴史上最強の人間二人さ!」
飛来の目の前には本郷黄鉄と神倉詩朗の姿があったのだから。
☆
「なぁ、拓海」
「なんすか、黄鉄さん」
「お前は……なんで力を欲した」
「なんすか急に……」
「お前は、まずこの世界に入り、そして狩羅の元について、そして俺のところにきた。
それはただ一つ、晴嵐に負けて悔しいかったからか?」
「多分それっすね」
「じゃあ、その晴嵐と決着がついた今、お前は晴嵐の下に就く。
その事になんの不満もない。むしろ自分で臨んでいる。じゃあ、今お前はなぜ力を欲する」
童戦祭直後、黄鉄さんとそんな話をした。
あの時、俺はなんて答えたかな?まず最初に浮かんだのは、あなたに勝ちたかったから。
けれど、じゃあそれこそ黄鉄さんが去った今、俺はなぜ力を欲しているのか――――。
「けっへっへ♪目の前には、過去最強の男神倉詩朗と《ヘラクレス》本郷黄鉄!
どう?驚いたでしょう?驚いたでしょう?」
「…………」
「あれれぇ?なんか反応薄いねぇ~あんたの師匠とその親友の最強だよぉ?」
「確かに驚いたさ。だが、悪いな。俺はあんまり表情に出ないタイプなんだ」
「あっそ。つまんないなぁ。あっ、もしかしてデクだと思ってる?じゃあ証明してあげるよ!」
すると、目の前にいた黄鉄さんの姿をした何かが俺に襲い掛かってくる。
俺は盾にするための巨大な剣を作って彼の拳を受け止める。
「っ!?」
奴の拳が俺の剣を砕き、俺を壁まで吹っ飛ばした。
「今びっくりした顔したね?どう?ねぇどんな気持ち?どんな気持ち?」
そう煽ってくる奴の横にいた神倉詩朗は突然ランチャーを出現させてこちらにぶっ放してくる。
「くそっ!」
俺は慌てて逃げて爆発から逃れる。
「確かに……これは本人たちの能力と同じようだな……」
「きっひっひ♪さっきおめえさん。『てめぇなんかにやられない』とか言ってたなぁ?
じゃあ!最強の二人相手ならどうなんだよぉ!」
気付かなかった間に、黄鉄さんが俺の胴体と掴み、バックドロップをかます。
「がはっ!」
空に向かった視界では、上空に飛んでいる神倉詩朗が巨大な槍を放っている。
俺は慌てて大量のナイフを出現させて槍を相殺させる。
そしてナイフを飛ばして黄鉄さんに攻撃する。黄鉄さんはこれを避けてピノキオの元へ戻る。
「どう?僕の力は?」
「お前の……力だと?」
「いや、正確には違うね。詩朗が僕にくれた力!《記憶の狭間》の力だ!」
「……アンデルセンの宝か」
「ご名答♪この力は僕と、他人の記憶から物を具現化する力さ。
僕の記憶にいる最強の男と、君の記憶の中の最強の男を呼び出した!これで僕の勝ちだ!」
「ちっ!」
こちらに突進してくる黄鉄さん。
俺はナイフを飛ばす。肩などに突き刺さるが、そんなことお構いなしに襲い掛かってくる。
「こいつらは記憶で作ったいわば人形!そんな攻撃が通じるわけないだろう?」
詩朗が放ってきた光の矢が俺の動きを封じる。まずい!
「おぅらぁ!!」
黄鉄さんの拳が俺の胴体を捕らえる。壁に思いっきり叩きつけられる。
「はぁ……はぁ……」
流石にこの二人を相手するには不可能なのか……。
「いや、そんなのどうでもいい」
「ん?どうしたのかなぁ?」
「なぁ……お前さ――」
あのとき、俺は黄鉄さんになんて答えたっけ。
「なんで力を欲しているんだ?」
そうだ。覚えている。恥ずかしくて口に出すのは嫌だったけど、覚えてる。
「力を欲する理由?そんなもの!人の上に立つためだよ!
僕を気味悪がった奴らを打ちのめして!僕がメルヘニクスと共に最強になるんだ!
ただ力があるだけじゃダメだ!相手を跪かせる圧倒的な力がないと!上には立てない、頂点を目指せない!」
ピノキオはそう叫んだ後、黄鉄さんと詩朗の二人を俺に向けて放ってくる。
「頂点を目指すか。俺はそんな大層なもんじゃなかったな。最初は……」
二人の攻撃が俺に近づく。
「今……俺が力を欲しているのは……『守るため』だ!」
その瞬間。俺は力を起動させる。
俺の身体が黄金に輝く。
「な、なんだこれは!?」
「教えてやるよ。何もお前だけが、アンデルセンの宝を持ってるわけじゃねぇ。《12の伝説》!」
そこにいたのは、本郷黄鉄が使っていた鎧とは別の黄金に輝く二つの短剣とブーツを纏っていた。
「……へぇ、君。ヘラクレスからその宝を受け継いでいたとはね。
当然と言えば当然か。君はあの男の一番弟子だもんね……受け継いだってことは――」
「あぁ、俺はヘラクレス――本郷黄鉄に勝っている。瞳と福籠も一緒だったがな。
だから言ってやる。てめぇの操っている黄鉄さんは……はっきり言って弱い」
「……はぁ?」
俺は黄金に輝くナイフをかざす。
弧を描いた光の中にナイフが現れる。
「放て!ソードシューター!」
無数のナイフがミサイルのように動く。
「調査では君は剣をコントロールできないって聞いたんだけど?」
「はっ!いつの情報だ。俺はとっくに、自由自在にコントロールできる!」
「詩朗!僕を守って!」
俺が飛ばしたナイフを詩朗が全て防ぐ。
その直後、俺の腕から突然血が噴き出す。
「糸か……」
「僕がこいつらを操るだけだと思うなよ!」
また黄鉄さんが襲い掛かってくる。
「だけど!」
俺は黄金に輝くナイフで黄鉄さんの胸部に突き刺す。
すると黄鉄さんは大きな影となって消滅していった。
「黄鉄さん。あなたはもう、俺の中で《勝てない相手》ではない」
「ひぃっ!」
「だから言っただろ。お前では俺に勝てない」
ピノキオは明らかに額に汗を流していた。
糸を俺に向かって放ってくる。俺はその全てを切断した。
「詩、詩朗!」
神倉詩朗が俺に襲い掛かってくる。
奴の剣の攻撃を俺はナイフで受け止める。そして攻撃を払う。
「創造主が、思考というものを無くしたら、それはただの人形じゃねぇか」
神倉詩朗の腹部が真っ二つに裂ける。その直後影として消滅した。
「あっ……あっ……」
「確かにてめぇの力は強い。だが、俺のほうが上だ
狩羅さんが言ってたぜ。喧嘩は、強弱じゃなくて、ビビった方が負けだ。ってな」
「くそ!くそ!」
糸が張り巡らされている。
俺は気にせずに奴に向かって歩みを進める。身体のどこかしこが裂けて血が噴き出す。
んなもんお構いなしだ。
「なぁ、ピノキオ。てめぇは寂しかっただけだろ。
人形しか自分の相手をしてくれなくて、詩朗という理解者が消えて
ただ寂しかっただけだろ。その寂しさを消すために力を欲した。違うか?」
「違う!違う!!」
「さっき俺がお前に力を欲した理由を聞いたとき
『メルヘニクスの仲間を守るため』なんて一言も言わなかったもんな。
自分を守ってくれる人がいないんだから、自分も誰かを守るなんてしなかったんだろ。
でも、神倉さんのことは……守ろうとしただろ?」
俺はじっとピノキオの目を見つめる。
奴の瞳に俺の姿が映っている。弱弱しく震えている。絶望していた。
「なら……今度は俺が守ってやる」
俺は、そう言ってピノキオに手を差し伸べた。
意味がわからない。
なんで目の前のこの男は、僕に手を差し伸べるのか。
僕は、こいつを殺そうとした。もちろん、このスカイスクレイパーで実際に死ぬことはない。
けど、確かに僕はこいつに殺意を持って殺そうとした。
それにさっきから言っている意味もわからない。
寂しい?僕が寂しい?そんなわけないじゃないか。
そんなわけ―――――――
「どうした?取らないのか?」
飛来拓海が澱んで見える。もしかして……僕は泣いているのか?
頭の中によぎった風景。
それは僕の目の前に詩朗が立って、僕を見つめていた。
けれど、その詩朗が姿を消す。
次に現れたのは、メルヘニクスのみんなだ。
けれどみんな、前を見ていて、僕の方はなんて誰一人見てくれていない。
誰一人として僕と目が合わない。僕はまた、足元に置いてある人形で遊び始める。
「泣いてるんだろ。俺が、お前の友達になってやる。それが喧嘩だ」
飛来拓海は今まで見たことのない笑顔を浮かべた。ぎこちない笑顔だった。
僕は……なんとなく、ただなんとなく彼の手を取った。
黄鉄さん。これでいいんですよね。
あなたが俺にしてくれたように、俺はちゃんと出来てますかね?
誰かに手を差し伸べて、守れるような人間に、俺はなれてますかね
「喧嘩ってのは……こういうことだよな。晴嵐」
そう呟いた瞬間。突然体内から血が噴き出してきた。
「だ、大丈夫かい!?」
ピノキオが叫んでいる。
口から大量に血が流れる。
「わ、悪い。そろそろ限界みたいだ」
身体中の傷口から血が流れる。めまいも起こってきている。
「……?」
おかしい。血が流れ出ない。
「ッ!?お前……何して」
俺は驚いた。
目の前の男、ピノキオが自分の能力の糸で俺の傷口を縫っていた。
「これくらいしか……できないけど、僕は君を守れているかな?」
少しぎこちない笑みを浮かべながらピノキオは俺の目を見つめる。
「あぁ、十分だ。ありがとう。木野」
だけど、この体力じゃ動けそうもない。他の奴の加勢は無理そうだな
「あんた、もういい加減にしたら?」
「うっせぇ!相手が《タルタロス》だろうが、諦めるわけには……いかねぇんだよ」
「哀れな男ね。この《アスモデウス》と闘おうなんて。
しかも、あんたのこの闘いは、今の戦場では意味のないものよ?」
三浦秀人。
この男は目の前にいる明知氷雨――アスモデウスに因縁がある。
しかし、ここは晴嵐たちが闘っているビルから遠く離れた場所。
「ねぇ?なんのために闘ってるの?」
「……俺の、意地のためだ!」
その顔は、どこか自分の愛する男に似ていると、氷雨は感じた。
☆
「ねぇ、おかあさん。どうして……おかあさんはいなくなっちゃうの?」
「ん?氷雨、ごめんなさいね。実はお母さん。悪い人なの。
だから、罪を償わないとダメなの」
「つみ……ってなあに?」
「悪いことをしたってことなのよ」
「ふーん。それで……いつもどってくるの?」
「さぁー、いつでしょうね。でも氷雨?この生まれたばかりの晴嵐のこと、しっかり守ってあげてね?」
「うん!!」
まだ幼かった頃、私は母から晴嵐を託された。
まだ小さい赤ん坊で、当時の私はお姉ちゃんになったと思って喜んだ。
いつも晴嵐のために動いていた。
「ひ、氷雨ちゃん!ず、ずっと好きでした!」
「ごめんなさい。弟が待ってるので」
小学校高学年の頃、晴嵐も低学年の男の子として同じ小学校に通っていた。
この頃から私は、やけに異性に意識されてしまうようになった。
小学生にしては落ち着いた風貌、長くて黒い綺麗な髪。まるで猫のような大きな瞳。
自分で言うのもあれだけど、成績優秀容姿端麗と完璧人間だった。まだ幼い男も同級生も、上級生も
こぞって私に告白してきたが、私は全て断った。だって……興味なかったのだから。
将来有望なサッカー部のエース?
ファンクラブもあるイケメンピッチャー?
大金持ちの市長の息子?
適当な女が靡いていくような男に私は興味がなかった。
「お、弟さんなんていいじゃないですか!お願いです!付き合ってください」
「あ、あの……だから……」
「こらぁー!!」
私が困っているとき、告白してきた上級生の男の頭部に小さな少年がとびかかった。
「姉ちゃんを!いじめるなぁー!!」
「いってぇ!い、いじめてなんかねぇよこのガキ!!」
男は少年を振り飛ばす。少年はしりもちをついてとても痛そうだった。
「ったく!なんだこの野郎……」
私は、目の前の男にビンタをくらわした。
「……え?」
「下級生に乱暴するなんて最低。ましてや……私の弟に!」
「え?お、弟さん」
「二度と私の前に現れないで!」
「は、はい!」
私の気迫に男は落ち込みながらも慌てて逃げていった。
「だ、大丈夫?晴嵐」
「うん!だいじょうぶ!!」
晴嵐は私の方に見上げてニカッと笑った。
そう、この笑顔だ。この太陽のような笑顔が私を狂わせる。
「帰ろっか♪」
「お姉ちゃん。よかったの?あのお兄ちゃんにビンタなんかして」
「いいの。あんな私の見た目だけに惚れてるような芋男。あんな奴よりも晴嵐のほうがカッコいいもん」
「もぉー、おねえちゃん。それは言いすぎだよー。僕知ってるよあの人柔道部ですごいつよい人でしょう?」
晴嵐は冗談と受け取ったつもりだろうけど。私は冗談なんて言っていなかった。
つよいって知っている柔道部の男に飛びかかれる勇気がこの子にはあるんだから。
☆
中学に入ると、私はいわゆる「嫉妬」の対象となってしまった。
誰かは言った。私が○○くんを奪ったと。私はそんなことをしたつもりはない。
話しかけられたから話しただけだ。凄く腹が立った。
ただ……腹が立ったと同時に、ちょっとした快感がなぜかあった。
その女は私にバレてないと思って影で憎たらしい顔をして私の悪口を言っている。
その顔の無様さが大人になった今でも忘れることが出来ない。今まで何人の無様な顔を見てきただろう。
どうせ濡れ衣を着せられるなら――――。と私は強硬手段に出た。
その○○くんとやら全員にアプローチをかけていったのだ。
Aさんが好きなAくんを。Bさんが好きなBくんを。Cさんが好きなCくんを。
みんなみんな、私が籠絡させた。恋する乙女の夢を全部踏みにじってやった。
彼女たちは何も出来ないわ。だって……自分たちが好きな男が私を庇うんだもん。
あの時の悔しそうな顔ったらないわ。最高。もうさいっこう!!
特に女が私を見て「この悪魔!悪魔!!」と叫んだ時は愉悦に浸ったわ。
私は中学時代はそのように過ごした。
力ある男を籠絡し、手駒にして、自分の生活を円滑にした。
もちろん、その男たちには絶対に心を許さない。だって……私が心を許すのは。
「おっ、姉ちゃんおかえり」
「ただいまぁー。ご飯は?」
「親父が作ってくれてるよ。炒飯だってさ」
「よし、私も手伝ってくるねぇ」
リビング机でテレビゲームをしている晴嵐は私の目を見ずに答えた。
はぁ……。自分で言うのも変だが、これほどの魔性の女を前に、弟だけは振り向いてくれない。
「兄弟だから……仕方ないか」
晴嵐は父親似である。一度父の若い時の写真を見たが
父に惚れそうになるぐらい晴嵐そっくりだった。
父はA型で母はB型。晴嵐はA型で私はB型だった。
これが関係しているのか、父は私をたまに母と間違えるほど似ているらしい。
私に似てるってことは母もよっぽどモテた女なのだろうなと思った。
(はぁ……なぜ私と晴嵐は兄弟なのかしら……)
キッチンに行くともう手伝うこともなさそうなのでリビングに戻っていく。
すると晴嵐が誰かと電話をしている。やけに楽しそうだ。電話が終わった。
「誰から?」
「ん?佐藤って言う友だち」
「佐藤くん?」
「いんや、佐藤さんだよ。佐藤は女」
その時、私に何かがチクリと刺さった。
「その佐藤さんがなんて?」
「ゲームの調子はどう?だって、これ佐藤から借りてんだよ」
「……ふーん」
女の勘が言っていた。この佐藤って女の子は晴嵐の事が好きだ。
その事実を知った直後。私は何かのスイッチが押されたかのように考えがめぐらされる。
後日。私は偶然を装い、佐藤って女の子と遭遇した。
晴嵐の姉だというと、喜んだ顔で付き合ってくれた。学校での晴嵐のようすを聞いて
そこからメルアドを交換して、私は彼女と友だちになった。
定期的に一緒に出掛けるようになった。ショッピングに言ったり、映画に言ったり。
「なぁ、姉ちゃん。最近佐藤から姉ちゃんの話ばっか聞かれるんだけど、いつから友だちになったの?」
「ん?この前偶然会ったときに話があってね♪」
佐藤という少女の中には、もう晴嵐への「恋心」なんてものは消え失せていた。
あるのは私への「従属意識」だった。彼女も今では私の手ごまの一つ。
私は高校時代。母に会ってみようと思った。
あの頃は分かっていなかったが、「つみを償う」って言うのは自首だろう。
母は一体どんな犯罪を行ったのか。それは知らない。だから私は母に会いに行こうと思った。
今まで通り面倒は女は男を使って堕とすか、私自ら動いて懐柔させたし。
晴嵐に纏わりつく虫も私がもれなく懐柔させた。晴嵐は今バスケの練習で忙しい。
部活内では注目選手となっているのだ。いらぬ女が付いたら溜まったものじゃない。
「こ、ここか……」
私は刑務所前にやってきた。
なるほど、すごい迫力だ。
看守の人に話しかけてみる「明知早姫」という女性はいるかと。
看守は少し苦い顔をして私を見て、いると答えたが「彼女は夫以外との面会を現在拒否している」と言った。
ここまで来たのに母は私には会いたくないらしい。
「じゃあ、あの……母はなぜ捕まっているのですか?」
「…………」
看守はまた苦い顔をして俯いた。よっぽど私に教えたくないのか。
「お願いです!教えてください!」
「……仕方ないですね。いいでしょう。明知早姫。
彼女は殺人罪でこちらに捕まっています。自首と言う形でしたが、殺人鬼だった女です」
男は申し訳なさそうに淡々と語った。
私は内心で驚いていたが、表情に出すことが出来なかった。
「あ、ありがとうございました」
私は一礼をして、刑務所から出た。
ふと、中学時代に女生徒に言われた言葉を思い出す。
(この悪魔!悪魔!!)
「そうねぇ……。まさか本当に私が、悪魔の娘だったなんてね」
殺人鬼の娘。しかもその殺人鬼と瓜二つ。
それを知らずに、色んな人間を陥れてきた。根っからの悪魔。
「こうなると、とことんまでやるしかないわね」
事実を知った私は、なぜか清々しい気分だった。
これが本当の私。私は悪魔だ、他人を堕とす悪魔だ。
だって、殺人鬼の血が流れてるんですもん。
「晴嵐は……こんな私を愛してくれるかしら」
ふとそんな言葉を漏らした。
晴嵐にもあの女の血が入っている。
しかし、彼は悪魔なんかじゃない。彼は太陽。私を照らし続けてくれる太陽。
「いいわ、あの女の狂気。全部私が受け継いでやるわよ。いや、もう既に受け継いでいたのか」
そう思ったとき、心の中に黒い液体が流れてくるような感覚があった。
全てが黒く染まる。何もかも。
【見つけたぞ。女……器だ】
「っ!?何!?」
その瞬間。私は真っ暗な空間に閉じ込められていた。
どこかから聞こえる男の声。
【女……悪魔は信じるか】
「信じるってどういうこと?」
【答えろ。貴様は悪魔を信じるか】
男の声に圧される。私は少し悩んだ末
「そうね、しいて言うなら私本人が悪魔みたいな女。じゃないかしら」
【なら、そのまま悪魔にしてやろうではないか!】
その直後、暗闇が全て私の胸に吸い込まれる。
やっと景色が見えると思ったとき、私は《スカイスクレイパー》にいた―――――――。
「はぁ……三浦くんさぁ。君はもうどれだけ頑張ってもダメなの」
「うるせぇ!!」
「だって、敵はあたし一人じゃないもん」
「っ!?」
直後――――。明知氷雨と闘っていた三浦秀人の身体が何個ものビームに貫かれる。
「にひひっ♪必殺!やられたふりなのだぁー!!」
「弥生……月子ッ!」
「はいはい。お疲れ様ねぇー。また遊ぼうね♪三浦くん」
そのまま三浦秀人は倒れて消滅する。
「ねぇねぇ氷雨様~♪どうして止め刺さなかったの?
刺せたよね♪私にこっそり合図しなくてもー」
「……五月蠅いわよ」
「だって天下のアスモデウス様がぁ~。小童一人相手に仲間の不意打ちを使うとは。
一番の側近である月子ちゃんとしてははてなはてななのですよ~」
「そうね。本当はわかってるんでしょ?私の愛する男に噛んだ泥棒猫ちゃん」
「その言い方やめてくださいよぉ~♪今は氷雨ちゃんの奴隷なんだからぁ。
三浦くんがどことなく晴嵐と被ったからでしょ?」
「そんなことはいいのよ。
これ以上関わると、晴嵐に私の存在がバレそうだわ。引きましょう。首を突っ込んだら奈々にも怒られるし」
「はーい♪あっ!じゃあアニメイト行きましょうよぉーアニメイト!!」
「ほら、そこの倒れてる三人も起きて!!」
「「「へ、へーい……」」」
三浦秀人。あっけなく消滅。
それもそのはずだ。彼が相手をしていたのは
本物の悪魔。アスモデウス・明知氷雨なのだから――――――――。
次回は刹那と清五郎さんがメインの話にするつもりです^^
ぜひお楽しみください。
あと、更新がだいぶ遅れて本当に申し訳ございませんでしたm(__)m
いつも読んでくださっている皆様には本当に感謝いたします。




