壱
白い部屋
白いカーテン
それに負けじと日光を反射する、白いベッドの上に寝転がる俺の頬を、心地良い微風が撫でる
隣には10人中9人は美人と太鼓判を押すであろう、落ち着いた雰囲気の女性
普通の男性諸君であれば、一言声をかけるなり、軽く視線を交わそうとするくらいはするのかもしれない
が
「……暇だ」
「どうしたの?急に」
生憎、俺は普通ではない
というか、俺の体は普通ではない。
「……独り言だ」
俺の手は膝を撫でようと手を伸ばすが、そこにあるのは太腿の真ん中くらいで途切れている
俺の両足
生まれつきではない
去年、つまり俺が十六歳の頃、普通に買い物に行ったら、普通に信号無視したトラックと接触事故
下敷きになった俺の両足は切断せざるを得なかった。
買い物に行く事は珍しくない
というか、日本で生きるためには絶対にしなければいけないだろう。
トラックが信号無視をすることも、言ってしまえば珍しくない
その日その時、たまたま急いでいただけだろう。
車との接触事故も、身に降りかかると堪ったものではない……が、日本では日常だ。
そう、日常なのだ。
俺の身に世界の中での日常の悪い部分が降りかかっただけ
日本という国の中では、俺のような人間が生まれる事は
「日常……なんだよな……」
思わず声が出てしまった。
それに続いて、事故のあの日から数える事も忘れる程流した涙が、俺の瞳から溢れ出す。
別に陸上部とかでも何でも無く、中高共に帰宅部
それでもこう思った。
走りたい
足があった頃に戻りたい
足があるという常識が
足に有難いと思わない日常が愛しい
そんな事を考え、声も出さずに涙を流していると
「アキラ……」
横にいた女性が俺の頬を優しく撫でる。
不思議に思うかもしれないがこの女性は彼女ではない。
幼馴染で同級生、名前は瀬川 静葉
まあ、彼女ではないとは言っても、事故から今に至るまでの一年間、毎日欠かさず見舞いに来てくれる事を考えれば、俺に好意は持ってくれているのだろう。
少なくとも、俺の想いをぶつければ、悪くはない返事が来ると思っている。
それでも、その一言が言い出せないのは、この体のせいだ。
もし恋仲になれたとして、果たして俺に何が出来る?
最近ようやく義足を付けて数十秒立てるようになったというレベルで、まともにデートが出来るとは到底思えない。
車椅子でいいじゃないかと思うかも知れないが、車椅子に乗っている人間を好奇の視線で見る人間は少なくない。
それでトラブルに巻き込まれる例も無いとは言えないのだ。
そしてその時が来れば、俺には守る事は出来ない。
そんな偶然起こるものかと考えるかも知れないが、偶然の連鎖で両足を無くした俺は、そんな事は起こらないとは口が裂けても言えないのだ。
俺なんかと付き合う事になれば誰であろうと後悔する。
そんな事を考え早一年
お互いにお互いの好意を知りながら結論は出せずにいる。
「じゃあ……そろそろ帰るね」
「……」
「元気……出してね」
「……」
「……」
場の空気が少し冷えた気がしたのは、気のせいではないだろう。
「……じゃあね……」
「……ゴメン」
俺の口から零れたのはありったけの感謝を込めた、謝罪
今までゴメン
今までありがとう
これからもゴメン
「……気にしないでいいよ、好きでやってるから」
たった一言だけ交わした会話
全てを悟ってくれたのだろう。
ほんの少し微笑むと、静葉は病室を後にした。
扉は静かに閉められ、窓からの微風が俺の頬を撫でる。
今日の天気は晴天、外には葉の落ちた木が数本見える。
そこをゆっくりと歩いて帰る静葉を見ていると、不思議と穏やかに眠りにつけた。