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自分勝手な話

一面に荒れた土地が広がっていた。殆ど岩と砂だけの大地に、細々と小さな草が申し訳程度に生えている。長い間雨が降っていないのか、その多くが枯れかかっていた。

そんな地に、一箇所だけぽつんと村があった。一見すると廃村のようだが、耕しかけた農地があったり、家の明かりが着いていたりと、随所に生活の跡が見られる。


そんな村の中で、唯一賑わっている場所が会った。村に一つの酒場で、普段は仕事帰りの農夫達で賑わっている。だがこの日は違った。ガラの悪い下品な笑い声が廃れた村に木霊する。肩から銃を下げた5人の男が酒場を占領していた。機嫌よく笑いながら次々と酒のビンを開けていく。

リーダー格らしい禿頭の男が一気にビンを空にした。


「へっへっへ、いい村じゃねえか。しばらくこの村で食わしてもらうとするか?」


男達の中で下卑た歓声が上がる。テーブルの周りには数十本の空ビンが転がっていた。

店の看板娘の少女はその男たちを睨みつけ、年老いた店の主人は何食わぬ顔でグラスを拭いていた。


突然店の扉が開き、一人の少年が入って来た。ぼろを纏ったみすぼらしい格好だったが、その漆黒のような髪と鋭い目つきが印象的だった。少年は男達に見向きもせず、まっすぐにカウンターに向かうと、椅子に腰掛けた。


「……水をください」


主人が戸惑いながらグラスに水を注いで、少年の前に出す。それを少年が取る前に、それは男の一人に取り上げられた。


「おおっと、小僧。今日は俺たちの貸切だぜ?今日からずっとな!」


男達の笑いが店内に響き渡る。少年は顔だけそちらに向けると、いきなり並べてあったビンを掴むと男の頭に向けて振り下ろした。がしゃん、という音と共にビンは砕け散り、男はうなりながら地面に崩れ落ちた。他の男達が立ち上がり、口々に罵声を浴びせながら少年を地面に引き倒す。


「待ちなさいよ!あんた達、こんな子供に寄ってたかって恥ずかしくないの!」


呆然と事体を眺めていた店の娘が男達と少年の間に割って入った。そして少年を背にかばうように男達の前に立ちふさがる。娘は勝気そうな顔立ちをしていた。村では面倒見がよく、元々正義感が強いと普段から頼りにされていた。

その彼女が、目の前で子供が暴行されるのを見過ごせるはずがない。


「おう、姉ちゃんよ。そう言うけど先にやってきたのはその小僧だぜ?」


男達は殺気立った目で少年を睨みつける。少年はまるで汚いものでも見るように男達を見ていた。それが更に男達の気に障った。少年を引き剥がそう手が伸びる。


「やめなさいよ!この店のものは好きに持っていくといいわ!でもこの子には手を出さないで!」


しばし緊張した空気の流れる店内、先に引き下がったのは男たちだった。カウンターを乗り越えて棚に手を伸ばす。主人を押しのけ、手に持てるだけの酒を抱えて運び出す。すると最初の禿頭の男が少年を振り向いた。


「おい、小僧。今日はその姉ちゃんに免じて見逃してやるが、次にこんな真似したら分かってるんだろうな」


捨て台詞を残して男達は去っていった。娘は男達が出て行った扉に舌を出して、それから自分の抱えている少年に目をむけた。


「君、あんなことして危ないじゃない!何かあったらどうするつもりだったの」


「……別に」


「別にって……」


少年は全くの無表情のまま答えた。よく見れば、少年は体中に無数のあざがあった。かなり古いものも混じっている。


「君、どこから来たの?」


少年は答えない。


「名前は?」


少年は首を横に振る。それが答えたくないということなのか、それとも解らないと言うことなのかは判断できなかった。


「ふーん。よし、君はとりあえずうちに来なさい」


「え?」


少年の顔にはじめて表情が生まれた。不思議がるような、怪しむような複雑な表情。


「マスター、今日はもう上がりでいいわよね?」


男達の荒らした後を掃除していた主人がゆっくりこちらを向いた。


「ああ、どうせ客も来ないからね」


ありがと、と娘は言って少年の手を引いて店から出て行く。少年は抵抗を試みるが、力の差でずるずると引きずられていった。


「お、おい、あんた・・・・・・」


少年はその先を続けようとした所で、娘が振り向き、少年の口に指を当てた。


「あんたじゃなくて、おねえさん。今からうちに来て、その傷の治療、それと服も。

文句ないわよね」


有無を言わさぬ口調に、少年はしぶしぶ頷いた。それに満足したように少女は頷き、自らの家に向け歩いていった。


娘の家は、他の家々と同じように寂れていたが、中はきれいに掃除され、クモの巣一つなかった。少年は自分の足跡が床につきそうな気がした。

少年を椅子に座らせると、娘は奥の部屋に入っていった。

その間に、少年はあたりを伺う。家具と呼べるものは驚くほど少ない。自分の座っている四つの椅子とテーブル、わずかな食器、唯一の収納であるクローゼット、四人分のベッド

どうやら四人暮らしのようだ。だが娘のもの以外は使われている痕跡がなかった。

しばらくして、娘が、薬箱と服を持って帰ってきた。

嫌がる少年を無視して治療する。上の服を脱がした所で娘は内心顔をしかめた。想像以上に怪我の量が多い、特に背中は傷のない部分を探す方が難しそうだ。

治療が終わると少女は、もって来た服を差し出した。


「弟のやつだけど、あげるわ。もう着る人もいないし」


少年は最後の言葉に少し引っかかったが、何も言わずにその服を着た。サイズはぴったりだった。この服も長い間使われていなかったようだ。


「よし、ぴったり。ついでに今日は泊まっていきなさい」


殆ど脈絡がない強引な発言に少年もあきれてしまった。


「……自分勝手なやつだ」


ぼそっと呟かれた少年の一言に、娘は満面の笑みで答えた。


「それが取り柄なのよ」


その夜の食卓でも、娘はよく喋った。少年は反応しなかったが、それでも、喋り続けた。

深夜になっても娘の家族は帰ってこなかった。















次の日、昨日大量の酒を持っていったにもかかわらず、男達は酒場に顔を出していた。

しかも今日は、村の娘を数人引き連れている。

それを横目で睨む酒場の娘、少年は、娘に連れられ店の隅でミルクを傾けていた。


「へっへっへ、これなんていいんじゃねえか」


「お前、趣味悪いだろ、やっぱこっちだろ」


まるで商品でも選ぶように、娘たちを物色する。この後、何があるかなど、想像するまでもない。そこへ当然のように酒場の娘が割ってはいる。


「あんた達、ホント最低ね。そんなに相手が欲しければ私が相手してやるわよ!」


突然のことにその場の全員が驚いた。少年も例外ではなく、グラスを取り落とし、床こぼれたミルクが広がった。男達も戸惑いが隠せず、禿頭の男が聞いた。


「姉ちゃん、本気か?」


「本気よ。何なら今からでもいいわ」


最初は戸惑っていた男達だが、考えてみれば、これほどおいしいことはない。

互いに目を会わせにやりと笑う。

少年ははっと我に帰ると、娘に詰め寄った。


「おい、どうゆうつもりだ」


「あ、君これ持ってて」


娘は、少年の言葉を無視して、その手に何かを握らせた。それは十字架をかたどった簡素な首飾りだった。少年は眉をひそめて娘を見上げる。


「なにを……」


「じゃ、元気で」


少年の言葉をさえぎって、娘は男たちを引き連れて出て行った。その場に残された人間はその背を呆然と見送るしかなかった。


娘の家ですっかり男達は上機嫌だった。逸る気持ちを押さえ、少女の後について行く。全員が家に入ると扉を閉める。そこで少女が突然口を開いた。


「私の家族、みんな鉱山で働いてたのよね」


男達は訝しがるが、娘は気にせずに続ける。


「でも、事故で死んじゃってさ、これだけ残ってたのよ」


クローゼットを開け、奥から大きな箱を取り出す。


「使い道がなくて困ってたの。でも丁度いい機会よね」


箱を大雑把に投げ出す。開かれた箱の中を見て。男達の顔が凍りついた。

箱一杯の赤い円筒の束に短い導火線が結ばれていた。


村の一角で、突然轟音が鳴り響いた。地震のように大地を揺らし、その振動に潅木にしがみついていた鳥が飛び立つ。次の瞬間、遅れてやってきた衝撃波に煽られ、鳥たちは木の葉のように飛ばされてしまった。家のあった場所には巨大なクレーターが出来上がり、それ以外には何もなかった。そこに黒い髪をした少年が現れ、その穴に近づいていった。

少年はしばらくその場に佇んでから呟いた。


「……最後まで、自分勝手なやつだ」


少年は、十字架の首飾りを手に取ると、その腕を振りかぶった。だが、すぐ下ろし、しばらく見つめると、それを懐に入れた。


村人がその場に駆けつけると、そこには大きな穴以外、何も残っていなかった。


だんだんと話が長くなっている涼です(汗

少し昔の青年を書いてみました。これからもちょくちょく更新したいと思うので宜しくお願いします。

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