歌人の話
冬特有の爽やかな空気の漂う昼下り。漆黒の髪の青年は、一人腕を組んでいた。
目の前には、見慣れない小さな箱状の機械が置かれている。
ところどころに出っ張りがあり、チューブのようなものも覗いている。上の中心部分には大きなレンズがはめ込まれていた。
青年は、それをひっくり返したりしながら眺めていたが、動かないと見ると机の上に置いた。
「……うーん」
「動きませんか?」
いつのまにか、背後には一人の少女が立っていた。金色の目を輝かせ、興味深そうにこちらを覗きこんでいた。
「それ、この前修理に出した奴ですよね。直ってなかったんです?」
少女は以前会った男と犬のことを思い出した。あのふさふさした毛をもう一度撫でてやりたいなぁ、と考えて一人笑みをもらす。
「いや、そうゆうわけじゃないんだが……」
青年は目をそらさずにじっと機械を睨みつけている。
「……もしかして動かし方が解らないんですか?」
青年は平静を装っていたが、明らかにその目は泳いでいた。それを見て少女は楽しそうにからかう。
「ええ〜、あの時は、いいできだ、とか偉そうに言ってたくせに〜」
「……五月蝿い」
ひとしきり笑ってから、ちょっと貸して下さい、と言って少女は機械を手にとる。
それをおもむろに大きく上下に振り始めた。
「………なにをしている?」
「いや、ショックを与えれば動くかと……」
そう言いつつ、今度は少々乱暴に手で叩いてみる。
どう見ても青年には、破壊活動をしているようにしか見えない。
「止めろ。また壊れるだろう。」
そういって青年が機械に手を伸ばす。
「あ、もうちょっと待ってくださいよ。」
二人が機械を取り合っていると、ふとした拍子にスライドが開いた。そこには小さなスイッチがいくつかついている。
二人は顔を見合わせ、青年はそのうちの起動スイッチと思われるものを押した。すると、レンズの部分から光が漏れだした。
機械を机の上に戻すと、それはきれいなドレスを着た女性だった。粛然とした様子で立っていた女性は、ゆっくりと歌いだす。どこからか伴奏も流れ出し、家の中に澄んだ歌声が響き渡った。どうやら、異国の言葉で歌われているらしく、歌詞の内容はわからないがそれでもその歌声は二人の心に感動を沸き起こらせた。
「わぁ……」
「………」
二人はその名前も知らない歌人の歌声に聞き入った。歌人が歌い終わると徐々に光は薄れていった。女性の姿が消えた後も二人はしばらくその余韻を噛み締めていた。
「……いい歌でしたね」
「ああ、不覚にも聞き入ってしまった」
「素直に、よかった、って言えばいいじゃないですか」
少女はもう一度機械のスイッチを押すと、再び女性の姿があらわれ、その澄んだ歌声を披露した。
「これ、どこで手に入れたんですか?」
「北の都で偶然手に入れたものだ。」
少女は、ぽんと手を打つとこちらを振り向いた。
「この歌人に会いに行きませんか?」
「無理だ」
青年に即答され、少女は不機嫌な顔になる。
「……なんでですか?」
「名前も、どこにいるかもわからない人間をどうやって探すんだ。」
「この歌があります」
「その前に旅費がない」
「あう……」
少女は泣きそうな顔で、恨めしそうに青年を睨みつける。
「……分かった。何か考えといてやるからそんな顔で見るな」
一転して嬉しそうにする少女。それと引き換えに青年は憂鬱そうな顔になる。
その日は太陽が沈んでも、家の中から澄んだ歌声が漏れていた。
最近ゲームに夢中で更新が遅れがちな涼です。
もし皆さんが、こんな話を書いてほしいというのがあればリクエストお願いします。
それでは、ご愛読ありがとうございました。