雪の話
寒さもだいぶ厳しくなり、日が沈むのもだいぶ早くなってきた頃。街では人々が足早に暖かい我が家を目指し、あるものは家族で団欒を楽しみ、あるものは何人かで寄り添って厳しい寒さにたえていた。
そんなある日の朝
「あ、初雪ですよ」
少女がカーテンを開けると空からふわりふわりと雪が舞っていた。既にうっすらと積もっており、街を幻想的に着飾っていた。それを静かに眺める少女に青年が声をかける。
「喜ばないのか?」
「もう雪で喜ぶほど子供じゃありませんよっ」
軽くほおを膨らませて、青年を睨んでみせる。その仕草がとても子供っぽく見えるわけだが指摘するとムキになりそうなので言わないことにした。
「そんなことよりも、買い物に行きませんか?」
「何か足りないものでもあったか?」
「クリスマスの準備ですよ」
二人が街に出ると、そこはクリスマスムード一色となっていた。木々には色とりどりの装飾が施され、まばゆい輝きを放っている。商人達は冬季限定商品を並べ、儲けを延ばしていた。
「クリスマスは元々どこかの神様の聖誕祭だそうだ」
「ヘェ〜。でもそんな感じ全然しませんね」
「人間ってのは騒げる理由があればそれでいいのさ」
他愛のない会話を交わしながら、雪の降る商店を歩く。
するとすぐ後ろから、悪態が聞こえてきた。
「くそっ!いまいましい雪だぜ。チクショウ!」
思わず振り返ると、男が空の籠を放り投げているところだった。
「おいおい?なにをそんなに荒れてるんだ?」
見かねた友人らしき人が声をかけると、男は不機嫌な顔のまま答えた。
「この雪だよ。俺は薬草を取って売ってるんだが、雪が降ると探しにくくてたまらない。
しかも、雪の重さで家の屋根はきしむし、雪かきは大変だし、いつまでも溶けずに残るからじめじめするし……こんなもんの何がいいってのかね?」
あらかた吐き出し尽くしてから、男はこちらの顔を見た。
「けっ、ナニがクリスマスだ。浮かれやがって、いちゃいちゃしてんじゃねぇぞっ」
「おい、つっかかるなよ。悪いないつもはこんな奴じゃないんだが」
「いえ、お構いなく」
男が違う道に入るのを見て、すかさず少女が口を開いた。
「何であの人あんなに雪が嫌いなんでしょうか?理由はわかりますけどあそこまで嫌う必要ないと思いませんか?」
「……人それぞれ事情があるんだよ。実際、雪には害もある」
それを聞いて、少女は顔をしかめる。
「吹雪になれば凍死するものもいる。街道が埋まれば町の行き来も難しくなる。貧しい者ほど雪は辛いものだ。」
「でも…こんなにきれいなのに…」
空を見上げると、雪は少しその勢いを強め、既に足首の辺りまで積もっている。
「きれいな物を楽しむことが出来るのは、裕福な人間だけだ」
買い物の途中順番待ちの列に並んでいると、となりの家族が話しかけてきた。
母親らしき人が丁寧に頭を下げる。
「こんばんは。いい夜ですわね」
「ええ、そうですね」
母親は上品に笑うと隣に並んだ男と手を組んだ。
「今日は久しぶりに主人が帰ってきたので。子供と一緒にささやかなパーティーを開こうと思うの」
見れば手に持った荷物にはささやかだがちょっとした料理やワイン、そして子供たちへのプレゼントのようなものも見えた。
「雪が降ってくれて本当に良かったですわ。クリスマスに雪が降らないなんてさびしいですものね?」
店の中から子供が一人走り出してきて女の前で止まった。
「お母さん!明日一緒に雪だるま作ろう」
「ええ、もちろんいいわよ」
子供は歓声をあげると母親の手を引いて走っていった。妻を取られてしまった夫は軽く会釈をすると小走りに後を追っていった。
「それではあなた方もいい夜を・・・・・・」
仲良く去っていく家族を見送って少女は複雑な顔をしていた。
「……なんか……分からなくなっちゃいました」
「何がだ?」
言葉を選ぶように少し迷い、ゆっくり話す。
「あの男の人の言ってることは分かるし、あなたの理屈もわかります。……でもあの家族みたいに幸せな人たちを見るとやっぱりいいなと思うんです。一体どっちが正しいのか……」
「そうだな一言で言うと……」
青年は少し考え込んだ後……
「そいつの勝手だ。」
「な、なんですかそれ!人がせっかく真剣に考えてるのに!」
「お前が気にしても仕方ないだろ。普段使わない頭使うと熱出るぞ」
顔を赤くして怒る少女を連れ、青年は家に入った。
雪はさらに勢いを強くしていた。