賢い犬の話
まだ太陽が昇り始めて間もない頃。一組の男女がその光を浴びながら歩いていた。その足の進む先には小さな工場が見える。工場の前まで来ると少女が大きく息を吸い込んだ。
「ごめんくださーい。誰かいませんかー?」
声は建物内に反響し、余韻を残して消えた。すると奥からひげを蓄えた体格のいい男が出てきた。男は聞き覚えのない少女の声に怪訝な顔をしていたが、その隣に立っている黒髪の青年の姿を見ると破顔した。
「あんたか!久しぶりだな!」
青年も軽く手をあげてそれに答える。
「今日はこいつを修理して欲しいんだ」
そういって青年は見慣れない機械の塊を差し出した。少女には見ただけでは何に使うものなのかさっぱり分からない。男はそれを受取り検分する。
「これならすぐに直る。3日後にとりに来てくれ」
丁度そのとき、教会の鐘の音が響き渡り、人々に起床を促す。するとさっき男が出てきた扉から犬が飛び込んできた。犬は台の上に飛び乗ると器用にスイッチを押し。工場の機械を作動させる。さらに手近な鉄材を取るとその上に載せた。鉄材は均等に切断され、備え付けられたかごの中へと落ちる。
「うわ〜!賢い犬ですね!」
少女は金色の目を輝かせ、歓声をながら犬に走り寄っていく。犬は急に近づかれても暴れることもなくおとなしく撫でられている。
「ああ、教えたわけでもないのに毎日欠かさずやってるんだ。飼い主としても鼻が高いぜ」
男はまるで息子を褒めるようにその頭を撫でた。妻に早くに他界され、子供がなかった男はそれを我が子のように可愛がった。近所でも評判の親ばかで知られている。
「それじゃあ3日後にまた来る。しっかり頼むぞ」
「へっ、誰に言ってんだ!」
男はそういうと作業に没頭した。青年はそれを見ると邪魔にならないようにそっと踵を返した。少女は犬の頭を名残惜しそうに撫で、走って青年の背についていった。
約束の三日目の朝
男は寝ぼけた顔のまま、パンの切れ端を二個口にほりこんだ。思ったより修理に時間がかかってしまい、結局は徹夜してしまった。だがそのおかげで後は最終調整を残すのみだ。
何かミスがないか確認し、動作チェックをする。何も問題なく機械は作動し小さな駆動音を立てた。それに満足して男は大きく背伸びし、立ち上がろうとした。
ぐりっといやな音がして、男の腰が崩れた。力を込めようとしても、下半身に力が入らない。何とか立ち上がろうともがいていると。丁度教会の鐘が鳴り響いた。しかも運の悪いことに体はコンベアの上に乗っかってしまっている。
何とか身体を起こそうとするが、転がることすら出来ない。
もがいているうちにドアが開く音がした。いつものように鐘の音で起床した犬が扉から出てくる。
そしていつものように台に飛び乗った。
「それは大変でしたね」
「おうよ、寿命が少し縮んじまったぜ」
椅子に座ったまま男は笑いながら犬の頭を撫でる。その顔は昨日あったときよりさらに誇らしそうだ。
「また家のこれが賢いことが一つ証明されたな。親の気持ちが良く分かってるぜ」
そういって男は犬の頭をなでる。
当の本人も満足そうに舌を出している。
「……いいできだ。支払いはどうする?」
「あんたと俺の仲だろ?気にするなよ。……その代わりこいつの武勇伝をダチに語って聞かせてやってくれ」
満面の笑顔で親ばか振りを発揮する男に苦笑し、青年は軽く言葉を交わした後その場を去った。
歩き出してまもなく、工場のほうを振り向いて、少女は口を開いた。
「ああいうのっていいですよね。羨ましいな〜」
「何だ?犬が飼いたいのか?」
「いえ、あれくらい忠実な僕が欲しいなと・・・」
含みのある視線を向けてくる少女の頭を軽く叩いて、青年と少女は笑いあいながら帰路へと着いた。
どうも、三度の飯より犬が好きな涼です。
ここでは、少し物語の中心の二人を紹介したいと思います。
まず青年のほうですが、容姿のほうは黒い髪という以外考えていません(爆
一話に出てきた売られた少年はこの人です。どうゆう経緯でいまに至ったのかもいずれ書きたいと思います。
それでは、今日はこの辺で。