邂逅の話
青年は窮地に陥っていた。
普段あまり変わることのない表情も変にゆがみ。無意識に自分の漆黒の色をした頭を掻いている。
目の前にはナイフを両手で握り締めた人影。
人気のない路地。相対する二つの影。
それだけなら何の問題もない。ただ目の前にいる人物は少々・・・
「子供?」
頭からすっぽりと布を被ってはいるが、その背丈は自分と比べて三分の二ほど。
小さな手に握られた、無骨な大ぶりのナイフがひどく不釣合いだ。
「聞いてないぞ・・・まったく」
青年が聞いていた話は、この場所で何人もの人間が殺害されていると言うこと。
共通していることは目撃者がいないことと、殺害された全員が外傷も全くない状態だったことだ。
「って目撃者がいないなら、姿がわからないのも当たり前か」
青年の独り言の間にも、にじり寄る小さな襲撃者。
「さて、ここは」
ぐるっとその場で回れ右。青年は相手に背を向ける。
「逃げとくか」
そして、そのまま駆け出す青年。
「!?」
襲撃者は慌ててその背を追って駆け出し、複雑な路地に入り込む。
前を走る青年は、ちらりと後ろを伺う。
「ふっ」
壁に立てかけてあった木箱を蹴りつける。
襲撃者は崩れるそれに足を取られ、たららを踏んだ。
青年はその隙に、路地を曲がる。それを視界の端に捉えた襲撃者は素早く跳躍すると
すぐ後を追った。
そして、同じ路地を曲がる。
「?」
そこは行き止まりになっており、逃げ場はない。
しかしそこに青年の姿はない。
「そんなもの被っていたら上までは見えないんじゃないか?」
聞こえた声を頭上から。すぐ後に背後に着地音。
振り返らずにナイフを逆手に持ち替え、裏拳のように振りかぶる。
しかし、その手は手刀に弾かれ、ナイフはその手を離れる。さらにその腕を掴み、身動きを封じる。その際に襲撃者の被っていた布が外れた。
そこには、予想していたよりも長い髪、そして特徴的な金の瞳。
「お、女?」
目の前の少女は、目を鋭く細め、青年を睨みつける。
「さて・・・どうしたものか」
「勿論、依頼どおり殺してもらいます」
組み合ったまま二人が声のほうへ目を向けると、黒いスーツに身を包んだ三人の男。
それぞれが拳銃を構え、身動きが取れない二人に近寄ってくる。
「依頼人が何の用だ? 見ての通りまだ途中なんだが」
「いえ、十分です。そのまま動かないで下さい。射殺して終わりですから」
そう言って、三人同時に銃を掲げる。その銃口は明らかに青年にも向けられている。
「!! おい、ちょっと待――」
「やめなさい」
引き金が引かれようとしたその瞬間、少女が口を開いた。
ビクッと身体を震わせ、その声にしたがうように、銃口を下ろす男達。
その目はうつろに見開かれ、まるで生気がない。
青年は訳がわからないといった様子で少女を振り仰ぐ。
そしてギョッとした。少女の金色だった瞳は赤く染まっている。少女は男達の方を見たまま、口を開いた。
「眠って・・・・」
そして次の瞬間、そのとおり地面に倒れ伏す男達。
その顔はまるで元から死んでいたように蒼白になっている。
「一体、なにを?」
「あなたも眠ってちょうだい」
「はい、そうですかって誰が寝るか」
その返答を聞いて、なぜか驚愕する少女。
まじまじと赤い瞳で青年を眺め回す。
「・・・手を離しなさい」
「その前に、何をやったのか説明してもらおう」
「あなた、なんで暗示に掛からないの」
「なんだって?」
青年が聞き返した瞬間、新たな男の声が聞こえ、遠くの路地に影が映る。
青年は舌打ちして、少女に向き直る。
「とりあえず逃げるぞ。」
「えっ、ちょっと!」
有無を言わさず少女を抱え上げ駆け出す。
ちょうど目の前の角から二人の黒服の男が顔を出した。
一人がこちらに気がつき声を上げる。
「おい、貴様――ぐばっ」
その顔面を踏みつけ跳躍。塀の上に飛び乗る。
「契約違反だ。俺は降りるぞ」
そのまま塀の向こうへと飛び降りる。残されたもう一人の男はただ呆然とそれを眺めていた。
人目につかない郊外の廃屋。屋敷と呼ぶには少し小さく、家と呼ぶには大きすぎる。
そんな建物の中に一組の男女がいる。
少女の方は機嫌悪そうにホコリの積もったイスに腰掛けている。そこに、ティーポットを持った青年が近づき、向かいに腰かける。
「ってなんでくつろごうとしてるんですか」
「嫌なら飲まなくていい」
青年は素知らぬ顔で、ポットの中身を注ぎ、少女に差し出す。
少女は、それをしぶしぶ受け取り、口へ運ぶ。
「・・・まずい」
「それでだ――」
青年が口を開くと、すぐさま少女が青年を睨み、口をはさむ。
「悪いけど、何も話すことはありません」
「まだ何も言ってないじゃないか」
少女は席を立つと、青年の横を通り過ぎる。
「とにかく私は――」
ぐぅぅ〜〜〜〜
「「・・・」」
気の抜けた音が廃屋に木霊し、再び沈黙。心なしか少女の顔が赤く染まっている。
青年はコホンと咳払いをして部屋の隅を示す。
「よければ、軽い食事くらいならありますが?」
そうして再び向かい合って座る二人。
無言でそれを食べていると、少女がぽつんと口を開いた。
「私、自分が誰か知らないんです」
青年は、カップを置き、それでと先を促す。
「名前も無い。親もいない。気がついたら施設にいて、この目に興味を持ったあいつらに引き取られたんです」
お金で売られた様なものですけど、と付け足して少女はカップに口をつける。
「その目って言うのは?」
「脳に直接暗示をかけることが出来るんです。詳しいことは知らないですけど、あいつらがそう言っていました。でも、人を騙すのも、殺すのも、嫌になって・・・」
少女は顔を伏せ、カップの中に写った自分の顔を覗き込む。
カップの中の少女の瞳は紅茶の色に染まり、濃い紅い色に見えた。
「一つ聞かせてくれ。どうして急に話してくれる気になったんだ?」
「食事代です」
そう真面目に答える少女を、青年は一瞬ぽかんと眺めていたが、突然クックッと笑った。
それを見て少女は不機嫌そうに顔をしかめる。
「何ですか?」
「いや、なんでもない。とにかく逃げるにしても、夜の方がいい。それまではここを自由に使ってくれていい」
青年は立ち上がり、壁に立てかけてあった細長い包みを持ち上げ、玄関へ向かう。
「どこへ行くんですか?」
青年は振り返ると、いたずらっぽく笑って見せた。
「違約金を貰いに行くんだ」
表向きは、豪華な造りの料亭。だが門の前に立っているボーイは仰々しい。
中にいる客もなにやら怪しげな雰囲気を漂わせた人物ばかり。どう見ても健全な料亭には見えない。
そのとき、ボーイの一人がまっすぐここへ向かってきている人物に気が付いた。
漆黒の髪を揺らし、細長い包みを小脇に抱えた青年。男は長年の勘から、この男は危険だと言う信号が脳から送られる。それでも表向きはいつもの様に対応する。
「用件は?」
「ここのボスに合わせてもらいたいんだが」
「ボスは今忙しい、また今度来るんだな」
そうかよ、といって青年が背を向ける。ほっと男が息をついた。
「じゃ、無理にでも通る」
次の瞬間、青年の掌底が顎を捕らえ。男の意識は闇へと沈んでいった。
最後に見えた光景は、青年が包みを解き放ち、屋敷へと踏み込む光景だった。
取り出した刀を抜き放ち、闊歩する青年は獰猛な笑みを浮かべている。
その顔を見たとき男は確信した、俺たちもここまでかと・・・
ズドンと鈍い音が部屋を揺らし、グラスの中のワインに波を立たせる。
豪華な装いに身を包んだ恰幅のよい男はグラスを手に取り、自分の部下の一人に目をやる。
「おい、騒がしいぞ。なにをやってる」
「はい、どうやらネズミがもぐりこんだようで」
「まったく、こんな昼間に進入を許すとは・・・。部下の質が落ちたんじゃないのか?」
「はっ、しっかり教育します」
「俺の親父の代はそれはすごかった。それに――」
男の言葉はそれ以上聞き取れなかった。なぜなら更なる轟音で声がかき消されたから。
男達の喧騒と悲鳴が聞こえ、それがだんだん近づいてくる。
そしてそれは部屋の前でぴたりと止まった。
部屋の中の男達は固唾を飲んでドアを凝視する。
そしてドアは、斜めに開かれた。ドアに斜めに線が入り、そのまま崩れ落ちた。
そしてゆっくりと部屋に入って来たのは、まだ年若い青年。だがその手には刀と奪ってきただろうと思われる拳銃が握られている。
青年はまっすぐに男は睨みつける。一瞬驚きはしたが、すぐ後に怒りが湧き起こってきた。こんなガキに部下どもはやられたのか。
男の感情を知ってか知らずか、青年は偉そうに口を開く。
「あんたがボスかい?」
「たしかにそうだが、最近のガキは礼儀を知らない」
「そりゃ、悪かった。生命の危機をかんじたものでね。自己防衛ということにしといてくれ」
青年は自分の頬のかすり傷を示して笑う。それ以外に青年に怪我らしき怪我はない。
「早速本題に入りたい。俺の要求は二つ。」
指を一本たて、男のほうへ突き出す。
「一つは、違約金を払ってもらうため。契約の内容に自分も殺されるなんて書いてなかったからな。もう一つは」
指をもう一本たて、獰猛に笑ってみせる。
「あの少女から手を引いてもらおう。断ればどうなるかわかってるな?」
「さて、どうなるのかな」
男が指を鳴らすと、バラバラと男たちが散開し青年を取り囲む。
銃口を眉間に突きつけられて、それでも青年は落ち着き払った態度のでため息をついた。
「わからないのか? こうなるんだ」
青年の姿が一瞬消えた。いや、しゃがんだだけなのだが素早すぎて男達には消えたように見えた。青年は一番近い男の腹を柄で殴りつけ、怯んだ所をその背後に回る。
その背を蹴りつけ、男達が振り向いたころには刀の柄に手をかけていた。
「轟刀 一閃!」
掛け声とともに抜き放ち、斬りつける。そしてすぐに刀を鞘に戻す。
「なんてな」
そして男達は半分になった。正確には上半身と下半身には分かれた。
そのボスだった男は崩れ落ちる男達を見て、顔を青くする。
青年は、拳銃を抜き放ち、男に狙いをつける。
「待て、俺を殺せば他の幹部が黙ってないぞ。一生追われる身になる」
「命乞いならもっとマシなこと言え」
青年が指に力を込め、引き金を引く。
たまはまっすぐ男の額に向かい、そして当たる寸前で弾かれた。
「なんだ?」
青年が銃を乱射するが、どれも男の目の前で弾かれる。
男の顔に余裕が生まれ、近くの壁に走り寄りスイッチを押した。壁や天井からガスが噴出し、青年を包む、意識が朦朧とするなかで、青年は見た。
見えない壁でもあるかのように、ガスが男の手前で遮断されている。
「強化ガラスかよ。汚ぇな・・・」
「ガスの効きが甘かったようだな。ドアが開いていたせいか」
それもそのはず、ドアは最初に青年の手で真っ二つにされている。
それでもしてやったりと言う笑みを浮かべながら、男は倒れた青年を眺める。
「詰めが甘かったな。その業物ならガラスごと俺を斬れたはずだが」
「ええ、でも詰めが甘いのはあなたもね」
男が驚いて顔を向けると、そこには一人の少女の姿。
いつも利用していた、特異な目を持つ少女。危険だからと目隠しをしてごまかしていた。
監視の目を出し抜き、やっとのことでこの場から逃げ出した少女。
最後に見たときより少し汚れた服を着た少女は無表情にこちらを眺めていた。
そしてその少女の目は今、紅い。
「! しまっ――」
「寝ていなさい」
男はその場で白目をむき、倒れた。
その時ガラスに強烈に頭を打ちつけ、ガラスにへばりつくようななさけない格好で倒れている。少女は軽く吹き出し、倒れている青年に目を向けた。
「こんにちは、いい光景ですね」
皮肉に笑う少女に青年は苦笑いを返す。
「一応、礼を言っておこうか」
「これで、あなたも追われる身。ですね。
「いや、それについてはいい考えがある」
「?」
それから数時間後、料亭には何台もの人間がやってきた。
あるものは自家用車で堂々と。あるものは裏門からこっそり。
その全員が入った瞬間驚きに目を丸くした。屋敷が驚くほど荒らされている。
その光景に驚きながらもボスの部屋に進み、その部屋にはいる。
最後のひとりが部屋に入り、集まっていた人間に問い掛けた。
「一体なにがあったんだ? 我々幹部を全員集めるなんて・・・」
「わからん、さっきから全員が揃うのを待てと・・・」
そのボスは荒らされた部屋の中心で深くイスに腰掛け、その手にアタッシュケースを大事そうに抱えている。
「ボス、全員揃いました」
その声を聞くとボスはゆっくりと起き上がり。うつろな目を皆に向ける。
「皆地獄に落ちろ」
すっかり日が暮れた街にまばゆい閃光が走った。次いで爆音。
巨大な屋敷は一瞬で崩壊し、瓦礫の山となった。
それを遠くから眺める人影が二つ。家の屋根に一緒に座り込みながら崩壊した屋敷を眺めている。
まだふらつく身体で青年が立ち上がった。それにつられて少女も立ち上がる。
「あれほど複雑な暗示は初めてだったから不安でしたけど、上手くいってよかったですね」
「そうだな、結局助けられたな」
「それじゃ、私はこれで」
「ちょっと待て」
「え?」
立ち去ろうとした少女の肩を抑え、青年が引き止める。
「どこに行くんだ? 行く当てもないだろう」
「適当な仕事を探して暮らします。心配事ももうありませんから」
それなら、と青年が自分の足元の家を指し示す。
「ここで働く気はないか。丁度家事をしてくれる人を探していたんだが」
少しぶっきらぼうな言い方がおかしく少女はくすりと笑った。
それに反応して青年が慌てたように付け足す。
「別に変な意味じゃない、嫌ならいいんだ、嫌なら」
「そういうわけじゃありません。でも・・・」
少女は少し考えるようにうつむく。
「一つだけ条件があります」
「条件?」
青年が聞き返すと少女は顔を上げ、青年の顔を見る。
「この目は二度と使うつもりはありません。使わないでいいようにしてくれるならここで働いてもいいですよ」
「なんだそんなことか」
青年がはしごで屋根から下りる、
「そ、そんなことって・・・」
「気にしないでも、元よりそのつもりだ」
はしごを降りたところで振り向いて言う。同じように降りてきた少女と向き合い手を差し出す。
「それじゃ、これからよろしく頼む」
「ええ、こちらこそ」
互いに手を取り合い、握手をする。
そこでふと青年が問い掛けた。
「ところで、なんで助けにきてくれたんだ?」
「えっと、食事代です」
二人は互いに笑い、まだ廃屋の家に入っていった。
この物語はまだ、始まったばかりである。
突然ですけど今回で最終話ということになりました
今までこんな稚拙な文章に付き合ってくれた方々
本当にどうもありがとうございました。
それでは、またいつか。