星空の話
満天の星の輝く空の下で、一組の男女がそれを見上げていた。見渡す限りの草原。まだ寒さのだいぶ残る夜。その闇を詰め込んだように黒い髪をした青年はつまらなそうに。星のようにきらめく金の瞳をした少女は、手に持った本と何度も見比べながら、空を見上げている。
少女は何度も首を上下させ、それから、う〜んと首をかしげた。
「あれがこの星で……、あれが……あれ〜?」
首を捻っている少女の横で、青年はあくびをかみ殺していた。
古本屋でたまたま星に関する本を見つけ、たまたまそれを買ってきた。そして、たまたま少女がそれに興味を持ってしまった。それだけの事。
青年は何度目かのあくびをして言った。
「なあ、そろそろ帰らないか?」
「もうちょっとだけ、待ってください」
一向に本から目を離そうとしない少女にため息をつき、青年はその場に寝転がった。
「あっ!」
二人の背後から驚いたような声が聞こえ、二人は振り返った。
そこにはまだ幼い少年が一人、手に本を抱えて立っていた。少年は二人を警戒するように見回す。
「お前らも、流れ星を捕まえに来たんだな?」
いたって真剣な表情のままそう言いきった少年。二人は顔を見合わせる。
そして少年に視線を戻す。
「はい?」
「ごまかしたって無駄だからなっ!絶対に俺が捕まえてやるんだ」
そう言うと、少年はずんずんと歩いてきて二人の隣に腰をおろした。
そして星の瞬く夜空を凝視する。
「……ねぇ?」
少女が声を掛けると少年は疑わしそうな目を向けてきた。
「流れ星を捕まえようとしてるの?」
少年はこっくりと頷いた。
「何でかなぁ?」
「そんなもん、願い事を叶えたいからに決まってるだろう」
少年は当然と言わんばかりに即答する。
「でも、三回もお願い言えないから、落ちてきたところを追いかけて捕まえるんだ。」
少年の手の中には、流れ星を掴む少年が描かれた絵本がすっぽりと納まっている。
どうやら少年は絵本に触発されて流れ星を捕まえにきたようだ。純粋な子供らしい発想に思わず笑みが浮かぶ。
「でも、どうやって捕まえに行くの?きっと落ちるのは山のもっと向こう側よ?」
「えっと、それは……う〜ん」
そこまで考えていなかったらしく、少年は頭を抱えてしまう。方法まで深く考えない所がさらに子供らしい。
「ねえ、お願い言うの手伝ってあげようか? 三人で言ったら、一人一回ですむでしょう?」
この問いかけに他の二人はギョッとした。片方は思いがけない提案に。もう片方はさらに帰るのが遅くなるのを嫌がって。
「……いいの?」
「よくな「いいに決まってるじゃない。で、お願いって?」
青年は大きくため息をついて頭を抱えた。こうなっては何を言ってもしょうがない。
少年はどうしようか迷った挙句に、口を開いた。
「えっとね……お母さんの病気を治して欲しいんだ」
「お母さんってどんな病気なの?」
少女が聞くと、少年は悲しそうな顔になり、絵本をぎゅっと抱きしめた。
「もう何日もずっと寝てるんだ。薬を買うお金もないから、流れ星にお願いしようと思って」
少女は笑顔でそう答える少年の頭をそっと撫でた。
「そう、お母さんの病気治るといいね」
「うん!」
それから、三人で並んで星を眺めた、少年の絵本を読みながら、少女の持っている本で星の勉強をしながら、それでも流れ星は中々現れない。
「出ないね」
「そうね」
青年と、少女と、さらに幼い少年は、並んで星を眺めていた。夜も深まり周りには自分達の他に何もいない。
「ねぇ、お母さんが心配しない?」
「大丈夫だよ。ちゃんとお星様捕まえてくるって言ってきたから!」
少年がそう言ったとき、ボーっと星を眺めていた青年がふと気づいた。
「おい、見ろ」
青年の声につられて二人がそちらを向くと、丁度一筋の光が夜空を横切った。
三人は急いで口を開いた。
『お母さんの病気を治して欲しい』
三人が言うか言わないかの内に、光は山の向こうへと消えていった。
興奮した様子で少年が立ち上がった。
「今言えた! 言えたよね?」
「うん、言えた! 言えた!」
喜び合う二人を尻目に、青年はやれやれといった感じで立ち上がった。
「もう用はすんだな? 今度こそ帰るぞ」
「うん! お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとう」
少年は満面の笑みでそう言うと、急いで家の方向へと走っていった。
それを見送って。二人は微笑んだ。
「私たちも帰りましょうか。お兄ちゃん?」
「やめろ、気持ち悪い」
「……あの子のお母さんの病気治るといいですね」
「……そうだな」
少年が家につくころには、夜は明け掛け、うっすらと空は白んできていた。
少年は急いでドアを開けると、母親が眠っているベッドへ飛び込んだ。
「お母さん、流れ星にお願いしてきたよ。もうすぐ元気になるからね」
少年は、もう何日も前に冷たくなった母親の手を握り締めた。病気が治れば、再び目を開けて、その手で抱きしめてくれると信じて。