人形の話
着物を着た少女は、目の前の人形を掴み上げ、その腕を思いっきり振りかぶった。
周りの追従が止めるのも聞かずに投げ捨てる。人形は障子を突き破って廊下に転がり、それを慌てて何人かが拾いに行った。
「いらんと言ったら、いらん! そんなものさっさと捨ててしまえ!」
一番年上の老婆が人形を敬うような手つきで受け取り、少女の前に置いた。
「お嬢様、そう言わずにお持ちください。せっかくの守り神ですから。お嬢様が成人されるまでは。傍らに置いておくだけでよろしいですから。」
「なら布で包んで、縛りあげておくがよい!そのような醜い人形見たくもないわ」
おろおろとする追従を尻目に、少女は人形を睨みつけた。人形はボロボロで、着ているものは擦り切れ、汚れも目立つ。顔も無表情も気味が悪く、誰が見ても綺麗だとはとても思えない。
仕方なく、追従たちは人形を布で包み、縄で頑丈に縛った。それでも少女は不服そうにその布の塊を見つめ続けている。
「いいですね、お嬢様。この人形を片時も離してはいけませんよ。どんな災いがあるか解りませんからね」
その夜、少女は不機嫌そうに寝床に入った。枕もとにはあの人形が布に巻かれた状態で
置かれている。わずかな月明かりが差し込んで、薄暗い中で、さらに不気味さを増している。それがさらに少女をイライラさせた。
父親がどこからか貰ってきた、有り難い物らしいが、自分にとって見ればただの薄汚い人形だ。
ふと気付くと、あれほどきつく結んだ紐が少し緩んでいた。少女が、再び結びなおそうと手を伸ばすと、その途端に布がずり落ち、人形の顔があらわになった。
その無表情だった顔が今……笑っていた。
「――ひっ」
少女が驚いて後ずさりすると、人形の縄は解け、地面に落ちた。
笑ったままの人形から、黒いシミのような影が伸び、それがゆっくりと少女の方に這い寄ってくる。
悪寒が背筋を駆け上がり、必死に地面に足をつき逃げ出そうとしたが、ふすまはぴったりと閉じてしまって、開くことが出来ない。この時間、隣の部屋には何人もの人がいるはずなのに、その気配も伝わってこなかった。
少女が苦戦している間に、影はすぐ近くまで迫っていた。少女は悲鳴を上げて頭を抱えた。
「嫌だ! 来るな! 来るな! 来るな!」
ぎゅっと目をつぶっていると、まぶたの裏に人形の笑った顔が浮かび上がってきた、いくら拭い去ろうとしても、頭にこびりつくように鮮明に見えた。
少女が恐怖に震えていると、人形の顔が突然脳裏から消えた。
少女がそっと目をあけると、人形の姿は部屋から消えていた。いつのまにか開いていたふすまから、月の光が優しく部屋に差し込んでいた。
月明かりに照らされる庭で、漆黒の髪の青年が立っていた。
その手には古い人形が抱えられていた。青年はため息をついて、その人形に語りかけた。
「まったく、少しいたずらが過ぎますよ」
(童を蔑ろにした報いじゃ。これくらいは許されよ)
青年はもう一度大きなため息をついた。
「そのうち、お祓いされても知りませんよ。また引き取ってもらえる家を探さないと」
月夜に浮かぶ人形の顔は、笑っていた……