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誘拐された話

薄暗い部屋があった。人の目から隠されるように立てられた小さな小屋。その中に二人の人間がいる。天井にはむきだしの電球が一つぶら下がり、少し古いベッドが部屋の隅にぽつんと置かれていた。


「本当にやるんですか?」


金色の瞳をした少女は、心配そうにそう言った。手には大きめの木箱を抱えている。

中からは、かすかに火薬の匂いがしていた。


「これが最善だと判断したまでだ」


漆黒の髪の青年はいつもと変わらない調子で答えた。話しながらも、手元から目を離さない。そこには、黒光りする拳銃が一つ握られていた。弾を込め、そして立ち上がる。


「さて、行くぞ」




一人の少女は目を覚ました。いつもと変わらない目覚め。普段は三つ編みにしている髪をなで付けながら起き上がる。

しかし視界がハッキリしてくると、そこが自分の部屋でないことがわかった。自分の部屋の天井にはきれいなシャンデリアが飾ってあったはずだ。ここには、薄汚れた天井に小さな電球がつけられているだけだった。驚いて周りを見回すと、そこは何もない部屋だった。

ドアが二つ。窓はない。部屋を見回して、そこに二人の人間がいることに気付いた。

頭に帽子を被り、スーツを着た青年。帽子から足の先、髪の毛までも不自然なくらいに真っ黒だった。もう一人は、自分と同じくらいの女の子だった。金色の瞳が心配そうにこちらを見ていた。青年は私が起きたのを見ると、優しそうに笑った。少し作ったような笑いだった。


「お目覚めですか、お嬢さん?」


少女には、その青年が優しそうに見えた。なので、次に言われた言葉を少し信じられない気分で聞いた。


「落ち着いて聞いてください。実はあなたを誘拐させてもらいました」


「え?」


「昨夜、こっそりとあなたの家に忍び込んで、そのままここに連れてきました。でも、心配はいりません。目的を果たせばすぐにでも開放して差し上げます。あなたには一切、危害を加えるつもりもありません。不自由なことがあれば、そっちに立っている少女に言ってください。ここまでよろしいですね?」


一気にそこまで言われて、少女は少し混乱しながらも、はいとしっかり答えた。

こうゆう時は犯人に逆らっては危険だということを守衛の人が言っていたのを思い出したからだ。


「ありがとうございます、とりあえず朝食にしましょう」


青年がそう言うと、金色の瞳の少女が、朝食の乗った盆を持って来た。

こうして、誘拐犯とその被害者の奇妙な朝食が始まった。


そのころ、街の中心近くの豪邸では、ひどい騒ぎとなっていた。

朝、メイドの一人が少女の部屋に入ると、そこに少女の姿はなく、代わりに一枚の紙が置いてあった。

それを読んだメイドは、血相を変えて主人に報告に行った。そこにはこんなことが書いてあった。


お嬢さんは、こちらで預からせてもらいました。

危害を加えるつもりはありませんが、そちらが警察などに通報された場合、安否の保証はできません。こちらの要求をのんでくだされば、直ちに開放します。

よい返事を期待しています。

                            ノワール


これを見て、豪邸の主人は真っ青になった。すぐに警察に連絡するように言って、手紙の内容を思い出して、すぐに止めさせた。

青い顔をしたまま右往左往する主人に、使用人達もどうしていいか解らず途方にくれていた。その時突然屋敷の扉が、大きな音をたて、開いた。その場にいた全員が驚いて、そちらに顔を向けた。そこには長いトレンチコートを着た男が立っていた。


「お困りですかね?」




朝食を食べ終えた少女は、犯人の一人の少女に頼んで、髪を三つ編みにしてもらっていた。

いつもメイドに手伝ってもらっていたので自分では結べなかったのだ。服も家にあるものと同じ物が用意されていた。今までパジャマでいたことを恥ずかしく思いながらそれに着替える。着替え終わったころに、青年が紅茶の入ったポットとカップを持ってきた。

いつのまにか、少女はこの犯人達と意気投合してしまった。最初は少し怖かったが、話してみると誘拐犯とは思えないくらいに優しく、いい人たちだった。それも作戦なのかなと思いつつもお茶を飲みながら話をする。今まで同じ年代の友達がいなかったので、他愛のない会話をすることがとても楽しかった。

青年が小型のテレビを持ち込み、そこからニュースが流れていた。何気なく見ていたが、ふと私が誘拐されたという報道がされていないのに気が付いた。ニュースが終わると、青年はおもむろに立ち上がった。


「さて、これから返事を聞きに言ってくる」


それだけ言うと、青年は黒の帽子を深く被りなおした。


「行ってらっしゃい。ノワール」


カップを片付けながら、金の瞳の少女が言った。攫われた少女はふふっと軽く笑った。


「ノワール……、たしか黒という意味でしたね。ぴったりの名前ですね」


それを聞いて、青年は一瞬苦々しい顔をした。


「……別に好きで名乗ってるわけじゃない」


青年は、ドアを潜った。




そのころ、豪邸ではいきなり現れた男に対して、屋敷の住民達が詰め寄っていた。

口々に、お前は誰だ、何故お嬢様が攫われたことを知っている、実は犯人の仲間なのではないか、言い寄る住民達を落ち着け、男はおもむろに一枚の紙を取り出した。

そこには、この屋敷の場所、時間、挑発するような内容と共に、最後に全く同じ筆跡でノワールと記されていた。

その字を見て、住民は息を飲んだ。


「ごらんの通り、わたしの元にこんな挑戦状が届きました。もし何かあったのなら、私に話してくれませんか?」


屋敷の主人はしばらく悩んだが、わらにもすがる思いで、この男を頼ることにした。

そして、事の顛末てんまつを話して聞かせた。


「なるほど、それで犯人の要求というのは?」


主人はそこで口ごもった、額にかいた汗をぬぐう。周りの人間も自然と顔をそらす。


突然、屋敷の電話の音が静まり返った屋敷内に響き渡った。





「はい?どちら様ですか」


電話に出たのは、年老いた男の声、たぶん屋敷の執事だろう。全身を黒く固めた青年は、

落ち着き払って口を開いた。


「どうも、ノワールという者です」


喉からでてきた声は、普段の自分の声とは違っていた。昔、気まぐれで習得した声帯模写がこんな所で役に立つとは思わなかった。内心そんなことを考えつつ、声を出す。どこから見ても犯人らしく声を出す。


「主人に代わってください」



執事が主人に電話を渡す。それを見ながら、男は考えを廻らせる。自分の計画どうりに事を運ぶために。

電話の会話は、拡張されてその場にいる全員に聞こえるようになっていた。

丁寧だが威圧的な男の声が屋敷内に響く。


「ごきげんよう、ご主人。こちらの要求を飲んでいただけますかな」


ほとんど有無を言わさぬその口調。主人はだらだらと汗を流しながらも、反論を試みた。


「ま、まずは娘の声を聞かせてくれ、それから出ないと要求は飲めん」


主人は、会話を長引かせて、情報を聞きだそうとした。だがその願いはあっさりと却下された。


「残念ながら、それは出来ません。ですがご安心を。大切に保護しています。そちらが要求を飲んでくれさえすればすぐに開放します」


「だ、だがしかし……」


「タイムリミットは正午まで、としましょう。それではごきげんよ――――」


「待った」


電話の向こうから聞こえてきた声を聞いて、黒髪の青年は笑みの形に口を歪めた。

声を出した探偵風の男は主人から電話口を奪い取る。そして、怒気をはらんだ声で話し始めた。


「自分で呼び出したんだ、俺が誰だかわかるよな?」


「もちろん。私が呼び込んだ探偵君だろ?それで、私に何の用かな?」


電話の相手はどこまでも冷静だった。自分が成功すると確信した人間の話し方だ。

男も平静を装って話し始めた。


「実は、屋敷の主人がそちらの要求とやらを教えてくれなくてね。君の口から直接聞こうと思ったんだ。」


その瞬間、屋敷の住民全員がギョッとするのがわかった。まるで隠し事が見つかった子供みたいに、皆が身を固くしていた。


「証拠だよ」


証拠? と探偵の男は聞き返す。


「そうだ、そこの男が今までにしてきた悪事の証拠が欲しい。そいつは几帳面な奴だからな、贈った賄賂や、掠め取った裏金の帳簿までつけているらしいぞ」


男が振り返ると、当の本人は苦い顔をしながらうつむいていた。どうやら嘘ではないようだ。男は電話に注意を戻した。


「君の目的はなんなんだ?」


男には電話越しでも相手が笑っているのがわかった。


「それをあんたが知る必要はないよ。それよりも、もっと別の心配をしたほうがいいぞ」


男は少し考えたあと、意を決した。


「わかった。どうやって渡せばいいんだ?」


男の言葉に、屋敷の主人が息を飲む。電話の相手はすかさず答えた。


「証拠はトランクに詰めて、今から言う場所に来るんだ。必ず一人で来い」


場所を聞いた後に、男は電話を置いた。すぐに主人が駆け寄って男を問い詰める。


「どうゆうことだ! 私は一言もそんなことは聞いていないぞ!」


「なら、お嬢さんはどうなってもいいというのですか」


主人はまだ何か言おうとしたが、それをさえぎって男が口を開いた。


「私に任せてください。犯人の思い通りにはさせませんよ。私にはあなたが今まで何をしてきたかなんて、興味ありませんから、犯人を妨害することに全力を尽くします」


男の言葉に主人は少し安堵したように顔を緩めた。男は屋敷の住民を見回す。

メイドが数人と執事が一人、多数の警備員とボディガード。その人数を確かめて男は言う。


「幸い、指定された場所は開けた場所ではありますが、張り込めないほどではありません。

犯人は一人のようなので、ここにいる人間全員で包囲すれば、捕獲することも難しくないでしょう」


ざわっと周りが騒ぎ出す。屋敷の主人が皆の困惑を代弁するように口を開いた。


「そんな事をして大丈夫なのかね?」


「もちろん、絶対というわけではありませんが、相手は油断している上に、我々がそんな行動に出るなんて思いもしないでしょう」


最初は戸惑っていた住民達も、男に説得され、意志を固めた。


「それでは、作戦会議と行きましょうか」




「――――というわけで、全て予定通りに進んでいる。すぐにでも開放してあげられますよ」


何もない部屋の中で、ベッドに二人の少女が腰掛け、黒ずくめの青年から説明を受けていた。ひととおり聞いたあとで三つ編みの少女は不安げに口を開いた。


「あの、そんなこと私に教えてもいいんですか?」


「構いませんよ。状況がわかっていたほうがあなたも安心でしょう」


どこまでも犯人らしくなく、青年はそう言ってのけた。ベッドの上には先ほどまで遊んでいたトランプのカードが散らばっている。まるで自分の家でくつろいでいるような状況に少女は安心しきっていた。

金色の瞳の少女がほっとしたように息を吐く。


「やっと一仕事終わりましたね」


「終わるまでは気を抜けないぞ。ここまできて感づかれたら、元も子もないからな」


そう言って青年は再び部屋から出て行く。


「最後の一仕事だ」




指定されたのは郊外の人気のない公園。周囲には誰も見当たらない。しかし、その周囲には男の指示で隠れた、屋敷の住民達が息を殺して隠れていた。

そんな殺伐とした空気の中心に、屋敷の主人は立っていた。多く目のトランクを小脇に抱え、きょろきょろとあたりを神経質そうに見回している。

トランクの中には、彼にとっては大金以上に重要なものが入っているのだ。

何度も時計を見ては時間を確認する。先ほどから少しも時間が経たない。まるで自分だけ時間に取り残されたような錯覚に襲われていた。それでもゆっくりと時間はすぎる。

時計の針が正午を示す。その場に似つかわしくない軽やかなメロディーが公園の時計台から流れ出し、隠れている住民達にも緊張が走る。

メロディーがなり終わると、再び静寂が戻った。何も起きない。


「来た!」


誰ともなしに小声で呟き、その方向に目を向ける。全身を黒く固めた若い男がゆっくりと公園内に入って来た。その男は迷うことなく男に歩み寄る。


「ちゃんと要求したものはもってきたんでしょうね?」


電話の時と全く同じ声、冷静な態度。


「あ、ああ、これだ」


主人がこわごわとトランクを渡す。男からの合図はまだ来ない。

青年はトランクをその場で開けると、中身を確認した。そして閉める。


「たしかに確認しました」


そう言った瞬間、合図が入り、隠れていた住民が一斉に飛び出す。

逃げ場を作らないように、青年の周りを取り囲みながら走り寄り、一瞬で男を包囲した。

屋敷の主人と青年の取り囲むように円が描かれる。青年は微動だにしない。

探偵の男がゆっくりと現れその輪の中心に歩み寄った。青年はそれを憎憎しげに、睨む。


「やあ、ノワール君。久しぶりだね」


「その名前はお前が付けたんだろう」


「気に入らなかったかい? ぴったりじゃないか」


「ぴったりすぎるんだ」


まるで旧知の仲のように会話をする二人に、それを取り囲んだ住民達も戸惑いを隠せない。屋敷の主人が二人に問い掛けた。


「おい、何の話をしているんだ」


声を無視して、二人は話し続ける。


「それで、中身は本物だろうね?」


「ああ、今確認した」


男はふっと笑うと片手を挙げた。


「そうか、それじゃあ……」


男が指を鳴らして合図すると、再び沢山の人間が周りから飛び出した。ただし、その人間達は警官の格好をしていた。包囲した人間達をさらに包囲するように集まり。公園の中心には二重の円が出来上がった。


「全員逮捕しろ」


男が言うと、警官たちは一斉に住民達に躍りかかる。何がなんだかわからないまま逮捕され、抵抗らしい抵抗も出来ずに全員が取り押さえられた。

警官の一人が中心に立つ青年と男に近づき敬礼する。


「隊長、全員確保しました」


「よし、連行しろ」


再び敬礼し、警官は去っていく。男は青年と対峙し、手を差し出した。


「ご苦労だった。協力に感謝するよ」


差し出された手を無視して、青年はトランクを渡す。


「こんな茶番をさせといてよく言うよ。いいのか?警察がこんなことして」


男は少し肩をすくめていたずらっぽく笑った。


「上にばれなきゃいいんだよ。ばれなきゃ」


「あの娘はどうする? 親があれだぞ」


いまだに呆然としたまま連行される主人を示す。


「私のほうで保護するよ。心配はいらない。これからもよろしく頼むよ」


それを聞いて心底嫌そうな顔をする青年。


「誘拐犯の真似事なんてこりごりだ」


男は不思議そうに聞いた。


「なんでだい? かなりはまっていたぞ」


青年は少し迷うそぶりを見せたが、男から顔を逸らして腕を組み言った。


「……あんな気色悪い言葉を使いをしたのは初めてだ」


男はその場で腹を抱えて笑った。

青年は不機嫌に腕を組んだまま空を見上げた。


モットーは、唯我独尊(孤立しているとも言う)涼です。

色々しているうちにこんなものが出来てしまいました。

小説ってむずかしいですね。

それでは、この辺で、さよ〜なら〜

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