偽者の話
「そこの二人組み! とまれー!」
人通りの少ない、郊外にある高原、そこを通り抜ける一本道、片側は切り立った崖がそそり立ち、反対も幅広の川が行く手をさえぎっている。
その唯一の道を塞ぐように少女が立ちはだかっている。年齢は10歳にも満たないように見えるが、その姿は少々風変わりな格好をしていた。
頭に大きな三角帽子を被り、ブカブカのローブを着込んでいる。さらにその手には分厚い黒塗りの本を持っている。一言で表すなら、魔法使いの格好だ。
呼び止められた、というより前をふさがれた二人もどう対応していいのかわからず、互いに顔を見合わせた。一人は漆黒の髪の青年。もう一人は金色の瞳の少女だった。
少女はそこで大きく息を吸って、口を開いた。
「ここで私にあったのは運がわるかったな!我が魔道書のさいしょのギセイシャとなるがいい!」
少々舌足らずな口で言い切る。派手なポーズをつけて、手に持った分厚い本を開いた。
「うなれ!いにしえのクサリにしばられし魔獣よ!我がよびかけに答えよ!」
「………」
「………」
特になにも起きず、互いに妙な沈黙が流れる。少女は、大きな衝撃を受けたようにのけぞり、ショックを体全体で表していた。
「そんな……、そんなはずは……」
少女は、バラバラっと新しいページを開き、先ほどとは違うポーズで身構えた。
「炎のけしんよ!その業火で我がてきを焼きつくせ!」
二度目もなにも起こる様子はなく、冷たい風が両者の間を吹きぬけた。
突然、少女はがっくりとその場に膝をついた。手にしていた本も傍らに投げだず。
「ううっ……また偽者だったのかな〜」
ふてくされて地面にのの字を書き始めた少女に、今まで傍観していた青年が近づいて、そっと声を掛けた。
「君?」
はっと我に帰った少女は、素早く立ち上がると、大げさに飛びのいて青年を睨みつける。
「ええい! よるな! 敵の情けなんてうけぬわ!」
青年は、少女をなだめると、言い聞かせるような口調で言った。
「もしかしたら本が偽物じゃなくて、君の修行がたりないんじゃないか?」
少女は、その言葉に目を丸くしたが、すかさず本を拾い上げ、猛スピードで道を二人と反対方向へと走っていった。少女は豆粒のように小さくなったあたりでこちらを振り返った。
「見ていろ! 修業して本当の魔法使いになってやるからな! おぼえてろ〜」
大声でそう言い残すと、少女は再び走り出した。
その背を見送ってから、青年は、歩き出す。それを見て、金色の瞳の少女も急いで歩き出した。
「何であんなこと言ったんですか?」
「子供の夢は守るものだろう?」
複雑な顔をして少女は首をかしげる。
「そうですけど……。裏に○○出版なんて書かれた魔道書がありますか?」
「何事も経験だ」
翌日から、この付近で少女の呪文のような奇声が聞こえると言う噂を二人は知らない。