拾った話
ぼくはぬいぐるみです。名前もあったけど、今はありません。ここはどこかの橋の下で、雨には濡れないけど、とても寂しい場所です。今は冬なので時々冷たい風が吹き抜けています。今も一人の男の人が寒そうに橋の下に入って来ました。髭がボーボーでちょっと汚い格好の人でした。
「う〜、さぶ。こいつでもないよりはましか」
そう言うと、地面に置いてあったぼくを拾い上げて服の中に入れました。ちょっと窮屈だったけど、拾ってくれたから嬉しかったです。男の人はぼくをボウズと呼びました。
「よし、今日も一日頑張るか」
男の人はいろんな所を歩き回りました。ゴミ捨て場の中を覗いて。使えそうな物や食べ物を拾っていました。それから道の横に座ると、拾ってきたものを売ってお金にしました。
ぼくは、他の物と一緒に並べられました。すると、一人の男の人がぼくを持ち上げました。
ちょっと太った、優しそうなおじさんでした。
「これはいくらだい?」
男の人は、お金を払うとぼくを抱えて歩き出しました。男の人の家に着くと、ぼくは水の中に入れられて、洗剤でごしごしと洗われました。ぎゅっと絞られて暖炉の前に置かれました。暖炉は真っ赤に燃えていました。しばらくすると、玄関から元気な声が聞こえてきました。男の人は、ぼくを後ろに隠すと帰ってきた女の子に、お帰りなさいと言いました。
そうしてぼくは、女の子に手渡されました。女の子はとても喜びました。
「ありがとう!お父さん」
それからぼくは、いつも女の子と一緒でした。ぼくの名前はチャッピーになりました。
ご飯のとき寝るときも一緒でした。でも、いっかいお風呂に一緒に入ってぐちゃぐちゃになっちゃったので、お風呂だけは一緒に入りませんでした。
それから何年か経つと、女の子は、あまりぼくと一緒にいなくなりました。朝は、慌しく出かけて、帰ってくるとすぐに寝てしまいました。その頃には、女の子は、スーツを着て格好よく化粧をしていました。
ある日、ぼくは久しぶりに外に連れ出されました。女の子は、ぼくを片手に抱え、もう片方の手に紙袋を抱えて公園に行きました。
公園に着くと、シートを広げてその上に、紙袋から色々なものを並べました。ぼくもそこに一緒に並べられました。周りには同じようにシートを敷いて、たくさんのものを売っている人が沢山いました。ぼくの周りに並べられた、お皿とか、服とかはドンドン売れていきました。太陽が頭のてっぺんに来るころになると、並べられていたものは、ほとんどなくなってしまいました。女の子がそろそろ帰ろうと、袋の中に売れ残りをしまいだすと、そこへ、腰の曲がったおじいちゃんが声を掛けてきました。
「それを、譲ってくれんかね?」
帰り道、ぼくはおじいちゃんの手の中にいました。おじいちゃんは腰が曲がっているので、ぼくは、ずっと下を向いている状態でした。おじいちゃんは、ぼくを見て、昔飼っていた太郎によく似ているといいました。おじいちゃんの家に着くと、おじいちゃんは大きな声で、子供の名前を呼びました。ばたばたと騒がしい音を立てながら、気の強そうな女の子がやってきました。手にはおもちゃの拳銃を持っていました。後ろから、お母さんもやってきました。おじいちゃんは女の子を目の前に座らせると、ぼくを女の子に差し出しました。女の子は嫌そうな顔をします。
「私、ぬいぐるみなんていらな〜い」
女の子はそう言ったけど、お母さんにたしなめられて、しぶしぶとぼくを受け取ります。それを見てお母さんが女の子に聞きました。
「名前、何にしようか?」
「ええ〜、いいよ名前なんて」
女の子はそう言いましたが、しつこく言われたので、ちょっと考えて言いました。
「じゃあ、ハイパーマンね」
お母さんは、何それといって顔をしかめましたが、おじいちゃんは笑っていました。
それからすぐに遊びに行ってくると言って、外に飛び出しました。右手にはおもちゃの拳銃、左手にぼくを抱えて、女の子は走っていきました。しばらく走ると、人気のない林に入っていきました。森の奥まで来ると、いきなりぼくを、ぽんっと木の影においてしまいました。
じゃあね、とそれだけ言って女の子はまた走っていってしまいました。ぼくは林の中にぽつんと残されました。落ち葉が風にかさかさとゆれ、暗くなりかけた空がだんだん森から明るさを奪っていきました。またぼくは名前がなくなってしまいました。木の枝には葉が少しもついていないので、雨が降ったらぬれてしまいます。ぬれるのは嫌だな、と考えていると、林の向こう側から女の子が歩いてきました。さっきの女の子とは違う女の子でした。近くに来ると、その顔が見えてきました。金色の目がキラキラと輝いて、さみしかった林が急に明るくなったみたいでした。
ぼくは、そのきれいな目としばらく見つめあいました。すると女の子はぼくを拾い上げて、すたすたと歩き出しました。林を抜けて、しばらく人気のない道を歩くと、一軒の家が見えてきました。その家のドアを開けると、女の子は言いました。
「ただいま帰りました〜」
「おかえり、なんだそれ?」
迎えてくれたのは、真っ黒な髪をした男の人でした。読みかけの本を片手に、テーブルで紅茶を飲んでいました。女の子は嬉しそうにぼくを目の前に持ち上げました。
「さっき拾ったんです。かわいいでしょ」
男の人は、苦笑いしながら曖昧に頷きます。それから本に目を戻して言いました。
「それより、早く夕飯にしてくれ。腹が減ってたまらない」
は〜いと返事をして、女の子はキッチンに向かいました。ぼくは窓際に置かれました。
ぼくに名前はまだありません。