親切な話
「長旅ご苦労様でした」
番兵の心のこもっていない労いに生返事をしつつ、真っ黒な髪を砂埃で白くして青年と、今にも崩れ落ちそうなほど疲れた顔をしている金色の瞳の少女は街に入った。二人が入った街は貿易の街として名高いところで、普段から商人達で賑わっていた。大通りでは、数え切れないほどの商品が並び、客を集めようと声を張り上げる商人と、買い物をする客で溢れていた。
だが、街のにぎやかな喧騒も、今の二人には雑音でしかない。
「……疲れました」
「お前の分の荷物も持った俺はもっと疲れた」
二人が体中の砂を払っていると、突然、女性の大きな声が耳を打った。
そちらに目をやると、恰幅のいい女将さんといった感じの女性がこちらに歩いてきた。
「あなたたち、歩いてここまで?さぞ大変だったでしょ〜?」
街の周りは交通網が張り巡らされ、乗り物を使う分には非常に便利なのだが、徒歩となるとそれらからの排気ガスと周りの荒地からの砂に襲われてまともに歩けない。
それを知っているから、大抵の旅人は徒歩でこの町に来ることは滅多にない。
少女は自嘲した笑みを浮かべた。
「非常にシビアな事情で……」
「あら、若いのに大変ねぇ〜」
女将は常に大きな声で話しているので、何人かの周りの人間が好奇の目でこちらを見ていた。それに気付いて、青年は荷物を持ち直し、出発するべく少女に声をかけた。
「行くぞ、早く今夜の宿を探そう」
少女がそれに答える前に、女将が答えた。
「それなら、私のとこに来なさい。宿屋もやってるから、今ならサービスしとくよ」
少女はサービスと言う言葉に心奪われていたが、青年は渋い顔をしていた。
宿屋は街の奥のほうにあった、歩いている間、女将は常に話し続けた。出身地、好きな食べ物、旅の目的。もしかして恋人同士かい、と聞いたときは青年にすごい形相で睨まれたが、照れるんじゃないよ、と全く気にした様子もなく話し続けた。尋問のようなマシンガントークに、宿屋につく頃には二人は更に疲れ果てていた。
「ここが私の宿屋さ、酒場もやってるけど、二人にはちょっと早いね」
豪快に笑う女将に苦笑いを返し、二人はさっそく与えられた部屋のベッドに飛び込んだ。
部屋はかなり古く、食事もおいしくなかったが値段は安かった。
その夜、二人は酒場の喧騒でほとんど眠れなかった。
翌朝、二人が宿から出ると、後ろから声をかけられた。見ると女将が手に大きな包みを抱えている。それを強引に少女の手に押し付けた。
「これ、旅先で食べるといいよ。遠慮なんかしないで、あと北門へいくならそこの路地から行くと近道だよ」
気をつけていくんだよー、と大きな声で見送られ、二人は教えられた路地へと入っていった。宿屋が見えなくなると、少女は大きな荷物を手に抱えたまま隣を向いた。手の中の荷物からは昨日の食事と同じ匂いがしていた。
「い、いい人でしたね」
「あれはなぁ……」
狭い路地に低い唸り声が響き渡る、二人がそちらを振り向くとあちこちの小道からやせた犬が覗いていた。皆視線は少女が手にした風呂敷きへと注がれている。
「大きなお世話と言うんだ」
「長旅ご苦労様でした」
番兵の気のない言葉に送られ、一人の旅人が街の入り口をくぐった。たっぷりと体のあちこちに入り込んだ砂を払いながら大きくため息をつく。それを見つけて恰幅のいい女性が声を掛けた。
「あら、あなた疲れてるんじゃない?」
修学旅行を間近に控えて、うきうきしている涼です。
こんなおばさんってよくいますよね?うちの近所にも約一名います。見ていて気持ちいいくらいの図々しさ(笑
それでは、また今度。