森人の話
「はあっ、はあっ……!」
深い森の中を、一人の子供が走っていた。男か女かは判別できない。森の木々は、雪で多い覆われ、日光を反射してキラキラと輝いていた。
その中を子供は必死に走る。茂みを掻き分け、大きな岩の後ろに隠れた所で自分の走ってきた方向を確認する。そこには自分の足跡以外と生い茂る草木しか見えなかった。子供はほっと息を吐いた。
「はあっ!」
「ほぐっ!」
突然、頭上の木の枝から飛び掛られ、ゴロゴロと雪の上を転がり出る。そのまま5回転ほど転がって、互いに離れた。
追撃者と逃走者は、雪の上に大の字になり、笑いあった。そこには全く同じ顔、同じ格好の子供が二人転がっていた。
「はははははっ………ふぅ」
「はははははっ………ふぅ」
ひとしきり笑ってから、同じ顔の子供たちは同時にため息をついた。
「次は何をしようか?」
「本気鬼ごっこも飽きたしね」
「本気雪合戦は?」
「もう100回はしたよね」
「本気しりとり」
「絶対つまらない」
「はぁ…」
「はぁ…」
子供は雪の上に転がったまま、もう一度ため息をはいた。しばらくそのまま木々を見上げていたが、何かを感じ取ったように二人同時にぱっと起き上がった。
「お客さんだね」
「ひさしぶりだね」
「遊んでもらおうか」
「遊んでもらおう」
同じ顔の子供は、クスクスと楽しそうに笑わらった。
森の入り口からほど近い場所を、一組の男女が歩いていた。
一人は漆黒の髪の青年。もう一人は金色の目の少女だった。二人とも背中に籠を背負い、中にはたくさんの薬草などが詰まっていた。
二人とも森の中を横切る小さな道を歩いていた。
少女の方は、先ほどから、ちらちらと背後を伺い、耐えかねたように青年に問い掛けた。
「あの…なにかついて来るんですけど」
見れば確かに二人の子供が木々の陰を縫って二人を追いかけてくる。本人達はこっそりついてきているようだが、ほとんで丸見えである。そのくせ、しっかり見ようとするといつのまにか視界から消えている。その異常な状態にも青年は動じず黙々と歩いた。
「気にするな」
「あの、でも……」
「いいから……くっ」
子供が雪玉を作って投げ、青年の頭に当たって白い粉が舞った。
「だいじょう…ぶっ!」
言葉の途中で雪玉が顔に直撃し、それを振り落として少女はフルフルと震えた。
「このっ!」
少女はとっさに雪玉を作り、子供を直視しないようにしながら投げた。飛んでいった雪玉は寸分たがわず子供の一人に当たった。子供は、むぎゅっと悲鳴を上げ、茂みに倒れこむ気配がした。
「よし!」
少女がガッツポーズをとっていると、木のきしむ音が聞こえ、次いで急に自分の下に大きな影ができた。
「危ない!」
青年に手を引かれその場を退くと、自分の立っていた場所に巨木が倒れこんできた。
雪の中に大きくめり込んだそれを見て、少女は冷や汗を流した。
「走るぞ!」
青年に手を引かれたまま、走り出す。すると子供もそれと同じ速度ですぐ後ろを着いてきた。相変わらずその姿を捉えることが出来ない。
走っていると、周りの木の陰から再び雪球が飛んできた。今回は一発でなく、ありとあらゆる方向からこれでもかとばかりに飛んできている。しかも、明らかに何もない雪原からいきなり雪玉が飛び出している。
それを二人は器用にかわしながら森の中を疾走する。
「これ、絶対人間業じゃ……」
「無駄口叩くな。おっと……」
突然地面から飛び出してきた木の根をかわし、なお二人は走る。
しばらくすると、雪玉は飛んでこなくなった。
「え?おわり?」
乱れた息を整えようと、少女が立ち止まった瞬間。いきなり後ろに巨大な雪玉が現れた。
都合の悪いことに、二人は坂の斜面に立っている。
それは重力に従ってゆっくりと転がりだした。
「うそ〜〜〜!」
巨大な雪玉に追いかけられるという、なんとも非現実的な光景を体験しながら二人は更に走る。しかも、雪玉は周りの雪を巻き込み、さらに大きくなっている。
少女は息を切らして走りながら、涼しい顔で横を走る青年に顔を向けた。
「何で、そんなに、平気な、顔、してるんです」
「慣れてるからな」
道が曲がったために、二人はやっと雪玉の恐怖から開放された。散々走ったために、出口はすぐ目の前である。少女は荒く上下する胸を抑えながら息を整えた。
「ふぅ、もうだめかと思いました」
青年も肩についていた雪を払う。
「さっさと出るぞ、誰かさんが雪玉をぶつけたりするからひどい目にあった」
「だって、あっ…」
少女は、はっとしたように、今まで通ってきた道を振り返る。そこにもう子供も姿は見えなかった。
少女は多少引きつった顔をして青年に聞いた。
「ここ、帰らずの森って呼ばれてませんでした?」
「今ごろ気付いたのか」
青年はあきれたように呟いて、森から一歩外に出た。それに続いて少女も急いで森を出て行った。それを見送るように、二人の子供が木の枝に腰掛けて見下ろしていた。
「クスクス、楽しかった?」
「クスクス、楽しかったね」
「また来るかな?」
「来るといいね」
森から出ていく二人を見送って、二人の子供はすっとその場から消えた。