誓い
これがラストです。
ドサッ。
瞬間、俺は石像になった。唇に柔らかくて、生暖かいものが触れている。よく見ると伊織のく、く、唇ー!?
はあ、サイパンの空は青かったぜ。……行った事ないけどね。
なんて現実逃避までしてみた。だけど、現実は変わらない。むしろ変わって欲しくない。
それより、今は受け止めることが重要だ。このまま倒れたら、伊織まで怪我をしてしまうかもしれない。
即座に意識を足に集中させ、踏ん張る。伊織のことが関わってる分いつも以上に力が出た気がする。火事場の馬鹿力ってやつだ。
思ったより伊織は軽く、倒れずに済んだが、別の意味で倒れそうだった。
ようやく衝撃が止み、伊織の足が地面に着く。代わりに悠二の足は、地面にあってないようなものになっていた。
伊織の腕が首の後ろに回され、きつく捕まえられている。唇も離さないままだった。
悠二は伊織を支えるために腰に回した腕を振りほどくことが出来ないまま、意識が飛びそうになっている。
自分の心臓の音がうるさかった。血液が沸騰し、激流に変わっているのが分かる。
永遠とも思える時が過ぎ、ようやく伊織が顔を離した。そして、腕を背中まで持ってきて、今度は悠二の胸に顔を埋めた。
悠二は意識がはっきりし始めた。今なら先程起きた出来事を理解できる。だが、敢えて考えない。今考えれば、またしても意識が飛びそうになる。そう思ってのことだ。
ヤバイ。伊織を抱きしめてる。華奢で、女の子特有の柔らかさ(触ったことがないので勘)が直に伝わる。温かい。あの甘い匂いもする。それに、口に残るミルクティーの味がなんとも言えない。
こんなことを思う乙女な自分が恥ずかしい。だけど、事実なのだからしょうがない。
伊織は顔を動かし、悠二を見上げた。
「ねぇ、さっきのって……ホント?」
ちょっと間を置くのは反則だ。
「ホ、ホントだよ。そんなので嘘付くわけないじゃないか」
「そうだよね。悠二君、嘘つかないもんね」
「そうだよ。嘘じゃないって」
少し笑って見せる。
「……じゃあ、もう一回言って」
懇願するような眼差しを向けてくる。こんなことをされたら、絶対に断ることなんて不可能だ。
一つ咳払いをして、
「俺は海津が好きだ」
「ホントに?」
「うん、好きだよ。だから、俺の傍にいて欲しいんだ」
今度ははっきりと力強く答える。彼女の心に届くように。
「うん、ずっと一緒だよ?」
「もちろん」
「……でも、悠二君遅過ぎだよ」
急にむくれる。先程のことが言いたいのだろう。
「ごめん!それは本当に悪かったって思ってる」
「ずっと待ってたのに」
「え?」
悠二の態度を見て、更に付け加える。
「……そんなだから鈍感って言われるんだよ」
確かにクラスの女子からはよく言われていたことだ。でも、今は忘れよう。忘れた方がいい。
「だってさ。その、あれは……」
慌てる悠二を見て、伊織は笑った。
「なんだよ、笑うことないだろ?」
悠二が不服そうに言う。
「ごめんね。だって、悠二君、あたふたして面白いんだもん。いじめたくなるって言うか、なんていうか」
「なんだよ、それ」
と、言ってみるが、悠二の顔も笑っていた。彼女の笑顔が見れて、嬉しいのだ。
伊織の回す腕に力がこもる。
「あったかい」
「うん」
「来年も再来年も……この先ずっとこうしていてね、悠二」
「約束するよ、伊織」
初めて呼び合う名前。それはどこか特別なもの。二人を結ぶ儀式のようなものだ。
二人は見つめあった。自然と顔が近づき、その距離をゼロとする。そして、二人の顔が離れると、悠二は空を見上げ、目に見えるようで、見えない人物に話しかける。
俺に勇気をくれてありがとう。
雪って伊いうシチュエーションも良かったよ。
俺はこの奇跡に感謝する。
それと、確かに受け取ったよ。最高のプレゼントをね。
ちょっと幸せな気持ち。これが、結構好きですね。今年の冬は寒いです。皆さんにも何か奇跡が起こりますよう、祈らせていただきます。それでは。