雪
(ん?)
不意に何かが目の前を通り過ぎた。それは真っ白で、何の濁りもなく、手のひらに乗せれば、すぐに消えてしまう儚い存在。そう、それは雪。
唐突に降り始めた雪を見て、かすかに甦る記憶。その記憶は本当に新しいものだ。
その記憶はさっき見た伊織の顔。本当は見えていたのに、知っていたのに、知らないふりをしていた。彼女は、俺が後ろを向いたとき、確かに寂しそうな表情をしていた。この頭上にある雲に覆われたように。
そんな顔をさせたままでいいのか?水坂悠二。お前は伊織が好きなんだろ?だったら、悲しませるような事するな!
悠二は立ち止まる。
勇気は貰った。サンタがいるのかは分からないが。この雪は俺にきっかけをくれた。ここで、やらなきゃ、いつやるんだ。決めろ!
ゆっくりと振り返り、大きく息を吸う。伊織は家の前にある門に手をかけているところだった。
良かった、まだ間に合う。
「海津ーーー!!」
びくっと体を震わせた伊織は驚いた表情で、こちらを向く。
「俺、海津のことが好きだ!」
たったそれだけ。本当に飾り気のない言葉だった。だが、それはシンプルかつ一番心に届くことだった。
それを聞いた伊織は俯いた。
予想外の展開に悠二は慌てる。
(失敗か!失敗なのか!?)
とりあえず、待つことにした。生きている中で最も長いであろう時間を味わう。もう、1時間は経った気すらしていた。
俯いたまま、全く動かない伊織が、いい加減心配になってきた悠二が近寄ろうとした刹那。伊織が顔を上げた。暗い上、距離があるためはっきりしないが、泣いていたような気がする。
悠二が罪悪感を覚える前に、伊織が走り走り出した。
突然のことに呆気にとられた。その隙に伊織は凄い勢いで、迫ってくる。もう悠二まで、5メートルもない。
緩やかな坂とはいえ、下りを全力疾走するのはこける心配がある。そのことに気付いたのは、目の前に伊織が迫ってきた時だった。今更ながらに駆け出そうとするが、もうそんな必要もないほどに近い。
大丈夫だろうと高を括ったのが、まずかった。何を思ったのか、伊織が悠二の寸前で飛んだのだ。まさに飛び込むとは、このことだろう。
(!!)
咄嗟に体が動いた。伊織を受け止めるべく、足を出す。
そこに伊織が飛び込んで来たのだった。