別れと願い
「さむっ!」
悠二は自分の体を抱いた。伊織も同じ格好をしている。
空は相変わらず雲に覆われ、星も月も見えない。ただ、街の街灯はこれでもかと言わんばかりに、光っていた。
時計はもうじき11時を示そうとしている。もう帰らなくてはいけない時間だ。悠二はいいとしても、伊織は女の子。親が心配してしまう。
「そろそろ帰ろうか」
言いたくもない台詞を言うのが、これほど苦痛だとは思わなかった。
伊織も時間を見て理解したのか、頷いた。
俺はこの時間が一番嫌いだった。肝心なところでいつも水を差す。確かに、また明日って意味も込められるのかもしれないけど、寂しいものはしょうがない。
なんとなくそんな事を考え、話す気になれず、無言だった。伊織も同じなのだろうか、言葉を発しようとしない。
映画のように丁度いい展開があるわけでもなく、普通に伊織の家の前まで着いてしまった。やはり、映画と現実は違う。
家の前に立ち、向き合った。
「あの、あの……さ」
例え映画と違っていても、伝えたいことがある。悠二は勇気を振り絞っていた。
「ん、何?」
どこまでも深い瞳に見返される。それだけで、緊張が一気に高まった。
「いや、その」
言葉に詰まる。なんで、こんな時に一言言えないんだ。たった一言「好き」って言うだけなのに。俺の根性はその程度なのか。
口を開いてみても、出るのは白い吐息だけだった。悠二が体感する時間から言うと、かなりの時間が過ぎた。そして、ようやく搾り出した言葉が、
「……今日は楽しかったよ。ありがと。それじゃ、またね」
「え、……うん。私も楽しかった。ありがとね。それじゃ、さよなら」
悠二は踵を返していた。
絶対に後ろは振り向かない。いや、振り向けない。
最悪だ。何やってんだ、俺は。今からならまだ間に合う。振り向け!……でも、振り向いてどうする。俺何も出来ない、何も言えない。勇気がないんだ。怖いんだ。畜生。
どんどん家から、伊織から離れていく。心も体も。
もし、本当にサンタがいるなら俺にもくれよ、プレゼントをさ。
強く願う。そう、心の底からの願いだった。