映画館
「え!ちょっと!」
聞こえないふりをしているのが見え見えだ。
悠二の言葉を気にした様子もなく、伊織は進んでいく。そして、辿り着いたのは映画館だった。
「ここ?」
悠二は早くもげんなりした様子で訊く。
「ううん、適当に歩いてただけだから。でも、面白そうだから、見ていこうか」
またしても笑顔。
無理だ。その笑顔には勝てない。というか、そもそも遺伝的に見ても女性の方が強い。所詮俺は染色体が、Y染色体だよ。
「いいんじゃないかな」
悠二は笑顔を見せた。自分ではそう思っているが、ちゃんと笑えていない。それでも、伊織は理解してくれていた。
「じゃあ、入ろう」
「うん」
伊織がチョイスした作品は恋愛物だった。以前から反響を呼んでいた人気作で、かなり長い期間に渡り、放映している。クリスマスにはもってこいの映画だ。
映画館の中に入り、ポップコーンとジュースを買うと、席に着いた。上映ギリギリに入ったお陰で、すぐに始まる。席はどこも埋まっており、カップルばかりだった。
(まあ、当然か)
悠二はスクリーンをぼんやりと見つめた。どこでもやっている注意事項と映画のCMなどが終わり、ようやく本編が始まる。
ここに入ってから、というか、駅で会ってからここまで交わした会話は少ない。
ああ、なんてこった。最初からこんな調子なんて。でも、挫けないぞ。この後から挽回すればいいんだ。頑張れ、俺。
自分を励ますと、映画に集中する。ここまで来たのだ。見なければ損をする。
映画の概ねの概要は、ありがちなラブストリーだった。一組の男女が運命的な出会いをし、障害を乗り越える。しかし、一度は些細な喧嘩で別れ、一人になってから相手の大切さに気付く。だけど、そんなことは後の祭り。相手は遠く離れた国に行ってしまい、会うことも出来ない。主人公の男は挫けそうになる心に叱咤し、様々な手を使い彼女の元に行く。そこのは数々の奇跡が生まれ、消えていく。その奇跡を踏みしめて、男は彼女と再会し、愛を確かめ合って、そのままゴールイン。といった感じだ。
そんなありがちな展開だったが、気の利いた台詞や細かな演出が、普通のラブストーリーとは一線を引く作品に仕上げていた。はっきり言って名作だ。
隣を見ると、伊織が泣いていた。
そういえば涙もろい奴だったな。あれだけいつもは元気なのにな。それだけ、感受性があるってことか。思いやりは人一倍だし。
悠二は伊織の横顔に見惚れていた。ただ、涙を流しているだけなに、どうしてこんなに美しく、愛しく思えるんだろうか。柄にもないことを考えていた。
そして、自然にズボンのポケットに手を突っ込み、ハンカチを取り出し渡していた。
「はい、これ。涙拭いて」
伊織が恥ずかしがらぬよう、顔をスクリーンを向けたままだ。
「う、うん。ありがとう」
グスっと鼻を鳴らす音が聞こえ、手にあるハンカチが伊織に渡った。
その後は、終始無言のまま映画を見ていた。
映画が終わり、悠二は両手を組んで頭上に掲げる。
「んー、よっと」
伸びをして硬くなった体をほぐし、隣を盗み見る。どうやら、もう泣き止んだようだ。いつもの伊織に戻っている。
「出ようか」
それだけ言って、二人は映画館を出た。