Lv.017『さて、じゃあ行って来るよ』
いよいよ出発の日が来た。
契約した精霊とか幻獣は、一緒に行動しないのが普通だ。用がある時だけ呼び出す。だから召喚魔術、とかって呼ばれてるんだけど、クロードはついて来る気らしい。まぁ、正直僕らだけだと見目の良い子供の二人旅にしか見えないから、見目麗しかろうと強くは見えない外見だろうとある程度大きい姿をしているクロードはありがたい。
「竜人にならない?」
と聞いたら、
「あんなゴツイ姿になりたくないです」
という答えが返ってきたので、仕方なく人間の姿だ。さすがにクロードまで妖精はマズイ。羽さえ出さなければ妖精だとバレないが、万が一という事もある。髪や目の色的に、魔族や翼族という選択肢はなかった。
「さて、じゃあ行って来るよ。時々帰って来るから」
『いってらっしゃい』
めずらしく、ユーランが微笑んだ。一瞬固まってしまったのは不可抗力だ。仕方ない。
「呼んだ時はよろしくね!」
『もちろん。気をつけてね~』
『リッカ、いつでも呼んでくれてい……ぐはぁっ!』
「ナウルが契約したのは僕だからね?忘れてないよね?」
『じょ、冗談だって!』
サモアはなぜ学習しない、と言いたげな視線をナウルに向けた。
「じゃ、サモアも行って来るから」
『あぁ』
「呼んだら助けてね。サモアは当てにならないから」
『当然』
『ウスイひでぇ!サモアもそりゃないだろ!』
何を期待してるんだか、コイツは。
『二人とも大きくなったのぉ。世界は広い。存分に楽しんで来るといい』
「はい」
「うん」
『紫竜公も、二人を頼みました』
「えぇ、頼まれました」
僕らは笑うと、皆に背を向けた。
◆◇◆
「な、長い……」
体力はまだまだ大丈夫だろうが、精神的疲労からか立夏がぐったりした様子で言った。
「まだ森を抜けないとか……」
「そういえば森から出た事ってまだないよね」
「それどころか中心部から三日以上の場所は初めてだよ」
立夏は気分を変えるためか、激しく頭を振った。
「立夏、そんなに振ったら馬鹿になるよ」
「いいよもう、それで」
頭を振っても大して変わらなかったようだ。森だけで五日ってちょっと異常な距離だよね。レソト曰く、魔力が多いから植物の成長も早くなったらしい。
「今何日目だっけぇ?」
「四日目。明日か、早ければ今日にでも出られると思うけど。かなりハイペースで来たし」
というか、五日というのは魔物と遭遇して戦う時間もある程度は入っているのだ。その点でいえば、僕らは必要以上の戦闘をしていないから早いはずだった。そもそも魔物が近寄って来ないし。
「森抜けてもまだあるんだよね……」
「はは……まぁ、その辺はあんまり考えない方がいいよ」
僕だって決して歩くのが苦痛でないわけではない。でも、これからはほとんど歩きだろうから慣れておくべきだとは思う。
「ほら、あと少しですよ。頑張ってください」
クロードが前を見ながら励ました。(精神的に)疲れて下ばかり見ていた僕らも、反射的に前を向く。
「うわぁ、あとちょっとだね!」
立夏が目に見えて元気を取り戻した。数十メートル先から向こうには、木が一本も見当たらない。精々草がところどころに生えている程度だ。コンクリートで覆われた地面や草木が多い森を見慣れた僕には驚きの光景だった。
「すっごい見晴らしがいい場所だね」
森から出ると、立夏はキョロキョロと辺りを見回した。
「こんなところに出る魔物は空を飛ぶか、足が速いんだろうね」
「ダチョウみたいな?」
「……念のために言っておくけど、ダチョウは空飛ばないからね」
「え、嘘ぉ!?鳥でしょう?」
「飛ばない鳥もいるんだよ。足が速いのは確かだけど」
まぁ、人間よりも遅い動物はそういない。同じように、飛ばない妖精より遅い魔物は滅多にいないはずだ。見晴らしがいいからって油断はできない。
「川の魔物も忘れてはいけませんよ」
「あぁ、そうだね」
僕は頷いて隣を流れる川を見た。
マッシューブへはレソト川に沿って行くのが一番確実だ。マッシューブ自体レソト川の流域にあるし、聖域に来るような人は妖精か精霊でもない限りいないから道もない。迷ったりしたらお笑い草だ。その点、川の近くを通れば迷う心配はなかった。
ただし、近付きすぎには要注意。川にだって魔物はいるし、とっさに動けなくなってしまうからある程度の距離は置いた方が賢明なのだ。クロードが言いたいのはそういう事である。
「ね、雨水。川の魔物って食べれたよね?」
「んー?確か、魚型のは毒にさえ気を付ければ大丈夫だったと思うけど」
「やったあ!じゃあ、今日は何か作ろうね!」
数年前ならこちらが食われていたような魔物なのだが、これが自然の摂理なのか。アルヴェディアは地球以上に弱肉強食で、立夏はかなり強かであった。