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婚約解消した王太子は、自分の判断が正しいと思っていた

作者: よみなぎ
掲載日:2026/09/24


「セレナ・グランツ。君との婚約を解消する」


 王太子アルベルト殿下からそう告げられたとき、私はしばらく言葉を返せなかった。


 十二歳で婚約してから十年。


 私は北方を治めるグランツ辺境伯家の一人娘として王都へ移り、王太子妃になるための教育を受けてきた。


 その十年が、今日で終わる。


「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」


「ああ。当然だ」


 殿下の隣には、ヴァレン公爵令嬢が座っていた。


 国内最大級の鉄鉱山を所有する大貴族の令嬢だ。


「ヴァレン公爵家との婚姻が成立すれば、同家が所有するガルネ鉄鉱山が王家へ譲渡される」


「鉄鉱山を……?」


「そうだ。王国軍が必要とする鉄の多くを、今後は王家自身が確保できる」


 なるほど。


 それなら、単なる恋心で婚約者を替えるという話ではない。


「グランツ家との婚約を解消すれば、我が家から派遣している竜騎士四十騎も撤収いたします」


「承知している」


 殿下は即答した。


 そこまで考えているのなら、私から指摘する必要もないらしい。


 王国には約百二十騎の竜騎士がいる。


 そのうち四十騎は我がグランツ辺境伯家の所属。


 六十騎は王家直属。


 残りは他の諸侯が保有している。


「王家直属の六十騎は残る。それに鉄鉱山を得れば、騎士団の武器や防具をさらに充実させられる。長期的に見れば、王国全体の軍事力は今より高くなると判断した」


 筋は通っている。


 寂しくないと言えば嘘になる。


 十年間、私はこの方の妻になるのだと思って生きてきた。


 けれど、国を背負う王太子が国益を考えて決めたことなら、私が感情だけで否定するのも違うだろう。


「分かりました」


「……それだけか?」


「はい」


 殿下が少し意外そうな顔をした。


「殿下がそこまでお考えになった上でのご決断でしたら、私から申し上げることはございません」


「そうか」


「長い間、お世話になりました」


 私は立ち上がって、一礼した。


 胸の奥に、小さな穴が開いたような気がする。


 でも、不思議と怒りはなかった。


「セレナ」


「はい」


「君に落ち度があったわけではない。それだけは理解してほしい」


 最後まで律儀な方だ。


 私は少しだけ笑った。


「ありがとうございます」


 扉へ向かい、最後にもう一度振り返る。


「どうか、良い国王になってくださいませ」


「ああ」


 殿下は力強く頷いた。


「必ず」


 それなら大丈夫。


 十年間が無駄だったとは思わない。


 私は静かに扉を閉めた。


◇


 扉が閉じる音を聞いて、アルベルトは長く息を吐いた。


「……ようやく終わった」


 不思議なほど肩が軽かった。


 セレナに不満があったわけではない。


 むしろ逆だった。


 彼女は優秀だった。


 王太子妃教育では常に最高評価。外交官とも軍人とも話ができる。グランツ家の竜騎士たちからも慕われている。


 王太子の婚約者として、非の打ち所がなかった。


 だからこそ、嫌だった。


『グランツ家の竜騎士がいる限り、我が国の空は安泰ですな』


『セレナ様は実に優秀でいらっしゃる』


『殿下は素晴らしい婚約者を得られましたな』


 何度聞いただろう。


 そのたびにアルベルトは笑顔で頷いてきた。


 だが、心の中ではいつも同じことを考えていた。


 俺は次の国王だ。


 グランツ家の婿ではない。


 王国を守っているのは王家だ。


 それなのに何かあるたび、グランツ、グランツ、グランツ。


 まるで王国が辺境伯家に養われているかのようではないか。


「殿下」


 ヴァレン公爵令嬢が心配そうに声をかける。


「本当によろしかったのでしょうか」


「構わない」


 アルベルトは即答した。


「グランツ家は四十騎を王国へ貸しているにすぎない。彼らの竜も、騎手も、すべてグランツ家のものだ」


 だが、ヴァレン家は違う。


 婚姻の成立と同時に、ガルネ鉄鉱山そのものを王家へ譲渡する。


 一年後も、十年後も、百年後も。


 そこから産出される鉄は王家のものだ。


「これからは、王家自身の力で王国を守る」


 アルベルトは窓の外を見た。


 青い空を、グランツ家の竜が横切っていった。


 それを見るのも、もうすぐ最後になる。


◇


 三日後。


 四十騎の竜騎士が王都を去った。


 巨大な竜が次々と翼を広げ、北へ向かっていく。


 王都の民は大騒ぎだった。


「本当に全部帰るのか」


「北の竜騎士がいなくなるぞ」


「大丈夫なのか?」


 そんな声が聞こえてくる。


 アルベルトは王宮の窓から、その光景を見ていた。


「想定済みだ」


 軍務卿も頷く。


「王家直属の六十騎が残ります。戦闘能力だけで比較すれば、我が竜騎士団もグランツ家に劣りません」


「そうだろう」


 さらにガルネ鉄鉱山の譲渡手続きも進んでいる。


 鉄の安定供給が始まれば、歩兵にも騎士にも、より良い装備を与えられる。


 借り物の四十騎と、王家が永続的に所有する鉄鉱山。


 どちらが国の未来に必要か。


 答えは明らかだ。


 一週間後、東部街道で魔物が商隊を襲った。


 発見が遅れ、数名の負傷者が出た。


 アルベルトはすぐに王家直属の竜騎士を派遣し、魔物を討伐した。


 二週間後には南部で川が氾濫した。


 近隣の騎士団を動かして対処した。


 一か月後には北西の砦から、補給物資が届かないという訴えが上がった。


 こちらも追加の輸送隊を手配した。


「多少、混乱が多いな」


「グランツ家の竜騎士が担当していた業務の引き継ぎに時間がかかっております」


 軍務卿の報告に、アルベルトは頷いた。


「新体制への移行期だ。当然だろう」


 致命的な問題は起きていない。


 魔物は倒した。洪水にも対応した。物資も届けた。


 そして二か月後。


 待ち望んでいた報告が届いた。


「殿下。新装備の配備が完了しました」


 ガルネ鉄鉱山から産出された鉄で作られた武器と防具。


 第一騎士団への配備が完了したのだ。


 アルベルトは満足した。


 これこそ王家の力だ。


 もう誰にも、グランツ家のおかげなどとは言わせない。


 その直後だった。


「殿下! 北東部に大規模な魔物の群れが出現しました!」


 アルベルトは立ち上がった。


 報告によれば、百体を超える魔物が南下している。


 新体制の力を示すには、これ以上ない機会だった。


「第一騎士団を出す。私も行く」


「殿下自らですか?」


「ああ。王家直属の竜騎士も出せ。全騎だ」


 軍務卿が一瞬だけ迷った。


「全六十騎を?」


「敵は大規模だ。空と地上から一気に叩く」


「しかし、王都周辺の巡回が――」


「数日だ。ここで確実に仕留めるほうが重要だ」


 そして王太子率いる討伐軍は出陣した。


◇


 戦いは圧勝だった。


 新しい剣は魔物の皮膚を切り裂き、新しい鎧は爪を弾いた。上空からは六十騎の竜騎士が襲いかかる。


「押せ!」


 アルベルト自身も剣を抜いた。


 騎士たちが歓声を上げる。


 夕刻には最後の大型魔物が倒れた。


「殿下! 討伐完了です!」


「被害は?」


「軽傷者のみ! 死者はおりません!」


「そうか!」


 アルベルトは笑った。


 完璧だった。


 グランツ家はいない。


 セレナもいない。


 それでも王国軍は、これほどの魔物の群れを圧倒した。


「見たか」


 誰に言うでもなく呟いた。


「グランツ家などいなくても、王国は守れる」


 胸の奥に十年間引っかかっていたものが、ようやく消えた気がした。


 その翌朝。


 王都へ帰還するアルベルトの前へ、一騎の馬が駆け込んできた。


「殿下!」


 騎手が転がるように馬から降りる。


「西部から緊急報告です!」


「西部?」


「三つの村が、魔物に襲撃されました!」


 アルベルトは眉をひそめた。


「何を言っている。魔物の群れなら昨日討伐した」


「それが……群れは途中で分裂していたようです」


「……何?」


「およそ三十体が西へ向かっていたものと」


「いつ分裂した!」


「二日前と推定されています」


 アルベルトは言葉を失った。


「二日前?」


 昨日、自分たちが戦うより前だ。


「なぜ報告がなかった!」


「発見したのは、襲撃を受けた村から逃げた住民です」


「竜騎士は何をしていた!」


 怒鳴った瞬間。


 誰も答えなかった。


 アルベルトは周囲を見た。


 空には六十頭の竜がいる。


 全騎。


 自分が連れてきた。


「……違う」


 喉が乾いた。


「出陣前だ。群れを発見した時点で、なぜ分裂を確認できなかった?」


 竜騎士団長が答える。


「最初の発見報告は、地上の監視所からです。我々はその座標へ直行しました」


「周辺は確認しなかったのか」


「偵察命令は受けておりません」


「そんなもの……」


 言いかけて、止まった。


 命令がなければ動けないのか。


 そう言おうとした。


 だが、それではおかしい。


 軍に命令は必須だ。


 では、以前は誰が命令していた?


◇


 王都へ戻ったアルベルトを待っていたのは、祝勝会ではなかった。


 緊急の軍務会議だった。


 机の上には大量の報告書が積まれている。


「これは何だ」


「グランツ家の竜騎士撤収後に発生した、対応遅延の一覧です」


 軍務卿が答えた。


「東部街道の魔物被害。南部河川の氾濫。北西砦への補給遅延。行方不明となった商隊の捜索遅延。そして今回の西部三村」


「すべて解決したはずだ」


「解決はしました」


 軍務卿は否定しなかった。


「被害が出たあとに」


 アルベルトは黙った。


「以前は違ったと?」


「はい」


 資料が一枚、差し出された。


 グランツ家が王都へ派遣していた四十騎。


 その任務記録だった。


 アルベルトは目を通す。


 国境巡回。


 街道監視。


 河川監視。


 緊急伝令。


 物資輸送。


 傷病者搬送。


 遭難者捜索。


 魔物追跡。


 そして最後に、戦闘。


「……待て」


 アルベルトは紙を持つ手に力を込めた。


「戦闘任務が、少なすぎないか」


「年間任務の二割以下です」


「二割……?」


「はい。彼らは、ほとんど戦っておりません」


 意味が分からなかった。


 竜騎士なのだ。


 強大な竜に乗る騎士。


 王国最強の戦力の一つ。


 それが戦わない?


「では……残り八割は」


「飛んでいたのです」


「……何?」


「毎日です。街道を。河川を。山を。国境を。異常がないか確認しながら」


 アルベルトの頭に、これまでの報告が蘇った。


 東部街道。


 発見したのは商人。


 南部の洪水。


 知らせが届いたのは、堤防が決壊したあと。


 北西砦。


 伝令は馬で三日。


 そして西部三村。


 住民が襲われてから、初めて王都が知った。


「グランツ家の竜騎士がいたころ、北西砦から王都までの緊急連絡には、どれくらいかかった」


「通常、半日です。悪天候でも一日ほどでした」


「……半日」


 三日。


 それが半日。


 アルベルトは椅子へ沈んだ。


 四十騎を失う。


 それは分かっていた。


 だから戦力を補った。


 王家直属の竜騎士六十騎。


 新しい武器。


 新しい防具。


 実際、戦闘には勝った。


 圧勝した。


 なのに三つの村を守れなかった。


 四十騎。


 違う。


 失ったのは四十騎ではなかった。


 四十騎が毎日飛んでいた時間。


 王国中を見ていた目。


 異変を伝えていた耳。


 何かが起きた瞬間に駆けつける翼。


 それを全部。


 自分はただの「戦力」として数えていた。


◇


「アルベルト」


 国王の声は静かだった。


 王太子として何度も入った謁見室。今日は、その景色がまるで違って見えた。


「お前が討伐した魔物は百を超えたそうだな」


「……はい」


「見事だったと聞いている。戦には勝った。だが、王太子としては失敗した」


「父上。ですが、ガルネ鉄鉱山は手に入りました。第一騎士団の戦力も、以前より上がっています。今回の討伐だって、私は勝った!」


「だからこそ問題なのだ」


「……何がです!」


「お前はまだ、自分が勝ったと思っている」


 アルベルトは息を詰まらせた。


「鉄鉱山を得た判断そのものを責めているのではない。ヴァレン家との関係も王国に利益をもたらす。軍務卿も、四十騎を失ったあとの戦闘力については補えると判断していた。だが、お前は今回、その残された六十騎すべてを戦場へ連れていった」


「敵は百を超えていたのです! 確実に討伐するためには必要でした!」


「そして三つの村を守れなかった」


「見捨てたわけではありません! 魔物が分裂しているとは知らなかった!」


「それが問題だと言っている」


 アルベルトは言葉を失った。


 国王は机上の報告書を指した。


「東部街道。南部河川。北西砦。行方不明となった商隊。そして西部三村。すべて同じだ。お前は問題が起きたあとには対処している。だが、問題が起きる前に見つけていた者たちを自分で王都から去らせた」


「次はできます。王家直属の竜騎士を再編します。戦闘部隊と偵察部隊に分け、巡回経路も設定する。グランツ家がやっていたことなら、我々にも――」


「何年かかる」


「……何を」


「グランツ家が何十年もかけて作った運用を、お前は何年で再現するつもりだ。その間に、いくつ村を焼かせる」


 答えられなかった。


 だが、方法はある。


 一番早く、確実な方法が。


「ならば、グランツ家を呼び戻します!」


 国王の目が細くなった。


「条件が必要なら出します。それでも足りないなら、セレナとの婚約を戻せばいい!」


 しばらく、誰も口を開かなかった。


「アルベルト」


「はい」


「セレナ嬢を何だと思っている」


「……」


「お前が必要なら婚約し、不要なら捨て、また必要になれば戻せる女か」


「違います! 私は国のために――」


「お前は以前から、『いつまでもグランツ家に守られていると思われたくない』と口にしていたそうだな」


 アルベルトの顔から血の気が引いた。


「『セレナ嬢が優秀だと褒められるたび、自分一人では王になれないと言われているようで不愉快だ』とも」


「それは……」


「お前は国益と自尊心を混同した。そして、自分が何を捨てるのか理解しないまま捨てた」


「私は次の国王です!」


 気づけば、アルベルトは叫んでいた。


「王家自身の力を強くしようとした! それの何が間違っている!」


「王家を強くすることではない。王家を強く見せることを優先したことだ」


 返す言葉がなかった。


「お前は四十騎を失ったのではない。四十騎が飛んでいた時間を失った。そして、その意味に気づいたあとでさえ、最初に考えたのは自分の判断が正しかったと証明することだった」


 国王は立ち上がった。


「アルベルト。お前の王太子位を剥奪する」


「……は?」


「王位継承については改めて協議する」


「お待ちください!」


 アルベルトは立ち上がった。


「父上! 私は失敗を認めています! 改善すると申し上げている!」


「決定だ」


「一度です! たった一度の――」


「一度ではない。私は今、五件の報告を読み上げた」


「ですが!」


「下がれ」


「父上!」


「アルベルト王子殿下をお連れしろ」


 近衛騎士が進み出る。


 アルベルトは動かなかった。


「私は……王太子だ」


 誰も答えない。


「私は王太子だ!」


「王子殿下」


 近衛騎士が静かに告げた。


「こちらへ」


 その一言で、ようやく理解した。


 もう違う。


 昨日まで自分についていた称号が、たった今なくなったのだ。


◇


 謁見室を出ても、アルベルトの足は震えていた。


 昨日まで、自分はこの国の次の王だった。六十騎の竜騎士を率い、百を超える魔物を討伐した。勝った。確かに勝ったはずだった。


「やはりグランツ家との婚約解消が……」


 廊下の向こうから声が聞こえた。


「竜騎士四十騎がいなくなってからだろう?」


「セレナ様がおられたころは、こんなことはなかった」


 アルベルトの足が止まった。


「結局、この国はずっとグランツ家に支えられていたんだな」


「違う……」


 声が漏れた。


 それだけは聞きたくなかった。


 それを否定したくて、セレナとの婚約を捨てた。四十騎を手放した。王家自身の力で国を守れると証明するはずだった。


「違う。俺は……俺だけでも……」


 続きが出てこなかった。


『どうか、良い国王になってくださいませ』


 最後に見たセレナの笑顔が浮かんだ。


 良い国王になるどころか。


 もう、王太子ですらなかった。


◇


「殿下……お可哀そうに」


 王太子位剥奪の知らせを聞いて、私はそう呟いた。


「本当にそう思っているのか?」


 父が呆れた顔をする。


「当然でしょう? 十年間も婚約していた方ですよ」


「お前は昔からそういう娘だな」


 父は苦笑すると、机の上に分厚い書類を置いた。


「それより、暇ならこれを見てくれ。王家との新しい竜騎士派遣契約だ」


「私が?」


「十年も王太子妃教育を受けたんだろう」


 その言葉に、少しだけ胸が痛んだ。


 もう必要のない勉強だと思っていたからだ。


「伯父上、その契約書なら僕が――」


 部屋へ入ってきた青年が、私を見て足を止めた。


「セレナ」


「カイル」


 私が十二歳で王都へ出たあと、親族筋からグランツ家へ養子として迎えられた従弟だ。本来この家を継ぐはずだった私が王太子妃になるため、代わりの後継者として育てられた。


 カイルは私の前に置かれた書類を見ると、当然のように隣の椅子を引いた。


「ちょうどいい。僕もこの条文で困ってたんだ。見てくれないか?」


「でも、これは領地の仕事でしょう?」


「だから?」


「私が王都で習ったのは、王太子妃になるための――」


「十年かけて覚えたんだろ」


 カイルは不思議そうに私を見る。


「使わないともったいない」


 私は返事ができなかった。


 外交も、法務も、財政も、軍務も。


 婚約がなくなったからといって、私の中から消えたわけではない。


「……そうね」


「だろ?」


 私は書類を開いた。


 その日から、父とカイルの仕事を手伝うようになった。


◇


 それからしばらくして。


「セレナ。このまま家に残らないか?」


 仕事を終えたカイルが、突然そんなことを言った。


「ここは私の実家ですけど?」


「ずっと、って意味だ」


「でも、あなたが困るでしょう。私は本来、この家を継ぐはずだった。私が王太子妃になるから、あなたが養子になったのよ?」


「だったら一緒に継げばいい」


「……はい?」


「僕は辺境伯になるためにこの家へ来た。君は王太子妃になるためにこの家を出た。予定が変わったなら、考え直せばいい」


「そんな簡単に――」


「僕が君と結婚すれば、後継者は一組だ」


「カイル!」


 思わず声を上げると、彼は笑った。


「領地の都合だけで言ってるわけじゃない。君が帰ってきて、嬉しかった。一緒に仕事をするのも楽しい。王太子妃になる君には言えなかったけど、今なら言える」


 カイルは私をまっすぐ見た。


「ずっと、ここにいてほしい」


 胸が熱くなる。


「……私、結婚しても仕事は続けますよ」


「もちろん。その十年分、全部使ってくれ」


 私は笑った。


「では、前向きに考えます」


「それ、期待していい返事?」


「仕事ぶり次第です」


「厳しいな」


 窓の外では、今日も竜たちが空へ飛び立っていた。


 王太子妃になるために過ごした十年間も、なくなったわけではない。


 未来が変わったなら、そこで使えばいい。


 今度は、私の価値を疎む人の隣ではなく。


 私が積み重ねてきたものを、一緒に使おうと言ってくれる人の隣で。


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― 新着の感想 ―
事後になって偉そうに説教してるけど、王太子の婚約破棄を承認したのは王様ですよね。 その時点では王太子の案に乗っかったんでしょ? こうなることは分かってたぞって顔してるけど、だったら辺境伯家の実績を説い…
肝心の竜騎士に労いの言葉や褒賞1つとて無く、男といちゃいちゃしてるのは駄目だと思う
自分の失敗を認められない者が人の上に立ってもいい事はない 王子として、王太子として教育を受けてこのレベルな上に、自分で添木をへし折るような性格じゃそりゃ資格剥奪にもなるわな
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