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海の魔女とお人形

掲載日:2026/07/18

 はるかとおく、ふかいふかい、うみのおはなしです。

 うみには、それはそれはうつくしい、にんぎょがいました。

 かれらは、にんげんたちがうみだすものがだいすきでした。

 そうして、かれらはいつからか、こうおもいました。

 「そうだ、ぼくたちも、うみのそこににんげんのようなまちをつくろう!」

 にんぎょたちは、くちぐちにさんせいしました。そうして、さべつもあらそいもない、すばらしいまちができあがりましたとさ。

(─■■■■■における昔話─)


 深く冷たい、海の中。轟々と冷たい潮の流れの吹き溜まりに、その集落は存在した。

 静かにたたずむその集落は、海の生き物たちに祝福の集落、叡智の結晶と呼ばれていた。


 自分以外の生き物と意思の疎通がとれるもの。地上にいるヒトと呼ばれる存在に似た形状を持つものを、海にいる生物はみな賢者と呼称する。

 彼らは高潔な意思を持ち、自分の存在を誇りとしていた。この海で一番賢いのは自分であり、一番美しいのは自分であり、一番に強いのは自分であると声高に主張する。


 事実、彼ら───彼女らは、あまりにも賢かった。海に属する度の生き物たちとも違うヒエラルキーを持つそれらは、地上にいるヒトと同じように文明を築き始めた。

 それが、深海における集落となった。差別も、争いもないこの町は賢者たちにとって己を高める場であり、宝であり、何よりの自慢であった。


 だが、得てして、どのような場所においても、はみ出し者や例外は存在する。


 それがこの私、海月の魔女だ。いくら賢者という身分があっても、知性があって寿命が延びても、元の生物は クラゲである。ウミガメに食べられ、イルカにどつかれ、海草で身を切るあの最弱生物である。

 この集落に居る誰よりも弱く、誰よりも下に見られる賢者。それが私だった。


「よお、海月の魔女さん。こんな海流の強い日に外に出て大丈夫なのか? その華奢な体がばらばらになっちまったりしてな!」

「あはは、見てよあの子。なんて小さいのかしら! あんなのが賢者を名乗らないでほしいわね!」

 外に出るだけで、浴びせられるのはからかいや見下しの声。決して気持ちの良いものじゃあないそれに、私はうんざりしていた。


 傘を揺らし、触手と口腕を水流にたなびかせながら、黒々とした海を散歩する。

 イルカの魔女に、口腕をつつかれた。クマノミの人魚に、触手をつつかれてちぎられる。痛みは無くても、ただただ不快なだけの毎日の繰り返し。


 不幸中の幸い、魔女である私の身体は、他の賢者たちにちぎられたあまたの肢は再生する。だからと言って、身体がもがれる感覚というのは別段気持ちの良いものではないのだが。

 遠くで、シャチの魔女が自分の賢さを自慢する声がする。海流に乗って、タコの魔法使いたちが議論を交わす音がする。ジュゴンとイルカの魔女が競い合う歌声が身体を震わせる。


 この集落において、同じ種族出身の賢者が居ない自分は圧倒的な孤独であった。

 最弱で孤独で虐められるだけの存在。この身はなぜ存在するのだろうか。


 神様はどうして、わたくしに自我を与えたのかしら。


 自問しても答えは出ない。そもそも、神なんているはずは無いのだ。いるのならばなぜ、このような惨状を無視するのか。

 ため息をひとつ、静かな海の中を揺蕩う自分には、何もできることは無いだろう。


*****


 ニンゲンと呼ばれる生物の造った物品は時折、海面から降り注いでくる。ニンゲンがもたらす物品は、海に潜むすべての賢者たちを魅了した。賢者にとって、陸の物は住居であり、研究をするものであり、あこがれるものである。


 海月の魔女も、その恩恵にあやかるものの一人だった。

 他の賢者よりもの小さなその身は、降り注いだ物品の中身を改めたり、他の賢者の入れない場所に行ったりという事柄において大層便利であったのだ。


 海月の魔女は、ニンゲンの造る物品を鑑定し、それ取引することで生計を立てていた。小さな物品をあらためたり、リスト化して管理したりという作業が苦ではない海月の魔女にとって天職であったその作業は、論文を作成するわけでも、芸術を披露するわけでも、何かを発明するわけでもない。他の賢者たちは「物品の収集取引なんぞ、能足りんがやる職業だ!」と、海月の魔女を笑った。


 それでも、海月の魔女は、黙々と、今日も作業を続けた。

 この箱は、宝石が入っているもの。この水を固めたみたいなやつは、硬くてキラキラしていてきれいだから取引ができる。白地に黒い点々や線の入ったなぞの海藻は脆いけれど何か装飾に使うのかしらん。手慣れた様子で、ニンゲンたちの作り上げた様々なものを見ていく。


 その中にふと、見慣れない存在があった。

 前に見た、薄い海藻に描かれていた姿にうりふたつな存在。人魚たちにも似た姿であるが、背びれや胸鰭の無いその姿。前に見たものとは少し違って、赤と白の傘をかぶっているから、自分と同じクラゲの魔女なのかとも思ったけれど、それにしてはやけにしっかりとした大きな尾びれが2つついている。


 伝承でしか伝わることのない、まさに人間のような───


「これは、ニンゲン? なんて大きいのかしら!」


 宝石の入っていた入れ物のちょうど半分くらいの大きさだった。

 つるりとした表面はひび割れ、今にも崩れ落ちそうになっている。

 ふわりと水中を漂う髪は蛍光クラゲのランプのようにキラキラと輝き、自分と同じように傘をまとったその体はふわふわと水中にたなびいている。ここまで鮮烈な赤と白のひれは見たことが無かった。

 特筆すべきはその瞳だった。揺らめく水面のようでまぶしい、鮮烈な青が目に痛いくらいだった。


「ん? 貴女。誰?」


声がした。賢者の皆が、私に話しかけることは無いから、きっとこのニンゲンさんの声だろう。


「わたくし? わたくしは、海の魔女。賢者とも呼ばれる存在で、ここでニンゲンさんのものを色々調べているの。」

「そうだったのか。初めまして、海の魔女さん。私はマリーという。こんななりで失礼するが、主を探していてね」


 海月の魔女は、話しかけてくれた人間が失望しないように、海の魔女だ、と嘘をついた。

……きっと、ニンゲンさんも、話しかけているのが最も弱い賢者だって知ったらいやになってしまうはずだわ。それならば黙っている方が得でしょうね。


 ささやかな見栄と打算をもとに、しげしげとニンゲンを観察する。基本的な体構造は、人魚と大差が無いようであった。


「……あるじ? そう言った存在を、残念ながらわたくしは知らないわ。どういったものなの? 貴方はニンゲンさんよね? 陸のことを聞かせて頂戴?」


「……なるほど、主と言う概念がそもそもなかったか。それは失礼。主は、私の持ち主だ。彼女のご両親に私は捨てられてしまってね。まあ、理由が理由だから別段恨んではいないんだが」


 マリーと名乗った人間は困ったような声色で、いきさつを説明してくれる。

……海の世界を知らないニンゲンなら、わたくしの味方になってくれるかもしれない。

 わたくしが、他の賢者を見返す手伝いをしてくれるかもしれない。

 期待を胸に耳を傾ける海月の魔女の耳に入ったのはこんな言葉であった。


「───あー、主と言うのはね、私の持ち主の人間だ。私は人形なんだ。」


 だから君の言うように、地上のことや人間のことを答えられないかもしれない。

 ひどく気まずそうにそういった彼女の表情は、微動だにしていなかった。

2023年に執筆したものを発掘したので掲載しました。

楽しんでいただければ嬉しいです。

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