Scene8:余波
翌朝。
王立音律学院の空気は、明らかに変わっていた。
廊下を歩く生徒たちの囁きは止まらない。
「昨日の光紋、見たか?」
「詠唱なしだぞ?」
「でも……正直、凄かった」
断罪は――延期。
公式発表は曖昧だった。
“状況確認のため審議を保留する”
それは実質的な撤回に近い。
だが誰も「撤回」とは言わない。
言えない。
なぜなら、あの場で起きた現象を、
誰一人説明できないからだ。
■ 貴族社会の混乱
王都の夜会では話題が一色に染まった。
「未登録周波数だと?」
「国家音律体系の欠陥では?」
「いや、あれは暴走の前兆だ」
保守派は眉をひそめる。
「規律を乱す危険思想だ」
革新派は目を光らせる。
「魔力なき者でも響かせられるなら――」
それは、身分秩序の揺らぎを意味する。
音律は、選ばれた者の特権。
聖女と貴族だけが扱える力。
だがアリアの歌は、それを前提から崩す。
■ 学院内の賛否
掲示板には匿名の意見が張り出される。
「アリア様の次の公演希望」
「学院の品位を損なう行為を禁ず」
「非詠唱理論研究会設立」
中庭では密かに手拍子の練習をする生徒たち。
一方、教師陣は会議続き。
「理論外です」
「理論外だからこそ危険なのです」
危険。
その言葉が、日に何度も繰り返される。
■ アリアの現在地
当の本人はというと。
「え、延期? じゃあ今日もライブできるじゃん」
寮の部屋で、呑気にストレッチをしていた。
監視の気配はある。
窓の外、屋根の上、廊下の角。
(国家案件、ってやつ?)
内心で苦笑する。
だが恐怖はない。
むしろ高揚がある。
昨日の拍手。
あの瞬間の光。
魔力が爆ぜた感触。
(やっぱり、ステージは最高)
■ 呼び名の変化
最初は「悪役令嬢」。
次に「未登録振動源」。
そして今――
「危険人物」
学院長室で、その単語が静かに告げられる。
「監視を強化しますか?」
「いや……刺激は避けるべきだ」
判断は慎重だ。
なぜなら彼女は暴れていない。
破壊もしていない。
ただ、歌っただけ。
それだけで秩序が揺れた。
だからこそ、扱いに困る。
■ もう一つの呼び名
だが、生徒たちの間では別の言葉が囁かれていた。
「革命の種」
誰が最初に言ったのかは分からない。
だが、その響きは静かに広がる。
魔力を持たない平民の少年が、拳を握る。
「俺でも、あの光を起こせるかもしれない」
貴族の令嬢が、扇の影で微笑む。
「もし理論が確立されたら……」
希望と野心が混ざる。
それはまだ小さい。
芽吹いたばかりの双葉。
だが確実に、土を押し上げている。
■ 王城からの視線
王城最奥。
報告書が机に積まれる。
“対象:アリア・ヴァレンシュタイン
危険度:測定不能
影響範囲:拡大傾向”
静寂の王は、無言で目を通す。
未登録周波数。
制御不能の共鳴。
そして、民衆の拍手。
秩序は、武力よりも感情で崩れる。
それを彼は知っている。
■ ラストカット
夕暮れの中庭。
アリアが立つ。
まだ簡易的な、石段を使った即席ステージ。
観客は昨日より多い。
遠巻きに監視する騎士の姿もある。
彼女は深呼吸する。
空気が震える予感。
その背後で、リュミエールが静かに見つめている。
危険人物。
革命の種。
どちらでもいい。
アリアは、ただ笑う。
「さあ、今日もいくよ?」
拍手が起こる前から、
世界はすでに揺れ始めていた。




