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断罪無視して世界を揺らす -悪役令嬢は歌いたいだけー  作者: 南蛇井


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Ⅴ.アリアの内面

港の外れの小屋。


朝の光が、薄い窓から静かに差し込む。


外では波が揺れている。

ゆっくりと、絶えず。


世界は動いている。


だが小屋の中は、ほとんど動かない。


机の上には新聞が何枚も積まれていた。


アリアはその一枚を広げる。


見出しが大きく印刷されている。


「融合構造、完全安定期へ」


その下に、グラフと写真。


広場の公演。

整然と並ぶ演奏者。

中央に立つリュミエール。


アリアはしばらくそれを見つめていた。


胸の奥が、きゅっと締め付けられる。


痛い。


でも――


嫌な痛みではない。


むしろ、ほっとするような痛みだった。


小さく呟く。


「……すごいな」


声はかすれている。


歌にはならない。


ただの言葉。


記事には続きがあった。


「感情同期監視システムの導入により、

共鳴事故の発生率は過去最低を記録」


「共鳴革命は制度として定着し、

個人依存の時代は終わった」


アリアはページをめくる。


また同じ言葉。


安定。

安全。

成熟。


革命は――成功している。


彼女は新聞を膝に置いた。


窓の外を見る。


港の波。


以前なら。


その揺れと自然に重なった。


心が動けば、

体が揺れ、

声が生まれた。


だが今は違う。


波は揺れている。


世界も揺れている。


自分だけが――


止まっている。


アリアは胸に手を当てた。


鼓動はある。


トクン。


トクン。


小さな振動。


だがそれは外へ出ない。


四拍を刻もうとしてみる。


机を軽く叩く。


トン。


……。


二打目が出ない。


腕が止まる。


何度も試した。


何十回も。


結果は同じ。


四拍は戻らない。


アリアは手を引っ込めた。


指先がわずかに震えている。


「……もう」


小さく笑う。


自嘲に近い笑い。


「本当に、終わったんだ」


小屋の隅には古い楽譜が置かれていた。


砂の持続。

雪の合唱。

海の可変。


三文化融合の構造図。


全部、自分たちで作ったものだ。


それは今、世界中で使われている。


成功している。


事故も減った。


人々は安心して音楽を楽しんでいる。


それは――


間違いなく、良いことだった。


アリアはゆっくり息を吐く。


「嬉しい」


本当にそう思う。


自分が始めた革命が、

世界を壊さずに続いている。


それは奇跡のようなことだ。


でも。


胸の奥に、別の感情がある。


ぽっかり空いた空洞。


どうしても埋まらない。


アリアは呟く。


「……私がいなくても」


波の音が聞こえる。


遠くで、かすかな演奏。


都市の融合公演だ。


完璧な構造。


安定した振幅。


安全な革命。


アリアは窓を見つめたまま言う。


「世界は回る」


その言葉は真実だった。


完全な真実。


だからこそ――


少し冷たい。


彼女は新聞をもう一度見た。


リュミエールの写真。


冷静な目。


完璧な設計。


そして理解する。


革命は止まっていない。


むしろ、前より強く動いている。


だがその中心には――


もう自分はいない。


アリアは目を閉じた。


ゆっくり考える。


革命は成功したのだろうか。


人々は安全になった。


共鳴は安定した。


事故は減った。


なら――


成功だ。


論理的には。


完全に。


だが。


心の奥で、

別の問いが浮かぶ。


静かな問い。


「それでも……」


声にならない声。


「これは、本当に私の革命だったのかな」


小屋の外で、波が崩れる。


揺れは続く。


世界は動いている。


その中で。


アリアだけが、まだ答えを見つけられずにいた。

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