Scene4:強制ライブ開始
ざわめきの渦の中、私は中央へ歩き出した。
重たいドレスの裾を、思いきり踏む。
「きゃっ」と誰かが小さく声を上げる。
バランスを崩しかけるけれど、ヒールのまま踏みとどまる。
ステージ経験は伊達じゃない。
足元に刻まれた円形魔法陣の、ちょうど中心。
そこが“発声者の位置”だと、なぜか直感で分かった。
「待て、アリア! 許可なく音律を――」
レオンハルトの制止を、私は聞かない。
マイクはない。
この世界に拡声器という概念はない。
歌は“術式”であり、“詠唱”だからだ。
決められた旋律、決められた音階、決められた言葉。
楽譜は魔法陣そのもの。
逸脱は、失敗。
でも。
私は深く息を吸う。
胸の奥の鼓動を数える。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
――いける。
素声で、歌い出した。
アカペラ。
伴奏なし。
詠唱句なし。
ただの、メロディ。
最初の一音が、講堂の空気を震わせる。
貴族たちの眉が一斉にひそめられる。
「……術式がない?」
「魔力導入の前置きが……」
誰も、魔力を送らない。
この世界では、歌に共鳴するには“構え”が必要だ。
詠唱の予備動作。魔力の回路接続。
でも私の歌は、合図を出さない。
だから、誰も反応できない。
異物。
場違い。
それでも私は、二小節目に入る。
リズムを刻む。
足先で、床を軽く踏む。
タン、タン、タン。
一定のビート。
魔法陣とは関係ない、ただのリズム。
けれど。
その単純な刻みに、客席の誰かの呼吸が、わずかに重なる。
心拍。
人は無意識に、一定のリズムに同調する。
タン、タン、タン。
ドクン、ドクン、ドクン。
私の声が、心拍に寄り添う。
サビ前。
音を一段上げる。
感情を乗せる。
技術じゃない。
衝動だ。
その瞬間。
ぱちり、と小さな火花が散った。
客席の一角。
若い貴族令嬢の指先から、微弱な魔力光が漏れる。
「……え?」
彼女自身が、驚いた顔をする。
術式を組んでいない。
詠唱もしていない。
なのに、魔力が“揺れた”。
天井の巨大水晶が、かすかに明滅する。
講堂の壁面に刻まれた反響魔法陣が、予期せぬ振動を拾う。
「増幅水晶が反応しているだと……?」
誰かの声が震える。
私は止まらない。
サビ。
声量を上げる。
五万人規模のアリーナで鍛えた腹式呼吸が、この石造りの講堂を震わせる。
観客の胸が、同時に波打つ。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
共鳴は、命令されていない。
だが、起きている。
魔法陣が誤作動を起こす。
本来は特定の旋律パターンにのみ反応するはずの紋様が、私の音程に合わせて淡く光を走らせる。
「ありえない……非詠唱だぞ……!」
レオンハルトの声に、焦りが混じる。
リュミエールは、息を呑んでいた。
彼女には見えている。
空気の揺らぎ。
魔力の粒子が、観客一人ひとりの胸から、自然に立ち上っているのが。
それは“送る”というより、“漏れる”に近い。
強制でも儀式でもない。
ただ、心が動いた結果。
水晶が強く光る。
ばちん、と青白い閃光が天井を走る。
誰も術式を起動していないのに。
歌に、魔力が乗る。
非詠唱。
非儀式。
世界に存在しないはずの現象。
私は最後のフレーズを歌い切る。
伸ばした高音が、講堂の天井に触れ、反響し、何倍にもなって戻ってくる。
そのとき――
円形魔法陣が、完全に発光した。
眩い光が、私を中心に広がる。
歓声はまだ上がらない。
全員が、理解できずに凍りついている。
だが、確かに起きた。
この世界で初めて。
詠唱を必要としない共鳴。
感情から直接生まれた魔力循環。
――非詠唱共鳴。
私は息を整えながら、静まり返った講堂を見渡す。
さっきまで断罪の場だった空間が、今は完全に“ライブの後”の空気になっている。
静寂。
でも、それは拒絶の沈黙ではない。
震えのあとの、余韻。
胸の奥で、鼓動が高鳴る。
ドクン。
世界が、ほんの少しだけ。
揺れた。




