Scene3:価値観衝突
「何か言い残すことはあるか、アリア?」
王太子レオンハルトの声は、よく通る。
訓練された発声。腹から響く低音。
講堂の隅々まで届く、支配する側の声。
全視線が、私に突き刺さる。
弁明の機会。
普通ならここで涙ながらに潔白を訴えるのだろう。
あるいは、悪役令嬢らしく高笑いして散るか。
でも。
私の思考は、まったく別の方向へ走っていた。
……ちょっと待って。
観客、いるよね?
ざっと見渡す。段状に広がる客席。数百、いや千はいる。
全員、正装。集中力も高い。いまこの瞬間、舞台中央に意識が集約されている。
音響、あるよね?
天井中央の巨大な魔導増幅水晶。
壁面に走る反響魔法陣。
足元に刻まれた円形詠唱陣――発声者の位置、ど真ん中。
これ。
ライブ会場じゃん。
胸の奥で、何かがぱちんと繋がる。
断罪?
国外追放?
破滅フラグ?
知らない。
さっき、終わらされたばかりなんだ。
もう一度、終わらせてたまるか。
「どうした。恐怖で声も出ぬか」
レオンハルトが冷ややかに言う。
違う。
恐怖じゃない。
高揚だ。
私は一歩、前に出た。
ドレスの裾が床を滑る。魔法陣の中心へ。
貴族の一人が小声で呟く。
「まだ何か企んでいるのか……」
企んでるよ。
最高に。
深く息を吸う。
この世界の空気は、少し乾いている。
でも、響きは良い。
私は顔を上げ、はっきりと言った。
「今それどころじゃない!」
ぴたり、とざわめきが止まる。
「ライブやるから!」
――三秒。
完全な沈黙。
誰も、意味を理解できない。
王太子レオンハルト、固まる。
「……は?」
口が半開きのまま、言葉が出てこない。
貴族たちが一斉にざわめく。
「らいぶ……?」「何語だ」「詠唱か?」
リュミエールだけが、目を見開いていた。
驚愕。
でもそれだけじゃない。
未知を見たときの、純粋な震え。
私は構わず続ける。
「だって、こんなに人集まってるのに、何もせずに終わるとかもったいないでしょ?」
「アリア、貴様、状況が分かっているのか!」
「分かってるよ。断罪でしょ? 追放でしょ? でもさ」
私はくるりと一回転して、講堂を見渡した。
「ここ、音響最高じゃん」
ざわ……っ。
魔導増幅水晶が、微かに明滅する。
足元の魔法陣が、私の体温に反応するように淡く光る。
レオンハルトが声を荒げる。
「これは神聖な断罪の場だ!」
「違うでしょ?」
私はにやりと笑った。
「ステージでしょ?」
空気が変わる。
断罪という“儀式”と、
ライブという“衝動”。
価値観が、真正面から衝突する。
王太子は秩序の象徴。
私は揺らぎの象徴。
視線の中心に立ちながら、私は胸の奥の鼓動を感じていた。
ドクン。
まだ終わらない。
レオンハルトが最後通告のように言う。
「最後の機会だ。弁明せよ」
私は首を傾げる。
「弁明?」
一瞬だけ考えるふりをしてから、肩をすくめた。
「あとでいいよ、それ」
そして、堂々と宣言する。
「今は歌うから」
再び、沈黙。
でも今度の沈黙は、さっきとは違う。
困惑と、怒りと、そしてほんの少しの――期待が混ざっている。
リュミエールの指先が、ぎゅっとドレスを握りしめる。
彼女の中で、何かが震えた。
断罪の場は、崩れ始めていた。
まだ誰も気づいていない。
この瞬間が、
世界の音律を変える最初の一歩になることを。




