魔族勢力の出現と《絶対静域》 Ⅰ.不自然な静寂
最初は、ただの偶然だと思われていた。
朝の中庭で、鳥が鳴かなかった。
それだけなら、風向きのせいかもしれない。
天候か、季節の移ろいか。
だが次の日も、鳴かなかった。
昼休み。
石畳を歩く生徒の足音が、やけに軽い。
いや――軽いのではない。
吸われている。
カツ、と鳴るはずの靴音が、空気に溶ける。
「……今、聞こえた?」
「いや?」
互いに顔を見合わせるが、確信が持てない。
“気のせい”にできる程度の違和感。
だが違和感は、積み重なった。
共鳴測定室。
水晶盤の数値が、わずかに下がる。
平均共鳴値、微減。
誤差範囲。
だが、全体的に。
「機器の劣化か?」
「再調整は?」
「正常です」
観測装置の再点検が行われる。
校舎屋上に増設された銀の柱も、異常なしと報告する。
だがその翌日。
記録画面に、見慣れない表示が出た。
――《記録不能》。
数値ゼロではない。
異常値でもない。
空白。
観測官が眉をひそめる。
「誤作動か?」
「いいえ……波形が入力されていません」
「そんなはずはない。ここは学院だぞ」
同時刻、礼拝堂。
リュミエールが三拍詠唱を行う。
一、二、三。
一、二、三。
安定した術式。
揺るぎない構造。
だが測定室に表示されたログは、異様だった。
波形が、立っていない。
「……は?」
補助研究員が息を呑む。
詠唱は完璧だった。
魔力も流れている。
なのに、記録されない。
存在していないかのように。
研究室がざわめく。
机を叩く音、紙をめくる音。
そのどれもが、どこか鈍い。
国家はまだ動かない。
王城からの通達はない。
監査官も来ない。
だが学院内の研究室は騒然としていた。
音律研究室。
波形記録を睨む理論解析担当の青年は、青ざめたまま画面を拡大する。
「共鳴値は下がっていない……」
指先が震える。
「抑制じゃない。干渉でもない」
画面には、空白の帯が続いている。
彼はようやく、言葉にする。
「これは抑制じゃない……」
振り返る。
誰もが息を止めている。
「“前提の否定”だ」
音が弱まったのではない。
測れなくなったのでもない。
“音が存在する”という前提そのものが、揺らいでいる。
窓の外。
風が吹く。
だが、葉は鳴らない。




