Ⅵ.象徴的ラストシーン
夕暮れの学院屋上。
石畳はまだ昼の熱を残し、空は群青へと沈みかけている。
風が高く、制服の裾を揺らした。
アリアは柵にもたれ、街の灯りを見下ろしていた。
足音がひとつ、背後で止まる。
「……来ると思ってた」
振り返らなくても分かる。
リュミエールは数歩の距離を保って立つ。
互いに武装はない。
楽器も、譜面も、従者もいない。
本当に、二人きり。
しばらく言葉はない。
代わりに、遠くから音が届く。
トン、トン、パン、トン。
中庭だ。
四拍の練習。
笑い声が混じる。
反対側からは、整然とした三拍。
一、二、三。
一、二、三。
礼拝堂の詠唱練習。
二つのリズムが、夕空の中で同時に鳴っている。
交わらない。
打ち消し合わない。
ただ、並んで存在している。
リュミエールが口を開く。
「あなたは世界を変える気?」
問いは静かだ。
責めてはいない。
確かめている。
アリアは少し考える。
そして、肩をすくめた。
「変える気はないよ」
振り返る。
まっすぐに目を合わせる。
「ただ、みんなで歌いたいだけ」
風が吹く。
その言葉は、あまりに無邪気で、あまりに危うい。
リュミエールの胸の奥が、わずかに揺れる。
「“だけ”で済まないこともある」
「かもね」
アリアは笑う。
「でもさ、歌わなきゃ始まらない」
沈黙。
夕陽が二人の影を長く伸ばす。
その影は、ほんの一瞬だけ重なり、すぐに離れた。
遠くで四拍が跳ねる。
別の方向で三拍が整う。
トン、トン、パン、トン。
一、二、三。
同じ空の下。
同じ学院。
同じ時代。
まだ交わらない。
まだ溶け合わない。
だが確かに、同時に鳴っている。
リュミエールは空を見上げる。
「……もし、二つがぶつかったら?」
アリアは少しだけ真顔になる。
「そのときは、一緒に考えようよ」
答えになっていない。
だが、逃げてもいない。
鐘が鳴る。
夜の始まりを告げる音。
二人は並んで立つ。
敵でもなく、味方でもなく。
思想の境界線の上に。
四拍と三拍が、夕闇に溶けていく。
物語は、まだ決着しない。
ただ、同じ空が、二人の上に広がっていた。




