Scene2:断罪イベント開幕
――冷たい。
最初に感じたのは、石床の硬さだった。
白い光の余韻が消え、視界に飛び込んできたのは、見知らぬ天井。高く、丸く、幾何学模様の装飾が施され、その中心に巨大な水晶が吊るされている。
シャンデリアではない。
水晶だ。
内側から淡く脈打つように光っている。
……脈打つ?
私はゆっくりと瞬きをした。
豪奢なドレスの裾が視界に入る。深紅。重い。コルセットがきつい。腕には白い手袋。指先には見覚えのない宝石の指輪。
ざわめき。
耳に届くのは、さっきまでのアリーナの歓声ではなく、もっと抑制された、上品で、それでいて興奮を含んだざわめき。
広い。
そこは巨大な講堂だった。
半円状に段差が連なり、無数の貴族たちが立ち並ぶ。色とりどりのドレスと軍服。胸元には勲章。壁面には金の装飾。床には精緻な魔法陣が刻まれている。
そして、正面の高壇。
一人の青年が、私を見下ろしていた。
金髪。蒼い瞳。王族のマント。
彼は凛とした声で告げる。
「アリア・ヴァレンシュタイン。貴様との婚約を、ここに破棄する」
空気が、ぴんと張りつめる。
……は?
私の名前?
ヴァレンシュタイン?
記憶が、ずるりと滑り込んでくる。
乙女ゲーム。
学園。
聖女。
悪役令嬢。
断罪イベント。
目の前の青年――
王太子レオンハルト。
彼の隣に立つ、銀髪の少女。
淡い光をまとい、儚げに伏し目がちなその姿。
聖女リュミエール。
そして私は。
彼女を嫉妬で陥れ、最後に公開断罪される悪役令嬢。
思考が一瞬、真っ白になる。
(あ、これ乙女ゲームの断罪イベントだ)
ゲームの知識が、冷たい水のように頭を満たす。
テンプレ展開。
「嫉妬により聖女を陥れた罪は重い」
「王国の秩序を乱した責任を取ってもらう」
「国外追放とする」
ざわめきが一段と大きくなる。
「悪役令嬢アリアは国外追放」
その言葉が、宣告のように講堂に響いた。
心臓が跳ねる。
パニック。
え、ちょっと待って。国外追放って何? どこ? この世界の治安どうなってるの? 私いまさっきまで日本でライブしてたよね?
息が浅くなる。
逃げ道は?
弁明?
いやでも原作通りならどうせ信じてもらえない。
レオンハルトが問いかける。
「何か言い残すことはあるか、アリア」
視線が集まる。
数百の目。
裁かれる側の視界。
……。
不思議と、そこで、ふっと冷静になる。
終わる。
また?
さっきも、終わらされたばかりなのに?
私はゆっくりと顔を上げる。
そのとき、気づく。
天井の巨大水晶。
壁面に刻まれた反響用の魔法陣。
半円状の客席配置。
音を中央に集める構造。
舞台の中心には、明らかに“発声者”が立つことを前提にした円形紋様。
これ。
これ、完璧な音響構造じゃない?
大講堂は、音律学院の心臓部。
歌を魔法へと変換するための施設。
増幅水晶。
共鳴陣。
観客席の段差。
ステージ。
……ステージ?
思考が、切り替わる。
国外追放。
破滅。
断罪。
そんな単語が、急速に色を失う。
代わりに浮かぶのは、たった一つの感覚。
観客、いるよね?
しかも満員。
音響、最高。
照明、完備。
マイクはないけど、水晶ある。
これ――
ライブ会場じゃん。
胸の奥で、何かが弾ける。
さっき途切れたはずの衝動が、もう一度、鼓動と重なる。
ドクン。
終わりたくない。
レオンハルトが眉をひそめる。
「どうした。恐怖で言葉も出ぬか」
違う。
恐怖じゃない。
私はゆっくりと、口角を上げる。
思考は完全に切り替わっていた。
断罪?
国外追放?
知らない。
いま、ここに、最高の箱がある。
ならやることは一つだ。
私はドレスの裾を握り、半歩、前に出た。
講堂の中心へ。
視線がざわめく。
誰かが囁く。
「何をする気だ……?」
私は深く息を吸う。
肺いっぱいに、この世界の空気を入れる。
そして。
叫んだ。
「今それどころじゃない!」
講堂が静まり返る。
「ライブやるから!」
――三秒。
完全な沈黙。
王太子レオンハルト、困惑。
貴族たち、騒然。
聖女リュミエール、目を見開く。
そして私は、中央の魔法陣の上に立った。
断罪の場は、いつのまにか。
私のステージに、変わっていた。




